第20話 理不尽の王



View of レヴィアナ=シス=レグリア レグリア王国王女 暫定代表






「そこに転がっている者はな。この国の筆頭宮廷魔導士ではないぞ」


 陛下の言葉に私とレインは目を見開く。


 縄で雁字搦めにされて口枷を着けられている男は……何処からどう見ても我が国の筆頭宮廷魔導士です。


「ウルル、剥がせ」


「……はい」


 陛下がおもむろにそう口にすると、間違いなく先程までこの部屋の中に居なかったウルルという名の外務大臣が現れました。


 こ、この方……本当に心臓に悪いです。


 どこかぼーっとした雰囲気があるのですが、その役職は外務大臣。


 こちらを警戒させないための擬態なのでしょうか……?


 いえ、突然消えたり現れたりする時点で全力で警戒しますし、また別の意図が?


 少なくとも外交の責任者ですし、交渉能力は誰よりも優れている筈です。


 ぱっと見は口数が少なそうな印象ですが……全てが擬態なのでしょう。


 擬態をする理由は分かりませんが……。


 私がそんな風にウルル殿を計っていると、音もなく動いたウルル殿が床に転がるエルモットの顔を掴み……一気に引きはがしました!


「っ!??」


 飛び出しそうになった悲鳴をかみ殺し、私がエルモットの顔を確認すると……そこにあったのは別人の顔でした。


「これは……」


「何やらマスクのようなもので変装していたらしい。因みに本人は自宅で殺されていたぞ」


「そ、そんな!?いつから!?」


 座っていた椅子から立ち上がり、悲鳴ともとられかねない声で私は陛下に尋ねます。


 いえ、正確には悲鳴のような叫びだったかもしれません。


 しかしそんな私の動揺を意にも介さず、陛下は普段通りの冷笑を浮かべながらこちらを見ています。


「ここ一月程のようだな。正確な日数は分からんが」


「一ヵ月……」


 元々筆頭宮廷魔導士であるエルモットは、それだけの地位にありながらも派閥争いに積極的にかかわる事のない人物でした。


 魔法や魔道具の研究に身を捧げ、それでいて政治もそつなくこなし……派閥には参加せずとも程よい距離間で周囲と付き合う。


 優秀さに反して欲がなく、敵を作らない。


 そんな人物が、突如幽閉されていた王やその側近を逃がしたことに疑問を感じなかったと言えば嘘になりますが……まさか別人が成りすましていたなんて……。


「どうやら聖国の手の者らしいぞ?目的はレグリア王家の秘術……と呼ばれているらしいが、召喚の儀式だ。あわよくば召喚された英雄を操る……仮にそこで失敗しても帝国寄りの王派閥の連中を殺させる。そんな計画だったようだな。ソイツ自身も捨て駒らしい……本人納得の上でな」


「……」


 聖国であれば……自身の命を顧みず国や信仰に尽くす人物がいてもおかしくはありません。


 ですが……まさか筆頭宮廷魔導士に成り代わっているなんて……。


「くくっ……いずれではない。レグリア王国は既に聖国と帝国の争いの舞台だった訳だ」


「……」


 ……陛下の言う通り、我が国は……もはや皿の上に乗せられたパイだったようです。


 その上に飾られたフルーツに過ぎないこの身には、パイの権利を主張することすら出来ない……いえ、こうして指摘されるまで、自身がパイの上に載っている事すら気付けなかったのです。


 道化ですらありませんね……。


「まぁ、俺が面倒を見る以上……これ以上好きにさせるつもりはないがな。それと、コイツは使い道があるから俺が貰う。構わんな?」


 顎で床に転がる男を指しながら、簡単な話とでも言いたげに陛下がおっしゃいます。


「……はい」


 いえ……恐らく陛下にとっては簡単なことなのでしょう。


 この者がどういう末路をたどるのか……私には想像も出来ませんが、エルモットの埋葬だけは陛下に懇願しておかなければなりません。


 彼自身は陛下の召喚にはかかわっていない筈なので……本人が生きていたら喜んで参加しそうではありますが……。


 私はエルモットに化けていた者から目を外し、渡された資料に視線を落とします。


 陛下はさも当然の様にこの資料を出されました。


 エインヘリアにおいて、この資料を作成することは……特筆すべき事柄ではないのでしょう。


 しかし、この資料は本来存在しえないものです。


 いえ、この資料を作成したのがレグリア王国の者であれば驚嘆に値しませんが……この資料を作成したのはエインヘリア。


 数日前までレグリア王国の事はおろか、この大陸の存在すら知らなかった方々だった筈なのに……既に私達よりもこの国の貴族について詳しいのではないでしょうか?


 ……貴族だけではありませんね。


 この国に仕掛けられている謀略。


 私達が認識出来ていなかったそれを、あっさりと見破る……これらを調べたのはたった三人……いえ、陛下を除けば二人だけです。


 英雄とは理不尽の権化であると聞いたことがあります。


 私が生まれた時には、レインの曾祖父である英雄グレンタール=エスリク殿は既に没しておりましたし、帝国や聖国にいるという英雄に会う事なんてありませんでした。


 しかし、その英雄の力を見た誰もが口を揃えて言うのが、あれは理不尽の権化である……同じ形をしているだけで我々只人とは異なる存在だという事です。


 正直、どれほど深刻そうにそう告げられても理解は出来ませんでしたが……陛下を見ていると、そのあきらめにも似た評価が納得出来てしまいます。


 私が聞いていた理不尽とは若干方向性が違う気もしますが……。


「ひとまず、この国をエインヘリアとするには貴族共を納得させ、その特権を手放させなければならん。優先順位の高い連中は言葉を交わせば納得するだろうが、それ以外は多少面倒がある。初めに王都にいる優先度の高い連中を口説いて地方に派遣するぞ」


