第612話 この道

 


 リハーサル等で何度かこの場に立ったけど……凄まじく広い場所だよな。


 これがたった半年足らずで……しかも人力で作られたことが未だに信じられない。


 重機ないんやで?


 建築の事はさっぱり分からないけど、これだけ広い空間を作って屋根とか落ちてこないものかと不安になるくらい広く、柱の数もその景観を邪魔しない程度に少なく感じる。


 壁や柱に施された装飾は華美ではあるがごてごてした感じはなく、この場の雰囲気にぴったりの……荘厳さを醸し出している。


 ここは聖堂。


 俺の結婚式場として建てられた聖堂で、俺が結婚式を終えた後は一般公開されるのだが……初めてここに訪れた者は、まずその圧倒的なスケールに声を失くし、そしてこの美しさにため息をつくことだろう。


 正直覇王も圧倒された。


 恐らくこの聖堂は、エインヘリアの技術と芸術の粋を集めて建造された物だろう。


 イルミットとオトノハが滅茶苦茶気合い入れてたからな……。


 正直、エインヘリア城に勝るとも劣らぬ出来だと思う。


 お城の方は……誰が作ったんだろうね?


 ゲームの時も最初からあったからな。


 施設の増設はゲーム中にしたけど……となると、オトノハ達ってことになるのか?


 まぁ、建物の事はさて置き、今異常なのは……この聖堂内の空気よ。


 来賓者が整然と並べられた椅子に座っているのだが、その数は二百を下らないだろう。


 帝国を始めとした周辺国と属国からの来賓にエインヘリアの関係者たち。


 かなりゆったりとスペースを開けて座っているので窮屈には程遠いけど、それでも数百人といった人数がこの場にいるというのに……聖堂内は耳が痛くなるほどの静寂に包まれているのだ。


 偶に咳や身じろぎするような音があちらこちらで聞こえるものの、それ以外は一切……話声の一つすら聞こえてこないのだ。


 雑談とかしてて良いんじゃよ……?


 正直、静かすぎて緊張がこれ以上ない程高まっていく……心臓が爆発するかもしれん。


 エインヘリア王の死因……緊張のし過ぎによる心臓の爆発。


 そんなニュースが一瞬で大陸中の国々に伝わってしまう!


 ここはひとつ深呼吸でもしたい所だけど……緊張している事が思いっきりバレてしまう。


 だって俺は今、皆の注目を一身に集めているのだもの!


 そんな風に俺が周囲の視線と緊張に晒されながら待つことしばし、漏れ聞こえる様な小さな音で音楽が奏でられ始めた。


 俺が一人で立ってる時も音楽流しておいて欲しかったなぁ。


 若干遠い目をしつつ、俺は聖堂の入り口へと視線を向ける。


 次第に音量を増していく音楽。


 それも隣の部屋から漏れ聞こえるレベルから、意識を傾ければ良く聞こえる気がするレベルの音量になった辺りで落ち着く。


 そういえば……うちには楽団とかいなかったけど、この音楽は誰が奏でてくれているのだろうか?


 多分エインヘリアで活動する楽団とかなんだろうけど……そういうのを使うのも大事だよな。


 文化振興は大事だ。


 特に芸術関係は、ちゃんとしたパトロンが居ないと発展していかないからね……。


 まぁ、俺には芸術のげの字も分からんから、ちゃんとしたパトロンとは言い難いけど……芸術をお金儲けにしか見なしていないパトロンよりはマシだろう。


 相変わらず思考があっちこちに飛んでいるけど……ここから先、そんな余裕も一気になくなるのは間違いない。


 俺の視線の先でゆっくりと扉が開かれていく。


 この時間に扉から光が差し込んでくるように計算されているのだろう。


 後光を纏いながら聖堂にゆっくりと入ってきた女性を目にした瞬間……俺は思考も呼吸も……もしかしたら心臓さえも停止したかもしれない。


 それくらい……純白のウェディングドレスに身を包んだフィオは綺麗だった。


 恐らく……いや、間違いなく、今この大陸で一番綺麗な女性はフィオだ。


 異論は認めない。


 俺と同じく普段は暗色を好むフィオが、輝かんばかりの白いウェディングドレスに身を包み、ゆっくりと俺の方に歩みを進めて来る。


 薄いヴェールによって顔は覆われているし、逆光なのではっきり言ってその表情ははっきり見えないが……異論の余地がないくらい美しい。


 うむ……やっべぇな。


 今の今まで結婚すると言っても緊張したりこそすれ、いまいち現実の話として認識出来ず浮ついていたような感じだったのだが、何かがすとんと胸の中に落ちてきた。


 そうか、俺は……俺達は結婚するんだな。


 今更ながら実感した事実に、いつものように慌てるでも照れるでもなく……ただ胸の中に落ちてきた何かがじんわりと広がり……頭の先からつま先まで、細胞の一つ一つまで暖かくなっていく。


