第606話 嵐の後の嵐

 


 先日、先代皇帝がうちに突撃してきて暫くして……帝国から謝罪の使者がやってきた。


 表向きには死んだことになっている先代皇帝のやらかした事なので、正式な使者ではなくあくまで秘密裏に派遣された使者ではあったけど、別に事を荒立てるつもりもなければ、あのオッサンの行動の責任が帝国にあるとも思っていなかった俺は無条件でその謝罪を受け入れた。


 しかしまぁ、事は国同士の話だからね……帝国が慌てるのも無理はないだろう。


 使者はリズバーンとキルロイ=ドリュアス伯爵。


 伯爵の方は帝国の宰相だね。


 宰相が外に出るのは……相当今回の件を重く見たという事だろう。


 まぁ、宰相が外に出ると言っても、魔力収集装置による転移で行き来出来る以上そんなに大事でもないんだけど……それでも宰相という文官のトップがお忍びとはいえ謝罪に来ること自体、最大限の謝意を見せていると言える。


 表立って謝罪をされても、うちにも帝国にもデメリットしかないしね。


 後は、フィリアからも直接謝られている。


 なんかもうオッサンの首を取りかねない迫力だったけど……こっちは別に気にしていないので許してもらって構わない。


 俺は笑って気にしていないと告げたんだけど……まぁ、逆の立場だったら申し訳なさと恥ずかしさで頭を抱えたと思うし、中々納得はいかないだろうね。


 フィリアとはちょっとした約束もあるし、早いところ罪悪感を払拭してくれるといいんだけれど……。


 そんなことを考えながらも、書類に署名を入れる。


 本日最後の書類……内容は以前建設した温泉宿に関する報告だ。


 客入りは好調……を通り越して稼働率が千パーセント。


 うん、満員電車みたいな温泉は嫌すぎる……温泉宿の増設が必要だな。


 それにしても、やはり民達は娯楽に飢えているというか……随分と心の余裕がある感じだ。


 街道整備や関の撤廃、税の軽減に公共事業等……俺は民が金を手にして生活が豊かになるようにエインヘリアの舵取りをしてきた。


 そしてこの書類が示すのは、俺は民の懐だけではなく心も豊かにしたという事だろう。


 稼働率千パーセントの温泉で心が安らぐかどうかは微妙だが……そういった娯楽を求める余裕というのは本当に大事だと思う。


 懐と心の両方に余裕がなければ温泉宿に行こうなどとは思わないからね。


 なんせ公衆浴場はべつにあるのだから、身体を洗いたいだけであればわざわざ公衆浴場よりお金のかかる温泉宿に来るはずがない。


 公衆浴場とはまた一味違う、温泉という娯楽を民は楽しんでいるという事だ。


 宿の方も常に予約でいっぱい……大浴場や露天風呂は日帰り客にも開放しているから利用客が多すぎる状態だけど、各部屋には小さな露天風呂や家族風呂があるからそっちはのんびり入ることが出来るだろう。


