第622話 バンガゴンガの鉱山日誌



View of バンガゴンガ 元ゴブリン隠れ里村長 元ゴブリン代表 エインヘリア国内妖精族総括 妖精族向け職業案内所所長 対妖精族外交官 エインヘリア国営農場責任者 エインヘリア国営養殖場責任者 エインヘリア王相談役 アプルソン特別農業地区指導員 etc……






 ある日の昼時、俺はフェルズと昼食を取っていた。


 フェルズと昼食を共にすることは珍しくはないし、話題もその時々で様々だ。


 真面目な話をすることもあれば他愛のない話をすることもあるし、嫁の話をすることも最近ではある。


 エファリア様がいない時限定だがな……彼女の前で迂闊な話をすると、もれなくその日の晩にはにっこりと微笑むリュカと対面することになる。


 ……フェルズにもその辺を注意しておくべきだろう。


 それはさて置き、その日は他愛のない話をしていたのだがフェルズがぽつりとこんな事を言った。


「今度国営の鉱山を造ろうと思う」


 その台詞を聞いた直後、俺は即座に鉱山の面倒を見るとフェルズに申し出た。


 このエインヘリアには鉱山がいくつもある。


 それを所有していた国や貴族はエインヘリアによって廃されている為、その全てはエインヘリアという国の管理下にある。


 にも拘らず、フェルズは国営の鉱山を造ると言った。


 俺は今までフェルズがこのように宣言して造ったものを思い出す。


 農場、治療施設、漁場、温泉施設……そのどれもが俺達の理解を超えているものばかりで、少なくともただの人によって作る事の出来る施設ではない。


 いや……施設そのものの建築に関しては、オトノハ殿の率いる開発部だけでなくゴブリンやドワーフ達も参加している為、我々でも作る事は出来るのだろうが……完成した後のものは、何故かおかしなものになってしまっている。


 不思議なのは、ゴブリンやドワーフが同じ建材を使って同じ物を勝手に作っても、無茶苦茶な効果は発揮しないというところだろう。


 何がどうなっているのかさっぱり分からないが、エインヘリアのすること成すことを気にしていたら日が暮れてしまう。


 これはもう、そういうものだと受け入れるしかないのだ。


 しかし、そうは言っても……非常に刺激の強いものばかりであることは確か。


 だからこそ、俺はフェルズが新しく始めることに真っ先に参加を表明する。


 俺が感じ取ったことを周りの者に馴染ませる……意味のない事かもしれないが、俺は大事だと思うし、フェルズ自身も俺がそういう役割をすることに期待してくれているように見える。


 さて、少し話が逸れた気もするので本題に戻ろう。


 国営鉱山だ。


 そもそも鉱山を造るとは如何に?


 などと言う疑問は最初から捨てる。


 おもむろに鉱脈が見つかったから、そこを鉱山として採掘したいということだろう。


 ……いくらフェルズでもただの岩山や土の山を鉱山に作り替えたりは出来ない筈。


 とりあえず今後の為にもいつも通り記録を取りつつ、様子を見ることにしよう。






一日目


 

 フェルズによって指定された場所に、ゴブリンとドワーフ合わせて七人とともに訪れる。


 採掘をする人数としては少なすぎるが、まずは現地調査をするとのことで少数となった。


 因みに指定された場所は国営農場から東に五キロ程離れた場所。


 その国営農場は王都から北東に三十キロほど離れた位置にあるので、王都からここまでだとそれなりの距離となる。


 まだ道も整備されていないので、王都から歩いてくるとなると一日くらいは掛かるだろう。


 といっても俺達は飛行船に乗ってきたので、王都から十分と掛かっていない。


 さて、国営鉱山とのことだが……まずこれだけは言っておく必要があるだろう。


 エインヘリアの王都があるのはかつて龍の塒と呼ばれた平原だ。


 そう、平原である。


 背の高い草が生い茂り、整地されていない場所では見通しがかなり悪いが……ここは平原だ。


 当然、山はない。


 ドラゴンが踏み均したのか、丘のような起伏も殆ど無い。


 当然だ。


 国営農場から見えていたから知っている。


 東方面は見渡す限りの平原……だったはずだが、当たり前の様に俺達の目の前には岩山があった。


 大丈夫だ。


 この程度は想定内だ。


 連れてきたゴブリンもベテランばかり……当然取り乱したりはしない。


 そしてドワーフは細かい事……いや、全然細かくはないのだが……気にしたりはしない。


 ひとまず、今日は拠点づくりだ。


 建材も王都から運び込んでいるし、今から作り始めても夜は拠点内で休むことが出来るだろう。


 




