第621話 翁会談・後


 

View of ディアルド=リズバーン 『至天』第二席『轟天』






「お主も納得したようじゃし話を続けるとするかのう。さて、どんな欺瞞じゃったか……説明が必要かの?」


「……帝国は……負けたのか?」


 苦し気に問いかけて来るモルティランに儂は軽い様子で頷いて見せる。


 今更悲壮な感じを出す必要はない……というよりも、今の帝国の方針を考えれば、あの時圧倒的な敗北を喫したことは何ら問題にならないと言っても良い。


「うむ、一日も持たんかったのう。『至天』も東や北の守りを除いて総動員といった感じじゃったが、相手にもならんかった。儂なんか逃げ回るだけで精一杯……いや、結局撃ち落されたから逃げ回る事すらロクに出来んかったわ」


「相手は、カミラとかいう女か?」


「カミラ殿ではないな。弓兵……いや、弓聖の称号を持つシュヴァルツという御仁じゃ」


「弓聖……?」


 ふむ……どうやらモルティランは軟禁されておるだけで、あまりエインヘリアの情報を持っておらぬようじゃな。


 エインヘリア王なら、積極的にモルティラン達を取り込もうと動くかと思っておったのじゃが……いや、儂の面会を許したという事は、始めからその腹積もりだったという事かのう?


 相変わらず底の見えん御方じゃ。


 今日儂がここに来た目的を……恐らくモルティラン達を捕虜にした時点で予測しておったという事じゃろう。


 そうでなければ、英雄をわざわざ軟禁したまま放置するなどと言う事はあり得ぬ。


「凄まじい射程と威力での。視認出来ぬ程の長距離から、儂の防御魔法なぞ紙よりも容易く貫いてくるからのう。しかも矢が魔法の様にこちらを上下左右から追いかけて来たり、爆発したりするのじゃ。シュヴァルツ殿相手に空を飛ぶのは愚行じゃな……儂とは相性最悪じゃ」


「……矢が防御魔法を貫いて爆発?何で出来ている矢だ?」


「何の変哲もない鉄の鏃じゃったな。本人が言うには弓に番えられればなんでも良いそうじゃ」


「そんな訳があるか」


 うむ。


 儂もその言葉を聞いた時はそうツッコんだわ……まぁ、今回は儂が言う側なので気楽なもんじゃな。


 過去の自分の姿を見て……何故か微妙に優越感を覚えつつ儂は肩を竦める。


「本人がそう言うのじゃから仕方なかろう。まぁ、何にしても他の『至天』も儂と同じような感じで完封されたわけじゃ」


「弓聖とやらにか?」


「いや、儂以外はまた別の英雄じゃな」


「カミラか?」


 こやつカミラ殿好きじゃのぅ……。


「いや、ジョウセン殿、サリア殿、レンゲ殿、リオ殿、ロッズ殿……後、ウルル殿にもやられておったのう」


「エインヘリアには英雄が八人……?いや、バルザード達から聞いた話ではエインヘリア王も英雄らしいが……」


「エインヘリアには『至天』の倍以上英雄がおる。まぁ、儂も全員を知っておるわけではないが……」


「ありえ……いや……そうか」


「因みにウルル殿は外務大臣じゃ」


「おかしいだろ!」


 一度は否定の言葉を呑み込んだモルティランじゃったが、流石に声を荒げる。


 うむうむ、良い反応じゃ。


 儂もそう思う。


「……いや、賢いやり方か。外務大臣が外交に訪れると申し入れて来たら、断る事は難しい……断ればそれこそ戦を仕掛ける口実に使えるしな。だが、通常我々英雄を他国の者は自国に入れたがらない。当然だが」


