第604話 懸念、或いは疑念

 


View of ドラグディア=フィンブル=スラージアン 帝国先代皇帝 戦帝






「エインヘリアが宣戦布告したとはいえ、エルディオンの目は帝国に向いていたからな。帝国をエルディオンに削らせた上でエインヘリアがエルディオンを攻撃、更にダメージを受けた帝国に俺達が襲い掛かる……そんなことを考えたんじゃないか?」


 にやにやと感じの悪い笑みを浮かべたまま、当てこするように言うエインヘリア王に儂は肩をすくめてみせる。


「領土拡大に熱心な奴が考えそうな立ち回りだな?」


「もしくは、過去に戦争や謀略で領土を拡大し、引退した後も疑心暗鬼に囚われている隠居が心配しそうな話だ」


 儂の皮肉に更に皮肉で返してくるエインヘリア王。


「……フィリアが儂に帝位を寄越せと言ってきた時の話は知っているか?」


「お前よりも上手く国を運営できるとかだったか?」


「そうだ。言われた瞬間こそ驚いたが、すぐに納得出来た。儂は戦う事でしか国を豊かに出来なかったし、それ以外の方法なんざ思いつきもしなかった。しかしフィリアは違う。アレは頭が良いし、人を上手く使うことが出来る。武略はあまり得意ではないが、それでもいざという時に戦うという事を選択できる。周辺国の連中は……俺と同じで戦馬鹿が多かったからあまり評価は良くなかったが、それでも今の帝国を築いたのはフィリアだ。俺じゃない」


「そうだな。お前が強引に広げた領土を、維持して富ませたのはフィリアだ。俺は帝国の歴代皇帝の事は良く知らんが、帝国史上最も偉大な皇帝はフィリアと後世で語られると確信している」


 儂の言葉にさも当然とばかりに相槌を打つエインヘリア王。


 偉大な皇帝……確かにフィリアがこのまま皇帝として君臨し続ければ、そう評価される可能性は十分ある。


 恐らく儂は……戦馬鹿とかそんな感じだろうな。


「……だからこそ、心配だ。フィリアは随分とお前を信頼しているようだが、お前は俺と同じく侵略を是としている。無論、この国を見ればそれだけの男でない事は分かるが……最終手段として武を用いるフィリアとは違う」


「くくっ……そうだな。俺は戦争も外交手段の一つとして考えている。フィリアにとって武力とは、振るわずとも保有している事にこそ意味がある物だが、俺にとって武力とは振るってみせてこそ意味のある物だ。人は自分に都合の悪いものから目を逸らし、都合の良い妄想を事実だと誤認する生物だ。だからこそ、我々の武威を目の前に突き付けてやる必要がある」


 話している内に、エインヘリア王の凄味が増してくる。


 先程まで話していたヤツと同じ人物とは思えない程の圧力。


 初めて会った時以上に濃厚な威圧感は、長年戦場に立ち続けた儂でも感じたことがない。


「……何があったらお前みたいな奴を信頼できるのだろうな?」


 儂はため息をつきながら言う。


 信頼……そう、信頼だ。


 フィリアはこの男を深く信頼している。


 いや、フィリアだけではない。


 エルトラントもそうだったし、俺の知る併合された国の王や将……その殆どが、この男に敬服し信頼しているように見えた。


 あのディアルドも……警戒をしていない訳ではなかったが、それ以上にこの男を信頼したと思う。


「さてな?俺は自分の思うがままにやっているだけだ」


 思うがままにやって求心を得る。


 確かにそういうヤツはいるが……コイツは持っている力が強大過ぎて、畏れの方が先立つと思う。


 畏れるがあまり崇拝されるということもあるにはある。


 しかし、そこには少なくない脅えが見えるものだが……周りの人間を見る限りそう言った様子もない。


「まぁ、俺からすれば……自分の好き勝手をやっているのに慕われているのは、お前の方だと思うがな?」


「あ?お前と一緒にするな。儂は思慮深く動いた結果だ。思い付きで行動なんて……そんなにしないぞ?」


「その辺りについては一度ディアルド達に確認する必要があるな」


 締め付けてくるような威圧感をあっさりと散らしたエインヘリア王が肩を竦める。


「だが、お前がやっている事は分かる」


「どういう意味だ?」


「帝国……いや、フィリアの為に動き回っているのだろ?帝国国内はフィリアの統治によって安定した。それ以前は国内で動き回っていたのだろうが、今は国外を飛び回り不穏な場所を探る。周辺国やエルディオン……そしてエインヘリア。わざわざ死んだことにまでして自分を身軽にしたのは、そういう動きをする為だ。だからこそ、帝国の諜報機関と連携が取れているのだろう?」


