第15話 英雄降臨



View of レヴィアナ=シス=レグリア レグリア王国王女 暫定代表






 やられた。


 その一言が聖地の最奥に辿り着く少し前、私の頭を過りました。


 最奥にある遺跡より立ち昇る光は、間違いなく召喚の儀式が行われたことを示しています。


 王を取り逃がし魔力を持ち去られた時点でこの結末は予想していました。


 最悪の事態を避けるために馬を何頭も潰し、逃げた王とその取り巻き達を捕らえられるギリギリの人数でここまで駆けてきましたが、あと一歩……私達は間に合いませんでした。


 整備された森とは言え、伏兵が置かれている可能性を考えればこれ以上速度を上げるのは厳しい……それは分かっていますが、それでも私達は馬足を早めました。


 召喚が行われた。


 父達の狙いは、召喚された英雄の力を使い私達を打倒する事。


 確かに英雄を自勢力に引き入れることが出来れば、その願いは叶うでしょう。


 彼らがことここに至るまで召喚という手段を取らず、帝国の属国になろうとしたのはギャンブルに過ぎるから。


 召喚した英雄の力が絶大なものであることは分かっていても、こちらの意のままになる可能性は極めて低いと言えます。


 超常の力を持つ英雄は、得てして我が強い。


 かつて召喚された英雄、グレンタール=エスリク殿も変わった御仁だったと聞いています。


 かの英雄がレグリア王国に力を貸してくれたのは……人との戦いに飽きたから。


 召喚される前は人同士の戦争に駆り出され、戦いに明け暮れていたのだとか……そんな日々に飽き飽きしていた所に魔物と戦って欲しいと召喚されたエスリク殿は、二つ返事で力を貸してくれたのだとか……。


 ……唯の戦闘狂が新たな刺激を求めただけという話でもあります。


 戦いに飽きた訳ではなく、対人戦闘に飽きたというだけですし……。


 帝国や聖国にいる英雄……召喚された英雄ではなく、この大陸で生まれ育った英雄も、その力故非常に扱いにくい性格をしているという噂があります。


 超越者とも呼ばれる彼等が増長するのは無理もない事なのかもしれません。


 その点、我が国に協力的で最終的には辺境守護となり魔物の侵入を防いでくれたかの英雄は、非常に良い人材を引き当てたと言えます。


 父達も扱いにくい英雄を召喚してしまった時のリスクを恐れ、ここまで召喚に頼ることを避けていたのでしょうが……追い詰めてしまったのは私達ですし、ミスをして召喚を行う機会を与えてしまったのも私達。


 そして……既に行われてしまった召喚。


 状況は最悪一歩手前か、それとも踏み越えてしまったのか……。


 英雄召喚は行われ……しかし、私達はもうすぐ聖地最奥の遺跡に辿り着けます。


 父達がどれほど性急に事を進めたとしても、英雄を取り込む時間はほぼありません。


 召喚された英雄の性格にもよりますが……このタイミングで追いつくことが出来たのはまだ運が残っていたと考えるべきでしょう。


 召喚が既に行われていたパターンの指示も既に出してあります、後は少しでも早く最奥に辿り着くだけ……。


 私は既に限界まで速度を出しているでしょう馬の腹を蹴り、瞬き程の一瞬でも早く最奥に辿り着こうと全てを絞り出させます。


 本当に無体をしている事は理解していますが……この一瞬で、国の……民の未来が決まるかも知れないのです。


 躊躇はありません。


 ここに居る私を含めた全ての者を犠牲にしたとしても……そんな想いで最奥に辿り着いた私の目に飛び込んできたのは、確実にこの世ならざる者と断言できるような何かでした。


 訓練された軍馬でなければ恐慌状態になったでしょう。


 予め突撃の命令を受け、それを認識するよりも前から任務に集中していなければ兵達は動くことが出来なかったでしょう。


 ここまで駆けてきた勢いがなければ……反転して逃げ出していた事でしょう。


 話に聞いていた伝説が、けして大げさなものではなかったと確信させる雰囲気。


 ひと目で英雄だと確信させる存在。


 こんな存在を御せる筈がありません。


 それでも……私達は成すべきを成さなければ……!


 遺跡の中央に立つ英雄を避けるように私達は馬を走らせ、逃亡者たちの確保に集中します。


 何故か半数近くの者が気絶していましたが……英雄の仕業に違いありません。


 今もあたりを包む威圧感……アレに当てられたのでしょう。


 私達も、突撃の勢いがなければ間違いなく立ちすくんでいたに違いありません。


 いえ、今この瞬間もすぐ傍に感じられる死の恐怖から必死に逃げるように、全員が気力を振り絞り目の前の仕事に集中しています。


 立場上、幾人もの王や将軍を見てきましたが……これ程までに圧倒的な存在感を持つ人物はいませんでした。


 これが英雄……。


 殆どの者が戦意を失っていたこともあり、あっさりと逃亡者たちを捕縛した私は、レインを連れて英雄へと近づいていく。


 ……今気づいたのだけど、英雄の傍で蹲っているのは我が国の騎士……騎士団長、ルトアート=イヴェスタでは?


