第594話 罪と罰

 


 リコンの目的もその考えも納得出来た。


 しかし殺してくれとはどういうことじゃろか?


「私は今日に至るまで多くの罪を犯してきました。レヴァルを保護してくれる方が見つかった以上、この先の生は必要ありません。ですが、無為に死ぬのは……勿体ないですよね?」


 生き死にが勿体ないかどうかで決まりはしないと思うのだが……完全に他人事って感じの言い方だ。


 リコンの表情は……肩の荷が下りたかのような、何処か満足げなものに見える。


「なので、せめてエインヘリア王陛下にお礼として何かを残せないかと考えたのですが……一つ思いついたのです」


「ふむ……」


 心臓を捧げるとか言われたら本気で困るな……。


 色んな意味で。


「そう名乗りたくはないのですが、私は一応魔神です。どうでしょうか?エインヘリアでは狂化を防ぐことが出来るとは言え、今後魔神という存在が出てこないとも限りません。その時の為、魔神がどの位の力を持っているのか知っておくべきではないでしょうか?」


「それが魔王を保護する礼だと?」


「はい。御存知かどうか分かりませんが、魔神の強さは英雄よりも遥かに上です。ここでその強さを見ておくことは有益かと」


「魔神の力か……確かに俺達にその知識はないな」


 英雄よりも遥かに上ってのは確かに気になる。


 それって俺達と同じくらい?


 もしそのくらい強いのだとしたら……かなりやばいよね。


 うん、魔神の強さは知っておきたいかも。


「お前の望みは今代の魔王、レヴァルを保護できる人物ないし組織に渡す事。そしてお前自身の死。そうだな?」


「はい」


「そのついでに……俺達に魔神としての力を見せると。それはつまり俺達と戦う、そういうことだな?」


「それが一番分かりやすいのではないかと」


 力を見るという事であれば戦うのが一番早いだろう。


 そしてその戦いの果てに死を望むと……。


「貴様の望みは理解した。その上で疑問なのだが……」


「……?」


「貴様は自らを罪人と言ったな?」


「はい」


「であるならば何故、貴様の望みを叶えてやらねばならぬ?」


「……」


 突き放したように言う俺に、リコンは衝撃を受けたかのように目を瞠る。


「魔王の保護に魔王の魔力への対処。それにエルディオンで研究されていた魔王の魔力を用いた技術に関しても管理することになるだろう。その上更に死を望む貴様を殺せと。罪人の願いをどれだけ叶えさせるつもりだ?」


「それは……」


「随分と虫の良い話だと思わんか?」


「……」


「しかもだ、俺達はこれから魔王レヴァルの面倒も見なければならん。面倒事ばかり押し付けて自分は安らかに眠りたいと言っている。凡そ罪人への罰とは思えんな」


 俺の言葉に痛みを堪えるかのような表情を見せた後俯くリコン。


 その表情は非常に痛々しいものだが、間違ったことは言っていないと思う。


 大体ここまで色々やって来ておいて、最終的に面倒事を全部他人に丸投げってのが気に入らない。


「俺はな、死をもって罪を償うというのは逃げでしかないと考えている」


 俺の言葉にリコンが顔を上げ……俺の傍にいたリーンフェリアがピクリと反応した。


 そういえば……リーンフェリアがさっき死んでお詫びをって言ってたっけ……。


「真に罪を悔い、償うのであれば……その罪過に苛まれつつも生きて、その行いによってのみ償うことが出来るというものだ。処刑などと言うのはな、見せしめの為に行う事だ。けして罪を雪ぐようなものではない」


 死刑なんてものは罰ではなく、被害を受けた人やその家族の為にするものだと俺は思う。


 そもそも万人にいずれ訪れる死が罰となるのであれば、最終的に人は皆罰せられるって事になる。


 まぁ、死によって生を謳歌できない事が罰とも言えるけど、普通に生きていたって病死や事故死はする。


 死とは罰ではない……俺的には生きる事こそ苦であり死とは解放って感じがする。


 無論死んだ方が楽ってことではないけど……少なくとも罰としての死を与えるというのは、正直生温いと俺は思う。


「リコン。貴様は生が終わるその時まで魔王レヴァルの面倒を見ろ。あぁ、それと魔王の魔力の研究と……魔神の力の検証だな」


「それは……」


「今と殆ど変わらないと?」


「……」


「確かにそうかもしれない。結局贖罪だなんだというのは心の持ちようだからな。だが、だからこそ貴様はその意味を考え続けるべきだ。俺は貴様に楽をさせるつもりは一切ないぞ?」


 そこまでは面倒見ないよ?


