第2話 皮算用か確定事項か



「相手はなるべく殺すな。言語の習得もせねばならんし、海の向こうの情報は一つでも多く必要だからな」


 技術に言語……そして海の向こうの情報。


 相手から搾り取るものはいくらでも存在するこの状況……捕虜は多ければ多いほど良い。


 そう考えた俺が念押しするように言うと、キリクが眼鏡をクイっとしながら頷く。


「心得ております。リオ達には厳命しておりますので問題なく船団の全てを捕虜に出来るでしょう」


「そうか」


 まぁ、俺が思いつくようなことはキリク達なら当然考えているか。


 でもそれはそれとして、こうやって口に出して確認することは大事だからね。


 言わずとも大丈夫やろって考えは危険だ。


 単純な事、簡単なことでも確認は大事だし、確認されたからと言ってそんな簡単な事言われなくても分かってるよ的な返しは良くない。


 それはともかく……流石はキリク。


 未知の勢力相手に全てを捕虜にすると簡単に言ってのける。


 痺れるわぁ。


 なんちゃって覇王には絶対に言えない台詞だわぁ。


「帝国や他の国で動きはないか?」


「今の所ありません」


「……スティンプラーフ地方以外に……船影……なし……」


 俺の問いにキリクとウルルが答える。


 ウルルはシャイナやクーガー達外交官のトップだが、恐らく普通の……所謂普通の外交に関してはシャイナやクーガーの方が俺の中でその姿が想像しやすい。


 ウルルがそういった仕事を出来ないと言っているわけではない。


 しかし、うちの外交官はアクション映画に登場するタイプの外交官というか……まぁちょっと他所の外交官とは違う働き方をメインとしていると言っても過言ではない。


 あらゆる情報のスペシャリスト……それが我がエインヘリアの外交官だ。


 ウルルはその外交官達のトップである外務大臣。


 後ろで偉そうにしているだけのなんちゃって大臣ではなく、自ら最前線に身を投じ誰よりも活躍しちゃうタイプのトップ。


 情報を得ることも守る事も、ウルルに任せれば俺にとって最良の結果になるのは間違いない。


 しかしだからこそ……普段のウルルを良く知っている俺はびしっとスーツを決めて働く姿が想像しがたいのだ。


 いや、多分ウルルからすればその程度余裕って感じなんだろうし、実際やらせれば完璧にこなしてみせるであろうことは間違いないと断言出来る。


 ウルルに限らず役職があろうとなかろうと、うちの子達の事は平等に信頼している……勿論各々の個性に合わせて……例えばシュヴァルツみたいに、調子に乗ったらやらかしそうとかそういう懸念はあるけど、いざという時にフォローするのは俺の役目だ。


 そこに不満はないし問題もない。


 寧ろ皆に頼りまくりの甘えまくりだと思っている。


「船団が来たのはスティンプラーフ地方のみか。まぁ、先遣隊か調査団かは分からんが、あるかどうかも分からん別大陸にいきなり大船団は出せんだろう。だが、今後は海の監視を強化する必要があるな」