 そういえば、捕縛した中に巨漢の騎士団長の姿がありませんでした。


 膂力だけならレインを上回る騎士団長ですが、戦術戦略面で言えばその辺の将はおろか兵卒にも負けると言われている人物。


 とてもではないけれど騎士団長を任せて良いような人物ではないのだけど……今の我が国はこういう人事で溢れていますからね……そういった点もようやく是正できると思っていたのに……。


 私はこちらを値踏みしている英雄の視線を受けながら震える足を進め、少し離れた位置で片膝をつく。


 余りの重圧に腰が抜けそうだったのでこの体勢の方が楽です……。


 そんな情けない事をチラッと考えながら、私は挨拶と共に騎士団長を捕縛させて欲しいと口にしました。


 そんな事には興味がないと言いたげな英雄に私は名乗り、謝罪をして……座りたいとおっしゃる英雄の為に椅子を用意させ……ようやく会話を始めることが出来ます。


 見知らぬ土地に呼び出されたにも拘らず、その尊大な態度とは裏腹に英雄は随分と落ち着いた様子でした。


 話の通じないタイプではない。


 こちらを観察する眼光こそ鋭いものの、その光には確かな理性が宿っています。


 威圧感は信じられないくらい強烈だけど、父達よりもよっぽど話の通じる相手……そう楽観している時が私にもありました。


 英雄……いえ、エインヘリア王陛下の話を聞くまでの、本当に短い時間でしたが。


 初めてでした。


 話を聞いただけで意識が遠くなったのも。


 幼子の様に泣きわめきたかったのも。


 召喚を行った父を全力でぶん殴りたかったのも。


 召喚した英雄が異世界の王!?


 しかもその事を確認して即座に口封じをしようと!?


 嘘ですよね!?


 百歩譲って召喚してしまった人物が王だったことは、言いたくはありませんが……仕方のない事です。


 召喚の儀には解明されていない部分が多いですが、確実に分かっている事は英雄と呼ばれるだけの力を持った存在を呼び出すことが出来ると言う事。


 対象を指定できるわけではありません。


 そして、英雄と呼ばれるような存在は、元の世界で国家の重責を担っている可能性が非常に高いと言えます。


 十中八九良くない結果が齎される召喚の儀。


 二度目は絶対に起こらないと分かっていながらもそれに縋り……そして考え得る限り最悪のカードを引いてしまった父達。


 もはや如何なる言い訳も通用しません。


 父達を呪う気持ちもありますが、それと同じくらい迂闊過ぎた自身を呪います。


 クズ王と間抜け王女の連携で国家滅亡の危機……笑えませんね。


 召喚の儀が出来るのは……この大陸では今の所我が国だけ。


 しかし、別の世界というものが存在していて、そこには英雄が存在しているのです。


 ならば別の世界からこちらへとやってくる技術がないと、どうして断言できるでしょうか?


 エインヘリアという国がそういった技術を持っているとしたら……?


 だからこそエインヘリア王陛下は、突然見知らぬ世界に召喚されたというのにこんなにも落ち着いていられるのではないでしょうか?


 そうでなければ、突然召喚されてここは別の世界ですと言われたとしても信じられるわけがない……。


 言葉よりも雄弁に、エインヘリア王陛下は態度で語られているのです。


 この程度の事態、大したことではないと。


 別の世界という存在を知っていなければ、あれ程までに悠然に、尊大に振舞えるはずがありません。


 権力者が尊大でいられるのは権力という力に守られているからです。


 その力の及ばぬ地で当たり前のように尊大に振舞えるという事は……その力が及ばぬと思っていないからに他ならないと言う事。


 無論、現時点でエインヘリア王陛下の手勢がこの場にいる訳ではありません。


 ですが、エインヘリア王陛下御自身が英雄という超越者です。


 ……権力云々の前に、百にも満たない相手を恐れる理由がありません。


 しかし、だからといって国家ぐるみでの国王誘拐、更には暗殺をしようとしたという大罪が許される筈もありません。


 いえ、許される以前の問題ですね。


 正直言えば、まだ私と父の首が体に繋がっている事が疑問に思える程です。


 エインヘリア王陛下に余裕があるからか、王という志尊の存在を理不尽に誘拐したにも拘らず、その身に纏う威圧感とは裏腹に表に見える怒りは驚くほど小さい。


 勿論不機嫌そうではあるのですが……いえ、一度だけ明確な怒りの感情を見せられました。


 それは己の身に関することではなく、私の考え無しな言葉に対してだけ。


 為政者としての在り方を咎められ……しかし途中で苦笑しながらエインヘリア王陛下は話を変えられた。


 恐らく、王族として何もかもが足りていない私に苦言を呈して……大罪を犯した相手だと言う事を思い出して言葉を止めたのだと思います。


 為政者としてあまりにも不甲斐ない私を見て、思わず口を出してしまったというところでしょう。


 その事からもエインヘリア王陛下の心根が伺えます。


 民への想い、為政者としての在り方、そして加害者である私への叱責。


 自国の民や国への真摯な想いと同時に、他国の民の為でも怒ることが出来る方であることが伝わってきます。


 ……可能なら……いえ、それは今考える事ではありません。


 ひとまず私はエインヘリア王陛下に王城へとお越し頂くことにしました。


 

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