第600話 御挨拶

 


View of フィリア=フィンブル=スラージアン スラージアン帝国皇帝






 フィルオーネ=ナジュラス……以前軽くだけどフェルズに紹介してもらった女性。


 小柄という程でもない身長と、メリハリのある体。


 長い漆黒の髪は濡れたような光沢がありながらもさらさらと音を立てて流れるように動く。


 非常に美しい女性だが、一番特徴的なのはその喋り方……ではなく角度によって色の変わる瞳だろう。


 年の頃も……おそらくフェルズと同じくらい。


 とても聡明な方で、エインヘリアでは研究部門にてその頭脳と腕を振るっているそうだ。


 見た目的にも、そして恐らく精神的にも……お似合いの二人なのだろう。


 二人が並んでいる姿は非常に絵になる。


 ……悔しいけれど。


 フェルズが彼女の事を話す時……私達に視線を向けるものとは少し違う目をしているのよね。


 フェルズの信頼だけではない……愛情も向けられているのが伝わって来る。


 悔しいし妬ましい……でも、それはあまり良い感情ではない。


 そもそもそういう感情を覚える事自体情けないというか、そもそもお門違いと言うものだろう。


 それに何より……私はまだナジュラス殿の人となりを知らない。


 ……。


 嫌な人だといいなぁ。


 そしたら心置きなく嫌う事が出来るのだけど……。


 自分でも無茶を言っていると思う。


 そもそも、あのフェルズが婚約者とする女性だ……並大抵の人物ではないだろうし、フェルズの隣に嫌な奴がいるのは許せない。


 ……複雑だわ。


「では、俺は失礼させてもらう。皆、フィオを頼む」


 フィオって……愛称よね?


 あのフェルズがそんな呼び方を……なんとなくフェルズを見ていられなくなった私が視線を逸らすと、動かした視線の先に居たエファリアが立ち上がり、ナジュラス殿に椅子を引いてみせる


「フィルオーネ様、こちらへどうぞ」


 属国とはいえ、貴女は一国の王なのだけど……それと名前呼びをしているのね。


 エファリアの人好きするところは凄いわよね。


 あっという間に相手の懐に飛び込み仲良くなる。


 というか可愛がられるのよね。


 人たらしというかなんというか……エファリアがルフェロン聖王国という外征しないことを国是としている国の王でなかったとしたら、そして隣にエインヘリアという国が無ければ一角の勢力を築いていたかもしれない。


 本人能力もその年齢から考えれば非常に高いし……少なくとも大陸中南部にあった小国を呑み込むくらい容易い事だったでしょうね。


「忝い、エファリア殿」


「フィルオーネ様、どうか私のことはエファリアと」


「いや、それは流石にマズかろう」


「問題ありませんわ」


「あるじゃろ」


 困ったような表情を見せるナジュラス殿にゴリ押しをするエファリア。


 これはあれね、エファリアが押し切るパターンだわ。


「そうおっしゃらずに。ここは公的な場ではありませんもの、気にされる方はいらっしゃいませんわ?」


 ですよね?と続けながら私達の方を見るエファリア。


 まぁ、その意見には同意するところね。


 私達が頷いて見せるとナジュラス殿は苦笑しながら頷いた。


「分かったのじゃ、エファリア。皆も私の事はフィルオーネと呼んで欲しいのじゃ」


「心得ましたわ、フィルオーネ様」


 にっこりと敬称を付けて返事をするエファリアにジト目を返すフィルオーネ殿。


「エファリア?」


「なんでしょうか?フィルオーネ様」


「狡くないかの?」


「ふふっ……そんなことはありませんわ。私は礼儀として敬称を付けているのではなく、本当にフィルオーネ様に対して敬意を抱いておりますので、尊敬する方に敬称をお付けするのは当然ですわ」


「……」


「それに、フィルオーネ様はフェルズ様のご婚約者様ですし、立場的にも感情的にも……敬称を付けずにというのは難しいですわ。私的な場だからこそ、こうお呼びしたいのです」


 にっこりと微笑むエファリアの姿にフィルオーネ殿は苦笑している。


 物凄く自分勝手な事を言っているし、失礼な事も言っているのだけど……その表情を見る限り、フィルオーネ殿もフェルズと同じくエファリアには甘いようだ。


「前回挨拶させて頂いた時はあまりお話しすることが出来ませんでしたし、この機会にぜひ仲良くして頂きたいですわ」


「うむ。この茶会に参加している皆とは長い付き合いになるじゃろうし、それは私としても望むところじゃ」


 そう言って微笑むフィルオーネ殿。


「そうだな。フィルオーネ殿、私としても良い関係を築ければと思っている」


「私も同じ思いです、フィルオーネ様」


 私に続けて言葉を発した女狐は、何故かフィルオーネ殿を蕩けるような目で見つめる。


 ……なんでそんな目で見ているの?


