第28話 ぼーいずびーあんびしゃす



View of カインベル=サンタリス スラージアン帝国サンタリス伯爵家 三男 留学生






 私の名前はカインベル=サンタリス。


 栄えあるサンタリス伯爵家の三男で、幼き頃より神童と呼ばれその優秀さ故に帝国を代表する留学生として、同盟国であるエインヘリアに留学生としてとやってきた俊才だ。


 これは自慢でも何でもなく純然たる事実ではあるが、三男であるが故サンタリス伯爵家を継ぐことの出来ない私を養子、或いは婿として欲しがっている家は帝国に少なくない。


 その事自体は嬉しく思うが、私はサンタリス伯爵家の為……兄を補佐する形で家に残るか、留学生という誉れ高き役目を終えたのち文官として功績を積み、新しい家を興したいと考えている。


 ……いや、考えていた。


 最近は……まぁ、あれだ。


 子爵家くらいだったら婿入りしてやっても良いかな?と思っている。


 いや、何処の子爵家という訳ではないが……。


 何事も、凝り固まるのは良くない……柔軟な発想こそ、これからの帝国……いや、これからの時代には必要なのだと思う。


 その事は留学生としてエインヘリアに来たことで良く実感出来た。


 エインヘリアでは、貴族や一部の優秀な平民だけが学びの機会を得る訳ではない。


 全ての子供と、以前はその機会を与えられなかった大人……学ぶことを希望する者達全員が、無償で基礎からかなりの高等教育までを受けることが出来る。


 それを最初知った時は、ただの民にそこまでの教育は必要ないと思ったものだったが……その考えが間違っていたと今では自信をもって言える。


 今はまだ子供達は幼く、学校を出て働き始めてはいないが……その時が来れば国の要職のみならず、その辺の小さな商店の店員ですら高等教育を受けた者達が働いていることになる。


 それは決して遠い未来の話ではない。


 五年十年後に確実にやってくる未来だ。


 そうなった時……エインヘリアと帝国の国力差は……想像を絶するものになるかもしれない。


 知識や技術の秘匿はそれを有する者の権威や利益を約束するものだ。


 そして同時に持たざる者達の頭を押さえつけるものでもある。


 特権階級の者達は傲慢に振舞いつつも常にそれを失うことを恐れており、だからこそ知識や技術をばら撒くという発想が無かった。


 しかし、エインヘリアは違う。


 勿論、国が保有している全ての知識や技術をばら撒いているわけではない。


 だが、全ての民が基礎となる学びを得て、希望する者達は更に上の教育を受ける……意欲さえあれば非常に高度な教育を民が受け、国の要職に就く道が用意されるのだ。


 普通の国でこれは非常に難しい。


 何故なら身元不確かなものを国の要職に就けるなどと、他国の諜報員を自ら懐に呼びこむようなものだからだ。


 エインヘリアの圧倒的な諜報力がそんな大胆な施策を可能としているのだろう。


 民は愚かで貴族は賢い。


 そんな事実は存在しないのだ。


 両者の違いは学びを得る機会があったかどうか。


 もし両者が平等に学ぶ機会を得たら、より多くの優秀な者を生み出すのはどちらか……そんなもの言うまでもないだろう。


 分母が多いということはそれだけ可能性が高い。


 帝国で言えば人口比率は百対一や千対一どころではないからな。


 その事実を、帝国上層部はどれだけ認識しているのだろうか?


 いや、気付いていない筈がない。


 私を留学生としてエインヘリアへと送り込んだ時、諜報活動は求めていない……しっかりとエインヘリアという国、文化、知識、そういったものに本気で取り組み学んで欲しい……そう命じられた。


 最初は額面通りに受け取って良いものか悩んだが……留学生としてパールディア皇国からやってこられたリサラ皇女殿下から、我が皇帝陛下とエインヘリア王陛下の良好な関係をお聞きして……少しだけ帝国の方針に気付いてしまった。


 これが帝国上層部全員の考えなのか、それとも皇帝陛下だけの考えなのかは分からないが……少なくとも陛下はエインヘリアと……いや、これ以上は考えるまい。


 それよりも私の将来だ。


 こうして留学生として日々学んでいる私だが、留学する前は帝国の英雄育成機関に所属していた。


 帝国各地から集められた才ある者達……その中に混ざり次代の帝国を担う人材としての教育を受けていたのだが……残念ながら私には周りの連中が持っていたような特殊な力は無かった。


 まぁ、敢えて言うなら非常に優れていただけだ。


 それも圧倒的に。


 ただ、それは文官としてだ。


 体を動かす方は……まぁ、良く言って人並。


 どちらかというと苦手だ。


 同じ帝国からの留学生であるヘルミナーデ……アプルソン子爵はとんでもなく目が良いというか、ありえない距離でもはっきりと見える能力を持っているし、身体能力も非常に高い。


 彼女は子爵家の当主……長女であった故か、英雄育成機関には居なかったが……もし彼女が機関に居たら英雄とまでは行かなくとも、準英雄と呼ばれるくらいの強さまで至ったのではないだろうか?


 しかもヘルミナーデは、身体能力だけではなく学力も高いし礼儀作法も完璧。


 まさに非の打ち所がない淑女と言える。


 英雄育成機関で最高峰の教育を受け、更に自己研鑽に手を抜かなかった私が……勉学……学校で行われる試験において全く勝てないのだ。


 正直、私は学問において誰にも負けないと思っていた。


 いや、流石に文官としての実務という点ではまだ先達には届かないと思っていたが、同年代相手に負けることなどあり得ない……それだけの実績と能力が私にはある……いや、あったのだが、あっさりと負けた。


 しかも一度や二度ではなく、学校で行われた試験の全てで負けているのだ。


 完膚なきまでの敗北。


 最初の頃は納得いかず、何度もヘルミナーデに突っかかったものだが……どうしても勝てない。


 いや、手も足も出ない程差があるわけではない……僅差、毎回僅差で負けてしまうのだ。


 とはいえ、負けは負け。


 何度も挑み、その度に辛酸を舐める事となったが……最近は良きライバルとして切磋琢磨している……と思う。


 ヘルミナーデは子爵家当主で既に成人済み。


 対する私はつい先日成人したばかり……まぁ、年齢差が負けた理由とは言わないが。


 それは言わないが……色々と良い年齢ではないだろうか?


 何がとは言わないが。


 い、いや、それはそうと……ヘルミナーデは妙に親しげな教師がいるよな?


 あの教師は、帝国式の礼儀作法を専門に教えているので、私自身はその講義を受けた事がない。


 同級生から聞いた話では、物腰柔らかで教え方も丁寧……授業内容だけでなく、担当ではない科目や勉強方法について、更には私生活についてのアドバイスまで……。


 アドバイス……アドバイスか。


 ……ヘルミナーデ……いや、今後の事について相談してみるか?


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