第611話 当日

 


 俺が窓の外に目を向けると、そこには雲一つない青空が広がっていた。


 何という快晴。


 まるで今日という日を天が祝福しているかのようではないか。


 ……。


 いや、違うな。


 この快晴は天が祝福したのではなく、天が屈服した証といえるだろう。


 何故なら、エインヘリアの王都には数日前から雲が一つも流れてくることを許されていないからだ。


 カミラによる強制雲移動によって、エインヘリア上空は見た目には分らないけどなんか凄まじい事になっているらしい。


 まぁそこまで神経質にならなくても、本日は普通に他の場所でも晴れているみたいだけどね。


 さて、何故本日エインヘリアの王都上空が厳戒態勢にあるのかというと……今日はとあるイベントが王都にて行われるからである。


 イベント……そう、イベントである。


 ここ数日、城下はお祭り騒ぎ……飲み食いは全て国からの提供という事で無料。


 飲めや歌えや騒げやと、日が暮れようが日が変わろうが日が昇ろうがお構いなしのどんちゃん騒ぎである。


 まぁ、やり過ぎた人は治安維持部隊に掴まったりしているけど、それも殆どが厳重注意くらいですぐに解放されすぐに祭りに戻ることが出来る甘さだ。


 しかし、それらも全て前夜祭に過ぎない。


 イベント本番は今日……これからなのだから。


 まぁ、明日からも暫くお祭り騒ぎは続くけど、メインイベントはこれからである。


 本日は……本日行われるイベントは……俺……俺とフィオの結婚式だ。






 俺が居るのは控室……部屋に居るのは俺とリーンフェリアとメイドの子が一人だけ。


 いや、三人も部屋の中にいるのに音が全くない……一番煩いのは俺の心臓の音だ。


 なんか……何か話さないと緊張のあまり、口から何か飛び出してはいけないものが飛び出てきそうだ。


 主に内臓的な物が。


「……この服装は慣れんな」


「とてもよくお似合いですよ、フェルズ様」


 俺が声をかけると、純白の鎧に身を包み、普段通り真面目な様子で護衛に立っているリーンフェリアがニコリと微笑みながら答える。


 少し離れた位置ではメイドの子もうんうんと頷いているようだけど……今俺が着ているのは白い……タキシード?


 基本的に黒や暗い色の服ばかり着てきたからな。


 純白……という訳ではなく所々に薄いグレー等が使われているけど、ここまで真っ白な服は……なんかそわそわする。


 外は快晴だし……このまま外に出たら反射で眩しそうだよな。


 カレーうどんとかボロネーゼとか食べたらヤバいよね……いや、何食べてもほぼ即死だろうけど。


 この状態で食べられそうなのは……ウィ〇―インゼ〇―くらいのものだろう。


 当然エインヘリアには無い。


 後お腹もすいていないし、チャージは必要ない。


「リーンフェリアに白は似合うが……俺はあまりな。胡散臭くないか?」


「そのような事はありません。フェルズ様以上に清廉潔白という言葉が当てはまる者はいないでしょう」


 それはない。


 ……いや、清い体という意味では純白かもしれんが……くくっ……それももはや時間の問題よ。


 なんせ吾輩……これから結婚する故!


 ……あ、やばい。


 お腹痛くなって来たかも……。


「フィオも普段から黒系を好んで着ているし……お互い違和感が有るかも知れんな」


「フェルズ様はフィオ様のドレスをご覧になっていないのですか?」


 リーンフェリアが少し驚いたように尋ねて来たので、俺は頷いて見せた。


「あぁ、ウェディングドレス姿は結婚式当日まで見せない方が良いとかいう風習があるようでな」


「そうなのですか?どのような謂れが?」


 かなり真剣な様子で尋ねて来るリーンフェリア。


 ……もしかして、結婚を考えてる?


 あ、相手はどちら様でしょうか?


 うちの子以外だったら、とても厳しい審査が入りますよ?


「新郎に当日までウェディングドレス姿を見せなければ幸せになれる……だったかな?」


「それは……フィルオーネ様がお気にされるのも無理はないかもしれませんね。いえ、フェルズ様と御結婚される以上それは約束されているとも言えますが……」


「そうありたいものだな……」


 リーンフェリアの信頼が重い……いや、勿論全力でフィオを幸せにするつもりではあるけどね?


