第603話 あっという間の話じゃった……

 


View of ドラグディア=フィンブル=スラージアン スラージアン帝国先代皇帝 戦帝






 目の前で皮肉気な笑みを浮かべるエインヘリア王を、儂は呆気にとられながら見つめる。


 いや、出来る限りそれを表に出さない様にしようと考えるだけの余裕はあったが……表に出さずに堪えられたかどうかは自信がないところだ。


「エルディオンは滅亡したのか?」


「そうだな。だが、エルディオンという国の本当の厄介さはこれからだ。国そのものの力は大したものではない……あの国で真に厄介なのはその思想だ」


「……」


 いや、エルディオンは十分過ぎる程強いだろ。


 エルディオン基準の英雄が七人と以前エインヘリア王から聞かされた人工的な英雄……その後の調べでそんな奴等が二百だか三百だかいる事が分かった。


 以前の話では劣化した英雄とのことだったが、正しく運用すれば大陸中の国を全て同時に敵に回したとしても勝ちきるだけの戦力だろう。


 ……エインヘリアが暴れ回ったせいで大陸に残っている国はかなり減ってしまったがな。


 まぁ、それはさて置き……帝国やエインヘリア以外の国が今のエルディオンと戦った場合、まず勝ち目はない。


 正直、帝国でも正面からぶつかるのは危険だったと思う。


『至天』と策を上手く使って立ち回る……活路があるとすれば、エルディオンという国の傲慢さだ。


 エルディオンの連中は基本的に、魔法を過信して正面から突っ込んで来る。


 魔法使いの数と質は魔法大国を名乗るだけあって凄まじい。


 しかし魔法使い以外は使い捨ての盾という感じで、まともな訓練すら受けていない連中が大半だ。


 恐ろしいのは投薬によって恐怖心を殺し、素人同然の連中であっても指示に従い整然と動き命を捨てるような命令でも忠実にこなそうとするところにあるが。


 しかし、そういった兵達は機敏さに欠ける為、積極的に軍を動かし攻めて来るというよりも待ち構えて受け止めるという戦い方がエルディオンの基本戦術となっている。


 前方に展開させた魔法使いではない兵を盾にして後ろから魔法を放つ……正面への火力はすさまじいが、待ちの構えであるにもかかわらず横撃や背後からの奇襲に弱い。


 はっきり言って軍同士のぶつかり合いであれば、将の質も兵の質も帝国の方が遥かに上といえる。


 エルディオンの将で厄介なのはウルグラ=モルティランくらいのものだろう。


 新しい五色の将軍は良く知らないが、バルザード=エヴリンを策に嵌めて翻弄するのは難しくはない。


 まぁ、個人としての強さは凄まじいものがあるので厄介であることに変わりはないのだが。


 しかしその事を加味したとしても、英雄の質も帝国の方が上だろう。


 エルディオンで英雄と認められているのは七人だけ。


 無色と呼ばれている者達はエルディオンにて英雄とは認められておらず、恐らく使い捨て……一般の盾兵よりは頑丈といった程度の認識しかエルディオンの上層部は持ち合わせていないだろう。


 帝国に勝ち目があるとすればそこだ。


 七人の英雄は『至天』であれば対処は可能……基本的に相手は魔法馬鹿だからな。


 立ち回り次第では席次が下位の者達でも対処出来るだろう。


 帝国対エルディオンは、無色と呼ばれる連中を帝国が処理できるかどうか……儂はそう見ていた。


「以前話に出ていた人造英雄……それはどうした?」


「あぁ、それなら帝国との国境にまっすぐ突っ込んで来たんでな。援軍として派遣したうちの将がぱぱっと片付けたぞ?」


「数百の英雄だろ?」


「劣化した英雄だ。少し特殊な能力を持った連中もいたが、敵ではなかったな。何より『至天』の様にしっかりと訓練をしている連中ではなかった。それに指揮官となる様な者もいなかったし、能力に任せて突っ込んで来るだけの相手だ。多少腕力の強い暴徒と言った程度、俺達が援軍に出るまでもなくリズバーン達なら対処出来ただろうよ」


 何の事はないと肩をすくめてみせるエインヘリア王。


 何処までその言葉を信じて良いものか……。


 虚勢を張っている様子はなく心の底から言っているのは間違いない。


 しかし、コイツにとっての普通が俺達の普通とはかけ離れている事は、浅い付き合いだが十分理解している。


 コイツの戦力評価は話半分……いや、それ以下で聞いておいた方が良さそうだな。


「全部殺したのか?」


「捕虜にはしたが、扱いに少々困っている。只人に戻すことは出来そうなんだが……ただ戻すだけだと色々な部分で不都合が生じそうでな」


 エインヘリアに取り込むことはしないという事か?