 なんかこの女狐がフェルズに向ける視線に似ている様な……どういうこと?


「フィルオーネ様はフェルズ様とのお付き合いは長いのですか?」


「そこまでではないのう。五年に満たぬ程度……エファリアよりも多少先に出会ったという感じじゃな」


「まぁ、そうだったのですか?てっきりもっと長いお付き合いだとばかり……」


 エファリアの問いかけにかぶりを振ってみせるフィルオーネ殿。


 その答えにエファリアだけでなく私達も驚いた。


「元々私は魔王の魔力について研究をしておってな。その事でエインヘリアの王であるフェルズを頼ったのじゃ」


「魔王の魔力……そうだったのですか」


 女狐が表情を引き締める。


 フェイルナーゼン神教の真の教義。


 フェルズがそれを知り、そして私達も共有したそれは……私にフェイルナーゼン神教という宗教への感情を一変させた。


 胡散臭い連中だと思っていたし、厄介な連中であることに違いはないけれど……数千年に渡り繋いできたその想いは凄まじいものだし、敬意を覚える。


 無論、女狐への評価は何一つ変わらないけど。


「もしや、フェルズ様が魔王の魔力や魔王そのものについて詳しかったのは……」


「うむ。フェルズと共有した私の知識じゃな」


「……もしや魔力収集装置も?」


「いやいや、あれは私の研究成果などではないぞ?元々エインヘリアが運用していた装置じゃ。アレがあったからこそ、私はフェルズに協力を求めたのじゃ」


「そうでしたか……」


 何処かほっとした様子をみせながら女狐が頷く。


「私にあったのは魔王に関する知識だけ。対抗手段を持っていたのも、それを大陸中に広め脅威を排除したのも……そして今回エルディオンを下し魔王を保護したのも、全てはエインヘリアの王としてフェルズが成したことじゃ」


「そう……ですね……そうでした。流石はフェルズ様……」


 フィルオーネ殿との会話で、最終的にうっとりした視線をここにはいないフェルズに向ける女狐。


 女狐にとってフェルズは救世主と呼ぶにふさわしい相手なのでしょうね……。


 エルディオンが開発し、今回の戦争で使用した技術に魔王の魔力が使用されていた事……そして魔王が研究施設に閉じ込められ実験に利用されてたことを、既にここに居るメンバーは聞かされている。


 魔王やその魔力の扱いに関しては注意が必要なので、この事を知っているのは上層部の中でも極一部だけ……エインヘリアがそれを握っている事に危機感を覚える者も必ず出て来るでしょうしね。


「本当に、マルクーリエ教皇のおっしゃる通りじゃな。エインヘリアと魔力収集装置がある限り、この大陸は魔王の魔力に怯える必要はなくなった。人々はそれを知らぬが……エインヘリア、スラージアン帝国、そしてフェイルナーゼン神教。その上層部が知っておれば問題はない。そしてそれを後世に伝えることを忘れなければの」


 そう言って柔らかく微笑むフィルオーネ殿。


 その笑みには万感の思いが込められているようで……不覚にも見惚れてしまった。


 エファリアとリサラはその笑みを見て何故か涙を流し、本人達も理由が分からず驚いているようだ。


「ほほほ、すまぬのう。少ししんみりさせてしまったようじゃな。今後は大陸も落ち着くじゃろうし、内政に力を入れていく時代じゃな」


「フィルオーネ様は内政にも携わっておられるのですか?」


「私はそっち方面はさっぱりじゃな。魔法や魔道具の研究で国の力にはなれるが、それ以上では無いのう」


「そうなのですね……ところで、どのような経緯でフェルズ様とご婚約されたのか窺ってもよろしいですか?」


 空気を換えるとでも言うように、にっこりと話題を変えるエファリアだけど……それが本題。


 フィルオーネ殿はちょっと困ったような表情だけど……女狐、リサラは何気ない様子に見せて全神経を集中させているわね。


 ま、まぁ、私も気にならない訳ではないけれど……。


 私はカップを手に取りお茶をゆっくりと飲みながら……静かに次の言葉を待った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る