 しかし……今回は王都に温泉宿を作ってみたけど、今後何処に作るかはしっかり考えないとな。


 どうせ温泉は宿を建てたら湧いてくるんだ。


 どこかに温泉郷を作るのも良いかもしれない。


 街道整備も進み盗賊はおろか魔物さえも出てこない我が国内だが、まだ民達の間で旅を楽しむという習慣はない。


 飛行船の発着場の建設は進んでいるが、まだまだ主要都市の一部を繋ぐ航路しかないので一般の民が移動手段に使うにはハードルが高い。


 はげ……オスカー達ががんばって鉄道を研究してくれているけど、実現にはまだ長い月日が掛かるだろう。


 まぁ、研究を始めて三年以上が経っているし、段々と形は出来ているみたいなんだけど……まだ実験段階って感じだからね。


 十年計画……いや、もっと長いスパンで気長に待つとしよう。


 もっとも、オトノハ達の魔力収集装置設置の仕事が一段落すれば開発関係に力を入れることになっているので、そうなれば鉄道の実現も一気に早まるだろう。


 鉄道網が出来れば……民も旅を楽しむことが出来る筈だ。


 温泉郷計画はイルミットと話してみるとするか。


 そういえば、報告の中に杖をつきながら温泉宿にきた爺さんが、帰る時は杖をぐるぐると振り回しながらスキップで帰っていったというものがあったな。


 やはり、温泉宿の回復効果は健在だ。


 医療施設やポーションとはまた違った方向で民達を健康にしてくれることだろう。


 エルディオンの件も片付き、魔王……レヴァルの保護も成った。


 フィオは色々と思うところはあるようだが、足繁くレヴァル達の所に通い会話をしているようで関係は良好のようだ。


 魔力収集装置を大陸中に設置……これにはもう障害はなにもなく、後は時間の問題……フィオの願いは、ほぼ果たされたと言っても良いだろう。


 とはいえ、魔王の魔力についての研究はこれからも進めていくし、エインヘリアはこれからもしっかりと統治していかなくてはならない。


 戦争こそ起こらないかもしれないが、問題は各地にまだまだ残っているだろうし、国としてやっていきたい事もたくさんある。


 恒久的な平和なんてものが築けるとは流石の俺も思ってはいないけど、それを目指して邁進していくことは国の指導者として当然だろう。


 エルディオンの思想の件、帝国や北方諸国との関係、エインヘリアの跡継ぎ……まだまだやる事はいっぱいあるし、やりたい事もたくさんある。


 しかし、直近でやらなければならないのは……や、やはり、結婚……ではないだろうか?


 エルディオンの件が片付いてからとは言ったけど……それはほぼ果たされている訳だし、腹をくくって先に進めなくてはならない。


 うちの子達はそれを……口には出さないものの物凄く楽しみにしているみたいだし、フィオをあまり待たせるのも良くない。


 しかし、バンガゴンガの結婚式の時もそうだったけど、結婚式の準備にはかなり時間がかかる。


 俺は一応エインヘリアの王様だし、バンガゴンガの時とは比べ物にならないくらい規模の大きな結婚式となるだろう。


 当然だが国賓として各国から客人を招く必要もあるし、式場も用意しなくてはならないだろう。


 結婚するぞ!ってなってから二、三か月で式……とはならんだろうな。


 恐らく半年……下手したら一年くらい時間がかかるかも知れん。


 ……うん、これは早めに動き出したほうが良さそうだ。


 結婚式……俺が結婚するのか……実感が湧かねぇなぁ。


 この世界に来て四年弱。


 両手で足りないくらいの国を潰し、信じられない速度で領土を拡大した。


 ノッブでさえ家督相続してから尾張を統一するまで十年以上かかってるってのに……まぁ、ノッブと俺じゃぁスタート地点が違い過ぎるけど。


 俺は土地こそなかったけど、家臣団が最強状態だったからね。


 小細工せずにまっすぐ行ってぶっ飛ばすだけで戦争に勝てるんだ……そりゃ早かろうよ。


 まぁ、何にしても中身的には秀でたところのない俺がここまでやってこられたのは、一から十までうちの子達のお陰だ。


 最初はご飯を食べる事すら知らなかった子達だけど……あっという間に成長していったからな。


 もはや俺は彼らの足元にも及ばない。


 それでもなんというか……どうしても俺は皆の事を、うちの子達という風に思ってしまう。


 助けられているのは俺の方なのだが、どこかしらで彼らを守り幸せにしてやらないと……というような使命感があるのだ。


 そんな彼等が俺の結婚式を心待ちにしている訳で……うん、やはり早めに皆に知らせて動き出してもらおう。


 しかし……なんて言えば?


 っていうか何処で言えば?


 とりあえず、会議の後とかに……そろそろ結婚するわって言う?


 ……何か言い辛い……いや、めっちゃ言い辛い気がする。


 いや、あれ?


 意外と難易度高くない?


 どうやって皆に結婚式やるぞって言えば良いの?


 覇王らしく……威厳に満ちた感じで……照れたら終わりだな。


 やっべ……これかなり難易度高いぞ?


 ……ま、まずはフィオに結婚の話をしよう。


 その後で……この件について相談させて貰うとするか。







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お知らせ失礼いたします。

以前お話しさせて頂いた、サポーター限定のSSを公開させていただきました。

タイトルは


『覇王』異伝 賢王さまのやり直し!


です。

評判が良ければ第二話も書くと思いますので、サポーターの方は是非読んでみてください!

SSとは言ってますが、『覇王』の一話分くらいの長さがあります!


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