第5話 ここは何処?私は覇王



「お、王……王ですと!?」


 俺が抜いた剣に顔を青褪めさせていたおっさんが絶叫すると、周りを囲んでいた連中も一気にざわつき始める。


 おっさんの言葉は周りの連中も理解出来るのか……すげぇ便利な指輪だな。


 二重音声になっている感じじゃないから同時翻訳って訳でもなさそうだし……自動翻訳的って感じ?


 これ両方の言葉が分かる奴が聞いたらどうなるんだ?


 まぁ、その辺はおいおいとして……こんなもん着けるかバーカとは言ったけど、かなり欲しいぞ……。


 とか色々余計なことが頭を巡るが、今は絶賛覇王ムーブ中……変な事は口に出来ない。


「あのまま何も聞かずに送り返しておけば、此度の無礼不問にしてやったが……俺の名を聞いた以上、貴様等タダで済むと思うなよ?」


「ば、馬鹿な……」


 よろよろと後ずさりながらおっさんが呆然と言うが……当然だけど許さんよ?


 俺はなんちゃって覇王だけど、一国の王を誘拐したんだからね?


 しかも、状況から察するに……これ国家ぐるみだろ?


 キリク達に知られたら、即日滅亡よ?


 まぁ……問題は……帰る手段があるかどうかってことだ。


 そんな状況で俺王様やぞ?って宣言するのはリスクが高すぎる行動だ。


 正直俺が呼び出した側のトップだったら……こいつ殺して証拠隠滅……次の奴に期待しよう!


 って考えると思う。


 もしくは、これ以上余計な情報を与えず送り返す?


 いや、国名を名乗って筆頭宮廷なんちゃらを名乗ってるし……送り返すのは危険だな。


 やっぱり無かったことにするのが最善だろう。


 そのくらいこの状況はコイツ等にとって厄介だ。


 そして恐らくこの連中の結論は……なんとなく分かる。


 周りを囲んでいる連中やこのおっさん、それに一人高い所に座り白目をむいているジジイ……コイツ等から非常に嫌な空気を最初から感じていた。


 俺を推し量り、そしてどう利用してやろうか……自分達に都合の良い玩具を得た子供というか……傲慢さが見える。


 この宮廷なんちゃらのおっさんも慇懃無礼だしな。


 俺が初っ端から動揺を見せず居丈高に出たせいで調子が狂った感もあったが……どんな理由があったにせよ、召喚しておいて武器を手に大勢で囲んでいる状況……警戒しているというよりも威圧したかったんじゃなかろうか?


 何から何まで胡散臭い連中だが、俺の最優先はウルルとプレアの二人を連れてエインヘリアに帰る事。


 それ以外の事はどうでも良い……当然コイツ等の事情なんてものは髪の毛の先程も興味はない。


 さて、俺が王であると宣言したことで周りの反応はどうなったかというと……おっさんはじりじりと後ずさり、周りの連中は……気絶していない連中は怯えと敵意が半々。


 どう見ても申し訳なさそうな様子ではないな。


「貴様等がどれほどの愚行を犯したか、理解できたか?」


「じ、実はこれは事故……」


「事故だなんて的外れな言い訳をしてくれるなよ?そこで白目をむいて情けなく気絶している男は貴様等の王かそれに近い立場の者だろう?それに貴様は筆頭宮廷魔導士と名乗ったな?この場において宮仕えであると宣言した……つまり、俺を誘拐したのは国家ぐるみの犯罪という訳だ。そうだな?」


 アホな言い訳を口にしようとしたおっさんの言葉を遮り、畳み掛けるように俺は言う。


「い、いや……これは……」


 青を通り越して顔色を真っ白にしながらおっさんがまごまごとしているが、見下すような視線を投げながら俺は言葉を続ける。


「貴様で判断出来ないのなら、とっとと後ろで寝こけている阿呆を叩き起こせ。あぁ、当然だがその指輪は外すなよ?」


「……む、無論です。しょ、少々お待ち下され」


 慌てて踵を返したおっさんが、白目を剥いてるおっさんの方に駆け寄っていく。


「へ、陛下を起こすんだ!早く!」


 レグリアの王で間違いなかったようだ……白目剥いて気絶している様はヒューイ以上に小者っぽい。


 必死な様子で喚いている連中はさて置き……俺も動かないとな。


 俺は周りに気付かれないようにゆっくりと深呼吸をする。


 もし『鷹の声』がエインヘリアに届かなかったらと思うと、胸が苦しい……。


 フィオやキリクやイルミットに連絡が出来れば、たとえここが異世界だろうとなんだろうと帰還する手立てを考えてくれる筈だ。


 いや、連絡が出来ずとも最優先で俺達を探してくれているだろうけど、情報のやり取りが出来れば機関の難易度はぐんと下がる筈。


 俺の声が届きさえすれば……。


 内臓がひっくり返りそうなくらい不安と緊張に苛まれながら、意を決してアビリティを起動する。


 『鷹の声』は頭の中で会話が出来る訳ではなく、あくまで俺は声を出さなければならない。


 幸い連中はこちらを気にしている余裕はないみたいだし、俺がブツブツ言っていても内容はバレないだろうが……一応小声で話すとしよう。


「……フィオ、聞こえるか?」


『っ!?フェルズか!?』


 届いた!


