第605話 覇王裁き

 


「娘が、そして帝国が心配だという気持ちの全てを理解出来るとは言わん。俺には娘もいなければ隠居しているわけでもないからな」


 明らかに警戒した様子でこちらを見るオッサンに俺は告げる。


 何か話している内に急に顔が強張りだしたんだよね。


 俺なんか変なこと言っただろうか?


 まぁ、確かにエルディオンの件や国の運営についての考え方……殺伐とした話やお堅い話が続いたから真面目な雰囲気になるのは分かるけど、これは行き過ぎじゃないかな?


 ……そうでもないか。


 帝国にとって一番警戒する相手は長年因縁の有るエルディオンだったはずだけど、このオッサンにとっては得体のしれないエインヘリアの方が警戒すべき相手なのだろう。


 いや、帝国にとってもエインヘリアが一番警戒する相手なのは間違いない。


 今帝国がエインヘリアに好意的なのは、皇帝であるフィリアが俺を信頼してくれているからだ。


 帝国上層部にもうちを警戒している者も少なくはない筈。


 その意見を封殺しているのがフィリアやリズバーンなのだろう。


 そんな状況下で俺とフィリアが関係を持てば……少なくとも両国の関係は今よりも穏やかなものになるだろう。


 基本的に……隣国同士が仲が悪いのは何処の世界でも同じだしね。


 だからこそ、このオッサンは早い内に関係を密にしようとした。


 それが俺とフィリアの婚姻ないし跡継ぎの件だ。


 オッサンが帝国やフィリアの事を想っている事は分かる。


 だから邪険にはしにくいのだが、個人的には迷惑なことこの上ない。


 いや、前回オッサンが来た時はまだ俺も婚約していなかったし……そういう話を持ちかけられてもおかしくはなかったと言えるが、今はそうではない。


 このオッサンにフィリアとの事をゴリ押しされるのは非常に面白くない。


 それ故、ちょっと高圧的に行ってしまったけど……もしかして殺されるとか考えてる?


 流石にそこまで怒って無いよ?


 ただ、帝国の皇帝はフィリアだ……隠居がやきもきして余計な口を出して、色々と引っ掻き回して欲しくないのだ。


 フィリアの実子が欲しいという気持ちも分かるし、初産であることを考えれば年齢的にもそろそろ本格的に動き出さないと心配だというのも分かる。


 しかし、前回も言ったが、これは本人同士で話すべき内容だ。


 フィリア本人は次代皇帝は養子でも構わないと言っているし、重鎮達も表立って反対はしていない。


 ある意味でエルディオンとは真逆……血よりも実というか、能力そのものを重視するのだろう。


 まぁ、養子候補は公爵家の子供をと考えているらしいし、フィリアとの血のつながりは何代遡るかは知らないけどあるようだから、血を完全に無視という訳でもないのだろう。


 何にしても、この件はフィリア本人が考え……そして動くべき内容であり、周りがどうこう言うのはちょっと違うだろう。


 いや、フィリア本人に色々言うのは、国としても親としても当然の感情だと思うけど……流石に、フィリアの頭越しに他国の王である俺に話を先代皇帝が持って来るのは間違っていると思う。


 無論、俺達の立場からすればこの手の話がそういう風に進められてしまう事も分からないではない。


 俺が戦争を外交手段の一つであると考えるのと同じく、婚姻もまた外交手段の一つなのだから。


 しかし俺自身がどう思うかはまた別問題だ。


 だからこそ、このオッサン相手にはきつい言い回しになる……これで俺が不快に思っているは十分伝わるはずだ。


「隠居したからと言って全てを子に任せろと言っているわけではない。しかし、フィリア=フィンブル=スラージアンとその周りを固める者達は非常に優秀だ。お前という皇帝が自ら動き事を成していくタイプだったことは見れば分かるが、人に任せ、その仕事を信頼することも上に立つ者の役目ではないか?」


「その言葉は正しいが、だからといって国の危機を見逃すわけにはいかんだろう?」


 中々意固地なオッサンだ。


 それに、危機……って程の事じゃないだろ?


