第16話 そして今日



View of レヴィアナ=シス=レグリア レグリア王国王女 暫定代表






 エインヘリア王陛下を王城にお招きし、この国と近隣諸国……それから魔王国の侵攻についてのお話をしました。


 流石と言いますか、エインヘリア王陛下は少ない説明でこちらの事情をあっさりと把握してしまったことは驚きを通り越し感心するより他ありません。


 普段から内政に外交に軍事にと、自ら先頭に立ち判断をされているのでしょう。


 理解の速さと読みの正確さ。


 エインヘリア王陛下は本当に優秀な方なのだと思います。


 そんなエインヘリア王陛下のおっしゃる通り……もはや我が国はどうにも動くことが出来ない状況です。


 それは帝国や聖国、魔王国のこともそうですが、父やその側近たちによる執政でちょっとやそっとでは立て直せないくらい経済的にも軍事的にも傾いているからです。


 周辺諸国との関係が良好であれば、長い時間をかけて立て直しを図る事も出来たでしょうが、この状況ではその時間を捻出することすら出来ません。


 せめてもの延命に、父達の売国をギリギリのところで阻止しましたがたいして時間は稼げないでしょう。


 私達王族には民を守り、国を繁栄させるという責務があります。


 私はその責務を一度、その場の感情に任せて投げ捨ててしまいましたが……未だ首が繋がっている以上最善を模索しなければなりません。


 エインヘリア王陛下は私の話を聞き終えた後、三日後にもう一度会談をしたいとおっしゃられていました。


 翻訳の指輪を使い、ご自身の目で私の話した内容を吟味するということでしょう。


 文字も読めるかと聞かれていましたし、この想像は間違っていない筈です。


 エインヘリア王陛下の身を守るための護衛をつける件も了承してくださいましたし、城内の者にはエインヘリア王陛下に何か問われた場合は包み隠さず真実を伝えるように申しつけてあります。


 エインヘリア王陛下がどのような事を考えておられるか、私程度では想像も出来ません。


 なればこそ私は、断罪されるその時までこの国の為に何が出来るのか考え続けなければならないのです。


 しかし、現状を打破できるような案がそんな簡単に出てくる筈もなく……気付けばエインヘリア王陛下との会談の日になっていました。


 その日の朝、私の元にとんでもない情報が届いてしまいました。


「それは……間違いないの?レイン」


 頭を抱えながら問う私に、近衛騎士であり友人でもあるレインが真面目な様子で答えます。


「はっ。魔導院の導師に調査させましたので間違いありません。あの馬鹿共がエインヘリアの王に渡そうとした指輪は翻訳の指輪ではなく、遺跡より出土した呪物の指輪です。効果は誓約。制約の内容までは分かりませんが、誓約に反した場合指輪を着けている人物は死に至ると……」


「完全な禁忌呪物ね。封印指定を逃れたの?」


 私の問いかけにレインが首を振ります。


「いえ、封印局の目録にあるものでした」


 我が国に点在する遺跡より稀に出土する、現代の技術では再現不可能な魔道具を総じて呪物と呼びます。


 呪物自体は申請さえすれば所持することが基本的に可能ですが、その中でも特に危険な物、もしくは使用方法が分からない物は禁忌呪物として封印することが我が国の法で定められており、その管理は封印局が徹底して行っております。


 封印場所に関しては聖地以上の秘匿事項とされていますが……当然国王である父やその側近たちはその場所を知っています。


 しかし、クーデター後に父達が封印施設に訪れていないのは間違いありません。


 あそこは王城に並ぶ最優先目標でしたし、そこは間違いなく出し抜かれていないと断言出来ます。


 ですが現に指輪は封印局から持ち出されている……。


 おかしいです。


 そもそも今回の英雄召喚は、私のクーデターによって追い詰められた王達が突発的に行ったもの。


 軟禁された王達に封印局へと指輪を取りに行く余裕はなく、王が管理していた魔力収集の聖杯を持って逃げるくらいしか出来なかったはず。


 それなのにどうやって指輪を……?


