第24話 選択
View of セルニオス=ソルティオス=レイフォン レグリア王国伯爵
小娘……王女殿下の言葉に、困惑する周囲の貴族達。
何故この者達がここに集められたか……この状況を見れば理解出来る。
流石に子爵以下の連中の全ては把握できていないが、ここに居る連中は帝国や聖国とひそかに繋がりを持っている者、もしくは著しく領地経営が上手くいっていない者ばかりだ。
道理で派閥関係なく貴族が集められていた訳だ。
……まぁ、周りの連中はもうどうでも良い。
それよりも、どうする?
私は王女殿下の派閥において相談役を担っていた。
それはつまり、王女殿下にとって最も信頼出来る者という意味だ。
その私がこの連中と同じ場所に呼ばれている。
十中八九、私が聖国と繋がっている事がバレていると見て良いだろう。
非常にマズい。
私が相談役という立場になければ……一介の領主としてならば、まだ言い訳のしようもある。
しかし……いや……。
「三度目はありません。今すぐに跪き、頭を垂れなさい」
やはり違う……ほんの一月前とは別人のように振舞う王女殿下。
変わった原因は考えるまでもない。
玉座からこちらを見下ろす英雄の仕業だろう。
頭を下げている私からはその姿は見えないが、玉座に座るまでの短い時間で感じ取れたのは……逆らう事を考えるだけでも愚かだと断じることが出来るだけの何かだ。
私は謀略を得意としており、何よりも危険を察知する能力に長けていると自負している。
それはとにかく慎重に……しかし手広く動き、嫌な臭いを感じればすぐに手じまい……損切りをして被害を最小限に抑えることで生き抜いてきたという事だ。
だからこそ、辺境守護が没する前から聖国や帝国と繋がりを持ち、王女殿下にも可能な限り支援をしてきた。
どう見ても王やその周りの連中は沈みゆく船だったからな。
我が領地が北側にあれば帝国との繋がりを強めたが、残念ながら我が領地は南西寄り。
生臭共や聖国の在り方は非常に面倒で、個人的に身を売るならば帝国の方が良かったのだが、立地上仕方なく聖国と組むことにした。
生臭共の要求はあまりにも欲深く、投資とリターンのバランスが完全に狂っていたが、それでも領地を守るには仕方のない出費だったと言える。
そんな長年の投資の甲斐あって、ようやく領地安堵の確約を取り付けることが出来たのだが……あの男の存在はこれまでの話を一気にひっくり返しかねない。
圧倒的な雰囲気もさることながら、何よりも若い。
召喚された時点で壮年といって良い年頃だった辺境守護とは違い、恐らく二十かそこらといった年齢に見えた。
もし本当に取り込むことが出来れば、我が家は安泰……先程冗談のように考えた建国の話も現実味を帯びるだろう。
だが……それが下らぬ夢だったことは既に理解出来ている。
そもそも……王女殿下を傍らに置き、玉座に座っているのだ。
これは既に禅譲が行われたという事。
そしてそれを我々は知らされていなかった。
……詰問、或いは処刑。
まさか謁見の間を血で汚すような真似はしないと思うが……実権を握っているのが王女殿下ではなく、あの英雄であるという事がマズい。
あの男は何に重きを置いている?
理性か、獣性か……力があるのは分かる、だがその本質は?
王女殿下は理想ばかりに目が向いているが、けして愚かではない。
心構えは立派であるし、その覚悟も見事なものだ。
ただ、学ぶ機会が無かった。
それも当然だ。
彼女が物心ついた頃には、既に優秀と呼べる人材は王から離れていた。
当然、上質な教育は受けられず、理想に追いつけない現実に苦悩するのみ……我々のような者達からすれば実に操りやすい駒と言ったところだ。
しかし、民を守り慈しむ王族という理想に殉じている彼女が、その玉座を預けた人物……まともに考えれば理性を重んずるタイプだが……。
英雄という存在は一筋縄ではいかない。
王女殿下の性質から考えれば問題ないはずだが……あの英雄が王女を騙す……いや、洗脳している可能性は十分ある。
……あの英雄は圧倒的な暴力の気配を漂わせながら、唯一即座に膝をついた私の名を読み通りという風に呼んだ。
私の行動を予測していたという事……あれは、直接的な力にだけ頼るわけではない事を示していると思うのだが……ダメだ考えが纏まらぬ。
もう少し情報があれば判断出来たかもしれないが……そうか、王女殿下の手紙での相談は、こちらを警戒させないという狙い以上に、私に英雄の情報を渡さないという狙いもあったのか。
私がその考えに至ると同時に、王女殿下が大きくため息をつく。
「命に従えぬというのであれば仕方ありませんね」
