第597話 リコンとレヴァル

 


「にーちゃん、おかえり!」


 俺達が奥の部屋の一角に設けられた居住スペースに辿り着く直前、満面の笑みを浮かべた男性が飛び出してきた。


 パッと見た感じ十代後半から二十代前半。


 黒髪に黒目に中肉中背。


 但し顔は非常に整っていて格好良い……いや、邪気を一切含まない純粋な表情はあどけなさを押し出し、実際の年齢よりも一回りも二回りも幼さを感じさている。


 そのせいで、格好良いというよりも可愛い顔つきという方がしっくりくるかもしれない。


 それと、普通の黒い瞳だと思っていたが……瞳が角度によっては赤く見えるようだ。


 フィオと同じだな。


 魔王の特徴なんだろうか?


 そんな俺の観察するような視線に気づいたのか、リコンの体に隠れるようにしながらレヴァルが眉を顰める。


「だれ……?」


「レヴァル。こちらの方はエインヘリア王陛下だ」


「えにん?へーか?」


 ……そうか。


 エインヘリアって結構舌がもつれるよな。


 小さい女の子にえにんへーにゃとか言われたらほっこりしそうだ。


 まぁ、レヴァルの見た目は成人男性なのでちょっと残念ではあるが……。


「えにんじゃない、エインヘリアだ」


「えにんへーら」


 ……いや、これはこれでいいかもしれない。


 リコンが言い含めるようにエインヘリアというと、少しにへらと笑みを浮かべながら回らぬ舌でエインヘリアを口にするレヴァル。


 なんかほのぼのとしてしまう光景だな。


「エインヘリア、王、陛下、だ」


「えいんへーあ、おー、へーか」


 五、六歳ってリコンは言ってたけど、このやりとりを見る限りもう少し幼い感じがするな。


 俺達の事はもう目に入っていないのだろう。


 にこにこしながらリコンを見る話すレヴァルと、何とかきちっとして欲しいと必死になっているリコン。


 兄弟というより親子って感じだが、実にしっくりくる雰囲気だね。


 とはいえ、このままという訳にもいかないだろう。


「リコン。俺の事は……とりあえず今は良い。移動の件を伝えてくれるか?納得次第飛行船で国境まで移動して、そこから転移で王都に向かう。その後は暫く城で暮らすことになるだろう」


「城で……?よろしいのですか?」


「構わん。我が城はこの大陸でもっとも安全な場所だ。お前たち二人を保護するのにこれ以上の場所はない」


「……ありがとうございます」


「城には魔力収集装置がある。何か異変を感じたらすぐに知らせろ。レヴァルもそうだが、魔神である貴様自身もだ」


「畏まりました」


 レヴァルの方は元々魔力収集装置の傍に置くつもりだったので、フィオ達が事前に色々と考えて問題が無いように準備してくれているので心配はないけど……もしかしたら、リコンは魔神としての力を失うかもしれない。


 魔神とは、魔王の魔力によって狂化した魔族が正気に戻る事によって成る。


 つまり魔王の魔力を限界値を越えて吸収した後に、限界値が増えたか魔王の魔力に馴染んだかによって正気を取り戻し力を得たという事だろう。


 魔王が存在する以上魔王の魔力は常に供給されるわけだし、普通は取り込んだ魔力が増えることはあっても減る事は殆ど無い。


 この世界の魔法だと、使う量より吸収する量の方が多いくらいだしね。


 魔法を使って狂化が防げればよかったんだけどね……。


 まぁ、それはさて置き……リコンを魔神たらしめている魔王の魔力。


 これを魔力収集装置は恐らく異物として吸収する……そうなればリコンは魔神としての力を失うに違いない。


 魔神の力は個人のもの……子供は普通の魔族になるらしいし、存在そのものが変質してしまったわけではないからね。


 その辺りは、昔の調子に乗った魔族……魔神とか名乗りだした奴が悪い。


 あたかも別の種族に進化しました的な名乗りをするから……まぁ、リコンはそれを揶揄するような感じだったし、理解しているのだろう。


 俺の予想が当たっているとしたら……リコンには先に強さを見せて貰った方が良いかもしれないな。


 一応、エルディオンも潰した事だし、今後は大陸全土に魔力収集装置の設置を進めていく訳だけど……魔神がどのくらいの強さを持っているか知り、それを資料として残しておくのことは後の世の為にも必要だろう。