 クーデターが起こるより前から召喚を計画していた?


 いえ、そのような動きは見られませんでした。


 間違いなく今回の召喚は、父達がどうしようもなくなったからこそ行った賭け。


 そのはずです……。


 ですが……。


 ……。


 妙に用意周到と言いますか……そもそも、父達が軟禁状態からあっさりと逃げ出せたこと自体おかしいのです。


 油断が無かったとは言いませんが、それでもクーデターを起こしておきながら王に逃げられる等と普通はあり得ません。


 逃げられた、そして召喚の儀式が行われてしまったという事実に慌て深く考えていませんでしたが……明らかに誰か……第三者の意思を感じます。


 ……落ち着きましょう。


 誰が……というのは今は横に置いておきます。


 それよりもその目的ですね……。


 やろうと思えばこの国を手に入れられた筈です。


 国家機密を簡単に利用している事から、相手は間違いなく王の傍で動いていた筈……手玉に取り、それこそ帝国の様に国そのものを最小限の対価で手に入れることは容易かったでしょう。


 ですが相手はそれをしようとしていない。


 ……召喚、英雄、禁忌呪物、誓約。


 狙いは明白ですね。


 誤算があったとすれば、呼び出された英雄であるエインヘリア王陛下が想像よりも遥かに上手だったことでしょう。


 突然召喚されるという事態にも一切慌てず、冷静に行動してみせる。


 呪物の指輪さえ嵌めてしまえば計画完遂だったのでしょうが……となると、これを企んだのは……筆頭宮廷魔導士のサンザ=エルモット。


 研究第一の人物ですが、政治も交渉もそつなくこなす人物で……権力には一切興味のない筆頭宮廷魔導士。


 派閥そのものに興味がなく、私が力を貸して欲しいと相談に行っても研究の邪魔だと追い返すような人物だったのだが……何故か王と行動を共にした。


 召喚の儀式自体に興味があったからそのような行動に出たと思っていましたが……。


「レイン。宮廷魔導士のサンザ=エルモットは今どうしていますか?」


「幽閉塔にて軟禁しております」


「エインヘリア王陛下との会談後に会いに行きます。恐らく今回の件を画策したのは彼……もしくは黒幕と繋がっている筈です」


「畏まりました。警戒を厳にするように通達しておきます」


「よろしくお願いします。では、そろそろ向かいましょうか」


 嫌な予感が胸の奥で燻っていますが、今はエインヘリア王陛下との会談が最優先です。


 幽閉塔に閉じ込めている者達の処遇もエインヘリア王陛下に委ねねばなりませんが、その前にサンザ=エルモットを尋問する必要があります。


 その許しを貰えると良いのですが……御慈悲に縋るしかありませんね。


 私は成すべきことを反芻しつつ、レインを連れて部屋を後にしました。






「疲れが見えるな。忙しくともしっかり休んでおかねば、ここぞという時に踏ん張りがきかなくなるぞ」


「お恥ずかしいところお見せしました」


 冷笑を浮かべながらこちらを見るエインヘリア王陛下に、私はなるべく平静に聞こえるように謝辞を述べる。


 なるべく気にしないようにしていたのですが、エインヘリア王陛下はとても容姿が優れられています。


 そんな方に目の下の隈を指摘されてしまうと……物凄く恥ずかしいです。


 いえ、今はそんな事を言っている場合ではないのですが……。


「全てを一人でやろうとしない事だ。王族と言えど、使える時間は民と同じだ。それを効率良く使わなくては、とてもではないが国を回すことなぞ出来んぞ?」


「はい」


 そう言ってエインヘリア王陛下は肩を竦めながら苦笑する。


「さて、早速だが本題に入らせて貰おうか」


 今日の会談で私の、レグリア王国の未来が決まる。


 いえ、違いますね。


 今日この日に、レグリア王国の明確な終わりが訪れるのか、それともまだ少しの猶予時間があるのか……そのどちらかです。


「まずは結論から言おう。レグリア王国には滅んでもらう」


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