第609話 権謀術数
首を傾げるバンガゴンガに対し、少し考えるそぶりを見せながらエファリアは口を開く。
「バンガゴンガ様を一般の民と言ってしまうのは少々違いますが……バンガゴンガ様とリュカーラサさんの御結婚は、ご本人同士の為に行われた大変素晴らしいものでした」
「ん?あ、あぁ」
突然の賛辞に目を丸くするバンガゴンガ。
「お二人の御結婚は個人を繋ぐものですが、一般的な王侯貴族にとって結婚とは個人ではなく家同士を繋ぐものという意味合いしかありません」
「……」
「権力を確立、強化する為。もっと大きく国同士の繋がりの為……そして庇護下に入る為。色々な理由はありますが、全て個人ではなく家ないし国の為に行う。先程バンガゴンガ様は政治が絡んで大変だとおっしゃいましたが、絡むのではなく政治そのもの……それが私達にとっての婚姻なのです」
「……なるほど」
「エインヘリアの王であらせられるフェルズ様も……本来であれば、そう言った政治的な繋がりを重視して婚姻を結ばれる立場の御方です。ですが、フィルオーネ様は個人としては素晴らしい御方ではありますが、失礼ながら政治的な力という意味では……」
そこまで言って困ったように言葉に詰まるエファリアに、俺は肩をすくめてみせる。
「くくっ……気にする必要はない。確かにエファリアの言う通り、フィオには政治的な力は全く無い」
おもむろに北方で私が神デース!とか言わない限りは。
「絶対的な力をお持ちのフェルズ様ご自身に、政治的結びつきは必要ないとも言えますわ。ですがフェルズ様と縁を結びたいという家は……エインヘリアの内外に相当数あったであろうことは間違いありませんわ」
「だろうな。貴族制を廃していなければそれこそ、山の様に縁談が舞い込んで来ただろう」
俺と結びつけば権力が増すと考えるだろうしね。
他国の貴族が俺に声をかけてこなかったのは家格的に尻込みしたか……俺に知らせるまでもなくシャットアウトされていたかのどちらかだな。
……後者のような気がする。
国内の元貴族に関しても、お家復活を狙って声をかけてきた連中がいなかったとは思えない。
うん、これは間違いなく俺の耳に入る前にシャットアウトしてたんだろうな。
「国外の貴族……帝国の貴族はエインヘリアに縁談の申し込みをしていますわ。それもフィリア様には秘密裏に」
「ふむ。俺の元にまでその話は届いてないが……無いとは言い切れんな」
俺がそう言うと……エファリアは珍しいタイプの笑みを浮かべる。
冷笑……だろうか?
幼いエファリアには似合わない感じだが……あ、言うほどもう幼くはないのか。
「属国の貴族は血迷ってもそのような真似出来ませんが、表向き帝国とエインヘリアは戦争で痛み分け……その後対等の条件で同盟を結んでいますわ。調子に乗った侯爵家辺りが身の程知らずにも帝国の威光を笠に縁談を申し込み……帝都にバレて廃爵されてもおかしくないですわね」
「……」
エファリアの言葉にバンガゴンガが絶句している。
俺も結構衝撃を受けているけど……。
いや、エファリアは元々幼いながらも聖王として大人顔負けの働きをしていた。
ただ、最近……俺の前では年相応というか、快活に笑って楽しそうにしている姿しか見ていなかったからな。
「フィリアから聞いていたのか?」
そんな動揺は表に出さず、俺はエファリアに尋ねる。
「はい。私がフィリア様から聞いたのは……実際に行動を起こしてしまって潰された家が二つ。事前に察知して阻止することが出来たのが三つ。どれも地方の侯爵家だそうですわ」
「他国の王族と国の許可を取らずに婚姻関係を結ぶというのは……大丈夫なのか?」
「帝国には野心を持った貴族が少なくありませんので……。勿論有りか無しかで言えば……言語道断といったところですが」
「だよなぁ」
野心が旺盛なのは構わないけど、巻き込まないで欲しいよな。
まぁ……帝国の貴族と縁を結んだところで向こうには恩恵があるだろうけど、向こうからこっちに与えられるものなんて皆無だからな。
政略結婚としては片手落ち過ぎる。
恐らく地方の帝国貴族には、エインヘリアよりも帝国の方が上という考えがあるんだろうね。
そうでなければエインヘリアの王に対し、婚姻を持ちかけたりはしないだろう。
まぁ、エインヘリアには貴族が居ないから俺しか相手がいないって考えたのかもしれないけど。
……代官連中に帝国貴族から話が行っていないか確認した方が良いか?
