第626話 元青の軍騎士は働きたい



View of エルキス=コルパッソン 元エルディオン青の軍所属






 俺はエルキス。


 親しい連中にはエルと呼ばれている。


 そしてコルパッソン家の麒麟児と、家族の中では評判だ。


 コルパッソン家はエルディオンを支える名家……というのは言い過ぎにしても、そこそこ良い家柄だったりする。


 というのも、曾祖父が一般の出自ながらも当時の青の軍の副団長補佐にまで成り上がったという傑物。


 その優秀さから子爵家の御令嬢を娶る事となり、コルパッソン家は子爵家の続柄となることで名家としての地位を築き上げた。


 まぁ、曾祖母はちょっと元貴族なのに魔法が使えなかったりはしたが、貴族と血縁関係になったのは事実。


 コルパッソン家は権勢を誇った……とまでは言わないが、曾祖父の時代にそれなりに力を有した。


 そして次代の当主である俺も幼き頃より厳しい教育を受け、努力の甲斐あり曾祖父と同じ青の軍に所属することが出来た。


 青の軍の中で俺は順調に功績を重ね、将来の幹部候補と同期連中の間で評判で……あまり褒められていない気もするが……細かい事は気にしない。


 とにかく、俺の人生は順風満帆。


 ……そのはずだった。


 風向きが変わったのは……いや、そんな徐々変化していったわけではないか。


 突如竜巻に飲み込まれ、気付いたら他国に吹き飛ばされていたくらいの急展開だったかもしれない。


 とにかく、エインヘリアなる野蛮な国が突如として宣戦布告……からの王都強襲……からのエルディオン滅亡という雪崩の如き展開で、我がコルパッソン家も一気に窮地に立たされていた。


 そして俺もまた……青の軍所属というエリート街道から一転、無職という憂き目にあっていた。


 無職……栄えあるコルパッソン家の嫡男であるこの俺がだ。


 いや、俺だけではない。


 同期の連中は当然として、上司や上司の上司、更にその上の上司も仕事を失った。


 騎士や上層部は軒並み仕事を失ったと言える。


 転職に成功したという話は……ほとんど聞こえてこない。


 国の要職についていた者が軒並み無職……魔法大国から無職大国への華麗なる転身だ。


 ははっ……笑えない。


 しかし、我がコルパッソン家はまだマシと言えるかもしれない。


 何故なら、我が家はそこそこの名家ではあるが貴族ではない。


 純血種である貴族の方々からすれば、混血種……所謂混ざりものと揶揄される家だ。


 勿論、貴族以外の家は全てが混ざりものと呼ばれているし、名家とまでは行かずともエルディオンの民の大半は混血種だからそこに劣等感はない。


 ……過去にはその立場を羨ましく思った事もあったが、今となってはそんなことは口が裂けても言えない。


 純血種……つまりエルディオンの貴族達は、その全てが貴族としての地位を失い、その多くが行方知れずや処刑といった有様だ。


 職を失っただけであればまだマシと言える。


 ……失った本人としては納得しがたい部分もあるが。


 しかし、コルパッソン家自体は……まだどうとでもなる。


 当主である父は軍属ではなく文官で、今後どうなるかは分からないが現時点では職を失っていない。


 それに、私も数年軍にいたことでそこそこの貯えはあるし、数か月でどうこうなるということはないのだが……流石に働かないという訳にもいかない。


 しかし問題は、今までであれば混血とはいえ魔法使いである以上、職に困る事は無かったのだが今はそうではない。


 とは言っても、俺は元青の軍に所属していたエリート……十把一絡げの魔法使いとは一線を画す存在だ。


 とりあえず腰掛で良いので適当に職を探すことにしよう。






Case.1 文官


 父の縁故を使い文官として働くことは出来ないかと思ったが、父はそこまで人事に顔の利く役職ではなく相談しようとした瞬間に断られた。


 断るの早すぎひん?






