第25話 フライアウェイ:物理



View of バルゼスト=ファウスト=アウハーゼン レグリア王国侯爵 王派閥






 不愉快。


 あの王女を名乗る小娘がクーデターを起こして以降、私の中にある感情の大半がその一言に集約されている。


 王派閥……即ち私は帝国にこの国を譲渡するために日夜交渉を重ねてきた。


 帝国貴族共はとにかく気位が高く、そして契約に煩い。


 そんな連中相手に煽て宥め、どうにかこうにか我々の正当な権利を認めさせるのにどれだけの時間と労力、そして金を要したことか……。


 ようやく話が纏まり、後は王が帝国に赴いて調印をするだけというタイミングで、あの小娘がクーデターを起こしてしまったのだ。


 なんと時勢の見えていない愚かな小娘なのか。


 しかも、そんな小娘に先導されるように木っ端貴族共が動き、あっという間にクーデターを成し遂げてしまった。


 私は帝国との折衝があり領地にて色々と準備をしていた為、そんなバカ騒ぎに巻き込まれることはなかったし、馬鹿共に攻撃されることもなかったのだが……馬鹿王がやらかした召喚の儀式で訳の分からん輩が呼び出されてしまったのだ。


 何たる浅慮な行いか!?


 王家に伝わる魔力を貯蓄する聖杯は、帝国に渡さなければならないものの一つだった筈!


 何故それを使ってしまう!


 アレはもはや馬鹿王が自由に出来るものではなく、私の未来の為の切り札だったのだ。


 それをあっさり、考え無しに使ってしまうとは!


 あの気位が高く契約に煩い連中の面子を潰す必要が何処にある!


 もはや帝国と今まで通りの条件で国を渡すことは不可能。


 ならばせめて馬鹿王が呼び出した得体のしれぬ者が使えるかどうか確認して、それからそいつを取引材料に使う計画を立てるしかない。


 折よく王都に呼び出された私はそう考えていたのだが……そんな考えは謁見の間で小娘と男の姿を見た時に脆くも崩れ去った。


 不遜な様子で玉座に座り、我等高位貴族を見下す愚か者。


 どうやらその男が小娘を篭絡して玉座を奪ったようだ。


 ……まぁ、玉座なんぞどうでも良い。


 一応高位貴族としてその不敬を咎めはしたが、そもそもこの国は既に売却予定の国。


 そこに権威などと言うものは存在せず、ただ我々という高貴な血と土地があるのみ。


 崩れかけではない、もはや崩れ去り朽ちた玉座に誰が座ろうと構いはせん。


 しかし、話はそれだけで終わらなかった。


 あろうことか、玉座に座った男は我等に平民になれと言い放ったのだ。


 許せるはずがない!


 我等高貴なる血を一体何だと心得る!