現時点で報告がないってことは問題はないって事だろうけど、キリク達すら知らない間に縁続きになっている可能性もゼロではない……レギオンズにはそう言った政略結婚的なシステムは無かったしね。
何にしても……帝国上層部が必死になって貴族達を止めようとするのも当然だろうね。
確実にこちらを侮辱していると取られる話だし、未然に防げなかったものに対しては心臓がキュッとなる思いだっただろうな。
いや……生きた心地がしなかったかもしれない。
そりゃ家ごと潰すわな。
「しかしなぁ。そうまでしてエインヘリア……フェルズと繋ぎを作りたいもんか?」
「勿論ですわ」
「確かにエインヘリアと縁続きになれば相当利益は出ると思うが……」
お家断絶の危険を冒してまで狙う程の価値があるのか?
バンガゴンガはそういう意味を込めて聞いたのだろうけど……エファリアは微笑みながら首を横に振る。
「利益とは、お金や分かりやすい利権だけではありませんわ。フェルズ様と縁を結んで一番の利点は、フェルズ様に庇護される……後ろ盾を得られるということですわね」
「他国の王の庇護が必要なのか?いや、発言力が増すってのは分かるんだが……」
「万が一縁談が進めば、フェルズ様が望もうと望まれずとも……周りが勝手に配慮するようになりますから。正直彼らも縁談が上手くいくとは殆ど考えていなかった筈ですわ。余程の考え無しでもない限り」
「縁談が纏まらないと分かっているのに申し込むのか?」
「ダメ元というよりも顔つなぎの為ですわね。ざっくり言ってしまえば、自分達は王に縁談を申し込めるほどの権力者だ、今後ともよろしく。そんなところですわ」
「それで家が潰れるって……」
「当然ですわ。彼らは帝国とエインヘリアの顔に泥を塗ったのですから」
縁談を申し込んだだけで物凄い話だな。
後帝国の貴族は……領土が広大だからなのか、ちょっとアレな奴が結構いるよね。
優秀な人も多いけど、残念なのも多い……。
「そのくらい……王侯貴族の婚姻というのは様々な思惑が絡んで来るものなのです。貴族同士の結婚で派閥や家の力関係は保たれますし、その逆もあり得ます。だからその家の者は当然……周りもその動きを注視しますわ。時には強硬手段に出て妨害することもありますし……まぁ、何にしても当人達以上に回りが右往左往するものですわ」
「……うぅむ」
リュカーラサと幸せな家庭を築いているバンガゴンガからすれば、王侯貴族の結婚は理解しがたいものなのだろう。
物凄く渋いものを食べたかのような表情で唸っている。
「結婚式当日に新郎新婦が初顔合わせをすることもありますし、四十近い貴族家当主と赤子が結婚した例もありますわ。まぁ、あからさま過ぎる政略結婚は外聞も良くないのですが、それを強行せねばならない事も時にはあるという事ですわね」
「なりふり構っていられない状況があるのは理解出来るが……フェルズの、エインヘリアの提唱する結婚とはえらい違いだな」
「そうだな。家同士の繋がり……確かにそういう側面がある事は否定できないが、それでもやはり結婚というのは本人達にとって大切なイベントであり、今後の人生に関わる重大なイベントだ。可能な限り本人達の意思を尊重し、幸せな結婚をしてもらいたいと俺は思う」
「素晴らしいお考えだと思いますわ」
エファリアはにっこりと微笑みながら同意してくれているけど……権力者からすれば、理解しがたい……いや、納得しがたい考え方だろうね。
ある意味で血や家族が絶対的な物だと考えているとも取れるのか?
……その割にはお家騒動とかで親類が殺し合ったりするよな。
実の家族より義理の家族の方が信じられる……のか?