二日目


 今日より鉱山の調査を始める。


 フェルズの話では既に坑道を用意しているとのことだったが、確かに坑道は用意されていた。


 木材によって支えが作られ、崩落しないように対策が取られている入り口はかなり幅広く作られており、五人が横に並んでも楽に出入りすることが出来るだろう。


 獣が住み着かない様に設置されていた扉を開けると、強い土の匂いが感じられた。


 明かりも既に設置されており入り口からでも奥が見えるのだが、途中で明かりが消えているのかある程度の距離までしか見えなない。


 ドワーフ達が鉱山の状態を調べて来ると言って早速坑道の奥へと入っていった。


 鉱山に関する知識はドワーフ達には遠く及ばないので、俺達は彼らの指示に従い入り口付近で待機する。


 そしてその場からドワーフ達の背中を見ていたのだが、幾ばくも行かない内……丁度明かりが途切れるあたりでドワーフ達の動きが止まり、しばらくして首を傾げながら戻って来た。


 何があったのか確認すると、坑道は明かりが途切れるところで行き止まりになっていたと告げられた。


 取りあえず掘って道を作っただけという事だろうか?


 フェルズからは即座に正式稼働できる状態だと聞いていたのだが……。


 とりあえずドワーフ達が魔道具を使って鉱山の調査を始めるらしいので、話を聞きながら坑道の奥へと向かった。


 その調査で分かったことは、付近に大きな空洞は存在しないという事だった。


 しかし、現時点でどのような鉱物が採れるかも分からないとの事。


 普段であればある程度はこの調査で分かるとのことだったが……まぁ、フェルズが用意したものと思えば何が起こってもおかしくはないだろう。


 ひとまず今日の調査結果を受けて、明日より採掘作業を開始する。






三日目


 やはりこの鉱山はフェルズが用意したものだ。


 常識が通じない……いや、通じなかったのはつるはしだが。


 一見ただの岩壁に見える坑道の突き当りだったが、どれだけ頑張ってもつるはしで傷一つつけることが出来なかった。


 俺も試してみたが、つるはしの柄を折ってしまっただけだった。


 ひとまずこの件は王都に報告を上げておいた方が良いだろう。






四日目


 フェルズから鉱石が採れなくても問題ないから、自由に色々試して欲しいと通達があった。


 それと坑道にミミズが居た場合は必ず捕まえておいて欲しいとの事。


 何故ミミズ?






十日目


 ギギル・ポーのベテラン鉱員を総動員して採掘作業に当たっているが、壁に毛ほどの傷もつけられない。


 ミミズはいない。






十三日目


 ここ数日、魔道具を用いた爆破や切断を試しているが傷つける事も出来ない。


 壁を諦め試しに地面を掘ろうとしたが、こちらも同様に歯が立たない。


 ミミズもいない。






十五日目


 成果どころか一ミリたりとも石を掘ることが出来ていない現状、ドワーフ達が危機感を覚えており相談してきた。


 しかし、現状は王都へ報告済みであり成果に関しては問題ないと答える。


 フェルズは明言していなかったが、これまでの経験から三十日目に何かが起きる気がする。


 作物関係も生簀関係もそうだった。


 俺の予想では……三十日目になると採掘が可能になって、ひと堀りでぼろぼろ鉱石が採れるとか……そういう感じになるのではないかと。


 まぁ、そう予想しているからといって何もしない訳にはいかないが……ミミズの一匹もいない。


 




