第602話 ん?

 


 フィオの事をエファリア達に頼んだ俺は、エインヘリア城へと戻ってきた。


 お茶会に参加している子達はそれぞれ立場があるにも関わらず、対等な友人として付き合っている。


 フィオの事も受け入れてくれることだろう。


 うちの子達もフィオとは仲良くしているけど、やはり俺の婚約者という事もあって対等な友人というよりも仕えるべき相手という感じだもんな。


 だから対等に接してくれるであろう彼女等は、フィオにとって良き友人となってくれることだろう。


 まぁ、彼女達に任せておけばフィオの事は問題ない。


 今頃和やかに……まずは共通の知人である俺の悪口でも言って盛り上がっている事だろう。


 こっちの用事が早く済めば向こうに戻るつもりだけど……どうなることやら。


 面倒に思いながらも、俺は突然やってきた客の待つ部屋へと入る。


「来るのは構わないが、もう少し人に迷惑をかけない方法で来い。ヒューイが慌てていたぞ?」


 我が物顔でうちのソファーに腰掛けている男……先代皇帝にに声をかけると、オッサンは肩をすくめてみせる。


 エファリア達からの誘いを受け、久しぶりにお茶会に参加しようとした俺に元エスト王国の国王ヒューイから緊急の通信が入った。


 その内容は……蟄居している館に死んだはずのスラージアン帝国の先代皇帝がやってきたというもの。


 そりゃ色んな意味で慌てるよね?


 蟄居させられているのに他国の元トップが尋ねて来る……しかも死んだはずの人間がだ。


 ヒューイの立場からすれば、追い返すのも会うのもヤバイ相手だ。


 そりゃ慌てて俺に連絡してくるよ……。


「あの辺りで知っているヤツがアイツしか居なくてよぉ。でもお前への取次ぎを頼んだだけだし、快く引き受けてくれたぞ?」


「快く引き受けてくれた奴は、顔を真っ青にしながら慌てて連絡を取ってこないだろう?」


「腹でも痛かったんじゃないか?」


 俺はオッサンの向かい側に腰掛けながら、ため息をつく。


 ヒューイはツンデレ気味のおっさんだが、意外と面白い奴で、能力的には凡庸ではあるが話をすると結構面白いし、可愛い気のあるオッサンって感じだね。


 目の前のオッサンとは大違いだ。


「それで、何の用だ?」


 色々面倒なのでとっとと本題を話せと切り出すと、オッサンはため息をつきながらかぶりを振る。


「せっかちは嫌われるぞ?」


「嫌われてお前が突然やってこなくなるのであれば万々歳だな」


「客に対して酷い言い様だ」


「世の中には良い客と悪い客が存在する。お前は後者だ」


 俺の言葉に舌打ちをしてはいるものの、全く機嫌が悪そうには見えないオッサン。


 これだけ邪険にされながら欠片も意に介さないのは凄いな……嫌われ慣れているんだろうな。


「やれやれ、こうして心配してやってきたってのに、本当に酷い奴だ」


「心配?何かあったか?」


 俺が首をかしげるとオッサンは呆れた様な表情を見せながら口を開く。


「おいおい、エルディオンに宣戦布告したんだろう?」


「ん?」


「ん?」


 オッサンの言葉に再び俺が首をかしげると、今度はオッサンも首を傾げる。


 宣戦布告……っていつの話だ?


 いや、良く考えるまでもなくそんなに前の話ではないか。


 しかしなんで心配?


「……まぁ、暢気なのはお前だけじゃないか。エインヘリアの民も、それからエルトラントの奴もこれから大国との大戦だってのになんとも暢気な空気だ。もう少しひりつくなり不安や不満が噴出したりするものだろう?」


 エルトラントってヒューイの事か。


 可愛げのある方のおっさんの名前を思い出しつつ、俺は肩をすくめてみせる。


「さてな?少なくともエインヘリアでは大戦だろうと小競り合いだろうとこんなものだ。俺達の兵は全てが職業軍人だからな。最前線に住んででもいない限り、戦時中という実感はないのだろう」


