第6話 本番開始



 船団を送り込んできた連中の本国……いや、流石にそんな偶然はあり得ないだろ。


 百歩譲って同じ大陸の別勢力とかならあり得るかもしれんけど。


 まぁ、何にしてもそろそろ本気で連中と話をして情報を得るべきか。


「キリク達にも連絡しないとな……」


『それが良いじゃろうな。特に会議室に居た連中には別々に声をかけた方が良いじゃろう。リーンフェリアあたりは死にそうな顔しておったし……』


「早めに無事を伝えた方が良さそうだが……こっちも少し状況が動きそうだ」


 俺の視線の先で椅子に座っていたおっさんを叩き起こして話をしていた連中が何らかの結論が出た様で、こちらに視線を向けて来る。


 うん。


 どう見ても友好的な視線ではないね。


「『鷹の声』はこのまま繋いでおくが、フィオはキリク達にとりあえず無事を伝えてくれ。それと、皆には必ず連絡をするとも」


『了解じゃ。相手は未知の力を持っておる。けして油断するでないぞ?』


「あぁ」


 フィオの言葉に、俺は力強く頷く。


 絶対にフィオの……エインヘリアに俺は帰る。


 その障害になる奴等は……全力で叩き潰す。


 フィオと話したおかげでかなり穏やかな気分になったが、同時に是が非でも帰らねばという気分にもなった。


 うん……我ながら単純すぎるな。


 そんな風に心の中で苦笑しつつ、俺はこちらを見て来る連中に冷ややかな視線を向ける。


 なんかあの一人だけ座ってる奴……小者臭がするんだよな。


 気絶していたし、連中が話している間もずっと喚いていたし……まぁ、何でもいいが。


 そんなことを考えていると、笑顔を見せながら先程のおっさんがこちらへと戻ってきた。


 俺はプレアに落とした資料を拾うように頼んだ後、胡散臭い笑みを浮かべたおっさんの方に向き直る。


「大変お待たせいたしました、英雄殿」


 この期に及んでまだ英雄殿ね……なるほど、馬鹿なんだなこいつ等。


 エインヘリアのある大陸にもアホの子は結構いたけど、コイツ等よりはマシだろうな。


「実は英雄殿を送り返すのに必要な魔力を貯めるのに、少々お時間を戴きたく……」


 今にももみ手でもしそうな雰囲気で媚びへつらう様な笑みを浮かべるおっさん。


 おっさんの演技も大概残念だけど、こちらを騙すつもりなら周りの連中にもしっかり演技させろよな……。


 このおっさんと話させることで注意を逸らし、不意を突いて俺達を殺すつもりなんだろう……鎧を着た連中が敵意剥き出しでじりじりと間合いを詰めて来ているし。


「必要な魔力が溜まるまでの間、英雄殿に護衛を着けさせていただきたく……ルトアート騎士団長!」


 急におっさんが叫ぶと、一人の騎士がのそりと動きこちらへと近づいてくる。


 ……すんげぇでかい。


 俺自身それなりに身長は高い方だが、そんな俺が見上げなければいけないレベル。


 うちの頼れるバンガゴンガ並みの巨体だ。


 しかも兜はつけていないけどごつい鎧を着ている為、余計にデカく見える。


 威圧感は全く感じないけど、こちらを完全に見下している様子を隠そうともしない……そういうとこだぞ?


 ほんとに騙す気があるのかとため息をつきながら俺が大男から視線を外すと、待ってましたといわんばかりに腰にさしていた剣で抜き打ちを放って来る大男。


 その行動は予想の範囲内……しかし、大男の剣の速さは予想外だった。


 マジ?


「……遅すぎる」


 余りにものんびりとした剣筋に、思わず剣を指で摘まんで止めてしまった。


 自信満々に出てきた様子から、ここに居る中で一番強いんだろうけど……元の大陸基準で言うなら英雄レベルまで達してないな、この感じだと。


 これが最高戦力だとしたら、俺やウルルどころかプレアでもこの場を制圧できるかもしれん。


 まぁ、そんな危ない事やらせないけど。


 大男が剣を抜いた瞬間、プレアが前に出そうな雰囲気だったけど……俺が思いっきり前に出て対応しているからか、堪えたようだ。


 そう言えばウルルは……うん、何処にいるのかさっぱり分からないけど、ちゃんといるよね?


 言葉が分からないから情報収集は出来ないだろうけど……あの指輪、本当に翻訳だけの効果であれば欲しいところだな。


 まぁ、この連中の態度じゃ他に変な効果があってもおかしくない。


 どうしたもんかね……おっさんがつけている奴を奪う?