「はい。それに海軍を設立した方が良いかと」


「海軍か……」


 レギオンズには海戦ってなかったから、海関係の戦力ってないんだよな。


 っていうか陸上戦力も歩兵だけだし、エインヘリアの軍は中々変則的だよな。


 空も空軍って訳じゃないし、海はがら空き……海を越えて植民地を増やすタイプの侵略国からすれば良いカモって感じだろうね。


 ぱっと見は。


「どう考える?アランドール」


 俺はキリクの隣に座っている大将軍アランドールに問いかける。


 うちの子達の中では珍しい老将といったタイプだが……その年齢は俺達と全く同じ四歳だ。


 軍を率いることに関してはうちの子達の中でトップクラスなので、俺が率いる軍とは別方面を攻める軍の総大将を任せることが多い。


 軍関係のトップなので、新しく海軍を設立するのであればアランドールの意見を外すことは出来ないだろう。


「ふむ、難しいところですなぁ。艦隊を指揮するどころか、操船のノウハウすら我々にはありませんからのう」


「ノウハウに関しては連中を捕らえればいくらでも吸い出せるだろう?」


 難しい顔をしながら顎を撫でるアランドールの言葉を受けて、俺はウルルに顔を向けながら尋ねる。


「それは問題ない……」


「無論、ノウハウを得たからと言って簡単に習熟出来るものではないが、今後の事を考え今から海の戦力を揃えておくのは悪くないと思うが?」


 あまり乗り気では無さそうなアランドールに俺は続けて言う。


「それにだ。今回はたまたまエインヘリアの支配地域に相手は現れたが、今後……本格的に事を構えるとなったら、海を抑えられるのは面白くない」


 まぁ、上陸させてから潰したほうが早いかもしれないけど、普通は領土に踏み込まれない様にするもんだよね……転移があるから、集落に敵が姿を見せてからでも迎撃は十分間に合うとはいえ。


 ……エインヘリアの威信的な物を考えるなら、領土に踏み込まれるのは良くないか?


 この世界に来た最初の頃は、わざと敵国を攻め込ませたりして戦争の大義名分を得たりしていたけど……あれ?


 今回も船で来た奴等に先制攻撃させようとしてるな……四年前から全く成長してない我覇王?


 い、いや。


 有効な手段というものは時代を問わず有効なものだからね?


 覇王がワンパターンとかそういう事ではないのだよ?


「申し訳ありません、フェルズ様。海軍の設立に反対という訳ではありません。ですが、大きな問題があるのです」


「……」


 俺はアランドールの言葉に腕を組んで目を瞑り……若干渋い表情を作る。


 技術を得たり訓練が必要だったりって事以上の問題?


 な、なんじゃろ?


 全然思いつかんのじゃが?


「フェルズ様も御懸念されている通り、我々の兵は召喚兵。集団戦闘においては問題ありませんし、見張りや哨戒等の単純な作業でしたら命じさえすればこなすことが可能です。しかし操船となると……」


 いや、そこは思い至って無かったですけども……確かに。


 召喚兵に船を操れって命じても絶対に不可能だ。


 あれ?


 海軍無理じゃね?


 あ、だからアランドールは渋い顔してたのか。


 てっきり泳げないとかそういう理由かと……。


 いや、待て待て。


 海軍を提案したのはキリクだぞ?


 あのキリクがそんな大事なこと忘れるか?


 うん、ありえないな。


「仮にも軍を名乗るのであれば、民を所属させるわけにもいきますまい?故にどうしたものかと」


 エインヘリアは……俺の方針で軍属となっているのはうちの子達だけだ。


 各集落の治安維持を任せている治安維持部隊という組織は、一応総括をアランドールに任せている。


 しかしそこに所属している人達は軍属ではなく、戦争に参加することはない。


 そもそも、召喚兵といういくらでも呼び出すことが出来る死なない兵を使役出来るというのに、わざわざ生きている人達に血を流させる必要はないだろう。


 逆に治安維持の様に臨機応変にとっさの判断で動く必要のある仕事に召喚兵は向いていないからね……そこはこの国に住む人達に頑張ってもらう必要がある。


 召喚兵には召喚兵の、そして普通の人達には普通の人達の得意分野と言うものがあると言う事だが……自然を相手にする操船という仕事を得意とするのは当然……。


「くくっ……なるほどな。すまん、そういった懸念だったか。キリク」


 これ以上考えても答えは出ないと悟った俺は、伝家の宝刀を抜かせてもらうことにした。


 困った時にその名を呼べば、政治、経済、軍事……ありとあらゆる問題に対処してくれるスペシャルな参謀!


「はっ。説明致します」


 ほらね!