Case.2 秘書


 軍学校時代の友人が大商会の護衛兼秘書として就職したのを思い出し、雇ってもらおうと門を叩いた。


 世間話の一つもなく……というか門前払いされた。


 ……友人とは。






Case.3 秘書act.2


 直接秘書兼護衛として雇って貰えば良いと考え商会に行ってみる。


 朝一に向かうと応接室に通され、そのまま日が沈むまで待たされた挙句良き地でのご活躍をお祈りされてしまった。


 ここで活躍したかったのだが?






Case.4 商会員


 ならば商会員としてまずは採用され、そこから信頼を得る作戦だ。


 そう考えて商会員として雇って欲しいと申し出た。


 日が沈むまで応接室……昨日よりグレードの低い……で待たされた挙句良き地でのご活躍を再び祈られた。


 




Case.5 魔物ハンター


 そもそも、商売に関する知識がないのにいきなり商会員というのは無謀すぎたかもしれない。


 そして俺の得意分野は魔法を使った戦闘。


 個人戦闘も集団戦闘も問題ないが、経験に乏しいので集団戦の指揮はあまり得意とは言えない。


 しかし魔物ハンターは個人から数人程度の活動だし、何より青の軍に所属していたエリートである私ならば大成すること間違いなし。


 そう考え魔物ハンター協会へと向かったのだが、受付の女性に小声で忠告されてしまった。


 どうやらエインヘリアが軍を使って魔物や盗賊を狩っており、急激に魔物ハンターの仕事が激減しているらしく、今新規登録することはお勧めできないとの事。


 恐らく現役のハンターたちで仕事を奪い合うくらいの状況なのだろう、協会内部の雰囲気もかなり悪かったし登録するのはやめておいた。


 とりあえず受付の女性がとても綺麗で親切だったので食事に誘ってみたら、石ころを見る様な無感情な目でご冥福をお祈りされた。


 ぞくぞくした。






Case.6 魔法研究


 あまり頭を使う分野は得意ではないが、魔法は得意なので何とかなると思う。


 魔法開発局か技術開発局。


 魔法開発局はエリート中のエリートが所属する研究機関。。


 技術開発局は訳アリ連中を押し込む掃きだめ。


 当然魔法開発局一択だ。


 軍の関係者の一部の連中は、暫く軍に籍を置いた後に別部署に転属する。


 魔法開発局もその転属先の一つだ。


 元青の軍所属という経歴があれば、最低でも下っ端として採用される筈。


 そう思い魔法開発局へと向かったのだが……組織そのものが解体されていた。






Case.7 私兵


 貴族でなくなったとしても、元貴族の方々は今までの生活を保とうとしている。


 だったら当然それを維持するために戦力を欲している筈。


 青の軍に所属していたという過去は、一流の魔法使いであることの証左……戦力として是が非でも確保したいと考える元貴族は少なくないだろう。


 そこら辺の魔法使いとは格の違う戦力……待遇も破格のものが用意されて当然。


 何故今までその事に気付かなかったのか、急激な状況の変化にさしもの俺も戸惑っていたと言う事だろうな。


 そんな風に思いつつ、俺はとある元貴族の邸宅へと向かっていた。


 縁戚の子爵家ではない。


 曾祖父以降はそこまで親しく付き合いがある訳ではないし、下手に縁戚に頼るといざという時に融通が利かなかったりするからな。


 なので今向かっているのは、青の軍時代の先輩の家だ。


 後輩や同期にも貴族はいたが、その辺に雇われてへこへこするのは何か嫌だった。


しかし、先輩相手ならその辺は問題ない。


 思う存分甘えるとしよう……とか考えていると先輩の実家が見えてきた。


 実家もそこそこの名家と恥じない程度の家ではあるけど、流石にお貴族様の邸宅に比べると見劣りする。


 私兵となったらこの家を守るために戦う訳だ……戦う?


 そこで体に雷でも落ちたかのような衝撃が走る。


 戦うって……誰とだ?


