第8話 陰険覇王
「英雄様におかれましては、突如としてこのような場にお呼びたてしてしまったこと、大変申し訳なく存じます。国を代表して謝罪させていただきます」
膝をつき、深く頭を下げた王女さんが謝罪を口にする。
王女という立場と国を代表してという言葉……てっきりこの国のトップの命令で召喚を行ったと思っていたんだが違うのか?
あの偉そうに座っていたおっさんは……王ではない?
いやいや、確か宮廷なんちゃらのおっさんが陛下呼びしてた……気がする。
多分してた……うん。
じゃぁ、あのおっさん何?
もしやヘーカって名前?
「ふむ。俺をここに呼び出したのはレグリア王国の上層部だと認識していたが?」
「……申し訳ございません。おっしゃる通り、この召喚の儀を執り行ったのは我が国の王であるレグリア王です」
「一人偉そうに座っていたヤツがレグリアの王か?」
「はい」
なるほど……それはつまり……この王女さんはクーデターを起こしたってことか?
「ふむ……まぁ、貴様等の国の事情に興味はない。だが、今回の件……貴様が思っているよりもマズい状況だぞ?」
「……事情を聞かせて頂いてもよろしいでしょうか?」
顔は上げず、しかしその声を硬いものに変えた王女さん。
「それは構わんが、とりあえず頭を上げろ。それと椅子を寄越せ」
別に立ちっぱなしでも疲れはしないんだけど、ぼけっと突っ立ったまま覇王ムーブするの中々大変なのよ。
謁見用とかに偉そうに座って話す練習は結構したけど、立ちっぱで話す練習はしたことがない。
俺が誰かと話す時は基本的に椅子が用意されるからね。
「気が利かず申し訳ありません、すぐに用意いたします」
この王女さん、俺の身分を明かさずにこれだけ尊大に振舞っても一切悪感情を見せないな。
最初から俺の事を様付けで呼んでいるし……しかもそれが見せかけだけのものではなく、しっかりと敬意が伝わって来る。
王族でありながら、より上位者がいることを想定した在り方……この国の立ち位置が微妙に見えて来るというか、苦労しているようだね。
俺がそんな風に観察している事にも恐らく気付いているのだろう。
王女さんはこちらから意識を切らずに部下に指示を出していく。
その姿に淀みは無いように見えるけど、緊張しているのもなんとなく伝わって来る。
……フィリアやエファリアと付き合う内に、俺も観察眼が成長したんだろうな。
そんな事を考えている内に木の枠に布を張った折り畳み式の椅子が用意され、俺は普段通り尊大な態度でそこに座った。
プレアは何も言わずに俺の傍にスッと控える……普段であればそこはリーンフェリアのポジションだけど、プレアは護衛ではないよね?
まぁ、別に文句はないけど……それよりも、こっちの話を進めないとな。
俺は向かいに腰を下ろした王女さんに普段通りの笑みを向けながら、やや勿体つけるように口を開く。
「さて、まずは自己紹介をしようか。俺はフェルズ。ここではない場所……ある大陸の三分の一を支配するエインヘリアの王だ」
「……お、王……っ!?」
俺の言った言葉が一瞬理解出来なかったのか、王女さんは反芻した後に顔を青褪めさせながら椅子を蹴り飛ばし立ち上がる。
本日二度目の自己紹介に似たような反応……天丼って奴だな。
当然俺は笑う訳にはいかず、笑みを浮かべたまま表情は変えなかったけど。
それにしても……王様ですって自己紹介を簡単に受け入れすぎやない?
