第595話 魔神と局長

 


「な、なんだ!?」


 ミノムシ状態になっている局長が目を覚まして、引き攣った悲鳴を上げた。


 魔道具の効果が切れたのか。


 さて、聞いた話によると局長はあまり社交的な人物ではないようだし、この状況で俺達が話しかけて……話が通じるかどうかって感じだよね。


 そう思った俺はリコンに目配せをする。


 俺の言いたい事が伝わったのか、リコンはしゃがみ込みながら局長に話しかける。


「ランティス、落ち着いて話を聞いてくれ。実は、君には伝えていなかったんだがエルディオンはエインヘリアに攻め込まれた」


 リコンの事に気付き、若干冷静さが戻ったのか局長はしどろもどろになりながらも口を開く。


「り、リコン!?え?あ、う、うん?き、北の方に、も、モルティラン卿が向かったやつだろ?」


 ……それは結構前の話じゃないか?


 っていうか、局長は王都が攻め込まれているの知らなかったの?


「いや、そうじゃないんだ。今、まさにこの時……エルディオンの王都はエインヘリアに襲撃を受けている」


「た、大変じゃないか!ど、どうする?」


「落ち着いてくれランティス。私達では何をどうすることも出来ないだろう?」


「そ、そうか。う、うん、そ、そうだね。じゃ、じゃぁ、研究を再開しよう」


 そうはならんやろ。


 ってか、平常運転開始するの早すぎない?


 あんたまだ簀巻きやで?


 局長の底知れぬ大物感……いや、マイペース加減に俺が戦慄していると、リコンが苦笑しながら言葉を続ける。


「ランティス。とりあえず私の話を聞いてくれるか?」


「な、なんだい?な、何か新しい、は、発見かい?」


「いや、そうじゃない。エルディオンはもうエインヘリアに負けた。そして技術開発局もエインヘリアに制圧されたんだ」


「え?ま、負けた?」


「あぁ。負けたんだ。エルディオンは滅亡という事になるだろうな」


「め、滅亡……え、エルディオンが……」


 歯に布を着せずに、リコンがストレートに国の滅亡を伝える。


 まぁ、まだ併合の宣言はしてないからエルディオンは正式には滅んだという訳ではないけど……時間の問題ではあるし、滅んだと言っても間違いではないね。


 しかし、開発局の局長は思っていたよりも動揺している感じだ。


 国の興亡よりも研究の方が大事ってタイプなのかと思ってたけど、そうでもないのか?


 研究以外はどうでも良いって訳ではない事が、その動揺から伝わって来る。


 国の為に研究を頑張ってた感じか?


 だからこそ軍事関係に使えそうな研究が多かったのかもしれない。


 しかし、エルディオンの色々な種類の魔道具の事を考えると……その在り方はかなり勿体ないよね。


 その技術を使えば、色々と生活に役立つ魔道具を開発することが出来そうなのにね……。


「り、リコン……か、彼等は?」


 ようやく気付いたのか俺達の方に視線を向けながら、怯えた様にリコンに尋ねる局長。


 なんか局長は微妙に人とはテンポというか……ピントがずれている感じがするな。


「エインヘリアの方々だ」


 そう言った後で、リコンは許可を求めるように俺の方にちらりと視線を向けてくる。


 そんなリコンに俺は小さく頷く……何の許可を求めて来たかはわざわざ聞かなくても分かるからね。


「そして、こちらの御方がエインヘリア王陛下」


「え、エインヘリア王……?」


 目を見開いて驚いた表情をこちらに向ける局長。


 俺自身から微妙に視線は外しているけど、視界には収めているといった感じだ。


 まぁそれはさて置き……目が覚めて目の前に王様がいたら普通に驚くよね。


 俺が一般人であったなら、間違いなく叫んでいるだろう。


「な、何故……え、エインヘリアの王が、こ、ここに?」


「エインヘリア王陛下はここで行われている研究についてご存知だったようでね」


「そ、それはまさか……」


「あぁ。私達の研究……魔王の魔力の研究に関してだ」


「……っ」


 顔色を思いっきり変える局長。


 先程まではおどおどした感じの方が強かったけど、今は顔全体を驚愕に染めている。


「ど、どうして……?」


「どうして魔王の魔力の事を知っているのか?ってことかい?それとも、どうして私達が魔王の魔力について研究している事を知っているのかってことかい?」


「りょ、両方かな?」


「私達の開発した魔道具を解析したらしい。ただ、魔王の魔力に関する知識はそれよりも以前から調べていたようだね」


 肩を竦めながら言うリコンとぽかんと口をあける局長。


 随分と呆気に取られているようだけど、そこまで意外だったのだろうか?


