第599話 ボン〇ーマン

 


View of フィリア=フィンブル=スラージアン スラージアン帝国皇帝






 過日、我々スラージアン帝国は魔法大国エルディオンにより攻撃を受けた。


 エインヘリアやクソ親父から不穏な話は聞いていたけど、それでもどこか帝国はエルディオンを舐めていた。


 しかしその攻撃はこちらが想定していた物よりも遥かに強力で、はっきり言ってそのまま帝国が独力で事に当たっていたとしたら、間違いなく帝国はマズい状況になっていただろう。


 帝国の誇る『至天』の内、第一席と第二席は敵の能力の前に攻めあぐね、第三席と第四席は捕虜となった。


 敵は二百もの英雄……一人一人の強さはそこまでではないとの報告はあったが、それでも英雄ではないものが抗せる相手ではない。


 しかもそれだけではなく、帝城に刺客を送り込まれてしまった。


 護衛として置いておいた『至天』の二人は抑え込まれ、私とラヴェルナはあわや殺される寸前で……フェルズに助けてもらった。


 何度思い返しても……アレは格好良過ぎる。


 少年にしか欲情しないラヴェルナでさえも、そこは同意していたわね。


 あそこで私が襲われることは、フェルズにとって織り込み済みの事態……エインヘリアにとって一番良いタイミングと理由でこの戦争に参戦するために襲撃を利用した。


 帝国を守るためであれば、同盟を結んでいるエインヘリアには既に参戦するだけの理由はあるけど、エルディオンと単独で戦う理由にはならない。


 帝国にはエルディオンに侵攻するという考えはなく、エルディオンとの全面戦争に持ち込みたかったエインヘリアとしては独自に開戦するだけの理由が欲しかったのだ。


 そのことに思うところがないとは言えないけど、フェルズには私的な場で何度も謝られたし私も許した。


 それに、お詫びということで……ふふっ。


「……今、何か面白くない空気を感じましたわ」


「そう?」


 同じテーブルに着き、私にジト目を向けて来るのはルフェロン聖王国の聖王エファリア。


 その見た目はもうすぐ十四歳になるとは思えない程小柄で、初めて会った数年前から全く変わっていないように見える。


 しかし、その内面はかなり成熟しており、王としても女としても油断のならない相手だ。


 スラージアン帝国の皇帝である私にこんな視線を向けて来るのは、大陸広しと言えどエファリアとラヴェルナの二人位なものだろう。


 図太く腹黒い……本当にそっくりね。


「……その後も何か酷いこと考えませんでしたか?」


「……エファリアは変わらないなぁと思ったくらいかしら?」


「……」


 ムッとした表情を見せるエファリア。


 十四歳といえば、婚約者を作りそろそろ結婚の話が出てもおかしくない年齢。


 当然本人としては、女として身も心も大人へと至る大事な時期と考えているのでしょうが……数年前から時が止まったかのように小柄なまま……相当なコンプレックスがあることでしょう。


「……そう言われるフィリア様は、随分と成長されている様ですわね」


 ……。


 エファリアはムッとした表情を消して、にっこりと品の良い笑みを浮かべながらそんなことを口にする。


 勿論……私は三十を目前に控えた身。


 当然それは成長ではなく……。


「……」


「……」


 暫く笑顔のまま無言で見つめ合った私達は、どちらからともなく目の前に置かれていたお茶にゆっくりと手を伸ばし優雅に飲んで見せる。


「フェルズ様は遅いですね……」


 そんな私達の事を意に介さず、穏やかな笑みを浮かべた女狐……フェイルナーゼン神教の教皇、クルーエルがその隣に座るパールディア皇国の皇女リサラへと話しかける。


「そ、そうですね。ですが、フェルズ様は今非常にお忙しい筈ですので……」


「お誘いはしてみましたが、まさか来られるとおっしゃるとは思いませんでした。エルディオンの件でお忙しい筈ですのに」


 フェルズの為に開けられている席に視線を送りながら二人は会話を続ける。


「お茶会を楽しみにしてくださっているという事だと嬉しいのですが……」


「若しくは、私達に何か話したい事がある。そういう事かもしれませんね」


「話ですか……」


「確かに状況を考えれば、息抜きと考えるよりも用事があると見る方が自然ね」


 リサラと女狐の会話が耳に入り、私とエファリアは睨み合いを止めて会話に参加する。


「エルディオン関係の話が一番ありそうね」


「皇帝陛下のおっしゃる通り、恐らく本題はそこにありそうですね」


 帝城での襲撃の後エルディオンに宣戦布告したエインヘリアは、本当にあっという間にエルディオンを制圧。


 今は各地の残党狩りを行っているらしい。


 飛行船と英雄の力の合わせ技は反則ね。


 うちもやられたけど……エルディオンはもっと苛烈にそれをやられている。


 宣戦布告してすぐに王都を攻めるって、極悪というか凶悪に過ぎないかしら?


