第598話 新境地

 


 覇王はレベルが上がった!


 何のレベルが……だって?


 くくっ……言わせるなよ。


 俺は右手に持っていた練習用の剣を訓練用木人に上段から振り下ろし叩きつける。


 刃を潰している訓練用の剣は木人を粉々に粉砕し、粉々になった木人は数瞬後には元通りになる。


 世界が……世界が素晴らしい。


 昨日とは違う今日に乾杯。


 今度は袈裟懸けに叩きつけ木っ端みじん……その後修復。


 ここはエインヘリア城の訓練場。


 城の中でも一二を争う不思議施設だ。


 いや、一二三四五……うん、エインヘリアには不思議がいっぱいだ。


 閑話休題。


 昨日はなんか色々あった気がするけど、なんかもう色々と覚えていない。


 ただ、素晴らしかった……覚えているのはそれだけだ。


 とりあえず言えることは、俺は昨日までの俺とは違う。


 そう今日から俺はニュー覇王……乳!?


 いや、違う!


 ふぅ……ジェントルにあるまじき思考に侵されるところだったな。


 くーる……そう、クールに、そして紳士にあらねば。


 横薙ぎ、爆散、修復……からのおっぱ、違う!


 ……。


 ……。


 ……。


 逆薙ぎからの粉砕……からの再生。


 一つ勘違いして欲しくないのだが……フィオは勿論、俺だって清い体のままだ。


 俺達は婚約者……そしてエルディオンもぼっこにしたということで、フィオとの結婚も……そろそろ話を進める時期と言える。


 吾輩、非常に奥ゆかしい故……婚前交渉とか、ねぇ?


 そういうの、良くないと思います……いや、人それぞれだとは思うけど……そんな、がっつく必要ないじゃありませんか。


 もうね?


 確定された未来な訳ですよ。


 焦る必要は……無いんじゃありませんか?


 日和った訳じゃないんじゃよ?


 そんな風にジェントル覇王が魂の問答をしていると、ふと背後に気配を感じた。


「殿、朝早くから精が出ているでござるな」


 そんなの出してないよ!?


 ……あ、いや、違う。


 心の中で咳払いをしつつ、俺は声をかけてきた人物に返事をする。


「ジョウセンか。色々と面倒事が片付いたからな、久しぶりに体を動かすことに没頭していたようだ」


 俺は構えていた剣を下ろし、ジョウセンの方へと体を向けた。


 てっきりジョウセンだけかと思ったのだが、そこには武聖が勢ぞろいしていた。


「四人揃って珍しいな?模擬戦でもするのか?」


「いつまでもカミラに勝てないのは悔しいでござるからな。特訓でござる」


「ふっ……幻惑の魔女如き、ただの案山子と変わらんがな」


 ジョウセンの言葉に、コートをばさりとしながらシュヴァルツが続ける。


 まぁ、弓使いであるシュヴァルツは魔法使いであるカミラより射程が長い上、魔法使いへの特攻持ちだからね……。


 案山子は言い過ぎにしても、武聖の中でカミラに唯一有利を取ることが出来るのがシュヴァルツだ。


 ゲーム的に言うなら、剣槍斧は三すくみになっていて、弓は三近接に弱く魔法に強い。


 魔法は三近接に強く弓に弱い。


 これだけなら魔法が一番優秀って感じだけど、魔法は魔石を使う分戦闘にコストがかかる。


 周回を重ねれば気にならないけど、序盤は魔石のやりくりが苦しいのでここぞという時しか使いにくい。


 そんなバランスになっていた。


 同じ能力値でアビリティを持っていない者同士がぶつかれば、有利不利の条件そのままに勝敗が決まるけど、実際は能力値やアビリティによって勝敗は変わる。


 武聖もカミラもそれぞれの武器に合わせたアビリティ構成になっているけど、やはり大量に魔石をつぎ込んで強化しまくったカミラが頭一つ抜けているだろう。


 しかしここはゲームではなく現実。


 パラメータによって全てが決まるデータの世界ではなく、個々人の創意工夫によって無限の可能性がある世界だ。


 話によると十回に一回くらいはジョウセン達もカミラに勝てるらしい。


 ゲーム時代は百やって百負けたことを考えれば、物凄い進歩と言えるだろう。


 因みにシュヴァルツはジョウセン達と十回戦って十回負けるらしい。


 シュヴァルツは近距離でも戦う事は出来るけど、流石に近距離のスペシャリスト達に距離を詰められたらどうしようもないようだ。


 ならば距離を空けて……といきたいところだけど、距離があるとジョウセン達は矢を簡単に斬り飛ばしちゃうからな。


 重武器である両手斧を使うレンゲも、飛んで来る矢をあっさりと切り払う。


 爆撃のようなシュヴァルツの攻撃も、ジョウセン達にとっては雨を避けるよりも簡単なことらしい。


 いや、雨なんて避けられるものじゃないと思うけど、ジョウセン達は傘も差さずに雨に濡れないという特技がある。


 ……エインヘリアには不思議がいっぱいだね。


「くくっ……カミラを案山子と言えるのは大陸広しと言えど貴様だけだな、シュヴァルツ」


「ふっ……」


 得意気な笑みを見せるシュヴァルツに続けて尋ねてみる。


「シュヴァルツはカミラに十割勝てるのか?」


「……我が主よ。戦いに絶対はない。ほぼ間違いなく勝利を納められると言えるが……百戦えば二、三回くらいは不覚をとるやもしれぬとだけ」


 俺の質問に一瞬動きを止めたシュヴァルツだったが、すぐに再起動して早口で言葉を返してきた。


「そろそろ二割くらいでカミラが勝つ」


「ほう?」


 眠たげに告げ口をするレンゲと、そんなレンゲをギョッとした目で見るシュヴァルツ。


 シュヴァルツは……想定外の事態に弱いというか、素が出るよな。


 後うちの子……特に女の子たちは妙にシュヴァルツに辛辣だ。


 もう少し優しくしてあげて……?


