第13話 始動
「大体のところは理解した。これはただの興味に過ぎないのだが……何故クーデターを起こす必要があった?いや、レグリアの王が愚昧であることは理解しているが、王や上層部を排斥した所でこの国の状況はどうにもなるまい?」
ここまでの話を聞いて、クーデターを起こす意味が感じられなかった俺はストレートに尋ねてみる。
本人が立て直す時間はないと自覚した上でなお政権を取りに行った理由……。
王都の様子を見る限りその場しのぎすら無理そうだし……虎の子の貯蓄魔力は使われちゃったし……。
魔王国が来ても聖国が来ても帝国が来ても……終焉って感じが否めない。
そんな国のトップに納まるって……自殺行為以外の何物でもないよね?
「独力では……我が国の民を守る事はもう不可能です」
その答えを聞いた俺に一つの懸念が生じる。
……もしかして王女さん。
レグリア王が暴走しなくても結局召喚したんじゃなかろうか?
英雄を手に入れられれば対魔王国は勿論、帝国と聖国相手にも上手く交渉を進められるだろうし、これだけどうしようもない状況なら召喚に一発逆転をかけてもおかしくない。
必ず英雄が召喚されるかどうかは知らんけど、もし英雄級に強い奴を狙い打ちするような召喚なのだとしたら……そしてそいつが協力的であれば、レグリア王国は武力的な切り札を手に入れることが出来る。
いや、英雄クラスの力を持っている奴を狙って召喚出来ると考える方が筋が通る。
レグリア王国のやった召喚は……本当にただ呼ぶだけの召喚だ。
よくある、変な能力とか超常の能力を与える系の召喚ではない。
持ち前の能力で救ってくださいってヤツだ……一般人を召喚してもどうしようもない。
となると、召喚時のレグリア王の態度が問題だ。
この王女さんはともかく、レグリア王は英雄の強さを直に見ている可能性が高い。
召喚されてくるのがそれと同格だと分かっていれば、あの程度の戦力で取り込もうとするだろうか?
力はともかく人格は分からないのだ。
召喚した瞬間、ぶち切れて大暴れする可能性は……少なくない。
強大な力を持ち、人格不明の人間兵器。
あの小者臭あふれるレグリア王が、自ら召喚の場に居合わせたのも謎だ。
離れた位置で召喚が終わるのを待っていてもおかしくない……王女さんに追われていたとしてもだ。
これは……騙されているか?
アホなオッサンと誠意のある美女……所謂、良い警官と悪い警官ってやつだな。
どうしようもないオッサンに対して、丁寧に真摯に対応する王女さん。
味方認定は簡単にされるだろうし、事情を聞けば助けてやっても良いのでは?と思ってしまうのが人情だろう。
話の通じない相手というのは当然いるけど、俺はここまで態度こそ尊大だけどちゃんと会話はしているしね。
窮状を訴え、あくまでこちらから協力を申しださせる。
そうやって俺という戦力を操ろうとしているのかもしれない。
なんだったら、レグリア王と王女さんが最初から示し合わせて行動している可能性まである。
俺が今得ている情報は、レグリア王達の態度と馬車の中から見た王都の街並み……そして王女さんの言葉だけだ。
こんな情報……相手が与えたい情報を受け取っているだけといえる。
示し合わせているのであれば、英雄クラスにあんなしょぼい戦力で襲ってきたのも、俺が暴れ始める直前に王女さん達が滑り込んできたことも計画通り。
王都の活気のなさだって、王の命令であればそれを装うくらい簡単な話だ。
ふむ……となると、今王女さんから話を聞くのはこれくらいにしておくべきか?
どちらにしても真贋を見定める必要があるしな。
しかし、何がしたいの?ってさっき聞いちゃったな……。
「この情勢で、帝国や聖国の属国となるのは絶対に受け入れられません。もしそうなってしまえば、間違いなく両国は我々を……レグリア王国の民を使い捨ての兵とすることでしょう」
それはそうだろうね。
自国の民が最優先なのは当然だし、使い捨て出来る戦力はあればあるだけ良い。
エインヘリアの属国支配が緩い理由の一つは、民を戦力として数える必要がないからというのもある。
うちには元々使い捨ての召喚兵がいるからね。
魔石一個で召喚兵が一人呼び出せる。
一度呼び出した召喚兵は一週間しか持たないけど、逆に言えば一週間後には補充が出来ると言う事。
肝心の魔石は魔力収集装置の傍に人が暮らしていれば永久的に回収できるし、普通の人族が一ヵ月に魔石を十個生み出してくれるので、民一人につき週に二人の兵を生み出せる計算だ。
うちの子を新しく生み出したり、強化したりするのに魔石を使用する量が跳ね上がっているのに対し、召喚兵を呼び出すのにかかるコストはゲーム時代と同じ。
……どう考えても民に武器を持たせる必要がないよね。
まぁ、うちの自慢はさて置き……聖国も帝国も、この情勢で頼りにならない……いや、寧ろ害悪でしかないというのは理解出来るところだ。
かといって自国で……独力でどうこう出来る筈もない。
何か起こればあっという間に崩れていく砂の城状態……いや、これ以上考えるのは止めておこう。
表面的な情報は出揃った。
ならば、俺がすることは……。
「くくっ……なるほどな。では、面倒になる前に要求しておくとしよう」
「要求……勿論、我々に出来る事でしたら全てお応えさせていただきますが……何をお望みでしょうか?」
「とりあえずだ……双方の言葉を理解するための……翻訳の力を持った道具があるだろう?それを二つ用意してもらおうか」
「畏まりました。すぐに用意いたします」
そう言って王女さんは傍に控えていた女性騎士……確か遺跡に突撃してきた時も傍にいたヤツ……に指輪を持って来るように命じる。
王女さん指輪ってサラッと言ったけど、翻訳はやはり指輪なのか……いや、王女さん達が裏で繋がっているなら指輪を持ってきて当然か。
俺がそんなことを考えていると、女騎士は更に近くにいたメイドに指輪を持って来るように命じている……面倒臭いやり方だな……。
それなら最初からメイドさんに言えば良かろうに……まぁ、権威付けの一種なんだろうけど無駄が多すぎるね。
「他にご要望はありますか?」
そんな事を考えていたら王女さんが追加の要望を尋ねてきた。
「三日後の同じ時間、もう一度話がしたい。それまで接触は無しだ。それと、極力迷惑をかけぬようにはするが、ある程度自由に動かせてもらう」
「畏まりました。ですが、城内や街に出る際は案内をお付けしてもよろしいでしょうか?勿論、エインヘリア王陛下のやることを邪魔したりはさせませんので……」
邪魔はしないけど監視はするってことか。
まぁ、機密情報とかもあるだろうし、立ち入り禁止区域とかもあるだろう。
そういう時に静止はしないけど、忠告はする……って感じかな。
今の所、王女さんと敵対するかどうか分からないし、見ちゃダメって言われたら大人しく言う事を聞くつもりだ。
俺はね?
