第615話 そして二人は……

 


「来賓は社交辞令の挨拶だから面倒なだけだったが……キリク達の喜びようは凄かったな」


「そうじゃな。まぁ、皆からすれば、お主は子供を作るどころか、結婚すらせずに国から去った王じゃからな。それがこうして帰って来て……後継者はまだじゃが……その為の一歩を踏み出した訳じゃからな。喜ぶなという方が無理じゃろう?」


 俺がキリク達の興奮っぷりを思い出しながら言うと、フィオは苦笑しながら……途中で若干気まずそうにしながら……言う。


 まぁ……その理由は敢えて言うまでもないし、指摘は当然しない。


「……そ、そうだな。ゲーム時代の話は……ちょっと責任の取り様がないが、皆が喜んでくれるのは何よりも嬉しい事だ。ここに来てから四年……皆の世話にならなかった日はないからな」


 彼らの忠義に報いることが出来た……少しは恩を返すことが出来たと考えても良いだろうか?


「……なんというか、お主は本当に自身の欲が薄いのう」


「ん?自分で言うのもなんだが、欲に塗れていると思うぞ?」


 チラ見は本能だが……。


「お主は相当禁欲的じゃぞ?エインヘリアの王として四年余り過ごして……何をした?」


「……戦争を起こして他国を滅ぼしまくったな」


「それはお主の欲から来た行動かの?」


「欲だろ?魔石を手に入れる為……俺達が楽に暮らす為に犠牲になってもらった。欲以外の何物でもないと思うが……違うのか?」


「なるほど、それは確かにお主の欲じゃが……個人の欲とは違わんかの?」


「楽に生活したいってのは、個人的な欲だと思うんだが……」


「普通……と言っていいか分からぬが、これだけ自分に心酔する者達に囲まれ……しかも色々なタイプの美女、美少女ばかり。チラ見などせずに色に溺れてもおかしくないじゃろ?」


「……今日式を挙げた相手に言われる言葉としては、凄まじく不適切じゃないだろうか?」


 俺が肩を落とすとフィオはほほほと笑う。


「っていうか、フィオは偶にこの手の話をするよな?俺ってそんなにおかしいか?」


「……おかしいかどうかでいえば、変じゃな」


「せめておかしいって言ってくれ」


「変じゃ」


「……貴方の旦那さんですよ?」


「……」


「……」


 口に出した俺も、出されたフィオも微妙に落ち着かない様子を見せる。


 新婚だからな、慣れるまで時間が……新婚!?


 ……慣れるかなぁ。


「……まぁ、それじゃよ」


「それ?」


「うむ……今日、式を挙げたじゃろ?」


「……おう」


「つまり……お主は私の旦那様じゃ」


「……」


 なんかもにょもにょする……。


「……私も頑張るから、いちいち照れんでくれんかの?」


「おぅ」


 話が進まないよね……うん。


 フィオは一度咳払いをしてから話を続ける。


「お主は……幸せになると式の時言ったの?」


「あぁ、言ったな」


 かなり気合の入った表情で言うフィオに、俺も緊張感を漂わせながら頷く。


「それは……幸せにするという誓いでもあるじゃろ?」


「まぁ……そうだな」


 幸せにする……そう言ってしまうのは若干傲慢な気がした。


 勿論心の中ではそのつもりだったけど……二人で幸せになる……それもやはり本心だ。


「それはお主だけの行いによって成すものではなく、お互いがこれから努力すべきという事じゃと思っておる」


「あぁ」


「そこで思った訳じゃ。私は……既に夢を、願いを叶えて貰い、その上ありえないと思っていた未来まで用意してもらった。私は十分過ぎる程、既に幸せにして貰っておる……故に、私はお主にそれを返したいのじゃ」


「……」


「勿論……お主を幸せにする。お主が何をもって幸せと思うか、私自身が考えるべきことだとは理解しておる」


 そこで言葉を切って眉をハの字にするフィオ。


 あぁ、そういう事ね。


「そこで俺の欲がって話か」


「いや、情けないとは思うのじゃがな……」


「……情けないとは思わないが」


 ここまで話を聞いていて思ったんだけど、結構フィオはナーバスになっていないか?


 そういうのはこれからの人生で積み重ねていくもんというか……振り返った時に笑顔で幸せだったと言える、そういう人生を二人で作っていこうというもんじゃなかろうか?