 間違いなくリコンは相応の事をやっている訳だしね。


 存分に罪の意識に苛まれるべきだろう。


「さて、話も大体済んだか?そろそろ魔王……レヴァルを迎えに行こうではないか」


「……エインヘリア王陛下は想像していたよりもお優しく、そして厳しいようで」


 力ない笑みを浮かべながら言うリコンに、俺は普段通りの笑みを向ける。


「さてな。ところで、局長はどうする?」


 前屈したまま放置されまくっている局長……ずっと視界には入ってて、物凄くシュールなんだよね。


「レヴァルのいる場所はすぐそこですし、ここに放置しておいても問題ないと思いますが……」


 放置か……。


 こういう時、目を離した隙に何か余計なことしでかしそうだよな……。


 油断せず、不安の目は先回りして潰しておくべきだな。


「ウルル、局長の装備を全部剥いで縛っておけ」


「了解……です」


 捕縛用ロープを使っておけば万が一もない。


 絶対に逃げられず、絶対に抵抗出来なくなるロープだからね。


 これで余計なことしでかしたら……それはもう相手を褒めるしかないだろう。


「ジョウセン、局長の見張りは任せる。魔王を保護してすぐに戻る」


「承知したでござる」


 これでダメ押しと。


 ウルルが前屈状態の局長を転ばせてテキパキと服を剥いでいく姿を横目に、俺はリコンに話しかける。


「局長を気絶させている魔道具は?」


「この魔道具です。有効範囲は狭いのですが即効性があって不意を突くのに適しています。距離感的に友人や家族くらいにしか使えませんが」


 そう言いながら右手に嵌めている指輪を見せてくるリコン。


 これもまた初めて見る効果の魔道具だ。


 やはりエルディオンの魔道具は、オスカー達の作る魔道具とは毛色が違うな。


「それも魔王の魔力を使うものか?」


「いえ、こちらは通常の魔石を使ったものです」


「ほう」


 最先端と言うべきかガラパゴス化と言うべきか……どちらにしても他所では見られない魔道具であることは確かだ。


「魔王の魔力に関する研究だけではなく、今後はエルディオンの技術を広く外に向けて開いて行かねばならんな……」


 俺の言葉にリコンは何も答えない。


 エルディオンという国の厄介さを良く知るからこそ、それが簡単な話ではないと考えているのだろう。


 まぁ、その辺りはあまり急ぎ過ぎても良くないだろう。


 向こうを知るということは同時にこちらを知られるって事でもあるからね……妙な野心を持たれても面倒だし、まずはエルディオンをしっかりと掌握することを考えるべきだろう。


 それが済めば……通常の技術に関しては外にがんがん流して良い。


 エルディオンとその属国を取り込んでしまえば、もはやこの大陸に敵対的な国は存在しなくなる。


 今後北方や帝国との関係が冷え込むことはあるかも知れないが……通常の魔道具の範囲であれば俺達の脅威にはなり得ない……ハズ。


 コイツ等の作った魔物を操る魔道具のせいでなんか緊張感というか、断言できない部分があるよな……。


 慎重になるのは悪い事じゃないが、エインヘリアの王である俺が尻込みし過ぎるのもマズいだろう。


 反省は必要だが、失敗を恐れて前に踏み出せない者は王として相応しくない……と思う。


 少なくとも、技術に関してはどんどん新しいものを生み出していく方針で間違ってはいない筈だ。


 個人的には平和的な発明をお願いしたいけど、何がどう転ぶかは予測できないからな。


 責任は俺が取るって台詞、言うは易しって感じだよね……まぁ、その台詞が物語で出た時は大体上手くいくんだけど、現実はそうはいかない。


 そんなことを考えていると局長をぐるぐる巻きにしたウルルが立ち上がる。


「……お待たせ……しました」


「よし、ではリコン、案内を頼む」


 俺がそう言った直後、男の悲鳴が上がった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る