そう言った王女殿下は何らかの合図を送ったのだろう……立ち尽くしていた貴族が近衛騎士によって取り押さえられる。
「何をする!私を誰だと……!殿下!どういうおつもりか!?」
どうもこうもあるまい。
玉座の主に逆らうならば、それ以上の力を持っていなければならないのだ。
暴力なり権力なり資金力なり……上に立つ者に負けない物を持っているからこそ強気に出られる……そんな当たり前にさえ考えが届かない様だ。
下げた頭のまま可能な限り周囲を窺うと、取り押さえられ、後ろ手に拘束されながらも喚き続けるアウハーゼン侯爵の姿が辛うじて視界に入った。
恐らく周りの喧騒から取り押さえられているのがアウハーゼン侯爵だけでなく、他にも複数いることが分かる。
恐らくアウハーゼン侯爵と同じ元王派閥の連中だろう。
派閥のトップに従ったのだろうが、先を見る目どころか今現在を見る目すらない様だな。
暫くの間玉座の間らしからぬ騒がしさだったが、近衛騎士達が捕縛した連中を連れて謁見の間を出たことで急激に静かになる。
さて……どれだけここに残っているのか。
「ふむ、三人か。意外と残ったな……一人しか残らない可能性も考えていたんだが」
……三人。
どうやら派閥も立場も関係なく、謁見の間に居たほぼ全ての貴族が拘束されたようだな。
「私としては少し安心しました。一人も残らなかったらと思うと……」
「くくっ……まぁ、予想よりも見る目のある者がいて良かったじゃないか。さて、では話を始めるとするか」
「……顔を上げて良い」
王女殿下の言葉に従い、私は顔を上げる。
そこにはやや憮然とした表情の王女殿下と無表情のメイド、そして尊大な態度で玉座に腰掛け冷笑を浮かべる男が居た。
……一瞬だが、その姿に見惚れてしまった自分がいることに気付き、私は気を取り直す。
「先程外に放り出された者達は選択する権利を持たないが、ここに残っているお前達には選択肢をやろう。貴族として死ぬか、平民として生きるかだ」
「っ!?」
いきなり告げられた言葉に、謁見の間に残った私達は身を硬くする。
死ぬか平民となるか、だと?
「突然言われても混乱するだけだろうが、生憎俺は面倒事が嫌いでな。即決してくれ」
余りにも理不尽な物言いに怒りを覚えるが、喚いたところで意味は無く……しかし質問が許される雰囲気でもない。
……どうする?
「……陛下。流石にそれではこの者達も納得できないでしょう。私に説明をする時間を頂けないでしょうか?」
「いいだろう」
王女殿下の言葉に頷く男。
このやりとり、恐らく事前の打ち合わせ通りなのだろうが……ほんの短い時間だったにせよ生きた心地がしなかった。
そして、王女殿下の言葉に救われたような感情を抱いてしまったのは……手のひらの上という事だろう。
小娘と侮り、駒として良いように操ってきたつもりだったが……玉座の傍らに立つ王女殿下は私の知っている……一ヵ月前の小娘とは全くの別人となり、上に立つ者として相応しい威厳と態度を身に付けているように見える。
それを成した男の手腕。
確実に暴力だけの男ではない。
集められた貴族、私への理解、そしてこの場にいない貴族……レグリア王国にやってきて一カ月足らずでこの国を完全に手中に収めている。
およそ人に出来ることではない。
理不尽……まさに理不尽の権化。
背中に止まらない冷や汗を感じながら、私は王女殿下の話に耳を傾ける。
しかしその口から語られた内容に、私を含めた三人はどう反応すれば良いのか分からなかった。
「……王女殿下。あまりの内容に理解が追い付いていない我が身を恥じ入るばかりなのですが……」
「レイフォン殿、その気持ちは理解出来ます。なので、敢えて身も蓋もなく端的に言います。レグリア王国は既に滅び、ここはフェルズ陛下の治めるエインヘリアとなりました。そしてエインヘリアに貴族は存在していません。故に貴方がたは選択する必要があります。フェルズ陛下に反旗を翻すのか、貴族であることを捨てエインヘリアの民として生きるのか」
「……」
「エインヘリアの民として臣従することを誓うのであれば、レグリア王国時代の罪や不義理については一切問いません。今後はエインヘリアの法に従ってもらいますが、レグリア王国時代の罪業を引き合いに出して貴方達と家族、家臣を害さないと誓いましょう」
「「……」」
貴族として死ぬか、平民として生きるか……この場にいる私達には選択肢を与える。
そして謁見の間から出された者達には選択肢を与えない……。
勿論それは、彼らが平民に落とされるという意味ではなく……貴族として死ねということだ。
処刑……?