さっきのおっさんもこの王女さんも、俺の言葉を疑う素振りが全くないんだけど……ここの人達騙されやすそうだな。
いや、王様を騙るような無謀な奴、いる筈がないって判断なのかもしれないけど。
そう名乗った以上、どれだけ胡散臭くても妙な態度は取りにくいしね……。
「……」
そんな事を考える俺の前で絶句している王女さんだけど……状況はもっと悪いんだよね。
召喚した時点で最悪なのに、今捕縛されている連中は更にその下をくぐっていったからな……。
リンボーダンスもかくやと言わんばかりのくぐりっぷり……何なら地面まで潜っていってる。
俺は冷笑を浮かべたまま、淡々とここで起こったことを王女さんに説明する。
周囲で作業している連中は俺の話を理解できていないだろうけど、王女さんのただならぬ雰囲気はかなり早い段階で気付いただろう……王女さんは今にも倒れそうな雰囲気のまま、しかし体を彫刻の様に固めながら椅子に座っているからな。
途中で椅子から降りて土下座スタイルに移行しようとしたので俺が止めたのだが……顔面蒼白で石化した様に硬直している王女さんは……どう見てもまともな状態ではない。
とりあえず俺が既にエインヘリアに連絡を取って、今も絶賛フィオと通信中と分かったらどうなるだろうね……ちょっと結果が知りたい気もするけど、それはとりあえずまだ秘密だ。
この王女さんが拘束されたおっさんらと同じ結論を出さないとも限らんしね。
「なんと……いう……愚かな……」
ようやく言葉を発した王女さんの呟きは……なんか物凄く実感があるというか、もうやめてくれって感じを色濃く受ける。
まぁ、その気持ちは分からなくもない。
正直エインヘリアでこんなことが起こったら俺も途方に暮れるだろう。
そして再起動した後は……うん、あのおっさん達がやったように臭い物に蓋をする……いや、違うな。
俺には有って、あのおっさん達には無いものがある。
キリク達うちの子だ。
つまり、エインヘリアでこんなことが起こったら、俺は内心途方に暮れつつ一言こう言えば良い。
『くくっ……キリク、いけるな?』
これですべて解決だ。
応用編に『くくっ……イルミット、任せるぞ?』でもいける。
ふぅ……伝家の宝刀が約束された勝利の剣過ぎて怖いぜ。
マジ覇王いらんな。
そんな要らない子である俺が話を終えた後も少しの間呆然としていた王女さんだったが、再起動を果たしたようで真剣な表情で口を開く。
「失礼しました、エインヘリア王陛下。此度の件弁解のしようもない程の……」
「あぁ、その通りだな。そして俺は謝罪を求めるつもりはない。既にそういう段階でない事は理解しているだろう?」
「は、はい」
要らない子だからといって誘拐されて良い立場ではないし、何より舐められてはいけないのだ。
俺は尊大さと不機嫌さを隠すことなく言葉を続ける。
「では、どうする?君の父親は中々短絡的な手段を選んだようだが……」
「そ、それは……」
確かに彼女の親父さん……レグリア王はアホな事をした。
しかし、全てをなかったことに出来るのであればそうしたいと考えるのは……無理もないだろうね。
無論それが可能であれば、だけど。
失敗したら……それは最悪を通り越して絶望と言える。
そしてレグリア王はあっさり失敗した。
「……失礼しました。勿論……レグリア王国は、陛下が国へ戻れるように全力を尽くす所存です」
「……ほう?それで良いのか?」
俺を国に返すと言う事は、言うまでもなく自分達の大失態を公表すると言う事だ。
「当然です。たとえその結果我が国がどうなろうと、それは私達が受けとめなければならない咎です」
強い決意を帯びた眼差しでそう言ってのける王女さん。
真っ直ぐなその視線を受け俺は……大きくため息をつく。
「くだらん」
「……え?」
「くだらないと言った」
「ど、どういう意味でしょうか……?」
歯に布を着せぬ俺の言葉に、王女さんは困惑した表情を見せる。
今までずっと毅然とした面持ちを崩さないようにしていた王女さんのその表情は……非常に人間らしくみえた。
だからだろうか?
俺は言わなくても良い事まで口にしてしまう。
「誠実で清廉。なるほど。王女自身の人柄は確かに潔白で魅力的……実に美しいと言える」
「あ、ありがとうございます……?」
皮肉気な俺の言葉に困惑しながら礼を言う王女さん。
……真面目で人が良いのは間違いないね。
「だが為政者としては最悪だ」
「っ!」
「当然だろう?為政者がやらなければならない最低限にして最大の仕事は、民を安寧に導くことだ。どれだけ人が良かろうが、どれだけ民を慈しもうが……自国を富ませる、この一点を達成できなければ全て暗君よ。王とは清濁併せ吞み、全てを尽くし国を……そこに住む民を幸福に導く義務がある。貴様のその覚悟は、いち個人としてみれば美徳だが、為政者としてみれば許しがたき悪徳だ」
肩を竦めながら放たれた言葉に、表情を硬くする王女さん。
事情も何も知らずに上から目線で言いたい事を言う覇王……これを聞いているフィオの苦笑が目に浮かぶようだ。
それはそれとして、言いたい事は最後まで言うよ?
