第18話 フライアウェイ:マインド



「少し話が逸れてしまったが、先程の俺の発言、覚えているな?」


 忘れてたらびっくりだけど……俺はそんなことを考えつつ王女さんを見る。


 当然と言った様子でしっかりと頷く王女さん。


 先程までの呆けた様子はもはやどこにもない。


 それはそうと、宮廷魔導士のおっさんを床に転がしたままいつの間にかウルルが姿を消している……その事実に気付いた女騎士がぎょっとした表情で周囲をきょろきょろと見渡していたが、王女さんは俺の事を凝視していてその挙動に気付いていない。


 なんか、話の順番がぐちゃぐちゃになっちゃって、ここからどう話したもんかって感じなんだけど……まぁ、いいか。


「この国は亡ぼす。しかし、当然だがただ滅ぼして終わりとするつもりはない。確かにレグリア王国は俺を召喚するという大罪を犯したが、その責を民にまで波及させるつもりはない。故に今日からここはレグリア王国ではなくエインヘリアだ。と言いたい所だが、俺達は三人……戦力としては十分だが、流石に三人で統治は厳しい」


 俺が肩をすくめて伝えると王女さんは神妙な顔を……いや、意味が分からないといった表情のような気もする。


 なんか変なこと言ったっけ……?


「だが、本国より迎えが来るまで本格的に統治は進められないのも困る。故に元レグリア王国の官吏を使う事になるが……その辺りはお前に協力してもらう必要がある。貴族連中は大体調べているが、その下で働く文官たちも……随分と腐敗しているようだしな。前国王の下で甘い汁を吸っていた連中にエインヘリアを名乗らせるつもりはないが、最低限人材は確保する必要がある」


「……えっと」


 王女さん、完全に話について来ていない感じだな。


 いかん、この会談に臨む前に話の流れとかしっかり考えてたのに、出端をくじかれてなんか色々おかしくなってしまっている感が……。


 落ち着け……一度リセットだ。


 本来であれば滅ぼすよ、からの民は許すし統治も全力でやる、からのこことエインヘリアは同じ世界にあるんだよ。


 そこからエインヘリアの話に行って……ウルルを紹介。


 最後にこの国で起こっている事とこれからの話。


 よし、大丈夫だ。


 まだ、修正できるレベルだな。


「あぁ、前提情報を伝えるのを忘れていたようだな。我がエインヘリアとこのレグリア王国……二つの国は同じ世界に存在する」


「っ!?そ、それはどういう!?」


「そのままの意味だ。海を越えた遥か遠く……恐らくここから西にずっと進んでいった先に我がエインヘリアは存在する。異なる世界に存在するわけではない」


「そんなっ!?」


「言葉が違うのは海を隔てた遥か遠く、全く交流の無い大陸同士だったからだな」


「え、エインヘリア王陛下!お待ちください!何故そのようなことをご存知なのですか!?」


 慌てた様子の王女さんに、俺は余裕を持った笑みを返す。


 ずっと異世界から英雄を召喚って言い続けてたし……それが異世界じゃなくって同じ世界の海の向こうっていきなり言われたら混乱もするだろうね。


 その混乱は分かるけど……とりあえず一通り説明をさせてもらおう。


「俺は本国に連絡する手段を持っていてな。こちらに召喚されてすぐに本国は俺が誘拐されたことを知ったし、それがレグリア王国の仕業だという事も知っている」


「そ……そうですか」


 元々悪かった顔色をさらに悪くさせながら王女さんが相槌を打つ。


「そして国元の有識者達と相談した結果。我が国とレグリア王国は海を隔てた別大陸……同じ世界に存在すると結論付けた」


 相談したのは有識者達というか、うちの奥さんだけだけど……でもフィオが太鼓判を押すなら間違いない。


「俺達の国に外洋船が来たからな、別の大陸とそこにそれなりの国力を持つ国が存在することは把握していた。まぁ、いきなり別の大陸に召喚されることになるとは露にも思わなかったが」