 焦っているわけではないと思うけど……結婚式当日にマリッジブルー?


 いや、ありえなくはないのか……?


 分からん……分からんけど……不安に思っているのは間違いない。


「確かに、フィオの言う通り……俺はこれが欲しいとかあれがやりたいとか……そういう欲はあまりないかもしれん。いや、勿論人並みに欲しい物とかやりたい事はあると思うんだが……フィオのような大願や、キリク達の様に滅私奉公出来るような強い想いはない」


 俺は苦笑し、肩を竦めながら言葉を続けると、フィオは申し訳なさそうな表情をしている……。


 恐らく、勝手に巻き込んでしまって云々みたいなことを考えているんだろうけど……そういう顔をさせたいわけではない。


「俺は根っからの小市民なんだと思う。フィオやうちの子達が笑って過ごしてくれていたら、それが俺にとって何より幸せを感じられる時間なんだ。少なくとも今はフィオと共にのんびりと過ごせるだけで幸せだと思うし、そうして過ごせることに感謝している」


「……それがお主の本心なのは、よく理解しておるのじゃ」


「だから、色々悩ませて申し訳ないとは思うんだが……フィオはフィオのまま、思うままに生きて欲しい。まぁ、浮気とかは……脳が壊れるんで勘弁な」


 俺が笑ってそう言うとフィオは大きくため息をついた後、凄味のある笑みを浮かべながら口を開く。


「私が浮気をすると……?」


 結婚初日に夫が言うには……かなりデリカシーが無かったかもしれない。


 デリカシー……結構気を付けるべきだよな。


 デリカシーの欠如は喧嘩の原因となり得るし、積み重なれば離婚の原因となり得る。


 今までは軽口で済んでいた内容も……気を付けるべきなのかもしれない。


 うん……ちょっとちゃんと話し合った方が良さそうだな。


 とりあえずあれだ、今一番重要なのは。


「すまん」


「うむ。まぁ、私も冗談じゃ。しかし……ほほほ、不思議じゃ」


「ん?」


「いやの?今……私はこれ以上ないと思えるくらいに幸せじゃ。そして月並みかもしれんが……不安でもあるんじゃ。しかもじゃ……何がどう不安と明言できぬのじゃ。研究者として不甲斐ないばかりじゃがの」


 自嘲するようにフィオは笑う。


 そんなフィオを見て……俺は立ち上がり、向かいのソファに座り直す。


 俺が隣に来たことで、ルミナは喜んでフィオの膝の上から俺の膝の上に移動してくる。


 そんなルミナを片手で撫でながら……俺はもう片方の手をフィオの肩に回しこちらに引き寄せる。


 抵抗することなく俺に寄り掛かったフィオの頭と、膝の上で丸くなるルミナの背中を撫でながら俺は口を開く。


「不安にさせてすまない。だが、信じて欲しい。俺は絶対にフィオと共に幸せになってみせる。俺の幸せには絶対にフィオが必要だ。その胸に抱いている漠然とした不安を今すぐに消してやることは出来ないと思うが、時間をかけて必ず払拭してみせる。約束だ」


 俺の宣言に、どれほど説得力があるか微妙だけど……俺なりに真剣に、真摯に答えた。


 フィオがどう受け止めたか……少しは安心してくれれば嬉しいけど……。


 そんなことを思いながら暫く両手で二人を撫で続ける。


 ルミナの方は体温が高く、毛が細長い感じで柔らかくふかふかな感じ。


 フィオの方は針金のようにストレートな長い髪で、触ってみると指の間を絹がさらさらと流れていくような感じだ。


 どちらも違ってどちらも良い……。


 両手に感じる異なった素敵な感触が俺を別世界に誘おうとするが、真面目な話の最中なので必死に意識を繋ぎとめる。


 どのくらいそうしていただろうか?


 俺にもたれかかっていたフィオが少しだけ体を起こし、こちらを見上げて来る。


「すまんのう、こんな話をするつもりではなかったのじゃが……」


 少し頬を赤らめながら……先程よりも少し穏やかな様子で言うフィオ。


「いや、こうして話してくれて良かった。フィオは俺にとって本音で話すことの出来る唯一の存在だ。出来ればフィオも、不満や不安を貯め込まずに話してくれると……嬉しい」


「……そう、じゃな。多分……これからも色々面倒をかけると思うが……んぅ」


 俺はフィオに最後まで言わせず……口を塞いだ。


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