第21話 胸の赤いヤツが鳴ってる



 いや、ほんっときっついわぁ。


 マジ無理。


 もう無理。


 ほんと無理。


 エインヘリアを離れてもうすぐ十日。


 王女さん……じゃなくてレヴィアナを矢面に立たせて貴族達の説得をしている今日この頃ですが、覇王はエネルギーが尽きそうです。


 現在このレグリア王国で行われている施策は二つ。


 一つはレヴィアナが主導して行っている貴族の取り込み。


 こちらはウルルが作成した資料を使い万全の状態で挑んでいることもあり、非常に順調だと聞いている。


 まぁ、優先順位の高い連中は元々レヴィアナに協力的な奴等だし、問題はない筈だ。


 問題は次のグループ。


 ウルルの情報から優秀だと目されている人物。


 まぁ、本人だけじゃなくその配下が優秀だったりするのもいるけど……得てしてそういう連中は曲者が多い。


 だからこそ先に取り込みやすい連中を取り込み、勢力を膨らませているんだけど……その手の連中を取り込むのは、キリクとかイルミットが得意なんだよね。


 優秀な連中って色々とこちらを見透かしてきそうだから、なるべく会いたくないんだよね。


 例えば……元バゼル王国の英雄、カイ=バラゼルみたいなね。


 あいつと会うのは本当に緊張した。


 まぁ、よく分からない内になんか良い感じに顔合わせは終わったけど……キリクから褒められたし、俺の知らない覇王が何かしらやってくれたのだろう。


 そういえば、カイさんは超人的な意味での英雄ではなく、知略で戦う……軍師的な英雄なんだよね。


 今みたいに手札が限られてゴリ押しが出来ない状況では、非常に頼もしい人物だと思う。


 俺じゃなくて彼の方が良かったんじゃないかな……?


 いや、流石のカイさんでもこの状態から立て直すのは無理かな?


 今この国に必要なのは知力よりも腕力だしね。


 何にしても……人材集めはレヴィアナが頑張ってくれている。


 そしてもう一つの施策は……ウルルによる諜報部の再建というか強化?


 この国の諜報部は正直息をしていない状態だった。


 聖国や帝国の二国にボロボロにされ、各地に派遣されていた諜報員の殆どが狩られたか裏切ったかで連絡が取れない状態。


 他国はおろか、自国の情報さえ満足に集められないのだ。


 この情勢で帝国と聖国の動きが見えないのは最悪だし、魔王国軍の動きは把握できていないと被害が大きくなる。


 正直、いざ戦いとなれば俺とウルルが居れば何とかなる。


 ……魔法の使用には回数制限があるから、エリア系魔法で消し飛ばしたり威嚇したりってのは出来ないけど、範囲攻撃のスキルで数百単位を薙ぎ倒していくことは可能だし、俺は覇王剣のお陰でスキルを使って減った分の体力を回復することが出来るからね。


