第596話 欲の在りか
ジョウセンと局長を実験場に残したまま、俺達は魔王がいるという局長専用の部屋の奥を目指していた。
局長はジョウセンが監視しているけど、まぁアレ以上何も出来ないだろう。
まさか局長が施設ごと自爆して俺を殺そうとするとは思わなかったけど、ウルルのお陰でそれはあっさりと未遂に終わった。
もっと全力で研究馬鹿なのかと思っていたけどしっかりと愛国心があったようだし、研究も自国の為だったのだろう。
変わり者ではあったが、やはりエルディオンの貴族に違いは無かったという事のようだ。
正直その技術力とかは非常に惜しいけど……流石に俺を殺そうとしちゃったからね。
つい先程死は罰にならないと言ったけど、必要な死は当然ある。
今回の場合……当然だけどエインヘリア王である俺を殺そうとしたのは、これ以上ない程の罪となるし……なによりうちの子達が絶対に許さないだろう。
うちの子達を納得させる為に処刑する……これはエインヘリアにおいて間違いなく意味のある死といえる。
だからまぁ、残念ながら局長はもう処刑が確定……勿体ないとは思うけど、これはもう諦めるしかないだろう。
まぁ、エルディオンの研究者としてリコンを手に入れることが出来たし良しとしておこう。
そのリコンだけど……ちょっと浮かない顔をしている。
「局長が気になるか?」
少しだけ前を歩くリコンに尋ねると、リコンは苦笑しながら口を開く。
「……そう、ですね。自分でも少し意外ですが……」
「出来れば局長も我が国にて開発をして貰いたかったんだがな……」
「……」
そう言えば、他の局員は狂化させていたのに局長だけは意識を奪うだけだったよな。
いざという時は、局長の事も狂化させて研究成果ごと消し去るつもりだったと言っていたけど……本人も気付かぬ内に、局長だけはあまり手をかけたくないと思っていたのかもしれない。
そもそもリコンは平然と他人を実験体として使ってしまえる一方で、弟の面影を感じた魔王を保護し、何十年にも渡って面倒を見ている。
恐らく、一度身内と認識してしまえば情を捨てきれない人物なのだろう。
良く言えば身内の事を想う、情に厚い人物。
普通の目で見れば……実に利己的な人物と言える。
別にそれが悪いという訳ではない……身内の事を想うのは至って普通の感性だ。
何かの為に身内をあっさりと切り捨てる人物よりは分かりやすい。
何より俺はエインヘリアの王として、実に利己的に生きているし……人である以上、多かれ少なかれ誰でも利己的であるべきだろう。
俺のような普通の人からすれば、万人に愛を、人類皆兄弟、みたいなことを言い出す人よりはよっぽど信じられる。
利己的……というよりも、欲の在りかが分かりやすい人物はその欲を叶えてやるように扱えば良いが、欲のない人物……いや、欲が見えにくい人物は扱いにくい。
人が生きていく上で欲とは絶対に必要な物だが、何処に重きを置いているかは千差万別。
お金が欲しいとか出世したいとか……そういう欲も、更にその内容を細分化していくことで本当に望む欲が見えて来る。
何故お金が欲しいのか、なぜ出世したいのか……何が欲しいのか、それを望んだ先に何を求めているのか……人の感情は複雑怪奇だが、それを生み出す欲とは最終的に非常にシンプルなものだ。
そのシンプルな部分が見えている方が、上に立つ者としては扱いやすい。
とは言っても……俺にも当然好悪はあるし、受け入れがたい事も多々ある。
本来であれば、リコンのやった人体実験等は俺の中でアウトではあるが、その境遇や成したかった事に同情……あるいは同調してしまった時点で俺の負けだろう。
魔王の魔力によって不幸にされながらも……例え他人を犠牲にしてでも魔王を救おうとした。
ある意味俺の先輩であり同輩とも言える彼を、単純にお前が悪いと断罪できる程俺は為政者になりきれない。
まぁ、それにリコンの持つ知識や技術は有益なものだし、リコンの話を聞いた限りでは今代の魔王レヴァルには保護者であるリコンの存在が必要だろう。
フィオの儀式による魔王の魔力の吸収がなくなったことで、魔王レヴァルは恐らく精神的にも成長していくと見て良い。
リコンの話では今の所四、五歳程度の子供のような感じらしい。
数十年一緒に居て全く成長が見られなかったのに、この五年程で明らかに変化があるという話だったし……儀式の完遂と共に成長を始めたと考えるべきだろう。
魔王の魔力が精神にどう影響を及ぼすのかは分からないけど……多すぎて人を狂化させることがあるなら、少なすぎて成長を阻害される可能性もある……のか?