 更に色に溺れた小娘が我等に跪けという……もはや冗談では済まされぬ大罪。


 更には唖然とする我等を謁見の間から追い出す近衛。


 もはやこの国に正義はない。


 私は志を共にする者達と共に価値無き玉座に座る愚物とそれに侍る小娘を討伐し、帝国への手土産とするべく軍を起こした。


「閣下!麾下の軍総勢二千五百、布陣完了いたしました」


「ご苦労、子爵。軍議を始めるので主だった者達を集めて貰えるかな?」


 本陣にある天幕に寄子である子爵が報告に来る。


 子爵自ら伝令のような真似をさせるのは申し訳なくもあるが、此度の戦いは総力を尽くし、圧倒的な勝利を目指さなければならない。


 指示を潤滑に各所に送らなければならない以上、信頼のおけるものを使うしかなく……仕方がないのだ。


「はっ!承知いたしました」


「あぁ、それと……敵軍の数はいくつだったかな?」


 私の問いに子爵がにやりと笑みを浮かべながら答える。


「はっ!敵の数はおよそ二百!当方の十分の一以下と言った有様です!」


「……随分と集めたではないか。まさか辺境から軍を呼び戻したのではあるまいな?」


 私は零れそうになる笑みを手で隠すように誤魔化しながら言う。


「辺境軍が動いたという話は届いておりません。恐らく近衛と王都の民から徴兵したのではないかと……」


 流石に辺境軍を動かす様な愚は犯さぬだろう。


 まぁ、西側を守る辺境軍は自分達を獣共に対する壁だと自負していて、誰の命にも従わず辺境に張り付いている。


 連中の頭の固さを考えれば、ここに召集することは絶対に不可能だ。


「徴兵したにしては少なすぎるが……あぁ、民が素直に徴兵に応じなかったという事か。民に見捨てられた王族とは、なんとも憐れなものだな」


「閣下……真に憐れなのは現実を見る目を持たぬことではありませんか?」


「はははっ!子爵は中々手厳しいな。得てして持たざる者という者は持っていない事にすら気付けないものだ。ただ現実を見る……自然と出来る者からすれば、これ程当たり前のことはないのだがな」


「閣下は今だけでなく、当たり前のように未来をも見通しますが、私のような凡人にそれは難しい。そういう事ですね」


「ふっ……」


 私に取り入るためのおべっかだとは分かっているが、それでも真実には違いない。


 一礼をしてから天幕を出ていく子爵の後ろ姿を見送った私は、この戦いの後どういう風に帝国と交渉をするか思案を巡らせた。






 軍議で諸侯を集めたものの、十倍以上の兵力差がある以上正面から押しつぶす至極当たり前の戦法を取る事になった。


 私の他にもう一人侯爵がいるが、血筋や家格では我がアウハーゼン家の方が上なので自然と私が総大将となり、本陣を預かる事になった。


 今回は正面から踏み潰すだけなので、陣形は本陣の前に二千を並べる横陣。


 このまま前に軍を押し出して終わりだ。


 しかし、こうして指示台の上から見ると相手の数は二百もいない様に見える。


 ……いや、実際いないのではないか?


 遠見筒を覗き込むと鎧を着て武器を持っている者もいるが……後方にいる者達は武器どころか鎧さえ身に付けていない様だ。


 顔の判別は付かないが、身なりの良さから恐らく向こうに着いた貴族連中だろうが……どういう了見だ?


 何故戦場に平服で現れる?


 ……普通に考えるなら降伏といったところか。


 そういえば、敵兵もやる気が無いように見える……いや、これは当然か。


 いくら近衛が雑兵の類よりは力があるとは言え、十倍どころか二倍の相手ですら厳しいだろうしな。


 この戦力差でやる気が出るのは戦狂いくらいのものだろう。


 とは言え、懸念事項がないわけではない。


 玉座に座っていたあの男……アレは恐らく英雄と呼ばれる類の存在だろう。


 我が国にもかつて英雄が居たとのことだが、私がまだ家を継ぐ前に死んでいるので会ったことはない。


 確かにあの玉座の間で見た男は中々の雰囲気を持っていたが、あの程度の威圧感は他国の王でも出せるだろう。


 特に……私はまだ会ったことはないが、英雄帝と呼ばれる帝国の皇帝であれば……。


 交渉していた帝国の貴族の語る皇帝の姿は……いや、関係ないな。


 私は苦笑しながらかぶりを振る。


 英雄帝に限らず、一人で数万の魔物を蹴散らした等と誇張するにも程があるだろうというような逸話のある英雄だが、本当にそんな存在がいるのであればレグリア王国はとうの昔に帝国や聖国に潰されている筈だし、帝国は魔物の侵攻を退け空白となった土地を自国に取り込んでいる筈だ。


