第23話 ギリセーフか?



View of セルニオス=ソルティオス=レイフォン レグリア王国伯爵






 謁見の間に並ぶ面々を見渡した時、私は違和感を覚えた。


 まずは居並ぶ貴族達の数。


 ちらほらと地方貴族の顔もある事から王国中の貴族に声をかけたと思われるのだが、その数が明らかに少ない。


 かと言って先のクーデターで王女側についた貴族、または逆に王女側につかなかった貴族だけが集められた訳でもない。


 王派閥、王女派閥、そして日和見連中……節操なく集められているようだが、その基準が分からない。


 侯爵家が二つ、伯爵家が我が家を含めて三つ……後は地方領主の子爵や男爵……辺境守護は動かせないにしても名代すら来ていないようだな。


 王女殿下……あの現実を見ずに民が民がと口にするだけの小娘を推してクーデターを成功させたのは、聖国の指示によるものだ。


 その後、愚王を逃がし英雄召喚を行わせるという計画は聞いていなかったが……あの研究馬鹿になり替わっていた聖王国の密偵が愚王の傍にいたのだから、計画通りという事だろう。


 小娘からは愚王が呼び出してしまった英雄について何度か手紙で相談があった。


 私は聖地に向かった軍には参加していない。


 英雄が暴走しているかもしれない危険地帯に向かうなぞ馬鹿のすることだ。


 幸い小娘は王都を守るという私の言葉を信じたので遺跡に行く必要はなかったのだが、何をどうやったか小娘は聖国の密偵を含めた王派閥の連中を全員捕縛し、更に英雄を王都へと連れ帰って来てしまっていた。


 これは……恐らく聖国の計画とは違うだろう。


 しかしまだ、聖国から何の連絡も来ていない……まぁ、まだクーデターから一月も経っていないからな。


 聖国からこの王都まで、馬車であれば二か月はかかる距離だ。


 それに事を考えれば、いくら聖国の生臭共が謀略に長けているとしてもすぐには動けないだろう。


 ……いかんな。


 ここ最近考えが堂々巡りになっておるな。


 私は領地に帰る事は殆ど無いが、その領地は国の南西方面に位置しており聖国にほど近い場所にあると言える。


 故に、国を裏切り聖国につくというのは自然な考えであったが……英雄召喚をした上にその英雄を取り込むことが出来たということであれば話は変わって来る。


 辺境守護が生きていた時代、レグリア王国は強かった。


 もしこの国にあの頃の強さが戻って来るのであれば……上手く英雄を使えば聖国との交渉も有利なものにすることが出来る。


 英雄なんてものは所詮力を持った馬鹿だ。


 いや、馬鹿というか……まぁ、それは良いか。


 小娘からの手紙に書かれてた英雄の話も、その印象からそう離れた感じではないし……操るのはそう難しい話ではないだろう。


 ……この後、小娘から召喚した英雄について詳しく聞いた方が良さそうだな。


 手紙には軽い英雄の情報しか書かれていなかった。


 いや、どちらかと言えば過去の英雄についてどんな人物だったか、どのように対応すればよいか、その辺りの話を聞かれることがメインであったからな。


 ……どうにかして王国の英雄としてではなく、我がレイフォン家の英雄として取り込むことは出来ないだろうか?


 もしそれが成功したら王家の乗っ取り……いや、レイフォン王家を新しく作る事も不可能ではない。


 まぁ、こんな厄介な土地に新しく国を興しても面倒なだけだが……どうせ建国するのであれば大陸東側に建国したいものだ。


 しかしその為には帝国か聖国を越える必要がある……流石に英雄や家臣達をつれて二大強国を越えた先で建国するというのは無理があるか。


 せめて魔物共だけでも消えてくれればマシなんだが。


 帝国と聖国に挟まれること以上に魔物共の侵攻は頭痛の種だ。


 二大強国とはいえ、連中には話が通じる。


 ただ襲い掛かり肉をむさぼるだけの獣に比べれば、交渉という私の得意分野が通じるだけ組みやすしというものだ。


 そんな風に私がこれからについて算段を立てていると小娘……王女殿下が謁見の間へと入って来る。


 しかし……どういうことだ?


 小娘の後ろに付き従う……いや、小娘に先導させているあの男は一体何だ?


