第601話 らうんど……?
View of フィリア=フィンブル=スラージアン スラージアン帝国皇帝
「どのような経緯……のう。一言で説明することは難しいのじゃ」
そう言ってフィルオーネ殿は目の前に置かれたお茶を一口飲む。
今この場にいる皆にとって、あのフェルズと婚約したという事実はどんなことよりも気になる話だし……その経験談はなんとしても聞きたい情報。
「「……」」
私達は何も言わずにフィルオーネ殿の次の言葉を待つ。
そんな私達の想いが伝わったのか、フィルオーネ殿は苦笑しながら口を開く。
「何と言うかのう……何かきっかけがあってという訳ではないのじゃ。そもそも私はフェルズに多大な迷惑をかけておるし、恨まれこそすれ好かれるようなことは無かったと言えるのじゃ」
「恨まれる……?」
エファリアの言葉にフィルオーネ殿は頷きながら言葉を続ける。
「詳細は個人的な事なので省かせてもらうが、面倒事だけを押し付けて、殆ど手助けも出来ない。私がフェルズの立場なら、手助けなぞ絶対にしなかったじゃろうな。それくらい私はフェルズに酷い事をした自覚があるのじゃ」
個人的な事と言っているので詳細は分からないけど、フィルオーネ殿が本気でフェルズに対して申し訳なく思っている事が伝わって来る。
でも……何故だろうか?
そんなフィルオーネ殿に対して、フェルズは何の不満も持たず……笑ってその望みを叶えてそうよね。
圧倒的とも言える力を持っているからか、フェルズは敵に対しても寛大な所があるし、自らの民や身内に対しては非常に優しい。
フィルオーネ殿の事を一度懐に入れたのならば、フェルズはその願いを叶えることを欠片も苦と考えなかったであろうことは想像に難くない。
しかし……だからこそフィルオーネ殿の気持ちも分かる。
「だというのにアヤツは私の願いを聞き、そして叶えてくれた。本当に……とんでもない奴じゃ」
フェルズはその圧倒的なまでの能力、そしてエインヘリアの力で、常人には夢物語と鼻で笑ってしまうようなこともいともたやすく成し遂げてしまう。
それに対し、こちらは何も返すことが出来ない。
どう返せば良いのかすら分からないのだ。
先程言っていたように、元々は魔王の魔力に関係することでフィルオーネ殿はフェルズに協力を求めたのだろう。
エファリアより少し付き合いが長いくらいということは、エインヘリアが国家として動き始める前の話だろうか?
……え?
まさか、大陸全土にエインヘリアの力を行き渡らせたのは、フィルオーネ殿の為とか言わないわよね?
い、いえ……フェルズがそんな色ボケたことをする筈はないわね。
フィルオーネ殿は元々魔王の魔力に関する研究でフェルズに協力を求めたという話だったし……フェルズの外征、そして魔力収集装置がフィルオーネ様の目的と一致したということでしょうね。
恐らくフィルオーネ殿はフェルズという存在のスケールの大きさに圧倒されると同時に、自分は何も出来ずただフェルズに全てを委ねてしまったと感じているのだろう。
「そんな訳じゃから、私が何かを働きかけてフェルズと婚約に漕ぎつけることが出来たという訳ではないのじゃ」
「そうなのですか……」
あからさまにエファリアががっかりした様子を見せているわね。
気持ちは分からなくもないけど、エファリア……貴方の婚約者を落とす方法を教えてくださいってストレートに態度で見せるのは、流石にどうかと思うわよ?