 それはモルティランの言う通りだ。


 儂も今でこそ外交を任されることも多くなったが、それは相手が帝国に逆らう事が出来ない、もしくは帝国を歯牙にもかけていないかのどちらかだからじゃ。


 かつてのエルディオンや商協連盟であれば、間違いなく儂が勢力圏内に入る事を拒否したことじゃろう。


 勿論儂も好き好んで向かおうとは思わなんだが。


 それ以外の小国は……たとえ属国であっても来訪を断る事は出来ないし……エインヘリアはまぁ、空しくなるので敢えて言う必要はあるまい。


「いや……エインヘリアの防諜力を考えれば、そもそも外務大臣が英雄であることを知られている筈がないか。となると、潜入させることが目的……どちらにせよ厭らしい一手であることに違いはないか」


 考えるように呟くモルティランを見て、ふと悪戯心が生まれる。


「仮にエインヘリアの情報を正確に得ていたとして、エルディオンなら勝てたかの?」


「その仮定には意味がないな。恐らく何度やっても我々ではエインヘリアの防諜を抜くことは出来まい。そして抜けない限り……どうしようもないだろうな。『風』の連中はそれなりに鍛えたつもりではあったんだがな」


 『風』……エルディオンの諜報機関じゃな。


 エルディオンの諜報機関がどのようにあしらわれたかは知らぬが……帝国の諜報機関は初っ端で……おもてなしをされたからのう。


「それは儂等も同じじゃがの」


 正直、ここまで徹底した情報操作を行う事の出来る諜報機関は、エインヘリア以外には存在しない。


 いや、そもそも現実にそんな諜報機関が存在している事自体おかしいというか……誰かにそれを伝えたとしても一笑に付されるのは間違いないじゃろうな。


 この恐怖は……実際に味わった者しか理解出来ないし、そんな無茶苦茶な諜報機関が現実のものと受け入れる事は出来ない……というか、受け入れる方がどうかしていると言えるじゃろう。


「まぁ、仮にじゃよ。勝ち筋はあったと思うかの?」


「今の戦力では皆無だな。だが五年後……十年後ならば違ったかもしれん」


「それは人工的に英雄を作り出す技術があるからじゃな?」


「どこまで知られているか分からんが……十年もあれば数百人の英雄が誕生していただろうな」


 どこから誇らしげにモルティランは言うが……。


「お主の言う英雄とは、エルディオンの魔法使いじゃろ?」


「当然だ」


「お主等の思想はさて置き……魔法使いの英雄だけでは偏り過ぎておると思うのじゃが?」


「魔法は万能だ。他ならぬお前が一番よく知っているだろう?」


「……魔法は技術じゃ。使用者の工夫や研鑽次第で無限の可能性があるとは思うが……」


 万能とは言い難いのう。


 一人が行使できる魔法には限りがあるし、そもそも習得できる魔法にも限界がある。


 特化するならともかく、一人で全ての状況に対応出来るようになるのも非常に困難じゃ。


 困難というか、普通は無理じゃろうな。


 それは英雄と呼ばれる存在であっても同じじゃ。


「それを操る英雄が数百人だ。エインヘリアの英雄の数が多かろうと、流石に耐えきれるものではない」


「それはどうじゃろうか?お主等カミラ殿一人に三人がかりでやられたんじゃろ?」


「……英雄百人で戦って勝てないと?」


「少なくとも、無色の軍と言われた連中は蹴散らされたぞ?」


「ふん、あれは英雄ではない。確かに血抜けにしては悪くない力を持っていたが、役には立つまい。現に二百もいて大した戦果も挙げられなかっただろう?」


「……いや、儂は結構きつかったがのう」


 彼らがもう少し戦う術を学んでいたら、そして自らの能力を十全に扱う事が出来たなら……恐らく儂はエインヘリアの援軍が来る前に落とされていたじゃろう。


 間違いなく無色の軍は脅威じゃった。


 エルディオンじゃからこそ確立した技術となったのじゃろうが、エルディオン以外の国の方がその技術を上手く利用することが出来たのではないかと思う。


 エルディオンでなければ得られなかった技術じゃが、エルディオンが一番上手く扱えなかった……皮肉な話じゃな。


「とはいえ確かにお主の言う通り、無色の軍二百はエインヘリアの英雄一人に蹴散らされたのう。因みにそれをやったのは、戦争時に儂を撃ち落としたシュヴァルツ殿じゃ」


「……貴様が勝てなかった相手だ。当然だな」


「それを言いたかったわけではないんじゃがのう。まぁ、アレじゃよ。数百の魔法使いの英雄を並べたところでエインヘリアには勝てん。バラバラに運用して嫌がらせをすることは可能じゃろうが、勝ちきるのは無理じゃな」