言葉さえ分れば、ウルルが情報を集めてくれる。
ウルルの存在は明かしていないし、当然案内は付かない……自由に情報を集めてくれることだろう。
それで主観の入っていない、公平な情報が手に入れられる……文字が読めれば完璧なんだけど……。
「その程度は受け入れよう。ところで先程頼んだ指輪なんだが、文字が読めるようになったりはするのか?」
書類関係を調べられれば一気に情報が集まる……ウルルであれば重要書類だろうが機密書類だろうが、サクッと手に入れてくれるからね。
それを期待して聞いてみたんだけど、王女さんは首を横に振った。
「魔道具の事は私も詳しくないので大雑把な説明になりますが、翻訳の指輪は意思を魔力によって伝達するものらしいのです。近い思考を持った者……つまり人同士でなければその伝達が上手くいかないので、動物等の言葉は理解出来ないそうです。そして書かれた文字には意思が存在しないので読み取る事は不可能と」
「そういうものか……」
そこまで便利な代物ではなかったか。
文字は覚える必要があるかもしれないな……キリク達が見つけてくれるまでどのくらいかかるか分からないけど……一、二週間で迎えに来てくれるってことはないだろう。
今後の事を考えれば、文字は習得しておくべきか?
まぁ、それは追々で良いか。
そんな風に算段を立てていると、先程部屋から出て行ったメイドさんが恭しい様子でちょっと豪華な箱を持って戻ってきた。
「エインヘリア王陛下、こちらが翻訳の指輪になります」
「……では、そこの騎士に指輪を着けて貰おうか」
「畏まりました。レイン、指輪を着けなさい」
俺の言葉に即座に応じた王女さんは騎士に指輪を着けることを命じ、自身も片方の指輪を手に取り、右手の中指につけていた指輪を外す。
「これでよろしいでしょうか?殿下」
騎士の言葉に頷いた王女さんが返事をするが……その言葉は俺には理解出来ない。
王女さんは騎士から視線を外し箱からとった指輪を嵌める。
「如何でしょうか?エインヘリア王陛下」
「素晴らしい効果だな。我が国にも欲しいくらいだ」
「申し訳ございません。あまり数を用意できず……新しく作成することも今は……」
遺跡でも同じことを聞いたけど……ん?
作れんの?
「その指輪は作ることが出来るのか?」
「技術的には可能ですが、今の財政状況では少々難しいと言わざるを得ません」
「ふむ……それは残念だ」
やはりこの国の技術は欲しいな。
エルディオンよりも更に先に進んでいる感じだ……というか、あっちの大陸が進んでなさすぎなのか?
まぁ、この事実はキリク達にこの国勿体ないよとプレゼンする時に使えば良いとして……とりあえず一度解散だな。
俺は二人の着けていた指輪を受け取った後、プレアと共にあてがわれている部屋へと戻った。
部屋に入るとすぐにプレアは備え付けられているお茶を用意して……自分で口をつける。
喉が渇いてたのかな?
プレアはお偉いさんとの会談に参加したことが無かったはずだし、緊張していたとしてもおかしくないか。
そんな事を考えつつ俺は中空に視線を向けつつ口を開く。
「ウルル」
「……はい」
俺が名を呼ぶと、部屋の中に何処からともなくウルルが現れる。
ウルルの神出鬼没加減は今更過ぎるので、特に何も感じたりはしない。
でもいつか潜んでいるウルルを見つけてみたいとは思う……。
そんな野望を秘めつつ、俺は先程貰った指輪をウルルに渡す。
「情報を集めてくれ」
何の……とは言わない。
とにかく手あたり次第……ウルルが必要だと思ったものを集めて貰えば良い。
下手に指定するよりも諜報のスペシャリストに任せた方が確実だろう。
「了解……明後日までに……」
「あぁ。頼む」
書類の調査は出来ないけど、ウルルだったら一日でマジか?ってレベルで情報を集めてくれる筈だ。
今日の王女さんの話の裏が取れれば……この後の対応……それをどうするかを決められる。
まぁ、ウルルの調査の結果がどうあれ、この国の結末はほぼ決まっている様なもんだけどね。
そんな風に算段を着けつつ、俺はプレアが用意してくれたお茶に口を着けた。
あ……プレアのさっきのって、毒見?
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