第616話 そして日常へ

 


 一週間ほど続いた俺達の結婚式に合わせて開催された祭りは無事に終わり、エインヘリア国民は無料となった飲食で大いに騒ぎ、胃薬や二日酔いの薬が飛ぶように売れたという話だ。


 お祭り騒ぎに乗じて良からぬことを企む輩もいないでもなかったが、自分達の出番だと気合を入れた各地の治安維持部隊が全力で働き、かなり頑張って軽犯罪を摘発した。


 悲しい事に検挙数はかなりの数に上ったが……幸いというか重犯罪は一件も起こらなかった。


 特に我がエインヘリアの王都では外交官見習い達も全力で治安維持に努めてくれていたそうで、軽犯罪……スリの類すら殆ど起こらなかったようだ。


 あの人ごみの中、スリを防ぐって相当凄いよね……頑張ってくれたんだなぁ。


 とりあえず、総括として……結婚式は大成功だったと言える。


 ブーケトスは……うん、まぁ……忘れよう。


 ジャンプ禁止、魔法禁止、スキル禁止、武器禁止……そんな制限を付けてブーケトスをしたんだけど……そもそも妨害禁止と言っておけば良かったと後から後悔した。


 まぁ、それはさて置き……結婚式の熱も冷め、数日前からエインヘリアは通常営業に戻っている。


 エルディオンをぶっ潰し、表面上は大陸に平和が訪れた。


 無論……各地に問題はたくさん残っている。


 属国とのあれこれや国内の元貴族達の不満。


 帝国貴族の件もあるし、北方もまだ貧困に喘いでいる。


 問題は山積みだけど……どれも急いで片付けなければならない問題という訳ではない。


 ゆっくりじっくり、時間をかけてキリク達と対応に当たっていけばよいだろう。


 ……いや、キリク達がなんやかんや上手い事やってくれるので、俺はしたり顔でフンフン頷いておけば良いだけだ。


 そんな訳で今日も今日とてエインヘリアの上層部会議だ。


 出席者は、普段のメンバー……キリク、イルミット、ウルル、アランドール、カミラ、エイシャ、オトノハ、そしてリーンフェリアだ。


 いつもの顔触れは安心するね。


「それでは本日の会議を始めます」


 そしてこれもやはりいつも通り、キリクの宣言で会議が始められる。


 この世界に来て何度も繰り返してきた通常の会議……もはや日常だよね。


 何より、これから行う会議はそんなに難しい内容じゃない。


 あそこを攻めなきゃいけないとか、この問題へはどう対応すればよいかとか……そういう面倒な会議ではなく、キリク達から報告を聞くだけだ。


 勿論重要な報告であるからして……お気楽気分で聞けるものではないし、判断を求められることもあるだろう。


 だから完全に気を抜いて良い訳ではないけど……でも最近はほんと簡単な報告ばっかりだったからな。


 今日も特に難しい話はないだろう。


 ……フリじゃないよ?


「まずエルディオン地方ですが、クーガーと外交官見習いによる教育で徐々に意識改革が見られるようになってきましたが、かの地方の人口一千六百万の内、非魔法使いを中心に二十パーセント程が旧来の思想から脱却したところとなっております」


 二十パーセント……三百万人強って感じか?


 半年でそんな人数の思想を変えられたことを驚くべきか、まだ八割の人間が滅びた国の思想に支配されている事に驚くべきか……。


 いや、思想ってのはそういうもんだって元々分かっていた筈、殊更後者に驚く必要はないな。


 エインヘリアの方針は民に優しく貴族に厳しくって感じだ。


 貴族に厳しくというか貴族を認めないってところだけど……民への優しさはこの大陸の文明度から考えれば、凄まじいものがあると言える。


 ……いや、相当時代が進んだ世界から見ても激甘だろう。


 高保障の低負担……ほんと財源どうなってるんだろうね?