 この先何が起こるか分からないからね。


 魔力収集装置の有る場所と無い場所、それぞれで戦闘をしてみるのも良いな。


 狂化した者達を治療した経験上、一日や二日で魔神としての力がなくなる事はないだろう。


 狂化してから時間が経っていれば経っている程、治療には時間がかかる。


 リコンが魔神となってから数十年……一月や二月くらいかかってもおかしくはないし、焦る必要はない筈だ。


 まぁ、その辺りはフィオに確認するのが一番だな。


 そんな風に算段を付けている間にも親子の会話は続けられていた。


「たび?」


「旅というよりも、引っ越しだな。ここよりも安全な場所で、レヴァルの魔力に関してもここと同様に研究を進めることが出来る。それにその魔力への対抗手段も……」


「あんぜん……?」


 確実によく分かっていない雰囲気のレヴァルに、根気強く説明を続けるリコン。


 うん、子供相手って考えるならリコンの説明は少し……難し過ぎやしないかい?


 仕事の関係でお引越ししますって感じで良いような気がするんだけど……律儀というか真面目というか……でもまぁ、伝わってないよね。


 出来る限り簡単に説明しよう苦心するリコンと、にこにこしたままリコンの話を聞いているレヴァル。


 そこには無条件の信頼と愛情のようなものが感じられる。


 この二人が過ごしてきた長い時間が、良きものであったことが伝わって来るね。


 話はちゃんと伝わっていないみたいだけど……まぁ、引っ越しだけ伝われば問題ないよな。


「そういうわけだから、急で悪いがとりあえず必要な物だけ持って移動するぞ」


「わかった!なにがいる?」


「……リコン、生活に必要な物はこちらで揃える。ここの荷物も全てこちらで移動してやるから手ぶらでも構わんぞ?」


 何とか説明を終えたリコン達が次の話に進んだところで俺は口を挟んだ。


 恐らく着替えとかを持って行こうとしたのかもしれないけど、そのくらいはすぐに用意できる。


 それにこの施設にある物は全て運び出さなければならないし、その時に荷物も全部運んでしまえば良いだろう。


「ありがとうございます、エインヘリア王陛下。レヴァル、君も……」


「ありがとうございます!えに……」


「……王様で構わん」


 俺の事を呼びにくそうにしている笑いながらレヴァルにそう告げた後、俺は二人に背を向けて入口へと向かう。


「リコン、開発局の入り口で待つ。飛行船をこちらに移動させておくから急ぐ必要はない。ゆっくり準備をしてから出てくると良い」


 よく考えたら持って行きたいものが生活に必要な物とは限らんし、急かさずに時間を上げても良いだろう。


 とりあえずレヴァルの事は確認出来たんだ。


 後はエインヘリアに連れて行って……フィオに任せるとしよう。


「ウルル、二人を見ておけ」


「……了解……です」


 二人には聞こえない様にウルルに小声で指示を出す。


 逃げたりはしないと思うけど、一応ね。


 それにしても……相当警戒しながら技術開発局に来たけど、戦闘らしき戦闘もなく終わったな。


 レヴァルとリコンの関係が、想定していた物よりも非常に良い関係だったことが大きい。


 エルディオン、魔王の魔力の研究……そして魔王。


 今日一日で色々な問題が一気に片付いた。


 勿論、エルディオンに関してはまだまだ残処理はあるし、問題も色々あるだろうけど……今日の所は全部終わったと見て良いだろう。


 後はもううちに帰って……。


 ……。


 ……。


 ……。


 覇王の戦いはこれからだ!


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