 英雄……いや、劣化した英雄であろうと、他の国からすれば喉から手が出るほど欲しい存在だろう。


 それを面倒な捕虜を得た程度の感想しか持っていないとはな……いや、そもそも英雄を捕虜になんて出来はしない。


 英雄を抑え込めるのは英雄だけ……しかし、見張りに英雄を使うなんて贅沢は許されないからな。


 捕虜にしたからといって自国に取り込めるかといえば……余程の好待遇を提示出来ない限りまず無理だろうし、そうやって取り込んだ英雄が裏切らないとは言い切れない。


 殺してしまった方が確実に安全と言えるだろう。


 そんな常識が……まったく通じないな、この男には。


「不都合とは?」


 色々な想いが巡ったが、儂はとりあえず話を進めることにした。


 恐らくだが……この辺りの事をツッコんでも全く理解されない気がする。


「実験段階の技術……いや、そもそもが技術を確立するための実験だったからな。被験者の安全等は度外視して行われている。実験の過程で死のうと構わない……いや、それらの経過観察も含めての実験だ。あの連中にとって被験者がどうなろうと、それは全て興味深いデータに過ぎない」


 人体実験か……必要な事なのだろうが、耳に入れて楽しい話ではないな。


 しかもその被験者が近隣の国や自国から拉致して来た者達が大半だというのだから、本当に面白くない話だ。


「今後は彼らを元の状態に戻す研究をせねばならん。エルディオンの研究者にやらせるつもりだ」


「……使うのか?」


「あぁ。思想に問題はあるが能力は高い。それに、後片付けは幼子でも出来る人として当たり前の仕事だ」


「そりゃそうだが……」


 そう言ってのけるエインヘリア王の言葉に、儂はすんなりと同意が出来ずに口籠る。


 エルディオンにおいて、役人は全員魔法使いだ。


 国の研究機関に所属する連中も当然魔法使い……絶対に魔法使い以外の為には働かないだろう。


 どう考えてもあの連中は毒であり薬にはなり得ない。


 懐に入れれば必ず体を壊す……それを理解した上でなお連中を使おうとするのか?


 そんな考えがエインヘリア王に伝わったのか、目の前の男は皮肉気に口元を歪ませながら言葉を続ける。


「無論、他の貴族連中同様、奴等にはしっかりと教育を施す。少し時間はかかるかも知れんが、きっと素晴らしい人物になってくれることだろう」


「こえぇよ」


 邪な笑みを浮かべながら言うエインヘリア王に、結構本気で引きながら儂はツッコむ。


 幼いころから植え付けられてきた思想はそう簡単に変える事は出来ない。


 それこそ、外の人間に何を言われたところで全く意に介さないだろう。


 どうやってそれをやるのか聞いてみたい気もするが……やめておいた方が良さそうだ。


 下手に首を突っ込むと碌な事にならない気がする。


「くくっ……だが問題もある。あの国の為政者は、ほぼ例外なく思想が凝り固まっていてな。すぐに登用出来そうにない」


「人手が足りないのか?」


「うちは各地に代官ってのを置いていてな。基本的にその地域を治めていた連中が就任する。だが、エルディオンの連中はそのまま使えない。教育が済めば順次採用出来るが……民に準備が出来るまで待てとは言えん。それに上の連中と同じように民もまた思想教育を受けているからな……新体制の動き出しは大事だ。そしてそれは簡単な仕事ではない」


 確かにそうだろうな。


 下手な相手に任せれば間違いなく民の反発を招くし、一歩間違えれば各地で反乱が起こるだろう。


 軍相手の戦いではなく民相手の戦い……ぶつかれば確実に禍根を残すし、下手をすれば他の安定している地域にも飛び火する。


 民による内乱は狂騒を巻き起こし伝播していく……しかも厄介なことに、それはその国の中だけとは限らない。


 その騒ぎが帝国にまで波及する可能性はゼロではない。


 何よりこれだけの経済規模を持つエインヘリアにて反乱が起これば、周辺国への影響はとんでもない事になる。


 エルディオンとの戦争だろうと内乱だろうと、今エインヘリアにこけられては困る。


「くくっ……思っていた以上に過保護じゃないか?先代皇帝」


「あ?」


「うちが詰めを誤って傾くのは面白くない。そう考えているのだろう?」


「……」


「そもそも、今日お前がここに来たのは、エインヘリアと帝国の連合がエルディオンとぶつかった時にどうなるか……いや、帝国とエインヘリアの関係を探るためだろう?」


「……ほう?」


 厭らしい笑みを絶やすことなく言うエインヘリア王に惚けてみせるが……通じる気がしねぇな。


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