 いや、それも見越してこれ見よがしに指輪を見せている可能性もある。


 指輪以外に翻訳能力があって指輪はブラフ……俺が差し出された指輪を受け取るなり、おっさんがつけている指輪を奪うなリしたら効果を発動させる……みたいなね。


 そんなことを考えつつ、俺は大男の方には一切視線を向けずにおっさんに尋ねる。


「こんな玩具で何がしたかったんだ?」


「ぁ……ぅ……」


 大男はなんとか剣を動かそうともがいているけど……うん、全然力を感じないな。


「くくっ……まさかとは思うが、こんなひ弱なヤツを使って俺を害そうと?」


 俺がちらりと大男に視線を向けると、顔を真っ赤にしながら剣を押し込もうとしたり引き抜こうとしたりと奮闘している姿が目に入る。


 ……剣は諦めて他の方法で攻撃した方が良いんでないかい?


 そんな事を考えていると、剣の表面がぬるっとしている事に気付く。


 油……いや、もしかしてこれ……毒か?


 この大男……そんな見た目でいきなり毒殺狙ってたのか。


 ギャップだな……まぁ、状態異常無効の指輪がある以上毒は効かんけどね。


「さて、俺は十分歩み寄ってやった。そう思わないかプレア」


「は、はい!フェルズ様は十分過ぎる程慈悲を与えられたと思います!」


「ならばここから先は自由にさせてもらうか」


 そう言って俺が剣をぱっと離すと、後ろに下がりながら大男は万歳をする様な体勢になった。


 そんながら空きの鳩尾を目掛けて俺は軽く掌底を放つ。


 鎧をがっちり着込んでいるのだから、普通に考えれば掌底なんて多少押された程度にしか感じないだろう。


 後ろ向きに転ぶか、吹っ飛ぶか……恐らく横で見ていたおっさんはそのどちらかの結果を予想しただろうが、掌底を受けた大男はびくりと体を震わせた後蹲るように崩れ落ちた。


「る、ルトアート殿?」


 困惑しながら大男の名を呼ぶおっさんだが、びくんびくんと痙攣するだけで何も言えない大男。


 見事な悶絶っぷりだ……うん、今の一撃は物凄く上手に手加減できたと思う。


 稽古をつけてくれているジョウセンが見たら、きっと褒めてくれたはずだ。


「こんなのが将軍を名乗ることが出来るのか。随分と人材不足のようだな……あぁ、それとも後方で指揮を執るのが得意なタイプだったのか?」


 俺が肩を竦めながら言うと、おっさんは目をひん剥きながらガタガタと震え出し……次の瞬間徐に指輪を外し、回れ右をして走りながら何かを叫ぶ。


 お、何を叫んだのか分からなかったな。


 少なくともあのおっさんが使っていた指輪には翻訳機能があるってことだな。


 ブラフを疑ってたけど、意外と素直な連中だな。


 変な効果が全くないとは言い切れないけど……とりあえず、アレは奪うか。


 じゃぁ、ウルルに命じてこの場を制圧……とそこまで考えた瞬間、火の玉やら水の玉やら石やらなんやら……とにかくいろんなものが俺に向かって飛来してくる。


 なるほど……この国の魔法攻撃か。


 ってマズ!?


 俺はともかくプレアが危ない!


 腰に佩いている覇王剣ヴェルディアを抜き放ち『ワイドスラッシュ』を発動させる。


『ワイドスラッシュ』による範囲攻撃で飛来してくる魔法の全てを一撃で切り払う!


 スキルの代償に体力を少し持って行かれたけど、回復をせずともこの程度は問題ない。


 ってそうか……城に戻れないってことは、アイテムの補充も魔石チャージも出来ないって事……体力はともかく魔法の方はあまり乱発できないな。


「はぁ?」


 面倒な制約に内心ため息をついていると、呆気にとられたような声が聞こえて来る。


 うん。


 この一言は翻訳が無くても理解出来たな。


「くくっ……面白い判断だ。いや、至極真っ当な判断か。臭いものに蓋を……周りにバレていないなら綺麗さっぱりなかったことにする。お前達が真っ当な精神構造をしていてくれて嬉しいぞ?当たり前のことを当たり前に実行する……非常に簡単で非常に難しい事だ。そんな優秀なお前達の事だ、この後どうなるか……当然織り込み済みだ。そうだろう?」


 俺は普段通りの……皮肉気な笑みを浮かべながら一歩前へ踏み出す。


 ……よく考えたら、翻訳の指輪外してるんだからさっきの台詞はこいつら理解できてないな。


 プレアとウルルにはがっつり聞かれてしまった……ちょっと、いや、かなりはずかしぃ……。


 しかし、今更表情も態度も変える事は出来ない。


 俺は更に一歩前へと踏み出そうとして……。


「ひぃやぁぁぁぁぁぁ!?」


 逃げるおっさんだけでなく周りにいた連中……気絶していなかった連中も悲鳴や怒号を上げ、混乱が生じる。


 あれ?


 なんかちょっと様子がおかしいような……。


 ちょっと鎧着た大男をぽかりとやった程度で、ここまで恐慌状態になるとは思えないんだけど……俺の台詞も何言ってるか分からなかったはずだし……。


 逃げていくおっさんはともかく、周りの連中は俺ではなく別の方向を見て悲鳴を……疑問に思った俺が連中の見ている方向に顔を向けると、凄い勢いで騎兵がこちらに向かってきていた。


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