第613話 誓いの言葉は……

 


「なんか不思議な感じだ」


「ほほ……同感じゃ」


 唇を動かさず、小声でもごもごと会話を続ける俺とフィオ。


 間違いなくこの場にいる全員が俺達に注視していると思うけど……音楽も奏でられているし若干距離もある。


 俺達の会話はまず聞こえないだろう。


「奇妙な縁だよな」


「そうじゃな……儀式を行ったあの時、こんな光景を見ることになるとは欠片も思わなかったのじゃ」


 フィオが魔王の魔力をどうにかしたいと願い、研究を続け……魔王の魔力を利用した儀式を生み出した。


 その儀式によって魔王の魔力への対処を願い……五千年の時を経て、俺とエインヘリアの皆が生み出される。


 儀式が何をもって俺を選んだのかは分からない。


 フィオの願いを叶えるのにレギオンズの設定が都合よかったというのは分かる。


 遠い世界のゲームの設定が選ばれた理由はちょっと分からないけど……まぁ、願いを叶える儀式というのもふわっとしているし、明確な理由を求める方が難しいかもしれない。


 相手は人ではなく儀式だしね。


 しかし、その儀式が俺を選んでくれたおかげで、こうしてフィオの隣に立つことが出来たんだ。


「切っ掛けも勿論だが……出会いも夢の中だからな。とことん普通じゃない」


「最初は婆さん扱いしてくれたのう?」


「……そうだったか?」


「失礼な事この上無しじゃな」


「将来結婚する相手にかける最初の言葉としては、随分ウィットに富んだ言葉じゃないか?」


 俺がそう答えると、腕に添えられているフィオの手に力が籠る。


 タキシードに不自然なしわが出来ちゃう……。


「……その後、影みたいな槍でぶっ刺そうとして来たよな?」


「何の話じゃ?」


 惚けるフィオに、思わずボケたかと言いそうになったが……ぐっとこらえた覇王は大人だと思う。


「じゃが、お主が失礼なことばかり言ったり考えておったことは覚えておるのじゃ」


「そんなことないだろ。俺は徹頭徹尾紳士だった」


「はっ」


 ジェントルな俺の言葉を鼻で笑うフィオ。


 ヴェールがめくれるぞ?


「胸や太ももをちらちら見る紳士は、上に変態がつくんじゃろ?」


「……それは誤解だ」


「誤解ではないじゃろ?」


「見解の……」


「相違でない事は、私もお主も良く分かっておる事じゃな」


 ……駄目だ。


 フィオが俺の中に居た時の話は勝ち目がない。


「……なんかこういうやりとりも懐かしいな」


 俺は少し遠くを見ながらしみじみと話題を変えてみる。


「……そうじゃな。無理やり良い話にしようとしておる感じは拭えておらぬが、確かにお主の言う通りじゃな」


「……一言多いんだよな。性格に問題があるのかな?」


「それはお互い様じゃな」


「「……」」


 お互い視線はしっかりと前を向いているし、とても真面目な表情をしているが……俺には見える。


 口元に笑みを湛えながら、全く笑っていない目で睨むように……そして挑むようにこちらを見ているフィオの姿が!


「嫌なら……」


「嫌なら式を止めてもいいんじゃよ?」


 俺が言おうとした台詞を被せて言われてしまった。


「ん?どうするかの?止めるかの?」


「……」


 完全に今、小憎たらしい笑みを浮かべているな……いや、イメージだけど。


 しかし、そのイメージは間違っていない筈だ。


 当然俺が止めると言い出すとは露にも思っていないのだろう。


 悔しいが……その通りだ。


 とはいえ、やられっぱなしというのは面白くない。


 何か言ってやりたい所だけど……残念ながらもう時間がない。


 相当ゆっくり歩いていたとはいえ、流石にそろそろ祭壇前に到着してしまう。


 いくら小声であってもエイシャの前でこんな会話を続けられる筈もない。


 だがしかし……だからといって……このまま言われっぱなしで良いのか?


 我覇王ぞ?


 尻に敷かれても構わんが、口でやり込められることだけは全力で抗いたいと思う所存。


 しかし、マジで時間がない。


 まだ少し距離はあるけど、これ以上近づけばエイシャに俺達の会話が聞こえてしまうだろう。


 ……だからこそ、今後の生活の為にも一発かましてからこの会話を切り上げたい。


 今こそ迸れ俺の知略!


