第二部 第一章 召喚されてしまった我覇王

第4話 我が名は……



 会議室でキリク達と大陸外の勢力についての話をしていた俺は、突如光に包まれた。


 その瞬間は何が起こったのか分からなかったけど、光に包まれた直後ある意味慣れた感覚があったので何が起こったか察してしまった。


 あの感覚……空気というか気温やその他諸々が一瞬で切り替わるあの感じ、コレは転移だ。


 室内と室外における温度や湿度の差や晴れていたのに急に雨になったりといったように、気温や天気が突然変われば流石に色々と鈍感な俺でもすぐに気付く。


 今それと同じ感覚があったのだ。


 しかし、当然ではあるけど会議室に魔力収集装置は置いていないし、装置の近くでなければ転移は出来ない。


 そもそも魔力収集装置は他人を強制的に転移させることは出来ないし、あんな風に光に包まれるような演出もない。


 まぁ、仮に強制転移させる方法があったとしても俺に対してそれをする様な子はうちには居ないし、うちの子達以外は相当魔力収集装置の使用制限をされているか、そもそも使う事自体が出来ないからね。


 つまりこの転移は俺達とは違う第三者の手によるもの。


 だからこそ、傍にいて一緒に転移したであろうウルルに隠れるように命じた。


 何が起こるか分からないけど、ウルルは隠しておいた方が良い。


 咄嗟にそう考えての指示だった。


 そして光が収まり……見知らぬ人たちに囲まれていた。


 ……やはりというか、マジかよというか……これは……。


 俺が警戒をしながら腰に手を伸ばす。


 そこには……俺の専用装備、覇王剣ヴェルディアがあった。


 会議が終わった後、鹵獲した船を見に行こうと思っていたので持っていたのだけど、ナイス判断だったわ俺。


 訳の分からない状況でこの剣の存在はありがたい。


 剣を確認すると同時に、俺を守るように前にさっと出てきたのは……会議室でお茶を淹れてくれたメイドの子……名前は……。


「プレア、下がれ」


「は、はい……」


 俺が名を呼ぶとびくりと肩を震わせたメイドの子……プレアが俺の後ろに下がる。


 そんな俺達の様子を見て、少し離れた位置でこちらを警戒しながら見ている連中がざわつく。


 それを確認しながら俺は周囲の様子に目を向ける。


 屋外……だけど、何か古い遺跡の一角と言うような雰囲気だ。


 足元には……なんか魔法陣みたいなものが書かれているようだけど、当然だが意味はさっぱり分からん。


 空は……うん、どう見ても夜だ。


 周囲はかなりの数のかがり火で照らされているし、覇王アイのお陰で多少暗くても結構普通に見える。


 遺跡の外側は森……なのか?


 いや、木は生えているけど森って言うほど深くはないというか……綺麗に整備された森林公園みたいな雰囲気だ。


 そんな場所に十数人の連中……格好は統一感が無くバラバラだけどそれぞれの身なりは結構良い。


 それに一人だけ少し高台を作り偉そうに椅子に座っている奴が居て、その周りを守るように兵士……もしくは騎士がいる。


 兵だけでなく周りにいる連中は全員俺達の事を警戒しているようだけど……状況から見て……異世界召喚……なのか?


 異世界に覇王として呼び出された後に別の異世界に召喚!?


 いやいやいや、なんだそれ!?


 俺はフィオの願いによって生み出されたんだぞ?


 うちの子達とフィオの願いを叶えるため、あれこれ苦心しながらエインヘリアの王として頑張っていた。


 だというのに、そんな俺を横から召喚?