 っしゃぁおらぁ!


 やった!


 勝った!!


 助かった!!!


 元魔王にして現エインヘリアの王妃……俺の嫁さんであるフィオの声が聞こえ、心の底から安堵と歓喜が押し寄せて来る。


「あぁ、その様子だと事情は聞いている感じか?」


 そんな内心を欠片も出さず、俺は余所行きの態度でフィオに語り掛ける。


 連中は聞いていないだろうけど、傍にいるプレアには聞こえているだろうからね。


『会議中に突然お主が消えたと……今城は厳戒……いや、臨戦態勢まで行っておるんじゃぞ!今何処に居るんじゃ!』


 ……うん、若干予想はしてたけど……大変なことになっているみたいだな。


「それが分からん。俺とウルルとメイドのプレア、三人で聞いたこともない国に召喚されたみたいだ」


『召喚……やはりか!妙な魔力の痕跡があったし、予想はしておったのじゃが……』


「こっちは……夜だ。俺が消えてからどのくらい時間が経った?」


『まだ三十分と経っておらん』


「なら時間が歪んだりはして無さそうだな。俺がこっちに飛ばされて経過した時間もほぼ同じくらいだ」


『……戻ってこられそうかの?』


 真剣な様子……若干緊張を含みながらフィオが尋ねて来る。


 フィオのそんな声を聴いて……俺はまたふつふつと怒りがこみあげて来るのを感じた。


「……分からん。今呼び出した連中を脅しているところだ」


『ふむ。お主にしては珍しいやり方じゃな』


「状況が状況だしな、流石にイライラが収まらん」


『そうじゃな。冗談抜きに言わせてもらうが、キリク達が知ったら……その国の全てが消滅するじゃろうな』


「……伝え方に悩むな」


『因みに私もキリク達派じゃ』


 過激派しかいませんね!?


 キリク達は予想してたけど、フィオもかよ!?