 フィリアはまだ二十代なんだし、後継者が育つまで十分働ける。


 代替わりを早くしたいという事であれば、ルフェロン聖王国みたいに摂政を置いたり実権はフィリアに残したまま代替わりだけするという手もあるだろう。


 俺ですらいくつもの案が出て来るのだから、元々養子の方向で考えていたフィリア達ならもっと具体的な案を纏めているに違いない。


 どう考えても、危機というには表現がぶっ飛んでいると思う。


「くくっ……危機とは随分な表現だな。恐れは目を曇らせるぞ?」


「……儂の考えすぎだと?」


「今回の件に関してはそうだな。フィリアやリズバーン達は、お前から見てそんなにも頼りないか?」


「……儂なんかよりもよっぽど優秀だ。それは間違いない」


 そう思っていながらなんでそんなに心配するのか……それが親心と言うものなのだろうか?


「だが、やがて来るであろう嵐は、只優秀だからと言って乗り越えられるものではない。民意というものは、理性や暴力で抑え込もうとしても抑え込めるものではない。ましてや、それを煽ろうとするものがいるのであれば、帝国はあっという間に焼き尽くされるだろうよ」


 ……何の話じゃろか?


 民意?


 ……あー、もしかしてあれか?


 エルディオン程じゃないにしても、皇帝の血筋を大事に想う勢力があるってことか?


 フィリアが養子に貰う子も血は入っているだろうけど、直系しか許さないマンがいるってことか。


 うぅん……フィリアがそれを認めているなら問題ないような気もするけど、確かにそこは理性ではなく感情の問題だし、こじれれば大きな問題に発展しかねない。


 もしそういう声が大きくなった場合帝国は荒れる……そういった懸念が大げさだとは言い難いし、危機と言っても過言ではないだろう。


 どうも俺は血統だなんだってものに、この世界の人達の考えとズレがある。


 何処の国でも貴族が国の重要な位置についており、役職なんかも世襲制が多い。


 教育を一般の民にも広げられないから仕方ない部分もあるのだろうけど、それは既得権益を荒らされたくないが故、知識を独占しようとする現権力者たちのせいとも言える。


 でもさ、勉強する環境があるってのも大事だけど……もっと大事なのはやる気だよ?


 目的意識をしっかり持ってする勉強と、ただやらされる勉強……どちらが身に付くかは言うまでもない。


 親が出来たからと言って子供までその役職に向いているとは限らないしね。


 それに何より、限られた人数でする仕事には限界がある。


 つまり、発展の限界がある……貴族はぽんぽこ増えて行かないし役職もそうそう増やしたりはしないだろう。


 それは権力の分散に繋がるからね……既得権益が大好きな貴族連中からすれば、自分達の権限が減るような真似は可能な限り避けたいはずだ。


 俺が血より個々人の能力だろって考えてしまうのは、誰しもに学習する権利が与えられている世界の記憶があるからなんだろうね。


 まぁ、それはさて置き……このオッサンが懸念している事は理解出来た。


 しかしだからといって、じゃぁ俺が……とはならんやろ。


 恐らくフィリア達であれば、そういった声がある事も含めてどうするかを考えていると思うんだけど……。


「……フィリア達が、何も対策を考えずに無策でいると思うか?」


「そりゃぁ……」


「少なくとも俺はそう思わん。お前と同じように考えているのか、それとも別の策があるのか……俺には分からん。だが、今の帝国を担う者達が全力を尽くしているのに、死人であるお前がしゃしゃり出て来て横紙破りのような真似をして、彼らが納得できると思うか?」


「……」


「一度、フィリアとよく話すべきだ」


 前回の件もこのオッサンの独断って感じだったし、今回も間違いなく同じだろう。


「……一つだけ聞かせろ。お前の考えを……お前は帝国をどうするつもりだ?」


 帝国を……どうするつもりもないぞ?