うん、この考え方は物凄く間違っている気がするけど……考えたところで分かるもんじゃないしな。
そういうもんだと思っておこう。
そんなことを考えているとリコンが一つの扉の前で立ち止まる。
「エインヘリア王陛下、ここが局長の研究室になります」
そう口にした後、リコンは気まずそうにしながら動きを止めた。
気まずそうというよりも緊張しているのか?
俺がそう思うと同時にリコンが俺の方へと向き直り口を開く。
「エインヘリア王陛下。レヴァルですが……先程もお伝えさせていただきましたが、身体は成人男性のものですがその精神は未だ幼く、その言動をご不快と思われるかもしれません。ですが、なにとぞご容赦いただければ……」
あぁ、なるほど。
そういうことね。
「くくっ……気にするな。事情は聞いているからな。レヴァルには幼子と思って接するつもりだ。いずれ、成長した暁には一人前の大人として扱うが今はそうではない。子供のすることにいちいち目くじらを立てたりはせん」
五、六歳程度と思えば大丈夫だ。
あと数年して……十歳前後の精神になった時にクソガキだったら、拳骨をぶちかますかもしれないけど……是非とも良い子に育てて貰いたいですね。
「申し訳ありません……いえ、ご理解いただきありがとうございます」
少しだけほっとした様子を見せるリコンだけど、まだ不安そうだな。
そんなつもりは全く無いけど、口ではそう言えども実際に会ってみたら……って可能性は十分あるからね。
今日あったばかりの俺とリコンの間に信頼関係がある訳でも無し、それは仕方ない事だろう。
「ではこちらに、実験室は危険物も多いので手を触れぬようにお願いします」
「分かった」
オトノハやオスカー達にもよく注意されることだ。
でも、なんか実験室とかって見慣れない物が沢山あるから、なんか好奇心が刺激されちゃうんだよね。
まぁ、本気で危険な物もあるみたいだから手は出さないけど……注意されなかったらうっかり触ってしまうと思う。
だから、毎回入室する際は言ってもらうようにしているのだけど、ここでもそういう規約があるのだろうか?
まぁ、安全第一ってのは大事な考え方だ……そんな風に一人で納得していると、リコンが扉をゆっくりと開ける。
薬品臭いという訳ではないけど少し変わった臭いのする部屋……応接セットが片隅にはあるがあまり使用されている様子はなさそうだ。
棚と机に囲まれ荷物が氾濫している箇所と、几帳面なまでにきれいに整えられた部分の対比が物凄い事になっていて……応接セットは半分くらい資料なのか紙に埋もれているね。
乱雑な方は資料が多く置かれている感じだけど……恐らく危険物は綺麗に片付けられている方に多く置かれているのだろう。
薬品棚っぽいものや精密な器具っぽいもの、後は魔石なんかが綺麗に整えられた方に置かれているし……向こうには近づくまい。
そんなごみごみしている様な整頓されている様な不思議な部屋の中をリコンは慣れた様子で進んでいき、奥にある扉の傍へと立った。
「この奥にレヴァルは居ます。手前が実験スペース、奥が居住スペースとなっておりますが、少々汚れておりまして……」
「気にするな。ところで、ここまできておいてなんだが、レヴァルはここから移動させて大丈夫か?エインヘリアで保護する以上環境ががらりと変わると思うのだが」
ふと気になったことを尋ねると、リコンは少しだけ考えるそぶりを見せながら答える。
「精神的に幼くはありますが、私と共に数十年旅をした記憶はあるようなので環境の変化については問題ないかと」
「そうか。ならば早急に受け入れ態勢を整えるとしよう。当然その辺りは保護者であるお前にもしっかり働いてもらうからな。そのつもりでいろ」
「はっ……」
一瞬驚いた表情を見せたリコンだったが、すぐに改まって深く頭を下げる。
さて……今代の魔王レヴァルか。
ようやく会う事が出来るな。
これでフィオも一つ肩の荷が下せると良いのだけど……レヴァルの状態を考えれば、また一つ悩むことが増えるかもしれない。
本当に……この世界は魔王に厳しいよな。
俺は心の中でため息をつきつつ、リコンの案内で奥の部屋へと足を踏み入れた。
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