 兵站や侵攻路の概念はおろか、前線という概念すら関係ない。


 エインヘリアと戦争を始めれば、王都だろうと国境だろうと峻険な山に囲まれた要塞だろうと瞬く間に戦場となり、蹂躙されるだろう。


 まぁ……エルディオンが潰れた事で、この大陸にエインヘリアに歯向かう国はなくなったわけだけど。


 もし反乱等が起こったとしても……今度は飛行船どころか転移で……いや、そもそもエインヘリアの諜報部の事を考えれば……。


「エルディオンの話であれば、私やリサラは少々場違いですわね」


 そんなことを考えている間に皆の会話は続けられる。


 余り思索にふけってばかりいては皆に失礼ね……但し女狐は除く。


「そうですね。我が国は属国である上にエルディオンとは相当距離があります。国境を接しているフィリア様と北方を取り纏めなければならないクルーエル様。お二人との会談をまずは私的なものからという事ですね」


 エファリアとリサラがそういうけど……言われてみると、なんとなく違うような気がしてきたわ。


 ここに居るのが私と女狐だけだったらその可能性は高かったと思うけど、エファリアやリサラの事を蔑ろにするようなことをフェルズがするとは思い難い。


 フェルズはエファリアの事を妹の様に甘やかすし、リサラの事は属国の姫相手とは思えない程丁重に扱う。


 そんなフェルズがお茶会に誘われておいて、二人には関係のない話をするだろうか?


 女狐も同じ考えに至ったのか、少しだけ考えるそぶりを見せた後にかぶりを振ってみせる。


「申し訳ありません、エファリア様、リサラ様。このお茶会は極々私的なもの。公務に忙しいフェルズ様にとって、御友人であられる皆様との時間はとても大切なものでしょう。この場に居られる時のフェルズ様はとてもリラックスされていらっしゃいますしね。そのような場に公人として私達だけに話をしに来るようなことはされない筈です」


「私もそう思う。意外と激務に疲れ息抜きをしたかったとかかもしれないわね」


「今まさに皇帝陛下がされておられることですね」


「……」


 女狐が言うと物凄く棘があるように感じる……いえ、間違いなくこの女狐には他意があるわ。


「教皇も似たようなものではないのかな?」


「否定は出来ません。気の置けない友人というのは貴重ですし」


 そう言ってエファリアの方を見ながらにこりと微笑む女狐。


 何故かこの二人は仲が良いのよね……。


 腹黒同士は相性が良くないと思ったのだけど……どういうことなのかしら?


 うちの腹黒……ラヴェルナに同族嫌悪しないか聞いてみたいわね。


 二人の微笑みを見ながらそんなことを考えていると、扉が開きフェルズが姿を見せた。


 その姿は普段と何ら変わりのないもので……私が言うのもなんだけど、とても戦争中の王とは思えない姿ね。


 普段通り、余裕のある笑みと堂々とした姿勢。


 顔色は非常によく、覇気には衰えが感じられない。


 虚勢を張っているわけでも、疲れを隠しているわけでもない完全な自然体。


 これで先日まで、自ら敵国の王都を攻めていたというのだから……この男、疲れるという事を知らないのかしら?


 いえ、寧ろ普段より少し元気というか……機嫌が良い気がする。


 まぁ、敵国に完勝したわけだから機嫌が良くなるのも当然ね。


 そんなフェルズを観察していて気づくのが遅れたのだけど、部屋に入ってきたのはフェルズだけではない。


 あれは……。


「遅くなってすまないと言いたい所なんだが、急な客が現れてな。そちらの対応をしなければならなくなった。約束を反故にしてしまって申し訳ない」


「急な客って、珍しい話ね」


 申し訳なさそうな表情を見せるフェルズに私は声をかける。


 私やフェルズに急な客が来ることはまずありえない。


 スケジュールは一日の始まりから終わりまできっちり決まっているし、面会をしたいと言われ即日に許可が出ることなんて普通はあり得ない。


 それこそ相当な地位にある人間が急用だと尋ねてこない限りは。


 私で言えば、フェルズが突然訪ねてくればスケジュールを開けるでしょうけど、それ以外の人物でそのような対応をとる事はほぼあり得ない。


 いえ、このお茶会のメンバーが尋ねてくれば話を聞く時間くらいは空けるけど……それ以外の相手では、そもそも私の所まで話が上がってこないだろう。


 それこそ、国家危急の知らせでもない限りは。


 しかしフェルズの様子から、そういった類の知らせがあったという訳ではない事は分かる。


「少し面倒な相手でな。放置も出来んし、適当に相手をして来る。早く片付けばこちらに顔を出させてもらうが……」


「お気になさらないで下さいフェルズ様。私達も急な誘いになってしまい申し訳なかったと話していた所なのですわ」


「えぇ、エファリア様のおっしゃる通りです。今フェルズ様がお忙しい時期なのは私達も理解しております。お声掛けはさせていただきましたが、まさか顔を出して頂けるとは……」


 エファリアと女狐の言葉にフェルズは小さく肩をすくめてみせる。


「今回の客はともかく、エルディオンに関してはもう終わったようなものだ。少し息を抜く程度の時間はある……まぁ、代わりという訳ではないが今日は彼女を連れてきた」


 そう言ってフェルズが一歩横に移動すると、フェルズの後ろに立っていた女性が一歩前へ出て来る。


「それぞれには紹介したことはあったが茶会の場に連れてきたことは無かったし、本人も一度参加したいという事だったのでな。丁度良い機会だから参加させようと思ってな」


「フィルオーネ=ナジュラスじゃ。よしなに頼む」


 フィルオーネ=ナジュラス……フェルズの婚約者。








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