 その事を認識した瞬間……俺の心の内に抑えようのない感情が灯る。


 エインヘリアに呼び出されて数年。


 フェルズという圧倒的な強者の器に入れられ、常に俺は精神的に余裕があった。


 いや、お偉いさんと会うたびに緊張して死にそうだったりお腹痛かったりしていたけど、そういうアレは除いて……基本的には大らかに過ごしていたと思う。


 そんな俺が本気でブチ切れたのは……リーンフェリアが敵の将軍の使った魔道具で操られた時くらいだ。


 中身は平凡極まる俺が大国エインヘリアを率いるには、自制心が何よりも大事だと俺は考えている。


 感情のままに、欲望のままに行動してしまえば最悪の暴君になってしまうだろう。


 エインヘリアにはそれだけの力があるし、うちの子達は……俺のやることをあまり咎めないというか、俺が非道な事をやっても何か狙いがある的な解釈をするような気がする。


 そんな訳で俺は自制が大事だと心に刻み、大抵の事は笑って流せるくらい余裕を持つことが出来ていた……と思う。


 リーンフェリアの件はその許容量を超えていたが、それでもあの将軍を殺さずに捕虜とすることが出来たのは……ブチ切れながらも理性が残っていたからだろう。


 だが……今回の件はダメだ。


 俺という存在はフィオの願いの為にある……とか、そんな事を言うつもりはない。


 俺は俺だし、俺自身の為に生きている。


 フィオの願いをかなえてやりたいと思ったのは感謝の念があったことも理由の一つだが、何より俺自身がフィオを喜ばせたいと思ったから積極的に動いた。


 俺がエインヘリアの事を第一に考えるのは、うちの子達を幸せにしたいという俺の欲求だ。


 誰かの為にではなく、全て俺自身の為だ。


 俺が今までやってきたことは己の内から生じた欲求によるもので、当然その責任の所在は俺にある。


 だからこそ、好き勝手にやったからこそ……俺は責任を取らなくてはならない。


 それは、うちの子達に対してであり、エインヘリアの民に対してであり、属国や同盟国の友人達に対してであり、その民に対してであり……滅ぼした国に対してである。


 そして……フィオに対してだ。


 ……この連中の様子を見る限り、俺がここに今居るのはこの連中が望んだから。


 俺を決め打ちして呼び出したのかどうかは分からんが、事と次第によっては……ここに居る連中を消し飛ばすことも躊躇わんぞ?


 俺がそう思った瞬間、周りにいた連中の半分くらいが急に倒れ、残った半数も顔を青褪めさせながらこちらを見ている。


 因みに一人だけ偉そうに座っていた奴は白目をむいて気絶している。


 ……なんだ?


 何かの病気か?


 その様子に一瞬毒気を抜かれた俺は少し……ほんの少しだけ冷静さが戻って来る。


 この連中をいきなり焼き払うのは簡単だが、それをやってしまっては情報が一切手に入らなくなってしまう。


 俺がこんな場所に来てしまったのは十中八九この連中の仕業だが、だからこそ冷静に対処せねば取り返しがつかない。


 俺は心の中で大きく深呼吸をする。


 とりあえず、即座に送り返せと言うのが一番大事だが……大問題がある。


 倒れた人に慌てて声をかけている連中……そいつらの話している言葉が全く分からん!


 ……フィオに『鷹の声』が届くか試すか?


 『鷹の声』は俺が使えるアビリティで『鷹の耳』と同時に使う事でうちの子達と長距離で話をすることが出来る非常に便利な代物だ。


 元々はゲームの戦争パートでリアルタイムに指示を出すのにこのアビリティが使われているという設定でしかなかったが、ゲームの能力が現実となった今これ以上ない程便利な能力となっている。


 フィオはうちの子……ゲーム時代に俺がエディットしたキャラではないが、ゲーム時代のアイテムを使用することで現界しているので、ちゃんとアビリティの対象となっていた。


 しかし……ここから届くだろうか?


 そもそもここは……異世界なのか?


 それともフィオに呼び出された世界と同じ世界?


 『鷹の声』は届くのか……?