 万単位と俺がぶつかったとしても、時間はかかるだろうけど勝つ事は出来るだろう。


 しかし虐殺するならともかく、召喚兵も使えなければ魔法も制限アリという状況で万単位の相手を捕虜にしたりとかは難しい。


 精々ある程度被害を出させて撤退させるってところだけど、普通の戦争ってそれで十分だからね。


 逆に攻める時は……昔アランドールがやったみたいに、一人で敵拠点に突っ込んで防衛施設を破壊しつくす感じでぼっこぼこにすれば良いだけ。


 まぁ、現状攻めまでは手が回らないだろうけどね。


 そんなわけで、優先すべきは武力よりも諜報力。


 ウルルがこの国の諜報部を鍛えてくれれば、他国の諜報機関に後れを取る事はないだろう。


 情報で有利を取り、盤面をこちらの有利な形へと導く。


 知者であれば……それこそキリクやイルミット、カイさんであれば帝国や聖国をそれだけでひっくり返したり出来るのだろう。


 俺には絶対無理だけど……それでも情報の大切さだけはちゃんと分かっているつもりだ。


 だからこそ、ウルルには全力で諜報部の強化に取り組んでもらっている。


 訓練所が無い為、エインヘリアで訓練をする程効率が良くないらしいけど……しっかりと一人前にするとウルルが言っていたし、問題はない。


 まぁ、何にしても……貴族の取り込みと諜報部の強化、どちらも俺が直接何かやるわけではない。


 ……ないんだけど……覇王はね、ほんともう限界なんですよ。


 未だかつて、ここまで長い事覇王ムーブを続けた事はない。


 っていうか終わりが見えない……。


 あと何日頑張れば休める……そういう指針が全くない状態で気を張り続ける。


 精神の消耗がね……もうね……やばいんよ……。


 ……おうちかえりたい。


「プレア」


 そんな感じで精神的にボロボロになっている俺は、自室として割り当てられている部屋の前でプレアに声をかけた。


「は、はい!」


「俺が許可するまで誰も部屋に通すな。火急の要件……人の生き死にが関わる様な物でない限り、俺が部屋から出るかお前を呼ぶまで待たせておけ」


「か、畏まりました!お食事はどうされますか?」


 今は昼を過ぎたくらい……晩御飯にはまだ結構時間がある。


「日が暮れるまでには出て来る」


「畏まりました!それでは部屋の外で待機させていただきます!」


 俺の唐突な命令にも必要なことだけ確認してあっさりと従ってくれるプレア。


 なんか騙しているみたいで申し訳ないというか……そもそも四六時中俺の傍で世話をしてくれているのがプレア一人だからな。


 エインヘリアの城だったら毎日俺の世話をしてくれる子は入れ替わっていたけど、今は完全にプレア一人に頼りきりだ。


 ……俺以上に疲れていてもおかしくない。


 どっかでプレアも休んでもらわないといかん……ウルルにも言えることだけど。


 俺の場合は気疲れというか……体力的には全然疲労してない。


 ……。


 ……二人の事を考えたら、泣き言なんて言ってる場合じゃない気もしてきた。


 部屋に籠るの止めようかな……。


 ……。


 いや、既に籠るねって言っちゃったし……ここでいきなりやっぱやめるわって言ってもどゆこと?ってなるよね。


 ……うん、やはり今後の事を考えて、休める内に休んでおいた方が良いだろう。


 今はレヴィアナに交渉を任せているけど、そろそろ俺の出番も近い筈だしね。


「……フィオ、聞こえるか?」


『……む……フェルズかの?』


 部屋に入り、いそいそとベッドに腰掛けながら『鷹の声』を起動してフィオに声をかけると、眠そうな声が聞こえて来る。


「すまん、寝てたか?」


『……うむ……こちらはまだ夜明け前じゃからのう』


 しまった……十時間くらいの時差だから、思いっきり丑三つ時って感じじゃないか?


 ほんの一瞬前に、ウルルとプレアの二人に申し訳ないって思った直後にこれですよ……。


 やべぇ……人に迷惑しかかけてないぞ。


「……」


『……?どうしたのじゃ?』


「……あぁ、いや、寝ているところを邪魔してまでする話じゃないんだ。悪かった、休んでくれ」


『……』


 フィオにはエインヘリアの事をかなり任せてしまっているし、相当疲れている筈だ。


 そんなフィオを叩き起こしてまで泣き言を聞かせるなんてありえない……いや、そもそも時差の事をちゃんと考えるべきだった。


 俺は若干の自己嫌悪と反省をしつつアビリティを切ろうとして……。


『ほほほ……待つのじゃ』


「ん?」


 その直前にフィオから待ったがかかり、俺は接続を切るのを止める。


 ……それが失敗だった。


『お主……甘えたかったんじゃろ?』


 ぐああああああああああああああああああああああああああ!?


 フィオのその一言に、俺はベッドに突っ伏し身悶える。


 獺祭……いや、ダッサいわぁ!


 俺、超ダサい!


 今世界で一番ダサい覇王は俺だわ!!


 そうですよ!


 いい加減精神的に疲れ切ったんでフィオに癒して貰いたかったんじゃよ!


 悪いかよ!


 嫁さんに甘えて悪いのかよ!


 悪くない!


 俺は悪くない!


 覇王悪くないもん!


「そんなことないんじゃよ?」


 そんな内心に吹き荒れる嵐をおくびにも出さず、拙者冷静に否定するで候。


『あるじゃろ』


 ありますとも!?


 ええじゃないか!


 だってここにはフィオもルミナもいないんだぞ!?


 覇王力のゲージががんがん削れて行ってるのに、回復手段がないどころか使用を中断することも出来ないんですぞ!?


 このままゲージが無くなったらどうなるか分かっとんの!?


 もうなんか「くくっ……」しか言えないマシーンになっちゃうよ!?


 傍にキリえもんとかイルえもんが居てくれるなら、覇王ゲージの減りも緩やかになりますよ!?


 でもいないんよ!


 フィオもキリクもルミナもイルミットも……ここにはおらんのよ!


 もうね……召喚しやがった連中……マジ許さん。


 ぼてくりまわしたるけん、こっちきんしゃい!


『どこの方言じゃ、それ』


「あれ?心読んだ?」


『思いっきり口に出とったわい』


「やっべ……気を付けないと」


 覇王の内心駄々洩れはヤバい……。


『それだけストレスが溜まっておったということじゃな』


「お、おぅ」


『そして本音をぽろっと漏らすのも……甘えられておるという訳じゃ』


「ちがうんだなあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 俺は枕に顔を押し付け、極力音が漏れないように叫ぶ。


 あ、今俺意外と冷静だわ。


『ほほほ、愛い奴じゃ』


 そのまま……寝ていた所を叩き起こしたにもかかわらずフィオは俺の憂さ晴らしに付き合ってくれて、なんやかんやで俺のゲージは回復した。


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