「フェルズの考えや、他国の王侯貴族にとっての婚姻がどういうものなのかは分かったが……フェルズとフィルオーネ様の結婚が流石エインヘリアだと言っていたのは?」
「エインヘリアでは貴族を廃し、地方を治めるのは代官……つまり役人です。彼らの持つ権限は全て国によって与えられたもので、彼ら自身は何の特権も持ち合わせておりません。不正も……なかなか出来ませんしね」
役人が不正をし出すと国が乱れるからね。
うちの国では国家反逆罪すら適用されかねない重罪となってますし、監視や対策もしっかりしています。
「賄賂等は相当厳しく取り締まっているからな。官民癒着は公平な政治の敵だ。とはいえ、真面目に働いて報われないと思われてしまうのもマズいからな。その辺りの匙加減は、今後もしっかりと注視しておく必要がある」
「そうですわね。代官になるには実務経験と管理能力の両方が必要ですし、無能な貴族に治められるよりも民達は安心して過ごすことが出来ますわ。国の方針に従って動くので、代官が変わってやり方が変わるという事もありませんし、全ての地方がフェルズ様の直轄地という事ですね。魔力収集装置があるからこそできる力技ではありますが……」
そう言ってふふっと笑うエファリア。
まぁ、確かに力技ではあるよね。
王都で決めた方針がその日のうちに国の隅々にまで通達が行き渡る……移動も一瞬だし、地方に赴任するというデメリットも全くない。
代官は転移が許可されているから自宅から通う事も不可能ではない……緊急時に連絡が少し遅れるから、大体の代官は基本的に赴任先に住んでいるみたいだけど。
それに代官達は同じ場所に長く赴任することもない……長くても二年程で別の集落へ移動する。
給料も……これは代官に限らず、全ての役人は勤続年数でどんどん上がっていく。
役職手当もあるから出世する意味もちゃんとある。
「何が言いたいかと言いますと……エインヘリアにおいて、権力は一本化されているという事ですわ。確かにどの国でも王は強い力を持っていますが、同時に貴族達も非常に強い力を持っています。時には王以上の力を持つ大貴族も出てきて王権を脅かすこともあります……そしてそういう貴族の大半は、婚姻によってその権力を増していくのですわ」
「……」
「エインヘリアにはその余地はありません。そして絶対的な権力者であるフェルズ様のお相手は、政治的に力のない方であればあるほど……完璧と言えますわ」
「……」
エファリアの話にバンガゴンガは神妙な顔をしている。
まぁ、確かに権力が俺の所に集約されている以上……結婚相手の家は相当力を持つことになってしまうのは確かだ。
俺にその気がなかったとしても周りがそうは取らないからね。
「故に、フィルオーネ様はフェルズ様にとって最高のお相手なのですわ」
「くくっ……まぁ、そんな理由でフィオを選んだわけではないがな」
エファリアの締めに、微妙に反論したくなった俺はそんなことを口に出す……いや、出してしまった。
俺が言葉を発した瞬間、エファリアの目の色が変わったのを俺は間違いなく見た。
「ではどのような!?どのような理由でフィルオーネ様を選ばれたのですか!?」
一瞬前まで聖王として凛とした態度で話をしていたエファリアが、突如好奇心全開というようなワクワクした表情で俺に詰め寄って来る。
しまった!
これが本題か!?
この一連の流れ全てが、この問いをする為の誘いだったんだ!
「どのような所に?フィルオーネ様のどのような所に惹かれたのですか!?プロポーズはどのようになされたのですか!?もしよろしければ参考までに、どんな言葉でプロポーズされたのかお聞かせいただけます!?」
怒涛の勢いで質問攻めをして来るエファリアに覇王は追い詰められていく。
え、援軍を……そう思いバンガゴンガの方に視線を向けると……視線を逸らしてお茶をすすってやがる!
ば、バンガゴンガの方に矛先を変えられないか……?
いや、ダメな気がする……エファリアは完全に俺をロックオンしている感じだ。
「フェルズ様!参考までに!」
何の参考!?
せ、聖王が強すぎる……いや、エファリアも年頃の女の子ということか。
座っていた為がっちりと肩を掴まれ逃げる事も出来ない覇王。
ダレカタスケテ。
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