 肩を竦めながら言うと、痛みを堪えるような表情を見せる王女さん。


 ……流石にもう虐めるつもりはないんだけど……皮肉っぽくなってしまうのは俺の癖だな。


 いや、覇王ムーブのせいだな。


 普段の俺は爽やかなナイスガイだし。


 ……気のせいか今フィオに鼻で笑われた気がする。


「すでに本国では俺達を探すために動き始めている。早ければ数週間……遅くとも一年以内にはこの場所に辿り着くことだろう。あの霊峰という分かりやすい目印もあるしな」


 空から探すならあの霊峰は良い目印になる筈。


「そのような短い時間で海の向こうから……?」


「あぁ。それについては間違いないと断言出来る。そう遠くない未来、必ず我等の元まで我が国の者達はやって来るだろう。そうなれば色々と楽なんだがな」


 ……キリクやイルミットが居れば統治は楽勝だろうし、魔力収集装置や各種種……それに生簀や鉱山を始めとした様々な施設。


 それに戦闘部隊の子達と召喚兵。


 この国の現状を打破するための全てがうちにはある。


 合流出来たら一気に改革を進められる……というか、この国が王様の代替わり時にやっていた人気取り以上の効果を生み出すことが出来るんだけどな。


 というか、うちのあれこれがないとキツイよね……。


 ほんとエインヘリアって反則だわぁ。


「さて、レグリア王国の……最後の王女よ。お前はこの現実に抗っても良いし受け入れても良い。俺としてはどちらでも構わん……多少やり方が変わるだけで、やる事自体は変わらんしな」


「……」


 責任を取ると王女さんは言っていた。


 しかし、じゃぁ潰すねと軽く言われても納得は出来ないだろう。


 それに碌な説明もしていない……伝えたのはエインヘリアはしばらくしたら来るぞってことだけ。


 まぁ、この国の現状を考えれば、明らかに敵意を持った勢力が来るってだけで滅びは不可避って感じだけどね。


 それがエインヘリアの手による物か魔王国の手によるものか……もしくは帝国或いは聖国の属国として使い潰されるものか……王女さんに出来るのは、国が同潰れるかを選ぶくらいしか出来ない。


「エインヘリア王陛下。属国ではなく併合する……とのことですが、ここはエインヘリア本国からすれば海を隔てた地にあります。その状況でどのような統治をされるのでしょうか?」


 口だけならどうとでもいえる状況……だからこそ、王女さんはこの地がどうなるのか聞きたいということだろう。


 当然だが、俺と王女さんの間に信頼関係なんぞ存在しない。


 だが、真に俺が王であるなら……虚言を弄すことなく、真実を語る。


 王女さんはそう言っているのだろう。


 当然だけど……嘘なんてつかないけどね?


 嘘みたいな話はするけど。


「我が国には魔力収集装置と言うものがあってな。エインヘリアに存在する全ての集落にこの装置を設置するのだが……この大陸においてもそれは変わらん」


 俺の言葉に一瞬訝しげな表情を見せる王女さん。


 まぁ、なんのこっちゃって感じだろうけど……すぐに分かるよ。


「この魔力収集装置にはその名の通り魔力を集める機能があるのだが、それ以外にも通信機能や転移機能といったものがある。通信とはどのような遠方であっても会話が出来る機能で、転移とは例え馬車で一年と掛かるような距離であっても瞬きの間に移動することが出来る機能だ。この地は本国から見れば遠く離れた飛び地と言えるが……我が国からすれば地続きと大して変わらん。隣の部屋に移動するくらいの気安さでここと本国の移動が出来るからな」


「そ、そんなことが……」


 王女さんの驚愕が止まらないな。


 いや、王女さんだけじゃなく女騎士の方も護衛というより完全に俺の話に集中しているように見える。


 王女さんはともかく護衛の騎士の方は……宮廷魔導士のおっさんまだ転がっとるんやで?