「シュヴァルツは近距離対策か?」


 挙動不審になっているシュヴァルツに、俺は話題を変えて話しかける。


「そ……その通りだ。遠距離戦では誰にもまけな……負けるつもりはないが、近接戦闘は少々不得手なんでな」


「近接戦闘か……」


 ゲーム時代、エディットキャラに複数の武器を持たせることは出来なかった。


 武器とアクセサリーを一個ずつ……戦争中は装備の切り替えは出来ないし、RPGパートでは別の種類の武器を使う必要はなかった。


 だから魔法と違い、武器は一人につき一種類しかランクを上げていない。


 しかし、現実となった以上、使用する武器を一種類に絞る必要はないわけで……。


「使えるかどうか分からんが、近接武器種を覚えてみるか?」


「……俺が近接武器を?」


 俺の提案に驚いた表情を見せるシュヴァルツ。


「お前が望むなら能力を上げても構わん。弓の邪魔にならない武器は、やはり剣か?槍や斧は殆どが両手持ちだから、弓との併用は取り回しがしづらいだろう?」


 短槍や片手斧もあるけど、種類が少ないし汎用の最強クラスの武器はどちらの武器種も両手武器ばかりだ。


 剣の汎用最強武器はジョウセンの持っている『天羽々斬』……これは両手武器だけど、他の最強クラスの武器は片手剣や短剣っぽいものもある。


 長弓がメイン武器であるシュヴァルツが持つなら、片手剣や短剣が良いだろう。


「剣か……」


「無論、弓で近距離に対応出来るように稽古を続けるのも有りだ。どちらを選ぶにしても面白い試みだと思うし、欲しいアビリティや能力があるなら協力しよう」


「……」


 シュヴァルツには以前『邪眼』のアビリティをあげているけど、近接戦闘にこれを絡めたら勝率は一気に上がると思うんだよね。


 ゲーム時代は一戦闘につき一回しか使えなかった邪眼だったけど、今は十分に一回……更に同じ相手に連続で使用出来ないという条件で使用することが出来る。


 動きを止められる時間は長くても三秒ってところだけど、戦闘中三秒動けないのは致命的過ぎるよね。


 現在シュヴァルツは距離を詰められた時、回避や距離を空ける為に『邪眼』を使っているみたいだけど、近距離で戦えるのであれば現状をひっくり返すことが出来るアビリティといえる。


 弓の近距離スキルは牽制用って感じで、弓を極めているシュヴァルツでさえも微妙な威力しか出せないからね……例え動きを止められてスキルが直撃しても、ジョウセン達なら問題なく戦闘を続けられるだろう。


 剣か……と呟き続けるシュヴァルツから視線を外し、俺はジョウセン達に話しかける。


「ジョウセン、昨日の……リコンの強さがどの程度か分かるか?」


「リコン……殿でござるか?ふむ……体の使い方は武人のそれではござらん。魔神ということでござったが、あまり強者という感じは受けなかったでござる。カミラの様に魔法で戦うタイプなのかもでござるなぁ」


「魔法か……」


 本人は英雄より遥かに強いって自信満々だったけど、この世界の魔法ってあんまり強くないんだよな。


 多分身体能力は高いんだろうけど、武芸者として修行したわけではない……ジョウセンの見立てに間違いはないだろうし、そこまで脅威ではない?


 いや、一部の英雄みたいに特殊な能力を持っている可能性もある……油断するべきではないか。


 それに俺が知りたいのはリコンの強さではなく魔神の強さ。


 リコンの戦闘能力が低くても、その身体能力が俺達を凌駕する程であれば魔神は脅威と言える。


「サリア、近い内にリコンの能力がどの程度の物か調べる。お前が相手をしてくれ」


「了解であります!」


 サリアは武聖の中で一番器用だし、能力的に攻防のバランスも良い。


 相手の力量を計るという点で最も適した人選と言える。


「……私は?」


「レンゲは……次の機会だな。今回はフィオの護衛を頼む」


「了解」


 レンゲも意外と器用ではあるが……その攻撃力はジョウセン達よりも上だからな。


 リコンの耐久力が分からない状態でズドンと言った場合……一瞬で爆散してしまう可能性は否定できない。


 そこで先程爆散した木人が目に入った。


 あ、訓練所でならうっかり殺っちゃっても大丈夫……物凄いトラウマものになる可能性はあるけど……要相談だな。


 まぁ、最初はとりあえずサリアに任せて、レンゲは次の機会だな。


 そう考えたところでふと気付いた。


「そういえば、今日は二人ともフィオの護衛についていないのだな?」


「申し訳ないであります!」


「ごめん」


「いや、咎めているわけではない。二人がここにいるということは、カミラがついているのだろう?」


 普段はサリアかレンゲのどちらかが必ずフィオの護衛についているけど、今は二人ともここに居る。


 その場合は普段ならカミラが傍にいるみたいだからね。


 後は外交官の誰かがひっそりと……。


「いえ、フィルオーネ様は本日自室に籠っているであります!部屋の外はしっかり固めているでありますが、ご本人様から今日護衛は必要ないと言われたであります!」


「今エイシャが診察に行ってる」


「……」


 あ、あー、た、多分……体調は普通だと思うよ?


 恐らく自室で身悶えしているんだろうけど……お見舞いに行くべきだろうか?


 

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