十七日目


 ギギル・ポーのドワーフ達の技術と経験を結集して採掘がおこなわれたが、エインヘリアの牙城を崩すことは出来なかった。


 相変わらずミミズもいない。






十八日目


 英雄に応援を要請してはどうかいう案がドワーフから提出された。


 確かに英雄なら……エインヘリアで将と呼ばれる人達であれば問題なく採掘を進められるだろうが、彼らを鉱夫として使うのは色々とマズい。


 ドワーフ達もそれを理解しているとは思うが、フェルズ直々の案件ということで失敗は出来ないというプレッシャーから進言してきたといったところだろう。


 まぁ、あの人達であれば、フェルズの為といえば喜んでやりそうだが……。


 ここに来ているゴブリン達は農場や生簀の仕事を俺と共にやってきた連中なので然程焦りは見せていないが、ドワーフ達はフェルズ案件は初めてなので仕方ないと言える。


 俺が何かあると踏んでいる三十日目まで後十二日。


 それまでにミミズを一匹くらいは見つけたい。


 




二十日目


 ドワーフ達が帝国の英雄であるエリアス殿をここに連れてきた。


 王都の酒場で知り合ったらしいが、流石に帝国の『至天』をここに連れて来るのはマズい。


 そう思ったのだが、エリアス殿からフェルズの許可は貰っていると言われ書類を渡された。


 確認してみるとエリアス殿に今日の夕刻まで好きに暴れさせて良いという内容の書類で、書類の最後にフェルズの署名が記されていた。


 流石に英雄が暴れるのに巻き込まれては敵わないので、俺達は鉱山から避難して拠点へと戻った。


 そこで腰を落ち着けて今後どんな風に試していくかを打ち合わせしていたのだが、日暮れ前にエリアス殿が笑いながら拠点へとやってきた。


 一瞬採掘に成功したのかと思ったが、その明るい様子とは裏腹に第一声は謝罪の言葉だった。


 どうやらエリアス殿でも傷一つつけられなかったらしい。


 エリアス殿はカラカラと笑っていたが、目の充血と涙をぬぐったような跡が気になった。


 後、ミミズは見当たらなかったらしい。






二十二日目


 エリアス殿が女性を連れてやってきた。


 どうやら彼女もエリアス殿と同じく『至天』らしい。


 エリアス殿のように武器を持たず、軽装に身を包んでいるところから魔法を使う英雄なのだろう。


 『爆炎華』という二つ名らしく、彼女もまたフェルズの許可を得てここに来ているので問題ない。


 正直、俺達もドワーフ達もここ二十日ほどで試せる限りは試したと思うが、石の一欠けらすら得られていない状況、英雄という規格外の力を持つ彼らに今日一日自由にやってもらっても問題ないだろう。


 フェルズの許可があるならなおの事。


 日が傾き始める頃まで、今まで聞いたことがない程の爆発音が坑道から鳴り響いていた。


 当然その間俺達は拠点で待機していたが、日暮れ前に戻ってきた二人……物凄く嬉しそうなエリアス殿と分かりやすいくらいに肩を落とした女性の姿から結果は聞くまでもなかった。


 とはいえ、責任者として申し訳ないが話を聞かない訳にはいかずきっちりと聞き取りをさせてもらった。


 帝国でも屈指の攻撃魔法の使い手であるミーオリーオ殿は思いつく限りの攻撃魔法を坑道に叩き込んだそうだが、岩壁はおろか、設置されている明かりすら壊すことが出来なかったそうだ。


 ……坑道が尋常じゃ無い硬さなのは知っていたが、設置されていたランプもこの世のものとは思えない物だったようだ。


 新しい発見ではあるが、嬉しさは全く無い。


 結局この日も、鉱山の強さが想像を遥かに超えるものだと分かった以上の収穫は無かった。


 因みにミミズが居たとしても消し炭になったと思うとのことだった。






二十三日目


 今日も進展はない。


 ドワーフ達がフェルズより与えられた仕事を全うできずにこれ以上ない程落ち込んでいるし、そろそろ三十日目に何かが起こる可能性がある事を伝えるとしよう。


 後七日後。


 確実に何かが起こる。


 その時の為の準備を今から始めるべきだろう。


 特に心の準備を……。


 俺がドワーフ達にその事を告げると、訝しげながらも頷いてくれた。


 拠点の傍にいたミミズじゃダメだろうか?