フィオのお陰で怒りが収まっているとはいえ、ムカついている事は確かなんだしね!
「まだ貴様の父親の方が為政者として正しく在ったと言えるな。まぁ、人を見る目も力も知恵も……何もかも足りてはいなかったし、こうして国を危機にさらしているのだからどっちもどっちか」
「……」
「まぁ、他国の事だ。どのような凡愚が上に立とうとどうでも良いがな。それで?すぐにでも俺達は国に戻れるのか?」
言いたい事を言った俺はすぐに本題へと入る。
……王女さんからすれば溜まったものではないだろうし、周りの連中が俺の言葉を理解していたら斬りかかられていてもおかしくはないと思う。
それでも、なんちゃって覇王な俺と違い真面目な王女さんは、即座に俺の問いに答えてくれた。
「申し訳ございません、エインヘリア王陛下。我が国は……この遺跡の力を使い御身をこの場へと召喚致しました。ですが……送り返す術は持ち合わせていないのです」
「ほう?」
さもありなんって感じだね。
引っ張って来るのと元の場所に戻すという行為は、単純に同じことを逆向きにすれば出来るってもんではないだろう。
魔法とかは良く分からんけど……箱の中のおみくじを一つ引くことは簡単だけど、その引いたおみくじを完全に元あった位置に戻すというのは例え箱が透明で目視していても難しい……ましてや箱が溶接されていたりしたら……ほぼ不可能と言える。
この例えが正しいかどうかは微妙だけど……少なくとも、遺跡の力を使って召喚したってことは、遺跡にそもそも送り返す機能が無ければ不可能だろうしね。
王女さんの様子から送り返す機能がないのか、それともそこまで把握できていないのかは分からんけど。
「ですが必ず!陛下とそちらのメイドの方を国へお送りさせていただきます!」
真摯な様子でそういう王女さんからは一切邪なものを感じられない。
本当に清廉な人物なのだろう。
しかしそれはそれとして……覇王はもうちょっとチクチク言うよ?
「なるほど、俺達を送り返そうと本気で思っている事は分かった。では次の話だ……このような場所に突然呼び出されたわけだが……我が国で起こるであろう混乱はどうしてくれるつもりだ?」
「そ、それは……」
「実はな、ここに呼び出される直前、俺達は突如現れた敵性勢力への対策会議をしていたのだが……」
「……」
「それと、俺はまだ子供がいなくてな……当然国の後継者も立てていない。さて、我が国は大丈夫であろうか?」
間違いなく大丈夫です。
そう確信してはいるけど、ねちねち行かせて貰いますよ?
だって……覇王、新婚さんなのに強制単身赴任やからね?
正確には三人赴任だけど……。
『性格悪いのう』
「……」
遂に愛する嫁さんに突っ込まれてしまった。
ジト目姿が目に浮かぶんだぜ……。
うん、そろそろフォローに入ろうかな?
いや、フィオに言われたからじゃないよ?
ちょっと王女さんが死にそうな表情になってるからだよ?
そもそも王女さん自身が召喚したって訳じゃないのに虐め過ぎたと反省したからね!
覇王大人げなかった!
四歳だけど!
「くくっ……まぁ、冗談だ」
「……じょ、冗談ですか?」
「あぁ。我が国は俺が居なくなったところでどうにかなるほどやわではない」
うん。
国家運営という意味では俺が居なくても問題ないだろう。
問題があるとすれば……うちの子達の精神状態だが、それは俺がこれからフォローするしかない。
「それに……こちらはこちらで既に帰還の為に動き始めているからな。全てをそちらに委ねるつもりは更々無い。その上で聞くが、これからどうするつもりだ?」
「それは……」
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