 その姿を目にした瞬間から、身体の震えが止まらない。


 いや、私自身はその震えを抑え込められている方だろう。


 先程何か重いものが落ちるような音がいくつもした……アレは恐らく木っ端貴族共が腰を抜かしたとかだろう。


 流石に伯爵や侯爵で腰を抜かしている者はいないが……よく見れば足や手が細かく震えているようだ。


 英雄。


 それ以外には考えられないが……それでも意味が分からない。


 在りし日の辺境守護。


 確かに英雄と呼ぶにふさわしい御仁だったと思う。


 頭の良い人物ではなかったが、圧倒的な強さと屈託のない人柄は……武人連中を嫌悪する私であっても嫌うのは難しいタイプだった。


 しかし、あの王女殿下の後ろを歩く人物は……何もかもが違う。


 確かに辺境守護も強者の雰囲気を滲ませ、本人の意思とは関係なく威圧感を感じさせることがあった。


 だが、こちらに視線を向けるでもなくただ歩いているというだけで、幾人もの腰を抜けさせるほどの雰囲気をばら撒き……更にその様子を一顧だにしない。


 一体何を……あの愚王共は一体何を召喚してしまったのだ!?


 謁見の間に入ってきた二人を呆然と見る私達の前で、男は自然な様子で玉座に座り王女殿下はその傍らに控える。


 ……何故かその反対側にはメイドが控えているが、玉座に座った男の存在感で印象が薄れる。


 いや、謁見の間における最上段にメイドが立っている事には違和感しかないが……今この状況における問題はそんな事ではない。


 あまりにも異常と言える事態に、この場にいる誰もが声を出せない。


 それは玉座に座る男が、この場の……いや、今まで目にした誰よりもそこに座る事が自然なことだと感じてしまったからかもしれない。


「どうした?何故跪かない?」


 涼やかな声で紡がれた言葉が謁見の間に広がる。


 何故……?


 一瞬呆けていた私だったが言葉の意味を理解し、ようやく目の前の光景が現実のものであったことを思い出す。


 しかし、この場にて声を上げるのは私の役目ではない。


 二人の侯爵……率直に言って爵位だけの馬鹿だが、馬鹿だからこそ何も考えずに喚いてくれる筈だ。


 案の定、一人の侯爵……アウハーゼン侯爵が声を上げようと体を震わし、私はその直前……ギリギリのタイミングで膝をつき頭を垂れることに成功した。


「貴様!一体誰の許しを得てそこに座っておる!近衛!何をしておる!その者を斬り捨てよ!」


 よし、いい感じに馬鹿な事を言ってくれた。


 誰の許しを得てと喚いているが、そもそも王女殿下が横に居るのだから明らかに許可は出ているだろう。


 まぁ、アレだけの雰囲気をまき散らしている相手にそれだけ吠えることが出来ることは凄いとは思うが……目と生存本能と判断力が腐っているだけだと思うので尊敬はしない。


 それと近衛は王家の直属だ。


 お前に命令権はない。


「くくっ……なるほど。流石だな、レイフォン」


 ぞくりと……玉座に座る男の口から我が名が出てきたことに、えも知れぬ恐怖を覚える。


 確かに、唯一膝をついたであろう私はこの場にて目立っただろう。


 しかしそれ以上にアウハーゼン侯爵の叫びが耳目を集めた筈。


 だというのに玉座の男はアウハーゼン侯爵を一顧だにせず、私に視線を向けている。


 頭を下げている為見る事は出来ないが、はっきりと感じる……男の視線と興味を。


 直答するべきか……?


 いや、私の直感が今言葉を発するのはマズいと告げている。


「何をしている!レイフォン卿!」


 玉座の男が私の名を呼んだことで注目されてしまったのだろう。


 アウハーゼン侯爵の罵声が頭上より降りかかって来るが、私は馬鹿の喚きを無視して頭を下げ続ける。


「アウハーゼン殿、エインヘリア王陛下の御前です。疾くその口を閉じ、跪きなさい」


 王女殿下の澄んだ声が玉座の間に響く。


 ……妙だ。


 理想に目を眩ませた血筋だけの凡人。


 それが王女殿下の評価だ。


 ただの姫であればそれで良かったかもしれないが、第一王位継承者としてはあまりにも不出来……だからこそ、私にとっては御しやすい神輿。


 しかし先程の凛とした力のある言葉。


 クーデター前とは明らかに別人……何があった。


 それに、エインヘリア王陛下……?


 ……マズいな。


 これは思っていた以上に事態が進んでいる。


 ということは……今日ここに集められた貴族達の意味も……。


 私は未だ事態を把握できていない貴族達を意識の外に追いやり、生き残りを模索し始めた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る