「まずは召喚兵による操船ですが、私はこれを可能だと考えております。召喚兵には細かい命令を下すことは出来ませんが、条件を指定して反応させることは可能です」


 それはそうだね。


 そうでなかったら哨戒任務とかは絶対に出来ないし……。


「それを応用して、複数の者が呼び出した召喚兵にそれぞれ条件付けをさせていけば、小型の船くらいなら操る事が可能でしょう」


「小型の船で艦隊を?」


「あぁ、失礼。海軍と呼称したから勘違いさせてしまいましたね。フェルズ様もおっしゃられていた通り、今回は偶々エインヘリアに敵は姿を現しました」


 ……まだ敵確定ではないけどね?


「初回は相手の目的が目的なので集落を目指して移動して来たでしょうが、今後はこっそりと上陸を狙ってくることもあるでしょうし、問答無用で長距離から集落を攻撃してくることもあるでしょう。その攻撃は私達であれば防ぐことは容易いでしょうが、民達にとってはそうではありません」


 ……キリクさん?


 敵の戦力評価はまだですよ?


 いや、うちの子達が負けるとは俺も微塵も思ってないけどね?


 だからこそ少人数でシュヴァルツ達を送り出したんだし……でも容易く防げるって言いきっちゃってよいのかな?。


「陸と違い海はどこからでも……というのは言い過ぎにしても、陸に比べれば進入口は非常に多い。海沿いの集落全てを守るのは非常に困難です」


「うむ……」


「なので私は、海上を哨戒する海軍を設立すべきだと提案いたしました。哨戒するのは召喚兵。操船にどのくらい召喚兵が必要か現時点では分かりませんが、それに対応出来るだけの将を海軍に所属させ召喚兵に命じるのです。その際敵を発見しても戦闘は必要ありません」


「……なるほど。狼煙台代わりに召喚兵を海に放つと言う事か」


「はい。召喚兵の得た情報は将に伝わりますからね。遠洋で敵を発見出来れば、後はこちらで如何様にも対処出来ます」


「ふむ」


 キリクの言葉にアランドールは納得したように頷き、先程とは少し違う様子で考え込む。


 恐らく海軍を誰に任せるか考えているのだろう。


 それにしても……キリクが海軍って言うから俺もてっきり海戦だ!って思ってたけど、蓋を開けてみれば召喚兵を海に浮かべて狼煙台代わりか。


 まぁ、哨戒任務も大事な仕事だし、召喚兵なら船が沈もうと海の魔物に襲われようと……問題ないしな。


「造船業にも力を入れる必要がありますね~。召喚兵の乗る船は~最悪使い捨てくらいのつもりで良いかもしれませんし~」


 内務大臣のイルミットが、普段通りにこにこと微笑みながら言う。


 新たな雇用の創出が嬉しいのだろう。


 少し体を揺らすだけでとある部分がたゆんと揺れ動き、心ならずも視線が固定されてしまいそうになるが、その言葉はかなり恐ろしい。


 ……大海原への片道切符か。


 絶対乗りたくない船だ……召喚兵には命も感情もないけど、同情してしまうな。


「概要はそんなところだな。細かいところは今回の相手から情報を吸いだして詰めていくとしよう」


 俺がそんな思いを振り払い締めくくると、キリクとアランドールが頭を下げる。


 まぁ、詰めるのはこの二人とイルミットが居れば問題ない……俺は上がってきた案にオッケーを出すだけの簡単なお仕事だ。


 後はシュヴァルツ達の報告待ち……あ、今更ながら大変なことに気付いた。


 魔力収集装置の様に、遠方と通信できるようなものが船に積まれているとマズくない?


 こっちの大陸より技術的に先に行っている可能性が高いし、通信技術があってもおかしくはない気がする。


 特にこの世界には魔法が存在するからな……どんなことが出来るか、船を見ただけで判別は出来ない。


 ……かなりマズイ。


 何故なら……相手は恐らく、この大陸を見つけたことを既に本国に報告しているだろう。


 そしてこちらの戦力を探りつつ上陸すると報告して、その後連絡が途絶える。


 明らかにこちらが何かしたってバレるな。


 そうなると……。


 ……。


 ……。


 どうなるんだ?


 ……?


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