そう思って若干内心ひやひやしていると、フィルオーネ様が苦笑した後に咳払いをしてみせる。
「皆も知っておると思うが、フェルズは男女の機微というか……色恋に関しては相当不調法者じゃ」
皆がうんうんと頷いている。
真面目ともいえるのだけど……驚いたことに、フェルズはあれだけの美女に囲まれていながら誰にも手を付けていないのだと聞く。
エファリアがエインヘリアのメイドや重鎮……殆どの女性に確認したから真実なのでしょうけど、俄かには信じがたいわね。
エインヘリア城では、文官も武官もメイドも……男女問わずその誰もがとんでもない美男美女。
これで中身が伴わなければ、大陸中から美男美女を集めた両刀使いの好色王とフェルズは呼ばれていたでしょうが、メイド達ですら凄まじい能力を持っているのよね。
彼等が見た目で囲われているわけではない事は、その能力を見れば一発で理解出来るでしょう。
そしてフェルズが蛇蝎の如く嫌われているのならともかく、どう見てもエインヘリアの城にいる女性たちはフェルズに好意を持っている。
勿論、立場の違いからあまり表立って動くことは出来ないのでしょうけど……フェルズがそれを望めば誰しもが二つ返事で頷くはず。
にも拘らずそれがないって事は……フェルズは城にいる者達をそういう目で見ていないという事に他ならない。
「じゃが、情が薄いという訳ではない。人並に人を愛するし慈しむ。ただ、自分に向けられる人の好意に対して鈍感じゃ」
「「……」」
それもなんか不思議よね。
戦略を組み立て、数々の戦争に勝利してきたエインヘリアの王……そのどれもが、圧倒的な圧倒的な武力によって支えられてきた戦功とも言えるだろう。
しかし、そこに至るまでの戦略……相手を戦場に引きずり出すやり口は非常に厭らしく、相手の心理をよく理解し見事に操っている。
全ての戦略をフェルズが描いた訳ではないのでしょうけど、リズバーン達がエインヘリアの上層部と話した限り基本的にフェルズの戦略に沿って動いているという。
それにフェルズは譜代の家臣だけでなく、占領地から召し上げた者達の心もしっかりと掴んでいる。
強いだけ、賢いだけのトップに人は付いていかない。
人の心を知り、そしてその心に寄り添い……巧みに操ることが出来なければ、上に立つ者としては不十分と言えるだろう。
それなのに、心の原初に近い衝動に疎いというのは……ま、まぁ、私も人の事は言えないって言われるかもしれないけれど。
「傲慢かもしれんが、エインヘリアは外敵を打ち払うのに外の力を必要としておらん。いや、実際必要ないという訳ではないのじゃが、自らが有している力だけで全てを制することが出来ると考えておる」
急に話が変わった気もしたけど、フィルオーネ殿の言葉を止める者はいない。
「「……」」
確かにその考え方は傲慢とも言えるけど……こと、エインヘリアに関しては大言壮語とも言い切れない。
実際に、エインヘリアにはそれだけの力があるのだから。
私達が何を考えているのか、フィルオーネ殿は分かったのだろう。
小さく頷いたフィルオーネ殿が言葉を続ける。
「確かにエインヘリアは強い。大抵の事はその武威を振るえば解決出来るじゃろう。それに、力押しだけでなく謀も得意じゃしの。じゃが、それは内外の味方を減らし敵を増やすやり方じゃ」
「それは否定出来ないが……」
恐らく十年二十年であれば……今のエインヘリアであれば問題はないだろう。
しかし、子の世代、孫の世代と時が進んでいった場合……エインヘリアが今の力を維持していられるかと問われれば、難しいと言わざるを得ない。
無論エインヘリアには次代を育成する様々な施策があるけれど、英雄とは育成すれば誰でも到達できるというものではないし……英雄の子が英雄になれるという訳でもない。
少なくともエインヘリアの圧倒的な武力は今代限りのもの……の筈。
……。
筈よね?
「じゃからこそ、各国はより強固な結びつき……所謂、婚姻関係を結び大陸の、自国の安定を狙う。それは為政者として当然の考えと言えるじゃろう」
「……」
それはつまり……。
「しかし、じゃ。フェルズはその辺、あまり良く思っておらんようでの……政治的な絡みや利権の方から攻めるのは止めた方が良いじゃろうな」
……あら?
政治的な絡みから側室入りや婚姻関係を迫れという話ではないの……?
そんなことを考えたのは私だけではなかったようで、他の皆も目を丸くしている。
「で、では……どうすれば?」
「さて、これ以上塩を送るのものう……?」
エファリアの言葉に、意地の悪い笑みを浮かべながら答えるフィルオーネ殿。
塩……?
あ、いや、そもそもフィルオーネ殿はフェルズの婚約者。
私達に親身にアドバイスする必要は全く無い……。
皆大人しくその言葉を聞いていたけれど……よくよく考えるまでもなくおかしい話だ。
「皆のフェルズへの想いは……同じ女じゃからな、理解しておる。無論それが全く気にならないとは、流石に言えぬ。じゃが、皆が打算よりも自身の想いからそれを望んでおる事は分かっておるし、フェルズを支える者が増える事自体は良い事じゃと思う」
打算ではなく想いから……。
だからこそ、少しだけ手助けをする様な話をしてくれていたという事?
何というか……フェルズと言い、フィルオーネ殿と言い……甘くないかしら?
確かに私はそういった想いを抱いていたけれど……あれ?
クソ親父が余計な事してない?
思いっきり政治的理由でフェルズに話を持って行きやがったわよね?
マズくない?
私が内心冷や汗を流しているとフィルオーネ殿とばっちりと目が合い……フィルオーネ殿の笑みが深くなった。
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