第625話 土いじり子爵の艶麗な一日



View of ヘルミナーデ=アプルソン スラージアン帝国子爵






「平和ですわねぇ」


 曲げていた腰を伸ばし、天を仰ぎ長閑な日常に感謝すると共に呟きます。


 ここは我がアプルソン領。


 以前は秘境とさえ呼ばれた我が領ですが……今ではすっかり魔境となっております。


 いえ、そんな事を言っては罰が当たりますわね。


 確かにほぼ毎日のように収穫できる作物や、バンガゴンガ様がそろそろ良い頃合いだろうと持ち込まれたバロメッツなる植物は……インパクトが強すぎて、鍛え上げられた領民の皆さんでも腰が引けておりましたし。


 まぁ、すぐに慣れて平然と収穫をしていましたが。


 そういえばこの前、バンガゴンガ様がミミズを使うとかなんとかおっしゃられていましたわね。


 アレはどういう意味でしょうか?


 ミミズなんてどこにでも……いえ、そういえばエインヘリアの種を使った場所ではミミズの姿も見ない気がしますが……と、そんなことを考えていると、わたくしの収穫したスイカを避けて執事であるセイバスが慎重な手つきで種を拾い専用のケースに収めましたわ。


「確かに平和です。東の方で魔法馬鹿共が悲惨な目に合っているとは思えない陽気です」


「その言は、エインヘリアに失礼ではなくって?」


 わたくしが苦言を呈するとセイバスは涼しげな表情で言葉を続けます。


「魔法を第一と考える彼等にとって、エインヘリアの支配は悲惨以外の何物でもないかと。そこを誤魔化して考えては為政者として三流以下。否定的な意見を言われて憤慨するだけでは三流、受け入れて我が身を顧みるなら二流。批判のさらにその先に進んでいるのが一流。そしてエインヘリア王陛下は一流以上です。この表現を妥当だと笑われながらこう言うことでしょう。悲惨と感じるのは今だけだ、と」


 仮にそうだとしても……口にして良い事と悪い事がありますわ。


 そしてエインヘリアを揶揄するような発言は、特級の禁止事項と言っても過言ではありません。


「因みにお嬢様は批判されると憤慨し暴力に訴えてきますが、我が身を顧みることも出来ますし、耳を塞ぎ誤魔化す様な事は致しません。三流と二流……合わせて五流と言ったところですね」


「下がっていますわよ!」


「……?増えていますよ?」


「増えたらダメな奴ですわ!」


 スイカを籠に入れつつわたくしが言うと、セイバスはケースを懐に戻しながら肩をすくめてみせます。


「大は小を兼ねると言いますし、これからは五流のアプルソン子爵を名乗るのは如何でしょうか?」


「あっ……」


「……?」


「……」


「どうされましたか?普段でしたら、収穫用の鋏の一つや二つ飛んできてもおかしくない頃合いですが」


「……それが分かっていて、どうしてそういう言動をするのかしら?」


「この際それは置いておきましょう」


「とても重要なことですわよ?」


「それよりも!お嬢様の方が問題です。もしや体調が優れないのでは?それとも頭が優れないのでは?大丈夫ですか?」


 わたくしはセイバスの問いに応えず収穫用の鋏を地面に置き、脇の通路から砂利を握りセイバスの顔目掛けて投げつけます!


 不意の一撃……とはいかず、わたくしの攻撃を予測していたセイバスは何処に持っていたか分かりませんが、タオルを翻し砂利を防ぎました。


 しかしその一瞬、セイバスには大きな死角が出来ます。


 その一瞬を使い、わたくしはセイバスの鳩尾を狙って拳を突き出し……途中で止めて、しゃがみ込んで足払いを仕掛けますわ!


 視界を塞いだ程度でこの男は動揺したりしないし、わたくしの攻撃も読んでいる筈!


 だからこそ、フェイントを入れて足を刈る!


 これで土塗れにしてやりますわ!


 追撃のストンピングは十発くらいで勘弁してやりましょう!


 そう考え思いっきり足を払おうとして……セイバスが軽い様子で私の蹴りをひょいっと躱す。


「あら……?」


 しかも、お返しとばかりに放った蹴りを掬い上げるように払われ……思いっきり土の上に転ばされましたわ!


「お嬢様。大丈夫ですか?頭とか情緒とか……」


「主人を転ばした執事が言う言葉がそれですの!?」


 農作業用の服なので土塗れになっても問題はありませんが……。


「土いじり子爵には相応しい姿かと」


「……ぶっ殺しますわ!」


 ぱーりぃーの始まりですわ!!






「ところで先程は何故言葉に詰まったのですか?とりあえず思った事は口から出るお嬢様にしては珍しいことかと」


「……えっと、なんだったかしら?」


 思いっきり暴れたせいで全く覚えていませんわ……。


「なるほど。頭に土が詰まっておられると……」


「思い出しましたわ……」


「それはよう御座いました。頭がすっかり耕されているのかとヒヤヒヤしたものです」


「……」


「全く、冗談は存在だけにしてください」


「ぶっ殺しますわ!」


 処刑執行ですわ!






