閑章

第27話 そん時のエインヘリア



View of フィルオーネ=ナジュラス エインヘリア王妃 元魔王






 我が夫……エインヘリアの王フェルズは、はっきり言って変な奴じゃ。


 頭は悪くない。


 と言いたい所なんじゃが……微妙じゃな。


 自分の立場をよく理解し、軽挙な行動には出ず思慮深い……やり口もそう的外れな事はせぬ。


 その上で自分が愚かだと割り切り、国政に関しては配下であるキリクやイルミットに基本的に任せる。


 勿論、元が一般人であるフェルズにとって国家運営は手に余るじゃろう。


 それでもなんだかんだで度胸のあるアヤツは、覇王ムーブ等と嘯き国家元首としてこれ以上ないくらい素晴らしい成果を出し続けた。


 まぁ、本人は胃の痛い思いをしておる様じゃが。


 私は今でこそ自由に動き回っておるが、以前はフェルズの目を通してこの世界を見ておった。


 フェルズの中で意識だけの存在だった私は、フェルズの考えておる事も全て……余すことなく。


 私は今でこそ自由に動き回っておるが、以前はフェルズに寄生する意識だけのような存在じゃった。


 フェルズの中で、フェルズの目を通して世界を見て……フェルズの意識と対話し、フェルズの本音に触れてきた。


 だからこそ、アヤツがどれだけ苦労してここまでやってきたか。


 どれほど真摯に突然押し付けられた国の事を想って動いておったか。


 そしてアヤツがうちの子とよく言う、エインヘリアの者達の事をどれほど愛しておったか。


 フェルズを構成する全て……フェルズという存在の全てを、私が一番理解していると言って過言ではないのじゃ。


 故に……頭は悪くない……と思うのじゃ。


 いや、寧ろ頭の回転は速いと言えるじゃろう……ちょっとアホで間抜けではあるが。


 それはそうと、アヤツは……あれで結構モテる。


 本人に全く自覚はないが……エインヘリアの者達にエファリア達お茶会のメンバー。


 最初から側妃や妾を狙っておった者達……私がフェルズと結婚したことでかなり目をぎらつかせておるからのう。


 まぁ、私としては彼女達を邪魔するつもりはない。


 エインヘリアはこの大陸において一番の国じゃ。


 長く覇権国家であったスラージアン帝国は実質的にエインヘリアの下に着いておるし、皇帝であるフィリアはフェルズと子を儲け、エインヘリアと帝国の統一を目指しておる。


 エファリアも今は属国の王という立場じゃが、フェルズの側室となり国を併合してもらおうとしておるし、リサラについても同様じゃ。


 唯一、フェイルナーゼン神教のクルーエルだけが……政治的な繋がりよりも個人的な繋がりを欲しておるように見えるが……アヤツ自身が教皇じゃからな。


 フェルズの影響が教会にまで及ぶようになるのは間違いないじゃろう。


 現時点でも大陸の殆どがエインヘリアの勢力下にあると言っても過言ではないのじゃが、フィリアが目指しておるように帝国が正式にエインヘリアに併合されれば……残っておる小国も併合を望み……この大陸はエインヘリアによって統一される。


 その未来は……恐らくそう遠くない内に現実のものとなる筈じゃ。


 そうなった時、己を凡人でしかないと考えているアヤツに掛かる重圧は相当なものじゃろう。


 そんな立場に着かせてしまった私が言うのもなんじゃが……フェルズの事を真に想い支える。


 精神的な負担の大きいアヤツの傍には、もう少しそういった者達が必要じゃ。


 まぁ、演技力に能力全振りしているようなアヤツの本音を、彼女等が引き出せるかどうかは……分からんがのう。


 アヤツは本当に格好つけるのが好きじゃし、フェルズという存在はそうあるべきだと決めつけておる。


 勿論私は全力でアヤツの為に……いや、アヤツと共に生きていくつもりじゃが、先々の事を考えれば隣に立つ者、その心を支える者は多い方がよいじゃろう。


 まぁ、本人が何処までそれを望むかは……何とも言えんがのう。


 そんな事を考えながらも、日々穏やかに暮らしておったのじゃが……ある日エインヘリアに激震が走った。


 私はいつものようにエインヘリア城にある開発部で魔王の魔力に関する研究をしておったのじゃが、突如城内で膨大な魔力の動きを感知した。


 エインヘリアでは魔力は魔石という形に置き換えられて蓄えられておる。


 これは非常に効率が良いやり方じゃ。


 魔石は例外なく同じ量の魔力を保有している上に状態が安定していて、フェルズが新規雇用契約書を使う時等大量に魔石を使う時でも魔力が荒れ狂うような感じはしない。


 じゃが、あの時感じた魔力は正に荒れ狂う嵐というような激しさで、そこに使われている魔力の量と相まって城が揺れたかのように錯覚したほどじゃった。


 何かが起こったのは間違いないが、さりとて緊急時に私が個人で動き回れば他の者達の迷惑になる。


 恐らくすぐに誰かが知らせに来るはず……。


 そう考え開発室に留まっておったのじゃが……五分程待っても誰も状況を伝えに来ない。


 本日護衛についてくれているレンゲも普段の眠そうな様子を消して、油断なく周囲を警戒しておる。


 この世界においてエインヘリアの城程安全な場所はない。


 そんな城の中で、これ程緊張感を覚えることになるとはのう……。


 私はそんなことを考えつつ緊張感を孕んだ時間を過ごしていると、部屋の扉が勢いよく開かれる。


「失礼するでござる!御方様は無事でござるか!?」


 開発室に飛び込んできたのはエインヘリアの剣聖であるジョウセン。


 その様子は普段の快活とした様子とは異なり、ひどく焦り……目に恐怖の色が見えた。


 ジョウセンが怯えている……?


