第610話 次のステージ
上段から振り下ろされた剣一撃を横に構えた剣で受ける。
打ち合わされた瞬間金属音が鳴り響き、それに合わせ俺は力を受け流す様に剣を傾けた。
金属をこする音と共に俺は相手の側面に回り込み、流れのままに逆薙ぎ……相手はその一撃を最小の動きで躱し、救い上げる様な一撃を放って来る。
それに対し俺は逆薙ぎの勢いのまますれ違う様に相手から距離を空け……ここで態勢を立て直すために距離を空けたまま仕切り直す……のはダメだ。
距離を空けて一息つきたいのは山々だが、間違いなく相手はその一息ついた瞬間を狙ってくる。
距離を空けたい、一息つきたいというのは基本的に逃げだ。
打ち合いに負けて逃げる……こちらは仕切り直したいが、当然相手その弱気を読み切り追撃してくる。
そうなれば、呼吸とタイミングをずらされてあっという間に制圧されてしまう。
だからここで必要なのは気合負けしない事!
俺は気持ちを切らさない様に、強引に反転して切り返す!
相手は少しだけ表情を変えたが、こちらの強引な一撃をあっさりと受け流す。
先程俺が受け流した時と違い、剣を打ち合わせた時になる激しい音はせず……空振りしてしまったんじゃないかというくらいに手ごたえがない。
身体能力に任せた俺の強引な剣とは違い、確かな技術に裏付けされた美しい剣。
相対しているというのに、その剣捌きに見惚れてしまいそうになる。
しかし、このまま飲まれてしまう訳にはいかない。
力任せの剣だろうと、不細工な剣だろうと……振り回すしかない。
基本はしっかり習っているしね!
下半身を落ち着かせ連撃を仕掛ける。
五連撃……その全てを舞うように相手は受け流し、俺が連撃を繋ぎ損ねた一瞬の隙をついて反撃を仕掛けて来る。
あっという間に攻守が入れ替わり俺は防戦一方となってしまった。
や、やっべ。
相手の攻撃を必死になって防ぐが……少しずつ、ほんの少しずつ対応が遅れていく。
まだぎりぎり対応出来ているが、後五合もせずに間に合わなくなる。
その前に何か手を……そう考えた瞬間、ほんの僅かだが踏み出した右足が滑ってしまう。
この攻防の最中それは致命的な隙……当然相手も狙って一撃を放って来る。
狙いすました一撃は確実に俺の首を狙って……んにゃろが!!
一呼吸遅れ、更にかなり無茶な体勢から俺は強引に剣を振り上げ……相手の一撃を跳ね上げるように防いだ。
「きゃっ!」
完全に決まると思っていた一撃を力技で強引に防がれた相手は、小さく悲鳴を上げつつ跳ね上げられた勢いのまま剣を手放して尻もちをついてしまった。
……ど、どうやら、運良く勝てたのか?
「そこまで!」
俺達の戦いを横で監督していたジョウセンが鋭く声を上げ、俺の勝ちが確定した。
外に漏れぬように小さく安堵のため息をつきながら、俺は尻もちをついた相手……イズミに手を伸ばす。
「流石はイズミだ。素晴らしい剣の腕だ」
「あ、ありがとうございます、フェルズ様」
イズミはごしごしと自分の服で手を拭った後、俺の手を掴んで立ち上がる。
羽のように軽い……というか、俺手を握っただけで一切負荷をかけず自分の足腰だけで立ち上がった感があるな。
そんなイズミは俺に頭を下げた後、ジョウセンの方へと真剣な表情で向き直る。
「イズミ、最後に油断したでござるな?」
「申し訳ありません、兄さま。隙を見つけ、気が急いてしまいました」
普段は妹にデレデレなジョウセンだが、訓練所に居る時は非常に威厳たっぷりな雰囲気でイズミと接する、
模擬剣とはいえ、武器を扱う場である以上甘えは一切なしという事であろう……若干怪しいが。
「一連の流れが思いの外上手くいったから、隙を作ることが出来た……そう考えたのでござるな?」
「はい……」
「その考えこそ未熟の証でござる。確かに殿の連携の繋ぎを縫って攻勢に出たのは良い判断でござるが、それが誘いなのか、それともミスなのかしっかり考えるべきでござったな」
「う……」
「イズミの攻撃に殿は少しずつ対応を遅らせて行った……その上で足をほんの少し滑らせ、僅かではあるが致命的な隙を見せた。見事な餌でござるし、イズミも嬉々として飛びついたでござるな」
……わざとだとでも?
「確かに純粋な剣術の腕だけなら、イズミは殿よりも上でござる。しかし、戦いの経験は遥かに殿の方が上でござるよ?まんまと殿の術中にはまったでござるな」
「精進致します……」
ジョウセンの言葉にイズミは沈痛な面持ちで答える。
何か技術で勝てないから経験でやり込めたみたいな話になってますけど……そんな頭脳プレーしたかな?
……。
いや、したな。
うん、したした。
知略85をフル回転させてイズミを見事釣ったわ。
不利を上手く使って立ち回り、不利を有利に使ったっス!
技のキレではなく頭の冴えで得た勝利だったわ!
「殿は……言わずとも理解されているようでござるな」
イズミに一通りダメ出しをしたジョウセンが、俺の方を見てにやりと笑って見せる。
あ……これ分かってますね?