 少しは気にしてあげて?


 まぁ、気絶してるけど……。


「エインヘリアは……ここ数年で十数カ国を潰した侵略国家だ」


「っ!?」


 今までで一番の驚き……目玉が零れんばかりに目を見開く王女さん。


 逆に女騎士の方は目を細め警戒をあらわにしているけど……そこ警戒しても、もはやしょうがなくない?


 ここまできて今更警戒しても……いや、彼女がこちらを警戒しているのは最初からか。


「併呑した国の統治は、俺が言うのもなんだが悪くないものだ。まぁ、俺がそう言っても中々信じられないだろうが、これは直接見てもらう以外納得させようがないからな。どれだけ言葉を尽くそうと、証拠がなければ信じられないだろう?」


 言葉だけで納得出来るようなものではない。


 でも彼女達は……何の根拠もない俺の言葉を信じるしかないのだ。

 

 クーデターという手段に出た王女さんだが、それは安易な暴力に頼った政権奪取という話ではなく、にっちもさっちもいかなくなった結果と言える。


 その辺りはウルルがしっかりと調べ上げてくれて、俺も事情を知っているからね。


 同情の余地がないとは言い難い……でもだからといって全く関係ない俺達を巻き込むのは違う。


 そもそも、うちだから特に問題は起こっていないけど、他の国だったら大惨事どころの騒ぎじゃない。


 トップがいきなりいなくなれば国は大混乱。


 当然召喚された先から連絡は出来ないし……送り返すことが出来ないってことだから帰還は不可能。


 もしフィリアやエファリアが召喚されてしまったとして……いくらうちの子達やフィオが優秀でも、別大陸の滅びかけの国に召喚されたとか分かる筈もない。


 ……まぁたらればでイラついても仕方ないが。


 さて、それはそうと王女さんに結論を促した地所だけど……あ、その前に貴族関係の話もしておかないとな。


「それと我が国には貴族は存在しない」


「貴族が……?」


「あぁ。行政、軍事、司法。全てが俺の元に集約されている。無論、全てを俺が執り行うわけではなく、それぞれ担当者に委任しているがな。そして各集落……その集落の規模を問わず代官が置かれる。代官は最長でも二年しか同じ集落に赴任することはない。官民の癒着を防ぐための措置だ」


「……」


「エインヘリアでは中央も地方も、全て国の管理下に置かれる。貴族が土地を治め、その土地で主のように振舞う事は出来ないということだ。当然扱いは平民と同じ……貴族という特権階級そのものがないわけだ」


「……何故そのような?隅々まで国の管理下に置くということは、それだけの労力が発生します。いくら中央が強大であっても上に立てる人数は限られています。そのような体勢では隅々まで目が行き届くとは……」


「先程も言ったが、我が国は転移と通信を使うことが出来るからな。領内で目の届かぬ場所なぞ存在せん」


「……」


 驚き六割、疑い四割って感じだろうか?


 複雑な表情でこちらを見る王女さん。


 まぁ、この国も中央集権ではなく封建社会って感じだからね。


 地方領主がそれぞれ自治権……軍権や徴税権を持ち、国の領土ではなくその貴族の領土を統治して守っている状態。


 まぁ遠く離れた地方どころか、隣の町に連絡をするだけでもかなり手間だし時間もかかるのが当たり前の世界。


 各地に領主を置いて統治を任せ、税収の上前をはねる方が効率的と考えるのがスタンダードだろう。


 実際俺達の方の大陸でも貴族が地方を治めていない国って無かったしな。


「……何故貴族による地方の統治を御認めになられないのですか?」


「その価値がないからな。地方に領地を認めれば、その貴族達の心は領地にある。自らの領地を守るために国に仕えてはいても、そこに忠誠心は望めない。他国が侵攻してきた時……あっさりと寝返る可能性は低くはないだろう?」