 いや、自分達の独占技術と考えてもおかしくはないか……そのくらい、エルディオンとそれ以外の国には技術力に差がある。


 それに、手元に魔王の存在もあるし……研究し放題だろう。


 自分達に追従、もしくは先を行く存在がいるとは夢にも思わなかったはずだ。


「……え、エインヘリア……ま、魔王……え、英雄……」


 暫く放心したような様子を見せていた局長が、深刻な表情で考え込むようにブツブツと呟き始める。


 色々と思うところがあるようだけど……それはそれとして、そろそろ魔王を迎えに行きたいんじゃが。


 局長に必要最低限の話は伝えた訳だし、もうこっちはいいんじゃないかな?


 俺がそんな風に思っていると、急に局長が挙動不審になる。


 いや、最初から結構挙動は不審ではあったけど……首から上しか動かないのに、不審さを感じさせてくるのは中々凄いと思うけど、うん、凄い不審だ。


 目は定まらず常にきょろきょろと動き続けているし、汗はダラダラ、口をもごもごと動かし……何処からどう見ても何か企んでいるって感じだよな。


「り、リコン」


「なんだ?」


「か、彼がエインヘリア王……ま、間違いはないよね?」


「……あぁ」


 俺の事を彼と呼び、更に敬称を付けなかったことでリーンフェリア達の怒気が俺でも分かるくらいに膨れ上がる。


 しかし、局長はそんな空気を一切気にした様子は感じられない。


 これは……図太いとかじゃなく、そもそも気付いていないんだろうな。


「り、リコン……す、すまない。そ、それと、い、今までありがとう。た、楽しかった」


 周りを一切気にせず、自分の話したい事だけを口から出し始めた局長は……どこか先程までと空気が変わっている。


「……ランティス?」


 突然の礼にリコンが訝しげな顔を見せるが、局長はそのまま言葉を続ける。


「お、王都がどうなったか、わ、分からないけど、か、壊滅したというわけじゃないだろう?」


「それは、私には分かりかねるが……」


 再び俺の方に視線を向けたリコンに俺は頷く。


 お城は消し飛んだけど、他の建物や民にはほとんど被害は出ていない。


 門はちょっと壊れてるところもあるけど。


「だ、だから、こ、これには意味が、あ、あるんだ」


 そう言いながら引き攣ったような笑みを浮かべる局長。


「ランティス……何を?」


「……」


 傍らに膝をつき首を傾げるリコンに何も答えず、ゆっくりと目を瞑った局長が……次の瞬間目を見開き顔色を変えた。


「な、何故、ば、爆発しない?」


「爆発……ランティス!装置を起動しようとしたのか!?」


 局長の漏らした言葉にリコンが慌てた様に掴みかかる。


 そのままぐるぐる巻きにしている捕縛ロープを外そうとしたが、ウルルが縛ったロープを解けるはずもなくリコンがワタワタとしている。


 爆発……装置?


 もしかして開発局を吹き飛ばすという噂の?


 起動しようとして……し損ねたって事か?


 俺がちらりと目を向けると、普段通りの様子のままウルルがコクリと頷いた。


「多分……左腕に……埋め込まれていた……魔道具……さっき……取りだした」


 埋め込まれていた?


 腕に?


 それも回収したの?


「ポーションで……治したから……大丈夫」


 なるほど……腕に埋め込んでた魔道具を抉り出して、ポーションで治しておいたと。


 なるほど……


 ……。


 うん、それはまぁいいとして……うちの子達の怒気がやべぇ感じなんですが……。


 あぁ……施設を吹き飛ばして、俺を殺そうとしたからな。


 施設が爆発したとして……俺が死んだかどうかは分からないけど、その行為そのものが大罪ってことだよね。


 未遂だろうと許されることではない。


 ミノムシ状態の局長を囲むうちの子達の姿を見て……局長の未来が途絶えたことを俺は察した。


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