いや、違う。
恐らく……私兵を集めさせて戦うつもりだ。
レグリア王国が代替わりの時にやっていた魔力による人気取り……あれとはまた違った方向で、分かりやすく支配者が変わったことを知らしめる……英雄の力を見せつける為の贄として彼らは選ばれたのだ。
そして当然、ここで臣従を誓わねば私もその贄となる……。
貴族位を捨てるという判断は簡単に出来ることではないが、断れば恐らく一族ごと根絶やしにされるだろう。
生き残るためならばこの場にて臣従を誓うしか……いや、一刻も早く誓うべきだ。
それこそ、他の二人よりも早く……。
「……委細承知いたしました。セルニオス=ソルティオス=レイフォン、今後はいち臣民として陛下に忠誠を誓わせていただきます」
貴族としての利権をすべて捨てるのはかなり厳しいが、資産の没収はしないという。
領地を失う事で収入はなくなるが……国の要職をくれるとの事なので、困窮したりはすまい。
それに集落に代官を置くというやり方であれば、我が領民達も大きく混乱することはない筈だ。
何より……遥か遠き地にあるというエインヘリアの本国。
本当にそことこの地が繋がるのであれば、可能な限り良い印象を与えておくべきだろう。
陛下の予想では一年以内にはここにやって来るという事だが、流石にそれを何の証拠もなく鵜呑みには出来ない……しかし、陛下の態度は虚勢でも何でもないように見える。
相当自信があるのだろう。
見たことも聞いたこともない別の大陸から一年以内にやって来る……どれほどの技術力と国力があればそれほどのことが可能なのか私には想像も出来ないが、その力は帝国や聖国を遥かに上回るものに違いない。
陛下の雰囲気に呑まれていると言えなくもないが、もしこれ程の威圧感をまき散らす詐欺師が居るのであれば、それは本物と呼んで問題ないだろう。
「くくっ……流石の判断だなレイフォン。その形勢を瞬時に判断し、更にその直感に賭ける胆力は見事。聖国はもう良いのか?」
「……確証が欲しくないと言えば嘘になりますが、少なくとも私は陛下に敵対したいとは微塵も思いません」
「ほう?俺としては牙を剥いてくれても良かったのだがな」
そう言いながら冷笑と共に肩を竦める陛下。
その姿を見た瞬間、心の底から敵対しなくて良かったと思える程ゾッとする物を感じた。
「お戯れを……」
「まぁよい。それで、後ろの二人はどうする?強制はしない、先に追い出された連中の元に行くなら笑顔で送り出すぞ?」
そして恐らく笑顔で潰すのだろう……私の後ろにいる二人の顔は見えないが、恐らく引き攣らせている事だろうな。
「わ、我が家もレイフォン卿……いえ、レイフォン殿と同様に貴族位に未練はございません。今後は陛下の、エインヘリアという国に全力で仕えさせていただきたく!」
「私もお二方と同様の意見です!エインヘリアに仕えるという栄誉に拝したく存じます!」
「そうか……我が国は三人を民として受け入れよう。レヴィアナ、これで全ての貴族の去就が決まったな?」
二人の宣言に鷹揚に頷いて見せた陛下が傍らに立つ王女殿下に尋ねる。
「はい。そうなります」
「となると反乱軍の総数は二千五百も行けば良いところか」
「「!?」」
私の後ろから驚いたように身じろぎする気配が伝わって来る。
当然だ。
先程追い出された者達は間違いなく反旗を翻す。
彼らだけで帝国や聖国に寝返ることは領地の位置的に不可能だからな。
亡命という手もあるにはあるが……あの者達が領地を捨て亡命する可能性は皆無に近い。
帝国や聖国からすれば亡命を受け入れても利はないし、彼ら自身も……それなりの待遇を求められるとは考えていないだろう。
外に出された連中の人数を正確には把握していないが、二侯爵二伯爵……その連中であれば私兵と傭兵を合わせて二千程度は集められる筈、残りの子爵男爵連中も、十名くらいはいたと思うし全員で数百くらいは集められると見て良い。
もしくは、あの連中以外にも陛下の頭の中には反旗を翻す者の当てがあるのかもしれない。
「なるほど、そこで陛下はその御力を振るうということですね?」
口の中がからからに乾いていたが、何とか私は言葉を絞り出す。
「国内、そして国外にエインヘリアの名を知らしめるのに丁度良いからな。そこで俺が負ける様であれば、すぐに聖国なり帝国なりに与して構わんぞ?あぁ、別に結果を知る前でも構わんがな?」
「陛下が負ける様でしたらそう致しましょう」
私の言葉に、陛下は笑みを深くする。
「くくっ……好きにしろ。エインヘリアの名を民と周辺国に出すのもその時だ。その時まではお前達も自由に動けば良い。だが、エインヘリアの名を出して以降は許さん」
「我が心は既に陛下に捧げておりますれば……陛下が勝つ限り裏切りませぬ」
「良い返事だ、レイフォン。では、既に我が元に着くと宣言した者達を入れ、今後の話をするとしよう」
陛下がそう言うと、王女殿下がすぐ傍にいるメイドではなく近衛騎士に命じ謁見の間に人を入れ……エインヘリアとしての方針を耳にすることとなった。
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