「ジョウセン?何があった?」


 ジョウセンのただならぬ様子に、レンゲも緊張感を漂わせつつ尋ねる。


「と、殿が……」


 震える声でフェルズの事を口に出したジョウセン。


 その瞬間レンゲは顔をこわばらせ、私は彼女達と同じように底知れぬ恐怖を覚えると同時に冷静な部分でやはりという想いを抱いた。


 ジョウセンがここまで取り乱す様な事があるとすれば、それはフェルズに何かあった時と考えるのが普通じゃろう。


「ジョウセン、落ち着くのじゃ。フェルズに何があった?」


「お、御方様……申し訳ございませぬ……会議中、殿が突然光に包まれ……姿を消しました」


「……」


「どういう事?」


「分からぬ。拙者もその場に居合わせた訳ではござらぬしな。今会議室でオトノハやカミラ、エイシャが調べておるが……」


 先程感じた荒々しい魔力……アレが原因じゃな。


 カミラ達はレギオンズというゲーム内の知識だけでなく、こちらの世界の魔法技術に関しても学んでおる。


 恐らく調査自体は問題ない筈じゃが……冷静さは望めんのう。


 原因があの魔力ならば……フェルズが消えたのは自分の意思ではなく誰かの仕業ということになる。


 カミラとエイシャはブチ切れじゃろうな。


 オトノハは……あれで中々乙女じゃし、顔を青褪めさせ必死に堪えながら調査をしておるかもしれん。


 ……私も調査に参加するべきじゃな。


 そう思った私は一歩足を踏み出そうとして……あ、足が動かぬ。


 疑問に思いながら自分の足を見下ろすと、細かく震えておるのが見えた。


 む……?


「フィルオーネ様。部屋に戻る?」


 護衛をしてくれているレンゲが心配するように言ってくる……レンゲ自身も顔色を真っ青にしながら。


「い、いや、大丈夫じゃ。調査なら私もやるべきじゃろう……ジョウセン、現場は会議室じゃな?」


「でも……」


 レンゲは私の震えている手をそっと包み込むように取る。


 その温もりに、少しだけ震えが収まったような気がした私は、レンゲの目を見ながら言葉を続ける。


「こと魔法の研究であれば、現時点で私はカミラ達に負けておらぬ。そしてフェルズの事は一刻も争う……私はそれを調べなければならぬのじゃ」


 ゲームのものとは違う、この世界の魔法の知識。


 今回の事態に私の見識は絶対に必要じゃ。


 フェルズの為に。


「……分かった。護衛する」


「御方様、かたじけのうござる。拙者も護衛に入るでござる」


 私の言葉を聞き入れ、二人が頷く。


「よろしく頼むのじゃ」


 レンゲのお陰で震えが止まったし、少し冷静になったのじゃ。


 前後をレンゲたちに挟まれながら会議室へと移動する道すがら、ジョウセンへと状況を尋ねる。


 ジョウセンは現場に居なかったそうじゃが、少しでも情報が欲しい。


「会議中に消えたということじゃったが、オトノハ達が残っておるという事はフェルズ以外の者達は全員無事という事かの?」


「いえ、フェルズ様の傍にウルルとメイドのプレアが居たそうで、二人もフェルズ様と同様に消えたそうにござる」


「ふむ……キリク達はどうしておる?」


「他国からの攻撃と考え、緊急招集をかけているでござる。殿の命で外に出ておる者以外を全員呼び戻し軍備を整えると。既に十万程兵を召喚しているでござる」


「……ふむ」


 エインヘリアの者達にとって……フェルズ以上に優先するものは無い。


 フェルズが民を守り、国を繁栄させるという方針を取っているからこそ、皆が全力でそれを叶えようとして居る。


 しかしもしフェルズが失われるようなことがあれば……この世界にとってエインヘリアが最大の脅威となってしまうじゃろう。


 それこそ……魔王の魔力なんかよりもよっぽど危険な。


 ……それを止めることは……私には難しい。


 皆が私を敬ってくれておるのは、フェルズが自ら選んだ伴侶だからじゃ。


 フェルズの為に私を大切にしてくれているだけで、私にエインヘリアの舵取りを任せたりは絶対にしないじゃろう。


 それこそ、フェルズの命令でもなければ……そこまで考えたところでようやく一つの事に思い至る。


 そうじゃ……フェルズには『鷹の声』があるではないか!


 アヤツが自由に動ける状態にあるのであれば、すぐに連絡をしてくる筈。


 いくら頭に血が昇っていても、キリクやイルミットがその事を忘れる筈はない……ということは、恐らくフェルズから連絡があった際にすぐに動けるようにしておくという事じゃろう。


 フェルズが消えてまだ十分は経っておらん……まだ連絡がないのは先に状況を把握しようとしておるというところじゃろうな。


 ……無事の一言くらい先に連絡せんか!


 心配させおって!


 連絡をさっさと寄越さぬ馬鹿者に心の中で悪態をつき……フェルズの意識が無かったり、アビリティすら発動させられない可能性を投げ捨てながら、私は口を開く。


「ウルルが共に居るのであれば、大抵の事はどうとでも出来る筈じゃ。フェルズの事は心配あるまい」


「「……」」


 私の言葉に二人は何も言わなかったが、少しだけ空気が和らいだように感じる。


 そう……大丈夫じゃ。


 アヤツはアレで突然の事態に相当強い。


 何があってもうまく切り抜けられる筈じゃ。


 絶対に……大丈夫じゃ。


 そう心の中で反芻しながら歩みを進めていると……。


『……フィオ、聞こえるか?』


「っ!?フェルズか!?」


 その声が聞こえた瞬間……思わず泣きそうになったのは、フェルズには絶対に秘密じゃ。


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