「それで……なんでしたかしら?」


「お嬢様、永遠に話が進みそうにないので話題を変えませんか?」


「……まぁ、良いでしょう。丁度、他の皆さんの収穫作業も終わったみたいですし」


 イチゴとみかんの収穫を終えた皆さんが籠を持ってこちらにやって来るのが見えたので、わたくしもスイカの入った籠を持ち上げます。


 そんなわたくしの横を何も持たずにすたすたと通り過ぎるセイバス。


 その姿に若干の怒りを覚えなくもないですが、こればかりはセイバスに非はありません。


 セイバスはイチゴとみかんを収穫してきたグループの中で同じように手に何も持っていない方の傍に行き、懐から出したケースを受け取って中に入っている種を数えます。


 彼らは作業グループの中で種の回収、管理を仕事としており、種を持っている間はそれ以外の作業は決してしない様になっております。


 種を懐に入れたまま暴れまわるセイバスが不謹慎とも言えますわね。


 そんな彼らも、セイバスによる種のチェックが行われた後はグループで収穫した物を運ぶ作業を手伝い始めるのですが……チェックを終えたセイバスはそのまま何事もなかったかのようにスイカの籠を持つわたくしに付き従う様に歩き始めます。


 何も持たずに。


 いえ、分かっていますわよ?


 種を懐に持っているから、それを最優先にしているという事は。


 しかし……淑女であり主人であるわたしくが、スイカを十個程度入れた籠を持っているのですから、何か一言あってもよろしいのではなくて!?


「……あぁ、重いですね。責任が」


「……」


 ぶん殴りてぇですわぁ……。


「そういえば、お嬢様、ご存知でしたか?」


「今世間話をする余裕はないのだけれど?」


 スイカの入った籠は……まぁ、そこそこ重たい荷物ですわ。


「はっはっは、お戯れを。それでですね……」


「この執事、マジで人の話聞きゃしませんわね……」


 知っていましたけどね!


「どうもエインヘリアの幼年学校に不審者が現れたそうなんですよ」


「学校に不審者?」


「えぇ、血走った目で幼い生徒たちを見る不審者が……」


「それ、本当ですの?エインヘリアの学校は相当警備が厳重ですわよ?」


 下手をすれば、小国の王城以上の警備……そんな場所にただの不審者が入り込めるはずがありませんわ。


 万が一入り込めるくらい隠形に優れているのであれば、諜報機関に間違いなく誘われることでしょう。


 心根は……問題ありですが。


「えぇ、何せその不審者は来賓として招かれた人物でしたので」


「ら、来賓ですの!?」


 それはもしかせずともマズい事態なのでは……て、帝国の貴族だったりしませんわよね?


「その方、実は帝国貴族……」


「アウトですわ!!」


 思わず籠から手を離し頭を抱えてしまいますわ!


「……ではありません」


「セーフでしたわ!!」


 籠が地面に落ちるよりも早くキャッチしてみせましたわ!


 危うくスイカをダメにするところでしたわ……。


 これらの農作物は大半が帝城にて消費されるもの……しかも今日の収穫物は陛下の大好きな甘いもの中心……絶対に無駄には出来ません。


「……というわけでございます」


「どういう訳ですの?」


 今絶対会話飛ばしましたわよね?


 いくら何でも聞き逃したりしませんわよ?


「もう一度……イチから説明しろと?」


「寧ろ最初のイチを話しなさいな」


「お嬢様が注意散漫なご様子でしたので、押し切れるかと思ったのですが……まぁ良いでしょう。結論を申し上げれば、不審者はエインヘリアのとある街の代官です」


「……それはあり得ないのではなくって?エインヘリアで代官になるには相当厳しい審査がありますし、人格や思想も精査された上での登用となりますわ。狭き門を突破した最重要職に就かれる方が、そんな安易な行為をなさるでしょうか?」


「それがですね、その代官……あまりのレベルの高さに興奮してしまったと供述しているそうで」


「……」


 ど、どういう意味ですの?


 も、もしかして、不埒な意味ですの?


「その通りでございます。流石お嬢様、全てお見通しの様でございますね」


「!!!??」


 やっぱり不埒な不審者でしたの!?


 血走った目で……不埒な事を考えていたんですの!!?


「お嬢様の察したとおり、その代官……」


「……」


 ごくり。


「書類仕事が忙し過ぎて寝る暇もなかったそうです」


「なんて?」


 急展開過ぎますわ??


「そんな忙しい中、視察で訪れた幼年学校。子供達の学力の高さ……そして教育の高度さに目を剥き、廊下の窓に張り付いて教室の中を凝視していたそうです」


「あ、そういう」


「その後すぐにでも代官所に雇い入れたいと騒いだとか……」


「……」


 つまり血走った目というのは……徹夜明けとかそういう感じですのね?


 いえ、まぁ……確かに不審者というか、危ない雰囲気だったのでしょうけど……。


「エインヘリア王陛下がその話を耳にして、色々な意味で心を痛めたとか……」


「……」


 それは何と言いますか……エインヘリア王陛下も色々な意味でお辛い事だと……。


「この場合……被害者は誰なのでしょうね?」


「……間違いなく言えるのは、怖い思いをしたであろう幼年学校の生徒の皆さんかと」


「なるほど。お嬢様もお気を付けください」


「そうですわね。もしわたくし達の学校に目を血走らせた人が現れたら、ぶっ飛ばしてしまうかもしれませんし……その方が代官でしたら国際問題ですわ」


「……流石です、お嬢様。そう言った方向で納得されるとは予想しておりませんでした」


「どういう意味ですの?」


「私もまだまだ未熟という事ですな」


「だからどういう意味ですの?」


 恐ろしげなものを見るような目で私を一瞥したセイバスを睨みつけますが、この執事は何も言わず……代わりに遠くから羊の鳴き声が聞こえてきました。


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