 フィオはノリが良く、他人に非常に優しい……非常に良い女だが、その人生は辛苦に苛まれていた。


 余人には計り知れないほどの苦悩と絶望を味わったはず……今屈託なく笑うことが出来ているのは本当に凄い事だと思う。


 自分の為か他人の為か……そんな線引きすら出来ない状況で研究を続け、五千年の時を経てようやく大願を成就させたフィオ。


 そんなフィオは……これから先の人生を幸せに生きなければならない。


 俺はそれに全力を尽くす。


 当然、フィオがそう言った風習を大事にしたいというのであれば俺は尊重する。


 リハーサルは普通のドレスでちゃんとやっているので問題ない。。


 しかしリハーサル……手順やなんやらをしっかりと頭に叩き込んだけど……くっ……知略85をもってしても思い出せないかもしれん。


 俺の失敗は俺の恥にはとどまらない。


 フィオは当然のことながら、エインヘリア全体の恥とも言える。


 それだけは何が何でも避けねばならん。


 大丈夫だ……落ち着け。


 やる事はそんなに難しくない……俺は聖堂の中ほどでフィオが来るのを待つ。


 後からフィオがやって来るので、彼女をエスコートしてエイシャの待つ聖堂の奥へ移動。


 その後は流れに身を任せ誓いの言葉を言ってから指輪交換、衆人観衆の前でキス……その後聖堂から外へ。


 ブーケトスをした後はオープンカー状態になっている馬車で城に移動。


 その後バルコニーにでてお披露目……原稿ありの演説をした後城の中へ引っ込む。


 大まかな流れはこんな感じだし、式も俺自身が自主的に何かをすることは殆ど無い。


 うん、流れに身を任せて……後は覇王力で乗り切ればいけるっしょ!


 ちょっと足がガクブルしているけど……大丈夫、本番までには抑えてみせる。


 ……フィオの方はドレスだから足が震えてもバレないから良いよな。


 いや、でもドレスの裾をうっかり踏んだらとんでもない事になる……どちらの方が良いかは、一概には言えなさそうだ。


 ……。


 うん、ダメだな。


 滅茶苦茶しょうもない事を考えてる。


 大丈夫だ。


 台本の無い謁見に比べれば、流れも決まっている式だ。


 よし、何ら問題ない。


 寧ろばっちこいって感じだね。


「風習といえば、ブーケトスはやるんだな?」


「はい!」


 珍しく……テンションを上げてリーンフェリアが答える。


 国家行事だしブーケトスはやらないんじゃないかと思っていたんだけど、何やらうちの子達が熱望した為やる事になった。


 因みに一般非公開だ。


 参加者は希望する子全員だけど……何人くらいいるのだろうか?


 まぁ、投げるのは俺じゃなくてフィオだし、深く考えなくても良いだろう。


 ……いや、ブーケをキャッチしたい人は結婚したいと思っているわけで……うちの子達も結婚したいと考えているってことだよね?


 やっぱり気になるな。


 うちの子達に限って変な男に引っかかったりはしないと思うけど……いや、これは多分娘を持つ世のお父さんの大半がそう思っているんだろう。


 しかし、現実にはしっかり変な男に引っかかる娘はいる訳で……うむ、調査が必要だな。


 変な奴だったら絶対に許さん。


 覇王の本気を見せてやる。


「リーンフェリアも参加するのか?」


「あ、え、あ、そ、それはその……はぃ」


 目を泳がせた後顔を真っ赤にしながらリーンフェリアが頷く。


 この恥ずかしがっている感じは……結婚したい相手がいるのか、それとも結婚その物に憧れているのか……。


 これは本格的に調査した方が良いのか……?


 外交官……クーガーはダメだな。


 しかし、ウルルかシャイナに頼む?


 それはそれで色々問題がありそうな……あかん、誰に頼んでも問題しかない気がする。


 かといって、うちの子を調べるのに外交官見習いや他国の諜報機関じゃ力不足だし……そもそも他国の諜報機関に頼む様な事じゃない。


 これは……中々の難題だぞ?


 とりあえずフィオに相談……。


 ……。


 ……。


 ま、またお腹痛くなってきたかも。


 そんな風に腹痛を覚えた瞬間、控室の扉がノックされて扉が開かれた。


「フェルズ様、お時間になりました」


 ……と、トイレ行き損ねた。


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