 もし届かなかったら……あ、やばい、また怒りゲージが……。


「と、突然このような状況となり、さぞ困惑されている事でしょうが……何卒心を御鎮め下さい英雄殿」


 顔を青褪めさせ、頬を引き攣らせながらもなんとかぎりぎり笑みの形をつくりながら、ごてごてしたローブを着たオッサンが俺に声をかけてきた。


 フィオに連絡しようとしたところを邪魔されて、もう一段怒りゲージが増えるところだったが……理解出来る言葉だったことに気付きその怒りを収める。


「……貴様は何故その言葉を使える?何者だ?」


 俺が睨みつけるように問いかけると、引き攣った笑みを更にこわばらせながらオッサンが絞り出すように答える。


「わ、私はレグリア王国筆頭宮廷魔導士サンザ=エルモットと申します。そ、その……英雄殿と話が出来るのは、こ、こちらの指輪の力でございます」


 そう言って左手に嵌めた指輪を見せて来るおっさん。


 指輪で言葉が通じるように?


 意味が分からん。


 だけど、そういう物語には結構あるパターンな気もする。


 まぁ、魔導士とか名乗ってくる奴に仕組みだなんだと聞いても仕方がない、そうだというのであればそういうものだと納得してやろう。


 しかし、レグリア王国……知らんな。


 少なくともフィオに呼び出された大陸に、そんな名前の国は無かった。


 北方諸国にも……うん、なかったと思う。


「こ、こちらの指輪は私が身に着けている物と同じく、た、互いの使っている言葉が違っても理解することが出来るものです。ど、どうかこちらを身に付け、我等の話を聞いていただきたい」


 そう言って箱に収められた指輪をこちらに差し出して来るおっさん。


 まさかオッサンに婚約指輪を渡すみたいに指輪を嵌めて下さいと差し出される日が来ようとは……絶対お断りだ。


「馬鹿か貴様は?」


「……は?」


 俺の一言に、呆気にとられたような表情を見せるオッサン。


 指輪を差し出している手はめっちゃがくがく震えたままだが。


「そんな得体のしれぬ指輪を何故俺が嵌めねばならん。俺の言葉が理解出来ぬなら、貴様等全員がその指輪を嵌めれば良いだろう?」


「そ、それは……こ、この指輪は大変貴重なものでして……我が国の総力を挙げても少ししか用意することが出来ず……」


「やはり愚鈍だな、貴様は。それがこの俺に何の関係がある?状況から察するに、不遜にも俺をこの場に呼び出したのは貴様等だろう?」


 俺がそう言うと、怯えの中に若干怒りの色をにじませながらオッサンは頷く。


「……えぇ、おっしゃる通り、私達が貴方をここへ召喚しました」


「そうか、ならば俺……いや、俺達を元の場所に戻せ」


 俺は後ろに控えるプレアにちらりと視線を向けながら言う。


「そ、それは出来ません」


「……」


 おっさんの絞り出すような声を受け、俺はゆっくりと視線をおっさんに戻す。


 その短い時間にまた数人、周りにいた奴が倒れる……まぁ、どうでも良いが。


「ど、どうか私共の話を聞いていただきたい!英雄殿!その上で……っ!?」


 俺の視線を受けながら必死に声を出していたおっさんだったが、最後までその台詞は言えなかった。


 ……いや、殺したりはしてないよ?


 ただちょっと……イラっとしたから覇王剣を抜いただけだ。


「先程から気になっていたんだがな?英雄殿と不躾に俺を呼んでいるが……馬鹿にするのもいい加減にしろよ?俺を誰だと思っている?」


「……そ、それは……」


 当然……こいつらは俺の事なんて知らない筈だ。


 俺が居たあの大陸にレグリア王国なんて国は無かったし、そもそも別言語で喋る様な連中はいなかった。


 もしこの場に呼び出されたのが俺だけだったなら、どれだけムカついていたとしてももう少し穏便に事を進めたと思う。


 だがこの場に呼び出されたのは俺だけではない。


 うちの子……ウルルとプレアもこの場には居るのだ。


 二人の前で、情けない姿を晒すわけにはいかない。


「我が名はフェルズ……エインヘリアの王、フェルズだ!」


 俺の覇王ムーブ……見せたったんよ!!


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