 これは、各国が英雄という存在を意図的に肥大化して宣伝しているという事の証左に他ならない。


 確かにあの雰囲気は、その嘘を真実の様に感じさせるだけのものはあった。


 しかし普通に考えれば分かる事だ。


 鍛えれば一匹の魔物と戦うことくらいは可能だ。


 魔法が使えれば複数の魔物を吹き飛ばすことは出来る。


 しかしどれだけ鍛えようと体力も魔力も無限にはならない。


 魔物を斬れば武器に血糊はつくし摩耗する。


 魔法には詠唱の時間が必要で、強力な一撃で数匹を吹き飛ばしても押し寄せて来る魔物の波を押し返すことは出来ない。


 人が一人で出来る事には限界がある。


 だからこそ軍を組織し、集団の力で戦う必要があるのだ。


 数は力。


 その単純な結論が分からぬ愚か者は流石にいなかった……戦場に平服でやってきた連中の姿がそれを物語っている。


「降伏を受け入れるのも戦いの習いというものだな。高貴なる者として寛大な心で連中の降伏を受け入れよう」


 降伏の使者であろう人物が集団を離れ近づいてくる姿を遠見筒で見ながら、私はほくそ笑む。


 ……一人ではないな。


 後ろに付き従う様に歩いてくるのは……メイドか?


 戦場にメイド?


 我が軍にも小間使いの女を帯同させてはいるが、流石に戦場にまでは引っ張り出したりはしないぞ?


 一体何を考えている……?


 メイドではなく秘書官か?


 降伏の条件を記録しておくために連れてきた……そう言う事だろうか?


 どう見てもメイド服を着ているが……いや、アレは秘書官だ。


 間違いない。


 しかし……わざわざ秘書官を連れて来るという事はそれなりに交渉をするという事だろうが、この戦力差……どう考えても全面降伏以外ありえないのだがな。


 本当に現実の見えていない物というのは愚鈍だ。


 馬鹿の相手をしなければならない現実に私がため息をついている間にも、降伏の使者はこちらに向かって進んで来ている。


 何故馬に乗っていないのかは分からないが……恐らく敵意は一切ないというところを見せたいとかそんなところだろう。


 浅はかではあるが、馬鹿なりに考えた上での行動という事だろう……個人的にはとっとと馬を使ってこっちにこいという気分ではあるが、付き合ってやっても良いだろう。


 勝者として、高貴なる者として、そのくらいの余裕は例え戦場であっても持つべきだし、連中からすれば貴族としての最後の時間だからな。


「閣下、どうしますか?」


 私の横に立ち、同じように遠見筒を覗いていた子爵が尋ねて来る。


「突撃命令を出すまで待機するように通達だ。降伏の使者を殺したとあっては貴族の名折れ。我等は血で血を洗う蛮族共とは違うのだ。あくまで理性的に、彼らの過ちを赦してやろうではないか」


「おぉ、斯様な無礼を働いた者をお許しになるとは……閣下の心の広さに敬服するばかりにございます」


「ふっ……」


 私が指示を出すと目を潤ませながら賞賛を口にする子爵。


 演技過剰だが……まぁ、傍に置く道化としては悪くない。


 いや、それなりに有能とあらば、傍に置かない手はない。


 私の出した指示を伝令に伝える子爵の姿を尻目に、私は前方へと遠見筒を向ける。


 使者が到着するまでまだしばらくかかりそうだ……待つ間、少し暖かい茶でも飲むか。


 そんな事を考えていると、使者が我が軍からそれなりに離れた位置で立ち止まった。


 ……あぁ、これ以上は流石に近づけないという事か。


 こちらから使者を出して迎えに来させる……まぁ、布陣した軍の中央を突っ切ってここに来るような真似は流石に出来ないか。


 迎えの使者は……子爵に任せるか?


 そう考えた私は遠見筒を下ろし子爵の方を向こうとして……突如前線の方から聞こえた轟音に意識を奪われる。


 遠見筒を覗くことも忘れ視線を向けたその先で……人が……幾人もの兵が、空を舞っていた。


「は……?」


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