 しかし、こう尋ねて来るという事は、このオッサンは懸念があるってことだ。


 恐らくだけど、俺が積極的にこの件を進めようとしなければ、帝国が荒れることになるって言っているのだろうが……それを俺のせいっていうのは、ちょっとお門違いだろ。


「俺は帝国をどうこうするつもりはない。仮に帝国でこの先何かが起こるとすれば、俺は全力で手助けをしよう」


「……」


 ……おかしい。


 何があっても助けるって言ってるのに視線が険しくなったぞ?


「それは帝国の民か?それとも皇帝フィリア=フィンブル=スラージアンか?」


 うぅん……どゆこと?


 ……。


 あ、あぁ……これはあれか?


 帝国が跡継ぎ問題で揺れた時、うちが介入することを狙っていると考えているんじゃないか?


 ……なるほど。


 視線の険しさはそういう事か。


 いや、もしかしたらもう一歩踏み込んで疑っているんじゃないか?


 帝国の跡継ぎ問題を煽って帝国を混乱させる……その上でうちが介入して跡継ぎ問題をエインヘリア主導で解決させる。


 次代の皇帝をこちらの支配下に置いて帝国も実質属国化……みたいな?


 道理でこのオッサンの表情が硬い訳だ。


 なるほど、なるほど……そんなこと考えてたのね?


 しかし、きっぱりと言わせていただきたい……そんな領土欲ないから。


 支配地域が増えても国が豊かになる訳でも無し、面倒事が増えるだけやろ。


 まぁ、この世界の人は領土を広げる事が国の繁栄に繋がるって考える人達ばっかりだけど……そういう意味でフィリアは本当に素晴らしいトップだと思う。


 このオッサンの考え方は正にこの世界のステレオタイプ。


 俺の……いや、エインヘリアの経済をぶん回して国を豊かにさせるって考え方とは方向性が全く違う。


 面倒だな……俺がこのオッサンに何を言っても、戦帝として領土を広げ続けたコイツは信じないだろう。


 となると……仕方ない。


 そちらに合わせてやろう。


「民の味方か、それとも皇帝の味方かという問いであれば、俺はフィリアの味方だと答えよう」


「……」


「後はフィリア本人と話せ。ここで話していても埒が明かないぞ?」


 個人的には嫌いなオッサンではないが、ちょっと今は猜疑心に凝り固まっているような気がする。


 皇帝として戦に明け暮れながら、権力争いや権謀術数渦巻くあれやこれやを長年乗り越えてきたからなんだろうな……大国同士が手を取り合ってってのが信じられないのだろう。


 ……いや、全くの的外れな考えとは言い切れないか。


 俺とフィリアが仲が良かろうと、国同士の話となればそんな単純な関係で解決できない問題も多々あるだろう。


 経済をぶん回し共存共栄していくとは言っても、いつ利益相反が出てもおかしくはない。


 だからこそ、お互いの考えに齟齬が出ない様に密に連絡を取り合い、溝を埋める作業が必要となるだろう。


 しかし、このオッサンの動きはその溝を埋めるどころか溝を深めることになりかねない。


 俺ではなく、オッサンはフィリアとしっかり話をするべきだろう。


 そして、俺達がどういう未来を思い描いているのか、しっかりと認識するべきだ。


「それで納得出来なかったら、また動いてみれば良い。だが、帝国の現皇帝はフィリアだ。彼女の頭越しに動くのも大概にしておくのだな」


 俺はそう言って立ち上がる。


 後はフィリアに任せよう。


 このオッサンがどう考えようと俺がやる事に変わりはない。


 それに、オッサンも引っ掻き回したがっているわけではない。


 帝国とフィリアがとにかく心配だから色々動いているってのは理解出来る……出来るけど、独断専行に過ぎる。


 全てを独裁していた頃の癖が未だに抜けていないということなのだろう。


 年を取ってから考え方や生き方を変えるのは大変なんだろうが、個人としてアレコレ発言するには元の地位や話している内容が大きすぎる。


 隠居が出しゃばると現役には嫌われるぞ?


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