「それは……」


 実際、今この国は各地方の貴族が不穏な動きを見せている。


 北側は帝国寄り、東側や南側は聖国寄り。


 唯一魔物や魔王国の脅威にさらされている西側だけが国に協力的と言える。


 まぁ、国の支援がないと西側からの脅威に対応出来ないからだけど……御恩と奉公ってそういうもんだしね。


「そんな地方領主を従わせるには、国そのものが地方領主たちよりも強い力を持ち、頭を抑える必要があるが……国そのものが傾いた時、あっさりと離反するだろう?まぁ、当然の思考だがな」


 地方領主とは言うけど、自分の領地であれば彼らは王だからね。


 誰に憚ることなく好き勝手やれる……悪政を敷くも善政を敷くも良し。


 最優先すべきは自領であり国ではない。


 究極言ってしまえば、自領を治めることを認めてくれれば、どの国に所属しようと構わない……自分達の利益と義務のバランス、大事なのはこの一点に尽きるのだ。


「勿論国の為に働こうとする者もいるだろうが、そこは個人の裁量に任せたもの。はっきりいって、そんなあやふやなものに大事な国や民の未来を任せるつもりにはなれんな」


 封建制は国の治め方として、はっきり言って歪だと思う。


 鎌倉幕府にしろ室町幕府にしろ江戸幕府にしろ……人は変われど、やる事は同じ。


 皆自分達の権力を守るため、下の連中が力を着けさせないように腐心している。


 国を富ませなければならないトップが、自国の力を削ぐことを優先して考えなくてはならない仕組み……そりゃ発展せんわ。


「あぁ、勘違いして欲しくないのだが、忠誠心なんぞ信ずるに値せずと言っているわけではない。忠誠、或いは狂気。己の惚れこんだ相手の為に自らの命を燃やして尽くす……そういった者達は少なからず存在する。しかし、そういったものは個人としての騎士であるべきなのだ。領地を持つ貴族の心根としては、好ましいものであったとしても正しいものではない」


 人にはその地位に応じ、しなければならない仕事というものがある。


 物語に謳われるような忠義の騎士。


 領地を持たぬ法衣貴族であるなら別に好きにすれば良いと思うが、領地と領民を抱えた領地貴族であるなら話は別だ。


 彼らが尽くすべきは惚れこんだ人物ではなく、領地に住む民達でなくてはならない。


 領地を見捨て主君に尽くすというのは、忠義の騎士ではなくただの馬鹿だ。


 貴族を廃すということは、民に対する責任から彼らを解放するということでもある。


 そうすることで初めて給料を払う国に対して忠誠を誓うものだと思う。


 ……まぁ、完全に雇われる側としての意見だとは思うし、うちの子達には当てはまらないと思うけど……うちで働く代官達相手には間違っていない考え方だと思う。


 とは言っても、どういった政治体系にせよ欠点はある……完璧なやり方なんてものは恐らく存在しない。


 中央集権だって結局人材によるところはあるし、なるべく突出した個人におんぶ抱っこにならない仕組みを作る必要がある。


 今のエインヘリアは……お世辞にもそれが出来ているとは言い難いけど、まだ俺達は四歳。


 フィオの考えが正しければ、あと百年以上も現役でいられるわけで……その間にゆっくり仕組みを構築していけばよい。


 早い段階で学校を作ったのもその為の施策の一つだ。


 優秀な人材は正しい教育から。


 その辺りの認識は……この辺の文明レベルとエインヘリアでは大きな差があると言える。


 この世界の常識からすれば……国は貴族の頭を押さえつけるし、貴族は平民の頭を押さえつける……教育、知識の独占も下を押さえつける施策の一つだ。


 いじましい努力だけど、努力の方向が間違って……まぁ、一概にもそうと言えないのが悩ましいところだ。


 結局権威を保つには自分を上げるか他人を落とすか、その二択しかないからね。


 ……何の話だっけ?


 また思考が明後日に飛んでった気がする。


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