流石は剣聖ジョウセン……覇王が無策だったこと、見抜いてますね?
さっきの解説はイズミに勉強させる為か……お兄ちゃんは凄いなぁ。
ジョウセンであれば俺の苦し紛れの一撃もあっさり対処しただろうし……もっと冷静に相手を見ろってことなのかね。
「やはり剣では、ジョウセンは当然としてもイズミにも歯が立たないな」
「はっはっは!流石に拙者が殿に負けてしまっては、殿の剣を名乗れますまい!それにイズミも……物心つく頃から剣を握っておりますし、何より殿の剣とは違うでござる。イズミの剣は剣に生きる者の剣。殿の剣は王として戦い抜く為の剣。在り方が違うでござるよ」
在り方か。
ちょっとそういう哲学的な物は分からないけど……いや、そうでもないか?
剣に生きるジョウセン達と、剣はただ戦う為の手段の一つでしかない俺……恐らくそういうことだろう。
「確かにそうだな」
俺がそう言って頷くと、ジョウセンは満足気に笑みを浮かべた後イズミの指導に戻る。
やはりジョウセンはジョウセンだな……イズミが居ない時は俺の模擬戦の相手をしてくれるんだが、イズミが一緒にいる時は俺よりもイズミの指導の方に力が入っている。
まぁ、先程ジョウセン自身も言っていたけど……俺の本職は剣ではないしな。
本職……今はメイドだけど……イズミの方に力が入るのも無理はないだろう。
厳しく指導している様で、目元がデレデレになっているジョウセンを見ていると……彼が武聖最強とは思えないな。
……。
いや、待てよ?
ジョウセンが近接物理最強だったのはあくまでゲーム時代の話だ。
カミラがシュヴァルツへの勝率を上げているのと同様に、他の子達もルールに縛られない現実ならではのやり方で武聖達に勝つ事も可能かもしれない。
武闘大会とか開催したら盛り上がるかもなぁ。
……いや、ダメだな。
うちの子達がガチでやり合うとなれば、よく物語りである様な近い距離で観戦なんて無理だろうし、コロッセオ並みに距離が離れていても余裕で観客が死ねる。
都合の良い結界魔法とかない……いや、待てよ?
魔力収集装置についている結界があったな。
アレを応用すればいける……?
応用できるかどうかは分からないけど、オトノハ達に確認してみても良いかもしれない。
だが、結界の中で火の魔法は危険だな……多分窒息する。
火が得意な子達に不利になる……だからといって魔法禁止にしたらそれはそれで問題があるし、魔法部門と物理部門分けるのもいまいちだよな。
どうせやるなら本気でバチバチにやり合った方がいいし、そこに物理や魔法の区別はつけたくない。
エルディオンを潰して大陸は安定の方向に向かっている。
かなり前にルフェロン聖王国に演習を見せてやった時の様に、帝国の貴族に対しエインヘリアの力をしっかりと見せてやるのも良いかもな。
色々とアホな事考える奴もいなくなるだろうし、フィリア達の苦労も軽減されるかもしれない。
……でもな、アホを暴発させて勢力を削ろうとかフィリア達が考えている可能性は大いにある。
力を見せつけることを考えるなら、帝国とも打ち合わせが必要だな。
……俺の結婚式もそうだけど、お祭り騒ぎは今後この大陸には必要だろう。
武闘大会をするかどうかはさて置き、そっち方面も色々と考えないといけないだろうね。
祭りか……どんなのがあるだろうか?
……分からん。
建国祭とか……?
エインヘリアの建国日……適当に決めても良さそうだけど、一番良いのはこっちの世界に来た辺りだな。
俺の誕生日でもある。
しかし四歳の誕生日は……残念ながら目前だ。
今から建国祭やるぞと言っても間に合わないね。
……うちの子達としては不服かもしれないけど、ルモリア王国を潰してエインヘリアがこの大陸の国として認められた日を建国日と定めるのもありかもしれない。
……いや、待てよ?
俺達がこの大陸に来てからルモリア王国を潰すまで……どんくらいかかったっけ?
……。
ダメだ、全然思い出せん。
ヴィクトルに聞いたら分かるかも?
……いや、感じ悪いな。
やぁ、ヴィクトル。
代官として頑張ってくれているようだね。
ところで聞きたいんだけど、俺が君んとこの国滅ぼしたのってどのくらい時間かかったっけ?
……めっちゃ煽るやん。
しかも死体蹴りだし。
良くない良くない。
やった側は忘れるがやられた側はずっと忘れない……だからこそ、やった側はその後の行動を慎重に選択しなければならない。
俺にとっては何の気もない言葉であっても、聞き手にとっては侮辱にも等しいってことは多々ある事だからね。
それが王の言葉ともなれば……火力は凄まじいものになるだろう。
まぁ、それ以前にさっきの台詞は誰が言っても炎上案件だと思うが……。
建国祭についてはイルミット達と要相談だな。
後他に祭り……収穫祭?
収穫なんて毎日やってるけど……そういう問題じゃないね。
収穫祭って……秋だよな?
あれ?
謝肉祭はいつだ?
春?
まぁ、なんでもいいか。
収穫祭はともかく謝肉祭は宗教系の祭りだった気がする。
別にお肉に感謝する日ではなかった……はずだ。
イズミの型稽古厳しくデレデレとした表情で指導するジョウセンを見ながら、俺は祭りの開催について考え続けた。
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