 むぐぐぐぐぐぐぐぐぐ……。


 ……。


 一つ思いついたけど、今これをやってしまうと結婚式の進行に色々問題が出てしまう。


 流石にそれは一生懸命準備をしてくれたうちの子達に悪いし、フィオに失敗の思い出を残すというのも流石にノリでやって良いとは思えない。


 フィオとの言い合いは……後味が悪いものであってはいけないし……悲しませるなんてもってのほかだ。


 一線を越えればそれはただの罵り合いで、それは気分の良いものではない。


 俺もフィオも……中々激しい罵倒をしあっているように傍から聞けば感じるかもしれないが、アレは俺達にとって挨拶のようなもので、お互い本気になったりは……しないとは言い切れない事があったりなかったり……。


 いや、だとしてもそれが元で不仲になったりとかそういうのはないと自信を持って言える。


 お互い軽口だと理解しているから後に引かないし……遊びの範囲だからこそ負けたくないのだ。


 まぁ、何をもって勝利と取るかは……あれだ。


 終わった後のやってやった感、やられた感……そういう雰囲気的な物だが、お互い明確に勝敗はあると思っている。


 今まさにフィオは勝利を確信しているところだしな。


 そこまで考えたところでタイムアップ……そろそろエイシャにも会話が聞こえてしまうであろう距離まで来てしまった。


 俺が小さく舌打ちをしてみせると、フィオの方から満足気な雰囲気が滲み出て来る。


 ……イマニミテロヨ。


 俺は反撃の機会を待つ事にして、意識を切り替える。


 なんだかんだで緊張せずここまで歩くことが出来た事に関しては、フィオに感謝してやっても良いだろう。


 ドレスも踏まずに来られたしな。


 俺は内心苦笑しながら歩みを進め、フィオと共に祭壇前へと辿り着く。


 そこには神々しさを湛えながらエイシャが待っている……フィオよりよっぽど神様っぽいね。


 まぁ、それはさて置き……これからエイシャの祝詞、宣誓、指輪の交換……そして最後に誓いのキスとなる。


 指輪交換は手が震えない様に気を付けたいけど……意識したら余計に震えるからな、程よく脱力を心がけてスポっと嵌めてみせよう。


 とりあえず、その時が来るまで俺は大人しく……神妙な面持ちを崩さずにエイシャの声に耳を傾けるだけだ。


 途中で宣誓を求められるから誓うと答えれば……次はイズミが俺達の指輪を持って来てくれるのでそれをフィオの指へと……。


 そう言えば、エイシャは祝詞を唱えているけど……エイシャの神って……い、いや、深くは考えまい。


 なんかこの式自体が訳の分からん式になってしまう……まぁ、余計なことを言う奴はいないだろうし……問題はない……はずだ。


 そんなことを考えていると、いつの間にかエイシャの話は終わっておりイズミが指輪の乗った台を持ってきていた。


 あれ……?


 俺ちゃんと誓いの言葉を口にした?


 記憶にないんじゃが?


 いや、つつがなく式が進められているところを見る限り、俺はちゃんと段取り通りにやったのだろう……誓いの言葉を自失状態で口にしたって言うのは、誠実とは言い難いよな。


 何か機械的に返事をしたってフィオにはバレてそうだし……後でちゃんと謝っておいた方が良さそうだ。


 俺はそんな内心を欠片も表に出さず、指輪とフィオの左手を手に取る。


 指輪を作ってからフィオが太っていない限りすんなりと入るはず……あ、フィオの視線の温度が十度くらい下がった気がする。


 偶に思うんだよね……本当にフィオは俺の心の中読めなくなったんだろうかって。


 かなりの高確率で事細かに俺の考えている事を把握しているようなふしが……そんなことを考えつつ、俺はフィオの左手の薬指に指輪をはめる。


 うん……ぴったりのようだ。


 そして次にフィオが俺の左手の薬指に指輪を嵌めて……うん、こちらもぴったりだ。


 ……まさか俺が結婚指輪を嵌めることになるとはね。


 状態異常無効の指輪じゃないんだぜ?