「にしても、いくらエインヘリアが負けなしだからと言って危機感が無さすぎるんじゃないか?」


「そうかもしれんが、俺としては嬉しい話だな。民達は俺が負ける等と露にも思っていない。危機感の欠如と言えば確かにその通りなのかもしれないが、言い換えればそれは俺への絶対的な信頼。為政者冥利に尽きるというものだ」


「……」


 平和ボケとか蒙昧とか傲慢とか言われるかもしれないが、エインヘリアの民はそれで良いと思う。


 血生臭い事に関わらず、のんびりと……自分達の幸せの為にその生を全うしてもらいたいものだ。


「まぁ、それはそれとして、エルディオンとの戦争の件でここに来たのか?」


 うちの前に帝国の方を心配しろよ……。


「あぁ。未来の婿殿が心配でな」


「その呼び方には大いに問題があるな」


「俺の孫を作ってくれるんだろう?」


 このオッサンは何を言っとんの?


「何の話だ?」


「前に約束してくれただろ?確かに婿殿は言い過ぎかもしれんが、フィリアの相手をしてくれるのだろう?」


「それは本人次第だと伝えた筈だ」


「ちっ……答えは出てるってのに、堅い野郎だ。まぁ、それもこの戦争次第か?エルディオンの連中はしつこいからな。泥沼化する前に片を付けられるといいな?」


「ん?」


「ん?」


 何か話がループ……あ、違うか。


 このオッサンは既にエルディオンが潰れた事を知らないんだ。


 宣戦布告したことを聞きつけて心配……ではないな、多分野次馬根性を出してここに来たって訳だ。


 さっきも思ったが、このオッサンが本当に心配するべきはエインヘリアではなくスラージアン帝国……だというのにここに来ているということは、どちらの国の事も心配なんて欠片もしていないってことだ。


 となれば、俺がやるべきことは一つだな。


「エルディオンとの戦争なら、もう終わったぞ?」


「は?」


 今まで色々な表情を見せてきたオッサンだったが、目を丸くして呆気にとられたような表情は初めてだな。


「つい先日、宣戦布告したばかりだろ?どういう事だ?」


「それからすぐにエルディオンの王都を強襲して、王城を消し飛ばしてきた」


「強襲は……百歩譲って理解しよう。あの飛行船ってヤツなら不可能ではないだろうしな。王城を吹き飛ばしたってのはどういうことだ?」


 このオッサンは前回内に来た時に飛行船を体験しているからね……兵の輸送量とかは分からないだろうけど、複数隻所有している事は知っているし、強襲が不可能ではないと考えてもおかしくはない。


 ……おかしくはないけど、その様子を見る限り絶対に納得いってなさそうだな。


 百歩譲ってようやくみたいだし……。


「正確には消し飛ばしただな。王城の全てが一切合切消失……残ったのは更地だな」


「消失ってのは……どういうことだ?瓦礫に変えたってわけじゃないってことだよな?」


「言葉通りの意味だな。俺が魔法を城に叩き込んで消失させた」


 それ以外言い様がない。


 消滅ってどういうこと?って聞かれても、消えてなくなったとしか言えない。


 闇属性魔法……何が起きたのかはこっちが聞きたいくらいだ。


「あぁ、安心しろ。城の中の者は全員退避させたからな。犠牲者はいないぞ?」


「……安心?」


 オッサンが引いてるようだ。


 この前はかなり好きなようにやられたからな、今回はやり返せそうだな。


「そういえば、ついでに五色の将軍と、エヴリン、モルティランといった英雄全員を捕虜にしたぞ?会うか?」


「エヴリンとモルティランって……バルザード=エヴリンとウルグラ=モルティランかよ!?しかも殺したんじゃなくて捕虜だと!?」


「あぁ、捕まえたぞ。俺が捕まえたのは一人だけだがな。貴族連中も制圧して……今は地方貴族を潰し回っている感じだな」


「……停戦や和睦じゃなく、完全にエルディオンを潰したのか?」


 目を見開き、声を震わせながら言うオッサンに俺は頷いて見せる。


「当然だ。あの国の面倒臭さは良く知っているだろう?残しておく必要性があるか?」


 俺の答えを聞いて絶句するオッサンに、俺は普段通りの笑みを浮かべた。


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