 ゆっくりとこちらに向かってくるフィオは一人だ。


 いや、正確にはフィオの後ろにヴェールガールとしてイズミがついて来ているけど、フィオの隣に立つ親の姿は当然ながらない。


 一人でここまで歩いてきて……そしてこれから先は俺とともに歩いていく。


 ヴァージンロードは花嫁の人生を表しているというが、まさにその通りなのだろう。


 フィオが魔王であった頃、傍にいる人たちがいたのは本人からも聞いているが……それでも共に歩む存在ではなかった。


 世話をしてくれた人達とのことや、当時の研究については色々と話をしてくれているし……魔王の魔力のことがあったにせよ、フィオの半生が辛いものだけでなかったことは間違いない。


 しかしその中で肉親の話は一切でていないからな……当時傍に居なかったことは疑うべくもないだろう。


 フィオは儀式の効果で俺の記憶……俺の元になった奴の記憶をほぼ全て知っているらしい。


 逆に俺は、フィオの事を全て知っているとはとてもではないが言えないと思う。


 でもまぁ……この場合俺ではなくフィオの方がおかしいんだよな?


 普通、相手の全てを知っているなんてことはまずありえないし……結婚するからと言って隠し事の一つや二つお互いに持っていて当然だろう。


 だがそれでも俺は今後の人生……新しい生活に不安を微塵も感じていない。


 これから先、俺の知らないフィオの一面を見ることも多々あると思う。


 俺はそれが楽しみだけど……フィオは色々と不安に思っているかもしれない。


 しかし、やはりそれも普通の事だと思う。


 結婚するにあたって、何一つ不安を感じていないのは余程の馬鹿か全てを掌握する自信のある馬鹿くらいだろう。


 勿論不安にさせない事も甲斐性なのだろうけど……我ながら自分が頼りがいがあり、相手に安心感を与えるタイプだとは思えない。


 俺は俺なりのやり方で、これからもフィオと付き合って行くしかない。


 ただ一つ言えることは……ここでヘタレたり格好つけられないようじゃ、ダメだということだな。


 やがて、俺の元までやってきたフィオがヴェールの向こうで小さく微笑む。


 そんなフィオに俺は彼女にだけ分かる程度に小さく笑ってみせ、腕を差し出した。


 本来であれば、俺はエイシャの傍……祭壇近くでフィオを待つはずだけど、エインヘリア式はバージンロードの半ばで新郎が新婦を待っており、二人で祭壇に向かうという流れだ。


 歩幅は狭く、フィオのドレスを踏まない様に……なるほど、リハーサルの時スカートが凄い横に広がってるドレスで練習させられたのは、確かに正しかったようだね。


 あの時はこんなドレスの裾広いの!?って思ってたけど、ウェディングドレス姿で見てみると違和感は殆ど無い……というか、とてもよく似合っています。


 しかし、その隣を歩きやすいかと問われればそれは否だ。


 下を見ない様に首を固定しつつ、覇王力を全開にしてドレスを踏まない様に細心の注意を払う。


 大丈夫だ……落ち着け……出来る出来る絶対できる!


 前を向いて歩くだけ!


「……お主、少し威圧感を下げられんかの?とてもではないが、新郎が出す類のものではないぞ?」


 物凄く小さな声でフィオが呟くけど……い、威圧感出てますか?


「威圧感……出てんの?」


「気の弱いものなら失神しかねない程にの」


「……」


 あれ?


 まさか、聖堂内が静まり返っていたのって……俺が威圧感ばら撒いてたせい?


「……どうやったら引っ込むんだ?」


「……あれじゃよ、お主が良く心の中で言っておった……覇王力ってやつを出さない感じじゃ」


 過去イチ……いや、二番目か三番目くらいに、心の中を読まれてて恥ずかしいと思ったかもしれない。


 っていうか、覇王力って本当に効果あったの!?


 ここに来て驚愕の新事実なんじゃが……。


「緊張して勝手に出てるだけなんだけど……?」


「威圧感を汗みたいに言われてものう……とりあえず、新郎が出すものに相応しくないのじゃ。なんとかせい」


「……」


 なんとか……なんとかと言われましても……。


 とりあえず外から分からない程度に肩や首の力を抜いてみる……猫背になるのはマズいけど……更に足元は見ずに、フィオのドレスは踏まない様に……って難易度たけぇ!?


 ……頭空っぽにするか?


「頼むからアホ面はせんでくれよ?」


「……心読んでない?」


「め、夫婦の絆じゃな」


 照れるなら言うなよ……。


 そんなフィオの態度をみたからか、それともツッコミを入れたからか……一瞬で肩の力が抜けた気がするな。


「……まぁ、その感じなら大丈夫じゃな」


「そうなのか?」


 威圧感引っ込んだってことだよね?


「うむ。まぁ、尻に敷かれておると思われた可能性はあるがの」


「……」


 威圧感ばりばりで立っていた覇王が、フィオと歩き始めてすぐに威圧感を引っ込める。


 それを傍から見ていた人達は……まぁ、別に良いか。


 どちらが上とか下とかはない……と思うし、他人からどう見えるかはどうでも良い。


 ……いや、エインヘリアの王としてはどうでも良くない気もするけど、俺個人としてはどうでも良い。


 それよりも……。


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