 結婚指輪なんだぜ?


 なんというか……今この瞬間も夢なのではないかと思ってしまうくらいに実感がないような、それでいて物凄く現実感があるような……いかんな、また訳わかんなくなってるかも。


 エイシャが不満がある者は即座に声を上げろとか、声を上げぬのであれば永遠に秘すれだとか言っているのが遠くで聞こえる。


 まぁ、この辺りはお約束だから……当然誰も異論の声を上げない。


 映画とかだと花嫁強奪とかが起こるタイミングですかね?


 当然ながら……不届き者はこの聖堂に近寄る事すら出来ないと思う。


 今この聖堂に近づこうとすれば、良くて消し炭だろう。


「では、お二方。最後に誓いのキスを」


 エイシャのその言葉だけが、妙にはっきりと俺の耳に飛び込んできた。


 大丈夫だ。


 落ち着け……今更キスの一つや二つで動揺したりはしない。


 ……。


 勿論嘘である。


 ヴェールを上げる手が震えそうになる。


 鼻息が荒くなりそうだ。


 あれ?


 目は閉じてやるんだっけ?


 あ、首は?


 首はどっちに傾けるんだ?


 ヴェールを上げて間近で見たフィオが綺麗すぎるんだけど?


 あれ?


 手は?


 手は何処にやれば?


 淀みなくやらないとかなりダサいんだけど?


 リハーサルでキスまでしなかったから分かんないんだけど?


 助けてキリク!


 いや、バンガゴンガ!


 もうこの際ヒューイでも構わない!


 そんな風にパニックを起こしかけていながらも、身体は勝手に動き……いともたやすくフィオにキスをして……その瞬間聖堂が万雷の拍手に包まれる。


 ……。


 あれ?


 俺、今キスした?


 いや、したと思う。


 唇に感触が残っている……とても柔らかかったです。


 それを認識した瞬間、ようやく俺は自分の体に自らの意思が宿ったかのような……夢ではなく現実であると実感出来た感じがする。


 さて、ここでやる事はこれで終わりだ。


 何かほとんどの時間を自失して過ごしたような気がするけど……あっという間だったな。


 後は聖堂フィオと共に退場するだけだ。


 俺とフィオはエイシャの方には向きなおらずそのまま出口の方へと体を向け……俺は狙っていた時が来たとほくそえむ。


「……?」


 俺の様子が変わったことに、隣にいるフィオが訝しげな様子を一瞬見せたが……本当に一瞬の事で俺以外には気付かれていないだろう。


 俺が表情を変えぬままフィオに一歩近づき、相手が疑問に思うよりも素早く背中と膝裏に手を当てて掬い上げる。


「なっ!?」


 所謂……お姫様抱っこだ。


 ドレスの裾が広がっていて若干持ちにくいが、そこはフェルズの圧倒的身体能力でどうにでもなる。


 一瞬驚いた表情を見せたフィオだったが、すぐに状況を理解して顔を赤く染めながら文句を言おうと口を……開くことが出来ずに悔し気に歯を食いしばる。


「くくっ……花嫁は笑顔でないとなぁ?」


 俺は小声でそう呟きながら歩き始める。


 そんな俺の突然の行動に一瞬聖堂内がざわついたが、次の瞬間先程よりも大きな拍手と歓声があがる。


 堅苦しい式は終わりだ……俺のそういう想いが伝わったのだろう。


「ふぇ、フェルズ……!」


 周りが騒がしくなった為、フィオも声を出して問題ないと判断したのだろう。


 恨みがましい視線と声で俺を呼ぶフィオに……俺は普段通り皮肉気に笑って見せる。


「くくっ……先程は返事が出来なかったからな。無論、止めはしないとも……止める訳がない。最後までこのまま行ってやる」


「っぁ……」


 俺がそう言って見せると、耳まで真っ赤に染めたフィオが俺の胸におでこをぐりぐりとこすりつける。


 そして観念したのか、俺の肩に手を添え笑顔を作りフィオは皆の方を向く。


 そんなフィオに……フィオにだけ聞こえるように俺は一言告げた。


「絶対に幸せになるぞ。フィルオーネ」


「……信じておるよ、フェルズ」


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