 手続きも楽ちんかつシンプル。


 その辺が煩雑だと申請が億劫になるし、何よりそういった保証が存在することに気付けなくなっていくからね。


 教育を開始したとはいえ、まだまだ学力が十分とは言えない時代……分かりやすくやらないと民達は絶対に着いてこられないだろう。


 それはさて置きエルディオン地方の話だが……エルディオンが支配していた時代に比べれば、非魔法使いはこれ以上ないくらい生活は楽になっている。


 分かりやすい……というか個人個人が実感しやすい懐具合というのはダイレクトに変化を感じさせるものだからね。


 しかし特権階級だった魔法使い達は違う。


 勿論、魔法使い達もそろそろ景気が上向きになったと実感し始めている頃合いだと思う。


 しかし、元々彼らは恵まれていた。


 プラスが多少増えたところでそこまで恩恵を感じないのが人というもの……いや、寧ろ今まで低位置で喘いでいた者達が自分達と同じように扱われているのを見れば、寧ろ大幅なマイナスを感じていてもおかしくはない。


 こちらからすれば、君達は何もマイナスになっていないと言いたい所だが、やはりこれもまた……人とはそういうものと言える。


 故に不満が生じ、それが澱となって積み重なり爆発……実に分かりやすい反乱の起こり方だ。


 同じことは俺達が潰してきた元貴族達にも言える。


 双方とも特権階級で、自分達より下の存在に囲まれていたからな。


 そういった特別感は今のエインヘリアには存在しない……早々にその事実に堪えられなくなった奴等は暴発させられて、国法に則り処罰されているけど……厄介なのは、表面上はそれを受け入れたと見せている奴等だ。


 勿論……。


「……水面下で……反エインヘリアとして動いている勢力が……元エルディオンの魔法使い達と……接触中……」


 このようにばっちり外務大臣に把握されている訳ですが。


 水面下って……どこのことだろうか?


 全身丸見えなんだけど……。


「わざわざ潰さずに残しておいたかいがあったというものです。ゴミは一纏めにしておいた方が焼却しやすいですからね。腐臭に堪える必要はありますが、もう少し溜めましょう。ウルル、監視の継続をお願いします」


「……了解」


 ゴミはこまめに捨てた方が良いよ?


 キリクは汚部屋なのかな?


 後……彼等集めても燃やさないからね?


 無表情のままそんなことを考えているとオトノハが立ち上がった。


「次はアタイだね。エルディオン地方の主要都市と海岸に接した集落、小国および帝国との国境沿いには通常の魔力収集装置を設置したよ。簡易版の魔力収集装置の設置も八割を完了。帝国と北方諸国にリソースを回してもいい頃合いだね」


 オトノハの魔力収集装置設置の経過報告。


 半年で八割……しかも帝国や北方にも技術者を派遣した上でだ。


 技術者しっかり増えてるなぁ……でも設置作業が終わったら、仕事激減するんじゃ?


 いや、魔力収集装置の設置だけが仕事じゃないから大丈夫か?


 基本開発関係の仕事に従事する訳だし……ドワーフだしな。


 彼らの……種族全体から溢れて来る飽くなき探求心からは、仕事にあぶれ落ちぶれている姿が想像しにくい。


 一つ完了させたら即座に次に飛びつく連中だ、職にあぶれることはない。


 さて、ドワーフ達は問題ないとして……エルディオンはかつて大国と呼ばれていた中でも一番人口が少ないけど、それでも一千六百万。


 魔石換算で毎月一億六千万だからな……。


 それに、エルディオンの属国となっていた小国もこの半年でうちの属国になってるからね……実質エルディオン関係だけで二千万強は人口が増えたと言っても過言ではない。


 大陸全土に魔力収集装置の設置が完了すれば、毎月十億強の魔石が入るにしても……やはり大国だけあって相当な収入増と言える。


 今のペースで行けば、来年あたりには大陸全土に魔力収集装置が設置されるだろう。


 この世界に来て五年ってところか……決して短い時間ではなかったが、成したことを思えばあまりに短すぎる時間だな。


 毎月の収入もこれで頭打ち……まぁ、ゲーム時代なら一億が所持上限だったのに、毎月その十倍以上の収入があるのだし、使いたい放題って感じだね。


 その気になれば毎月新規雇用契約書を使用してもおつりがくる。


 フィオを呼び出して以降新規雇用は全くしてないけど……その辺りもどうするか決めないとな。


 人材はいくらいても困る事はないし、積極的に使うのもありだとは思うが……人一人をそんな気軽にポンポン作るのもどうかと思う。


 かといってキリク達に相談するのは……まぁ、旧エインヘリアから人材を呼ぶかどうかってやり方なら相談出来るか。


 本質の部分については……フィオと話し合う他ないね。


 っと、イカンイカン。


 また会議中に思考が明後日の方向に……聞いているだけとはいえ集中せねば。


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