「そんなことは……」


「その表情は分かっておるようじゃな」


 否定しようとしたモルティランに儂が告げると、元々難しい表情だったものが苦痛に耐えるような表情に変わっていく。


 この話を始めてから、モルティランは言葉の強さとは裏腹にずっと顔を顰めておった。


 まぁ、儂は儂で……似たような表情をしておったかもしれんがの。


「……アレは異常だ。英雄である私が言うなと言われるかもしれんが……そうとしか表現できん。先程は十年後と言ったが……五色の将軍と同等の実力ではな」


 沈痛な表情でモルティランは言葉を続ける。


「言いたくはないが、私とカミラの間には一般兵と英雄程の実力差があったように思う」


「その見立ては間違っておらんじゃろうな。英雄としか呼びようがないからそう呼んでおるが、彼等は儂等とは全く異なる存在と言える。次元が違うというにふさわしい存在じゃ」


「……」


「だからといって負けっぱなしというのも面白くはないがの」


 儂がそういうと、モルティランは生気の失せた目を向けて来る。


 ……相当心が折れておるようじゃな。


「モルティラン。帝国にこんかの?」


「なんだと……?」


「この大陸は今転換期を迎えておる。間違いなく今のこの一瞬一瞬全てが歴史に刻まれ、後世まで長く語り継がれるじゃろう。そんな変革の時に、お主程の人物がこのままここで腐っておっても仕方なかろう?」


「……」


「帝国はこれから難しい舵取りを迫られる。対エインヘリアではなく国内の問題での。出来ればその時の為の味方が欲しいのじゃよ」


「……エルディオンの英雄を信用出来るとでも?」


「エルディオンは信用できんが、ウルグラ=モルティランという人物は信頼できる。血統主義な所に目を瞑ればじゃがな?」


 儂の言葉にモルティランは鼻を鳴らす。


 モルティランは頭の固い人物ではない。


 その思想が他所では受け入れられぬことを理解しておるし、それを表に出さず行動するだけの頭もある。


 根底から思想を変えるには年を取り過ぎておる。


 じゃが、エルディオン国内ではその必要性が無かったからやっておらんかったが、いざとなれば自身の思想と政治を切り離すことくらいはやってのける男じゃ。


 だからこそ厄介な相手ではあったが、味方にするなら油断は出来んが同時に頼りがいがあると言える。


「……私が頷いたとしても、エインヘリアが許すまい?」


「エインヘリアは承知の上じゃよ。じゃからこそ今日儂はここに来られたのじゃからな」


「……」


「すぐに返事をしろとは言わん。じゃが、真剣に考えてみてくれ……お互い老い先短いとはいえ、まだまだやれることはあるのじゃからな」


 背もたれに深く身を預けたモルティランを見ながら儂は立ち上がる。


 今日の所はこのくらいで良いじゃろう。


 モルティランがこの提案に乗るかどうかは微妙な所じゃ。


 逆の立場であれば、軽々には判断出来んじゃろうし……それは仕方ない。


 じゃが、モルティランがこのままここで朽ちていくというのは、非常に惜しいと言える。


 肩を並べて仕事をするでも、共同研究をするでも、後進の為に教鞭をとるでも構わない。


 自身の力頼みという英雄が多い中、モルティランは多方面に渡り優れた力を有する……こういった人材は喉から手が出るほど欲しいし、逃す手はないのじゃ。


 もう一人の爺はいらんがのう……。


 儂はエルディオンの双璧のもう片方……火力馬鹿の顔を思い浮かべつつ部屋を辞した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る