「……陛下。私達王族や召喚を実際に行った者達の処刑はいつ行われますか?優先度の高いもの達への根回しが終わった後でしょうか?」


「処刑か……一つ確認するが、この国で処刑は……見世物か?」


「はい。地位がある程度高い者や大罪を犯した罪人等の処刑は、民達にとって娯楽の一つとなっております」


「……」


 私の回答が面白くなかったのか、陛下の雰囲気が急激に変わり……同時に、息が詰まりそうなくらい空気が重く冷たいものに変わりました。


「っ……」


「いや、すまないな。そういう文化がある事自体は理解している。俺も必要があって公開処刑をしたこともある。だが……人の死を娯楽として消費する趣味はないな」


 陛下がため息をつくと同時に重くのしかかっていた威圧感が消えました。


 あの遺跡で初めて御姿を見た時以上の威圧感……陛下にとって、自分が召喚される以上に人の死を見世物とすることの方が遥かに許しがたいということでしょうか?


 私自身、人の死を……それが例え悪人のものであったとしても、楽しむことは出来ませんが……陛下は明らかにそれを嫌悪されているようです。


 為政者としては珍しい気もします。


 特に、エインヘリアという国は侵略国家であるとおっしゃられていましたし……いえ、違いますね。


 処刑が問題なのではなく、どのような相手であってもその死には敬意を払うべきだと……そうおっしゃっているのでしょう。


 ……少なくとも、私の処刑は尊厳を踏みにじられるようなものではなさそうです。


 王族として、自らの生も死も私自身のものではなく国の為に消費するのが当然だと考えてきましたが、陛下であればその死を穢すことなく尊重して下さるかもしれません。


「レグリア王については公開処刑とせねば示しがつかぬだろうし、その取り巻きに付いても随分と好き勝手していたようだから同様だな。その辺り……どこまでどのようにするかは、引き入れた連中に判断させるか。無論裁可は俺が下すが」


 面倒だとでも言いたげに陛下は小さく息を吐いた陛下が、そのままじっとこちらを見てきます。


 な、何か変な反応をしてしまったでしょうか?


 ……自分の死は受け入れたつもりでしたが、未練のようなものが顔に出ていたでしょうか?


 いえ、未練がないとは言えません。


 側近であり、幼いころからの友人であるレインの事も気がかりですし……エインヘリア統治下となる民の事、そして陛下が治めるエインヘリアという国その物。


 それに別の大陸の文化や歴史……そう言ったものにも興味がありますし、何より陛下が来られたことによってこの大陸がどう変わっていくのか、とても気になります。


 ……いけませんね。


 先の事を考えてしまうと、いくらでも未練が湧いて出てきます。


「連中についてはそんなところだ。これから暫く忙しくなるからな。覚悟しておけよ?」


「……私は幽閉されないのですか?」


「幽閉?貴様には仕事が山の様にあるのだぞ?暇をする等という贅沢が許されると思うなよ?」


「……申し訳ありませんでした。処断されるその日まで、粉骨砕身で働かせていただきます」


 確かに現状を考えるならば、少しでも動ける人材を遊ばせておくわけにはいきませんね。


 民の為に出来る最後の仕事……全力で取り組ませていただきましょう。


「処断……?先程から何を言っているんだ?」


 訝しげな表情を見せる陛下。


 ……このような顔もされるのですね。


 超然とした陛下のとても人間らしい表情に、少しだけ心が軽くなると言いますか……小さな喜びのような感情を覚えました。


 それはそうと……何故陛下はそんなお顔を?


「……?」


「??」


 何か、物凄く分かり合えていないような……。


「……貴様を殺すつもりはないぞ?」


「「え……?」」


 陛下の言葉に私は……いえ、私とレインの二人は思わず声を漏らしてしまいました。


「お前達がクーデターを起こし、そして王を逃がした事によって俺はこの地に召喚されることになったが……原因なんぞというものはやろうと思えば何処までも遡っていけるものだ。クーデターの後に王を取り逃がすというのは確かに大失態だが……俺はそれを裁くつもりはない。俺はあくまで誘拐犯である王派閥、そして裏で糸を引いた聖国の連中には責任を取らせるだけだ」


「……」


「お前達にはやってもらわねばならん仕事が山のようにある。そう簡単に楽になれると思うな」


「……は、はい」


「取り急ぎ、優先順位の高い連中に声をかけて行け。それと、レグリア王国の諜報関係の人間をここに寄越せ」


 諜報関係……昨今はかなり息をしていない部門ですが、陛下が御所望とあらば否はありません。


 無論現状を正確に伝える必要はありますが……。


「畏まりました。すぐに手配いたします」


 私が頭を下げながら応えると、陛下は少し雰囲気を変えながら声を発します。


「レヴィアナ=シス=レグリア。今後貴様は王女ではない。亡国レグリアの元王女として、我がエインヘリアに力を貸してもらう。良いな?」


「はい!」


 私は今まで、王族として傅かれる存在でした。


 それを失った事に一切の未練はありません。


 私達は失敗を繰り返しました。


 全てが絶望に落ちる……その直前に、縁もゆかりもない陛下が掬い上げてくれました。


 ……行きつく先はまだ分かりません。


 ですが……冷笑を浮かべる理不尽の王に、私は全てを託しました。


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