第22話 忙しいから全略



View of エリストン=チャールソン=ラング レグリア王国 子爵






 先日、王都においてクーデターが起こり、王が失脚した。


 クーデターの首魁はレヴィアナ=シス=レグリア。


 レグリア王国の王女にして第一王位継承者。


 クーデターを起こさずとも、レグリア王家の血を引く者は彼女しかいない以上遠からず王位は彼女の元に転がり込んで来る。


 にも拘らず、王女がクーデターを起こしたのは……まぁ、考えるまでもないだろう。


 私はエリストン=チャールソン=ラング。


 レグリア王国において子爵位を賜り、小領ながら地方にて領地を治めるものだ。


 そんな私が王都で起こったクーデターの事を知っているのは、王都に潜伏させている部下から連絡が届いたからだ。


 その内容は……悪くないものだった。


 主要施設への同時攻撃。


 狙いは上層部に絞り、実行役もそれなりに地位を有している人物だけに絞り込んでいる。


 一部の手練れには事前に薬を使って無力化……クーデターを起こしたのが王女という強権を有した者だからこそ出来たやり方だな。


 ここまでは悪くない。


 いや、殆ど血を流すことなくクーデターを成功させた手腕は見事なものと言えるだろう。


 しかしその後がまずい。


 王やその側近を幽閉後逃がしてしまっている。


 お優しい王女の事だ。


 最初から処刑ではなく蟄居させるつもりだったのだろう。


 しかし、それは優しさではなく甘さだ。


 そもそもクーデターなんてものは、ほぼ間違いなく他国の手が入っている。


 クーデターが起こる様な政情で他国から一切干渉されない訳がないのだ。


 王ははっきりと帝国に尻尾を振っていたし、それに対抗する王女の傍には聖国の手の者が入り込んでいた。


 帝国が王女のクーデターを察知出来なかったとは思えないが……連中の狙いは恐らく ……いや、今それはどうでも良い。


 問題は、逃げ出した王が王家に伝わる儀式……英雄召喚の儀式を行ってしまった事だ。


 確かに今代の王は暗愚だと思っていたが、まさかそこまで考え無しだとは……。


 私は地方の小領主。


 中央の政変は一切関係ないとまでは言わないが、地方領主には地方領主なりの生き残り方がある。


 国が安定しているに越したことはないが、傾くなら傾くで我々には取るべき方針というものがあり、その為の仕込みは既に済ませた。


 しかし、英雄召喚が行われたとなると少々風向きが変わって来る。


 英雄召喚はレグリア王国の切り札にして諸刃の剣。


 いや、普通に考えるなら……アレはほぼ自殺みたいなものだ。


 五十年前……もはやどうしようもなくなった王が縋った英雄召喚。


 当時は奇跡が起きて国を滅亡の危機から救ってしまった。


 それが良くなかった。


 なまじ召喚した英雄の手で国が救われてしまった為、英雄召喚という劇薬を切り札の様に捉えてしまったのだ。


 確かに英雄という存在は国の存亡を左右する存在だが、その強大な力を召喚した国の為に振るう可能性は非常に低いと言える。


 周辺国から見れば、制御の出来ない存在を突然呼び出す可能性のある儀式を行う危険な国。


 それと同時に丁度良い使い捨ての盾。


 帝国や聖国からすれば、一人の英雄が現れ暴走した所で対処は可能。


 上手くすればその英雄を取り込むことが出来る可能性まである。


 少なくとも召喚を行い、英雄にマイナス感情を与えるであろうレグリア王国よりも遥かに取り込みやすい立ち位置と言える。


 そんな英雄召喚が行われてしまった以上、帝国と聖国の最優先は召喚された英雄だ。


 私が根回しをしてどうにか領地安堵の条件で聖国に寝返るという話も一時停止……下手をすれば反故にされる可能性もある。


 全ては呼び出された英雄の動き次第……。


「厄介なことだ。我々にとっては生き残るための唯一の道だったが、聖国からすれば予備の予備程度の考えだったわけだ」


 小領主なりに情報網を作り、可能な限りの最善手を模索し続けていたが、やはり大国とは地力が違い過ぎる。


 こちらは一つか二つの手を打つのがやっとだというのに、相手は同時にいくつもの計画を進めることが可能。


「どれだけ知恵を絞ろうと、所詮は大河の激流に翻弄される木の葉に過ぎぬ。それでもその激流に飲み込まれ川底に沈むわけにはいかない。聖国、帝国、そして召喚された英雄に王女。どう動く……?我々が生き残るためには……やはり英雄の情報が必要だな」


「教える……?」


 っ!?