 強盗や盗賊……なら別に問題ない。


 他の貴族の私兵……多少は手練れもいるかもしれないが、エリート騎士であった俺ならば問題なく対処出来る。


 暗殺者……これはちょっと自信がない。


 正面から戦うなら問題ないが、雇い主が暗殺されるのを防ぐのは不可能に近い。


 自分が狙われたのであれば対処も出来るが、他人を守るのは無理だ……そんな訓練したことないし。


 今挙げた相手であれば、多少の問題はあれど戦えない相手ではないと言える。


 しかしだ。


 今貴族……いや、元貴族が一番戦いたい相手と言えば……考えるまでもない。


 エインヘリアだ。


 ……。


 ……。


 ……無理。


 それ、だけは、絶対に、無理。






Case.8 給仕


 戦うとか野蛮だと思う。


 故に、俺は平和的に食事を運ぼうと思った。


 これなら技術は必要ないし、命もヤバくない。


 コルパッソン家の嫡男としてあまり良い選択ではない気もするが、俺が雇われたのは高級店……青の軍に入る前からよく利用していた店だ。

 

 名家の跡取りとして礼儀作法は完璧に学んでいるし、身元もはっきりしている為即採用された次第だ。


 俺が本気になればこんなものよ……。


 そして初日……料理を運び客の前に丁寧に置くという作業が意外と難しい事を知った。


 更に二日目……高級店にあるまじきマナーのなっていない客をぶん殴りクビになった。






Case.9 日雇い


 経歴は問わず道敷設の作業員を求めていたので試しに働いてみる。


 軍務でそれなりに体は鍛えていたつもりだったが、二日目で体が弾けんばかりに痛くなった。


 俺にこういった肉体労働は向いていない様だ。


 二日分の給料をもらい三日目は辞退した。






Case.10 治安維持部隊


 少し迷走している事に気付いたので初心に戻ってみる。


 俺の得意分野は魔法を使った戦闘。


 だが、エインヘリアと戦うのは二度とごめんだ。


 となれば、エインヘリアの軍属になるのが一番ではないか?


 ……なんか色々と大切な物を捨ててしまった気もするが、背に腹は代えられない。


 というか、エルディオンは滅亡して今やここはエインヘリアなのだ。


 そこに就職して何が悪い?


 幸いエインヘリアは純血崇拝や魔法至上主義を否定しているが、だからといって魔法使いを冷遇しているわけではない。


 寧ろ敵対国の主戦力だった我々に対して、非常に寛大とも言える政策をとっている。


 軍は解体されたが……。


 まぁ、滅ぼした国の軍事力をそのままにしておく筈もないし、当然と言えば当然だ。


 正直エインヘリアとぶつかる前は、エルディオン最強!魔法最強!とか思ってたけど……アレを見てしまっては、例え五色の軍が全て揃っていたとしても勝てるとは口が裂けても言えない。


 幸いというか……この治安維持部隊は、元エルディオンの軍属だったとしても入隊に制限がない。


 いや、思想チェックみたいなものは受けなければならなかったけど、俺としては国が変われば価値観が変わるのも当たり前という感覚だったので、無事にパスすることが出来た……と思う。


 勿論、魔法を使う事に対するプライドや自負はある。


 もし、あの戦争の時にエインヘリアの戦いぶりを見ていなかったら、もっと傲慢に振舞ったかもしれないが……今の俺にそんな根性はない。


 とにかく、折角得意分野での就職が決まったのだ。


これからはエインヘリアのイチ臣民として、治安維持に勤しもうと思う。


 そう思っていたが、どうやら明日から入隊後の研修や訓練があるらしい。


 久しぶりの訓練だ……体は鈍っているだろうし、暫くはへとへとに疲れ果てるかもしれん。


 今日は早く休むとしよう。






Case.10-2 治安維持部隊


 くんれんがじんじょうじゃない。


 




Case.10-3 治安維持部隊


 しんでる?


 いきてる?






Case.10-4 治安維持部隊


 たすけ。






Case.10-5 治安維持部隊


 おかあさん。






Case.10-6 ちあんいじぶたい


 おかあさん。






Case.10-??? ちあ


 けぺ。






Case.Final 治安維持部隊


 エインヘリア万歳!


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