「……」


 本当に嫌な男だ。


 皇位を譲る時に残してしまった多くの火種……フィリアに押し付けることになってしまったそれを、儂は影で動きフィリアの統治の手助けをした。


 死んだことにしてしまえば、陰でこそこそ動くときに非常にやりやすい……だから盛大に国葬をして貰った。


 国内が安定するのは、儂が想像していたよりも遥かに早かったと言える。


 フィリアは間違いなく優秀で、儂と共に戦場を駆けた連中も……新しい戦場に簡単に馴染みその辣腕を振るった。


 内が安定すれば次は外だ。


 帝国は間違いなく大陸一の国ではあるが、それを削り取ろうとする輩はごまんといる。


 国内ほど色々動けるわけではないが、それでも儂は外に出て動くことにした。


 その結果が今の儂であり、今の帝国だ。


 そんな儂の考えや動きを……この男は全て見透かしている。


 儂ともフィリアとも違う在り方。


 この男であれば乱世であろうと平時であろうと、いともたやすく国を治めてしまうのだろう。


 それを確信させられてしまうくらいの凄味と思慮を感じさせる。


 味方であれば本当に頼もしい男だ。


 何より、完璧でありながらもこの男はあくまで一人の人間を感じさせてくる。


 淡々と無感情に事を成すのではなく、寧ろ感情を強く出し……人が人として思う当たり前を何より大切にしているように思う。


 優しく、冷酷で、超然としていながらも人間味が溢れる……王でありながら個人。


 為政者として欠陥とも言える人間性だが、それを超えて全てを叶える力量。


 皮肉っぽい奴は普通疎まれるものだが、この男のそれは人間味を感じさせてくる……魅力と言っても良いかもしれない。


 こんな無茶苦茶で完璧な男の下に長くいれば、心酔するのも無理はないかもしれんが……外にいる者からすれば、この男ほど危険な人物はいないと言える。


「前回ここに来た時、俺が帝国と縁を結ぶことに乗り気じゃなかったから警戒したんだろう?」


「ちっ、お見通しかよ」


「そりゃ、死んだふりをしてまで他国に潜入して情報を集めているような隠居が会いに来たんだ。警戒していると見る方が自然だろう?」


「お前は帝国と縁組をするでもなく、帝国と手を合わせ大陸統一国家を樹立する気もないと言ったな?いや、正確には機が熟していない……だったか?」


「あぁ、そう言ったな」


 恐らく、帝国とエインヘリアの国力の差は今後広がっていく一方だろう。


 それは武力ではなく経済力。


 帝国の民は、自分達よりも遥かに裕福な国がすぐ隣にあって……果たして納得出来るだろうか?


 自分達が大陸一の国であるという自覚が帝国の民にはある。


 しかし、十数年後……果たして帝国とエインヘリアはどうなっているだろうか?


 大陸の南側を制したエインヘリアと、中央から北部にかけて勢力を誇っている帝国。


 国土の広さだけで言えば帝国の方がやや大きいかもしれないが、国力では恐らくエインヘリアの方が数段上に位置していることだろう。


 その日が来た時……その事実に帝国の民は耐えられるだろうか?


 恐らく無理だろう。


 そうなった場合フィリアは民を……国そのものの意思を抑えきれるだろうか?


 いや、抑えようとすればするほど反発するのは間違いない。


 行きつく先はエインヘリアとの戦争か、それとも内乱か……少なくとも国の上層部はエインヘリアの力を理解している。


 そう簡単に開戦とはいかないだろう。


 となると、武力を使って民を鎮圧……?


 無論フィリアはそれを是とはしないだろうが、地方の貴族にはある程度軍事裁量権があるからな。


 暴動が起きるとすればまずは地方から……それを貴族が力で鎮圧。


 そうなってしまえば、一気に反乱の火が帝国中に燃え広がるだろう。


 ……あるいは、エインヘリアの狙いはそれか?


 圧政に喘ぐ民を救う為という口実で軍事介入。


 そこから帝国の領土を切り取る……あるいは反乱に加勢して帝国打倒を目指すか?


 帝国の臣民は気位が高い……エインヘリアが帝国領土を支配下に置こうとした場合、エルディオンの民とは違った方向で面倒な相手と言える。


 儂の時代、そしてフィリアの時代と帝国は長きに渡って大陸の盟主であり続けた。


 例えエインヘリアが武力を見せつけたとしても、簡単には納得しないだろう。


 ただでさえ自分達より裕福なエインヘリアを敵視していた民だ、正面切って攻め落としたところでその支配を受け入れることはせず、ある意味国同士の戦争よりも厄介な民相手の鎮圧戦となった筈だ。


 民相手の戦いは凄惨極まるものになるし、自国にも少なからず影響が出るし……何より占領地が荒れに荒れて、領土を得る旨みが全くなくなってしまう。


 しかし、帝国の圧政からの解放……そういうお題目で民に手を貸す。


 これであれば、民達も占領後に比較的エインヘリアの統治を受け入れやすいだろう。


「くくっ……どうした?随分と顔が強張っているぞ?」


「……」


 こちらの考えを見透かしたかのような笑みを浮かべながら……儂を嬲るかの如く声をかけて来るエインヘリア王。


 ディアルドの話では、エインヘリアの英雄は『至天』を遥かに上回る武力を持っているという話だった。


 それだけの武力を持っていながら搦め手で攻めて来るのか……?


 いや、戦後を見据えた実に現実的な手と言える。


 表面上は帝国との友好関係を続けつつ、帝国臣民の心を攻める……エインヘリアであれば、それを成せるのは間違いない。


「機が熟すとは……そういうことか?」


「くくっ……何を考えているかは知らんが、年寄りの冷や水とならなければ良いな?」


「……」


「しかし、先代皇帝よ」


「……なんだ?」


「確かにお前は乱れた世においては優秀な皇帝だったのだろうが、今スラージアン帝国を率いているのはお前ではなくフィリアだ。お前はそれを正しく理解出来ているのか?」


「どういう意味だ?」


 厳しい視線を俺に向けるエインヘリア王。


 先程感じた威圧感が、まだ抑えていた物だったことを儂は今この瞬間気付いた。


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