 私の独り言に、ある筈のない返事があり私は椅子を蹴飛ばして立ち上がり傍らに置いてあった剣を抜く!


「何者だ!」


 必要以上に大きな声を出したのは部屋の外にいる者達に知らせる意味もあったが……それ以上に驚きと恐怖によって思わず出してしまった部分もあった。


 何せ、私は椅子に座り考え事をしていた。


 そして執務机は部屋に入ってきた者にそのまま対応出来るよう、出入口の方に向けて置いている。


 当然誰かが扉から出入りすれば、例え書き物に集中していたとしてもすぐに気付く。


 それにも関わらず、目の前の人物が声をかけてくるまで私はその存在に気付かなかった。


 考え事をして真正面を向いていたにも拘らずだ。


 目の前の人物は……黒髪の女。


 どこか眠たげというかぼーっとしている印象を受けるが、私の執務室に突然現れた人物が只者である筈がない。


 私は武人としてそこまで優秀な方ではないが、それでも剣を手に戦う術くらいは身に付けている。


 そんな私に机越しとは言え剣を突きつけられ、全く意に介していない女。


 更に、私が大声を上げたにもかかわらず誰も部屋にやってこない異常事態。


 ……何が起こっている?


「……誰も……こない……皆……寝てる……」


「……それはどういう意味だ?」


「……そのまま……寝てるだけ……生きてる……」


 その言葉を鵜呑みには出来ないが、全員殺したと言われるよりは希望が持てる。


 しかし……。


「最初の問いにも答えて貰いたいものだが……」


「……私は……可愛い……外交官……」


「……外交官?」


 私は前半部分を無視することにした。


 この状況で冗談を言える胆力は凄いが……これ以上相手のペースに飲まれるわけにはいかない。


 確かに、本人の言う通り未だかつて見たことがない程美しい女ではあるが……落ち着け。


 もしこの女が私を害するつもりであれば、とうの昔に私は死んでいる。


 わざわざ目の前に姿を現し、冗談を言う必要はない。


 それに外交官……何処の国の者かは分からないが、これ程非常識な存在だ。


 帝国、あるいは聖国の者と考えるのが妥当だろう。


 大穴で魔王国という可能性もあるが、今の所あの国が接触を図ってきたという話は聞いたことがない。


 ……。


 一つ思いついてしまったのだが……まさか、召喚した英雄が外交官だったなんてことはないよな?


 い、いや、ありえない。


 英雄を呼び出したとして、それが偶々外交官をやっていた?


 英雄なんてものは国にとって切り札中の切り札。


 わざわざ外交官を任せるような人材じゃない。


 ……いや、ある意味良い手ではあるのか?


 英雄の入国は断れても外交官の入国は普通断れない。


 外交官とはお互いにとっての窓口……それの入国を断るという事は国交断絶する意思があるというレベルの話だ。


 ……上手い手だが、厭らしさと傲慢さの見えるやり方だ。


 まぁ、ありえない話だ。


 召喚してしまった英雄が偶々外交官だったとして、もはや帰ることが出来ない身でわざわざ外交官を名乗る必要はないし、そもそも地方の小領主である私の前に突然現れる意味がない。


 帝国か聖国の密偵に外交官を名乗らせている……そう考えるのが自然だ。


「……考えは……纏まった……?」


「……失礼。それで、外交官を名乗る貴女が何故私の家の者を寝かせ執務室に?自分で言うのもなんだが、私は木っ端貴族。何処の国の方か存じませんが、外交官とお会いして話が出来るような立場ではありませんよ?」


「……実は……私は忙しい……だから……連れていくね……」


 外交官を名乗った女がそういった直後私の意識は途絶え……次に目を覚ました時、かつてない程の混乱と絶望と安堵を一気に味わうことになった。







----------------------------------------------------------------------------------------



すみません!

どうやら投稿予約日を間違えていたようです!

本当だったら昨日投稿しないといけなかった話ですね!

楽しみにしてくださっていた皆さん、申し訳ありませんでした!


今日投稿しましたが、明日も投稿します!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る