 


 


二十四日目


 朝から採掘道具や魔道具をもって坑道へ向かう。


 二十日余り繰り返してきた作業だが、ゴブリン達はともかくドワーフ達のテンションが低い。


 昨日俺の見解は伝えてあるが、実際に目にするまでは納得は出来ないだろうし、俺はそれで良いと思っている。


 エインヘリアにまつわる事は、正直どれだけ信頼のおける相手からの言葉であっても簡単には受け入れられない。


 この国にすっかり慣れたドワーフ達であっても、多くの理不尽を直接目にした俺からすればまだまだ認識が甘いと言える。


 いや、ドワーフ達も技術関係では多くの理不尽を味わっているみたいだが、それとはまた毛色が違うからな。


 そんなことを考えつついつも通り坑道の明かりを灯すと、そこは先日までとは別の空間となっていた。


 明かりを反射するのは……壁に埋もれた金属や宝石の類。


 それを見たドワーフの数名が気絶した。


 踏みとどまったドワーフは、あり得ない光景だと怒りながら涙を流していた。


 その気持ちは……分かるような分からないような微妙な感じだ。


 それはともかく、俺の予想と違い三十日目ではなかったが坑道に変化があったのは確か。


 俺達はすぐに……いや、若干時間を置いてから採掘を始めた。


 しかし、つるはしで岩壁を打ち付けても全く傷つかず、見えている鉱石や宝石は採れそうにない。


 ドワーフ達はなんとか恐慌状態から脱したようだが、坑道内の光景に理不尽だ理不尽だと言い続けるだけで使い物にならない。


 後から聞いた話では、そもそも鉱物というのはそもそもこういう物ではないそうだ。


 無論、素人目に見てもおかしな状態である事は分かる。


 成形されたインゴットやカットされた宝石が壁に埋まっている感じだったからな。


 いや、鉄鉱石や金鉱石も素人がひと目でそれだと分かるくらい輝いていたからな……それもおかしなことなのだろう。


 含有率がどうのこうのと言われたが、正直その辺りは良く分からないのであまり覚えていない。


 とにかく俺達は坑道に埋まるそれらを掘りだそうとつるはしを振るったが、昨日までと同じく壁に傷を付けることが出来ず採掘は一切できない。


 これは、まだ三十日になっていないから採ることが出来ないのだろうか?


 俺がそう考えた瞬間だった。


 部下の一人が悔しげな表情をしながら宝石に手を伸ばし……あっさりと引き抜いた。


 一瞬驚いた顔をしながら顔を見合わせたが、すぐに俺達は理解して宝石やインゴット、鉱石を手あたり次第手で引っこ抜く。


 いや、引っこ抜くという表現は正しくない。


 まるで棚にある食器を取り出す様に、抵抗なく簡単に手で採ることが出来たのだ。


 作業の途中で正気に戻ったドワーフと共に採掘……いや、収穫だな。


 収穫を終わらせて坑道の外に全ての石を運び出した。


 採取できたものをドワーフに確認してもらったが、彼等にとっても未知の金属や宝石があるようだ。


 まぁ、王都に送れば問題ないだろう。


 しかし何故三十日目ではなくこんな中途半端な日付で採掘……採取できたのだろうか?


 ミミズを一匹捕まえることが出来た。






二十五日目


 よく考えれば、今まで……農作物も生簀も最初から施設を作る所から俺は関わっていたが、今回は坑道が作られてから俺は向かった。


 その分日付がズレたのだろう。


 しかし……鉱山も厳重に管理する必要がある。


 アレは表に出るとかなり危険だ。


 いや、農作物も生簀も危険なことに違いはないが……。


 そういえば、今回ドワーフ達と初めてこういった内容で組んだが……俺も随分と毒されたものだと感じた。


 ミミズは畑に放つように言われた。






五十五日目


 羊が倍に成った。


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