「俺を呼びだしたのはこの国の上層部っぽいが……」


『ぎるてぃ』


「うん……それはそうかもしれんが、流石に関係ない民とかにまで責任を追及するつもりはないぞ?」


 声音や言葉以上にフィオが怒っている事に気付いた俺は、自身の怒りがスッと引いていくのを感じた。


『甘いのじゃ。王を誘拐したんじゃぞ?国ごと根切りになっても文句は言えん』


「……」


 いや、まぁ……そうかもしれんけど……それは流石に重すぎる。


『お主の気持ちは分かるが、間違いなくキリク達は納得せんのじゃ』


「……フィオは?」


『正直言って、今は誰彼構わず八つ当たりしてしまいそうな気分じゃ。こんなにも人に怒りを覚える事があるとは想像も出来んかった』


「……」


 逆の立場なら……確かにその通りだ。


 フィオが誘拐されたら……うん、犯人は絶対許さないし、周りに当たってしまいそうだし……その犯人が国家ぐるみなら、間違いなくその国全体を焦土にするだろう。


 俺には、エインヘリアにはそれが出来てしまうだけの力がある。


 だからこそ……自制が必要だ。


「フィオ……」


『……分かっておる。お主がそれを望んでおらんことは』


 若干拗ねたような雰囲気を滲ませるフィオだが、俺はフィオが怒りのままに誰かに当たり散らしたりしない事を確信している。


 フィオは俺以上に自制心が強く、そして何より優しい。


 そんなフィオが関係ない人に八つ当たりをしたりはしないだろうし、民を巻き込んで国を消滅させたることを望んだりしないだろう。


 勿論……だからといってそういう感情を覚えないかというと、それは別の話だが。


「すまん。犯人には相応の報いは与えるつもりだが、やはり関係ない者達まで罪に問いたくない。キリク達は……何とか不満が残らないように説得しよう」


『お主が望まないと言えばキリク達は二つ返事で頷くと思うがのう』


「強制はしたくないからな。キリク達がどうしても許せないというのであれば……いや、やはりキリク達にそんな事はさせたくないな」


 キリク達はレギオンズのゲームキャラが現実のものとなった存在だ。


 しかも俺がエディットして設定も作ったキャラクター達なので、細かい人格設定まで練り込まれたわけではない。


 だというのにこうして現実となった今、矛盾も破綻もなく皆がいち個人として生きているのは設定以外の部分を何らかの形で補完されているからだろう。


 その補完部分は……俺がこの世界に来る直前にクリアしたエンディングの流れによるところが強い。


 レギオンズというゲームは、進め方によってルートやエンディングが分岐するタイプのゲームで、その話の展開や主人公と他のキャラクターとの関係性がガラッと変わる。


 そして俺が直前にクリアしたルートは覇王・邪神ルート。


 敵対した相手を全員やっちまったルート……うん、そりゃ皆過激になるよね。


 しかし、だからといって皆が血に飢えた性格という訳ではない。


 みんな普通に良い子だし、普段は非常に穏やかだ。


 だからこそ……うちの子達にそんな虐殺的な事はやって欲しくない。


 うん、やはり頑張って説得しよう。


「フィオは……どうだ?」


『……お主が無事であるなら、私はそれで良い。無論、お主が帰ってきたらではあるがの?』


 『鷹の声』ではフィオの顔は当然見えないけど、なんとなく憮然としたフィオの顔が脳裏に浮かび俺は苦笑してしまう。


「ありがとう、フィオ。それと、心配かけてすまない」


『……まぁ、お主のせいではないからのう』


「……」


 フィオと話したおかげで……暴れる寸前まで上がっていた怒りが嘘のように引いた。


 しかし、これで本当に帰ることが出来ないとなったら……爆発する可能性は大だな。


「フィオ。俺が今いるここは、そことは別の世界なのか?」


『……おそらくそうではない筈じゃ』


「そうなのか?」


 てっきりまだ分からないと答えが返ってくると思っていたのだが、研究者でもあるフィオが深く調べもせずに否定したことに俺は驚く。


『うむ。このアビリティが届いたからのう』


「……世界が違ったら届かなかった?」


 届くかどうか非常に不安だったけど……


『異世界という定義が別の星なのか、それとも存在する次元そのものが違うのか……その辺は良く分からんが、少なくとも魔王の魔力がそちらに存在していなければアビリティがここまで届くことはないからのう』


「電波が届かない的な?」


『少し違う気がするのう……まぁ、こちらに満ちておる魔王の魔力が物理的にそちらと繋がっていなければアビリティは届かぬと言う事じゃ』


 つまり、魔王の魔力はあの大陸以外にも広がっているって事か。


 まぁ、別に魔力を海で遮れるわけじゃないし、海を越えて広がっていってもおかしくはないか。

 

 魔力が届く範囲だから『鷹の声』も効果を発揮できた……うん、同じ世界にいるのであれば、最悪連絡を密にとっていけば見つけてもらえる筈だ。


 時差とかを把握すれば距離は大雑把に分かるはずだし、大雑把にでも分かればこっちの大陸を見つけることが出来る筈……ここ小さな島とかじゃないよな?


 ってあれ?


 そういえば……。


「フィオ、今はどうでもいい事なんだが……」


『なんじゃ?』


「魔王の魔力が繋がっていない筈の俺の世界のゲームの事を知れたのはなんでだ?」


 突如どうでも良い事が気になってしまった俺が尋ねると、声は出さずともフィオから呆れた様な空気が伝わってきた。


 いや……なんとなく帰ることが出来そうな雰囲気が感じられたので余裕が出来たと言いますか……。


『……それは願いを叶える儀式の効果じゃな。今私達のいる世界の中では解決策が見つからなかったから儀式の力で他の世界に調べに行く……それは魔力が届きさえすれば良いだけで、繋がっておる必要はない。水鉄砲の中の水を飛ばすのにプールの中の水は関係ないと言った感じじゃ』


「なるほど……ってなると『鷹の声』はプールの中を泳いで行くって感じか?」


『ほほほ、確かにその通りじゃ。仮に他のプールが存在していたとしても、壁があるから別のプールにそのまま泳いで行くことは出来んという訳じゃ』


「……そうか、少し安心出来た。最悪力技で帰る事も可能って訳だ」


『流石に飛行船を使っても見つけるのは相当大変じゃろうが……不可能ではないのう』


 飛行船の連続航行可能時間は三十日……ゲームで最長の移動時間がそれだったからだろうけど……それだったら往復で六十日でも良かったじゃんと思う。


 三十日飛べるってことは、片道十五日の距離まで調べられる。


 最悪は拠点を作りながら距離を伸ばしていくしかないだろう……さしものエインヘリアでも簡単ではない。


 そして不可能でもない。


「俺のいる場所が別の大陸であるなら見つけやすそうだ。それも『鷹の声』を併用すればといったところだが……」


 若干希望が見えた気がする。


 勿論フィオの言う通り簡単な話ではないけど、キリク達なら間違いなく俺達を見つけてくれるだろう。


 そんな風に考え余裕が出来たからか、俺は足元に落ちている紙に気付いた。


 ……召喚直前に受け取った報告書か。


 もしかしてここ、船団を送り込んできた国じゃないよな?


 

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