第593話 魔神と魔王
「……」
俺が無言で見つめると、リコンは小さくため息をつきながら口を開く。
「私は大陸北方にある小国の寒村出身です。魔族の村という訳ではなかったのですが、魔族であっても特に問題なく過ごすことが出来ました。まぁ、村全体が貧しかったですし、そう言った意味では問題しかなかった気もしますが……貧しいなりに平和に過ごしていました。私が狂化するまではですが」
「……」
「当時は魔族であっても滅多に狂化することは無かったんですけどね。運が悪かった……今だからこそそう言えますが、当時は絶望しました。狂化に侵されたことは覚えていますが、完全に狂化した後の事は一切……私に意識が戻ったのは全てが終わり、狂化が薄れた時の事でした」
「狂化が薄れた?」
薄れたりするのか?
「……いえ、すみません。薄れたと言いますか……魔神になったと言いますか」
「そういうことか」
恐らく、正気に戻ったとは言いたくないんだろうな。
「狂化している間にどのくらい時間が経ったのか分かりませんが、私が住んでいた村は滅んでいました。獣が暴れ回ったかのような悲惨な有様でしたね。遺体は既に白骨化していましたが、廃墟となった私の家にあったいくつかの白骨死体を見た時、村を滅ぼしたのが誰か理解してしまいました」
あー、そういうことか。
考え得る限り最悪のパターンだな……狂化して暴れ回って、恐らく家族や村人を手にかけて……その後正気に戻るか。
「それで暫く何もやる気になれず各地を放浪していたのですが、ある時魔王の存在を朧気ながら感じ取る事が出来ることに気付きました。それで時間をかけて魔王を探して……」
そこまでスラスラと話していたリコンが急に口籠る。
「何か問題が?」
「いえ、そういう訳ではなく……何と言いますか……殺そうとしていた魔王のその姿に……亡くなった筈の弟の面影を覚えてしまいまして」
……そういうことか
「魔王を発見した場所も……私の住んでいた村から然程離れた場所ではありませんでしたし……」
「弟が魔王だったということか?」
俺の言葉にリコンは苦み走った顔で答える。
「分かりません。私が狂化した時、弟はまだ幼かったのですが……それから魔王を発見するまでに十数年の時間が経っておりまして」
「面影は感じれど断言は出来なかったか。レヴァルという名は?」
「本人は自分の名前も言えぬ有様でしたので……弟の名を」
中々厄介というか……複雑なのか単純なのか分からない話だな。
魔王の精神が未熟のまま生き延びて来られたことが一番不思議かもしれん。
ただ一つ言えるのは、魔王がリコンの弟であるかどうか……そこは関係ないだろう。
リコンがそう感じた、そしてその事で魔王を害することが出来なくなった……重要なのはその結果だ。
自分が殺したと思っていた弟かもしれない人物……そりゃ手は出せないよな。
たとえそれが元凶だとしても。
リコンが魔王を保護しようとした理由も、もはや聞くまでもない話だ。
「それが理由か」
「はい」
その肯定には、万感の思いが込められているように感じられた。
「エインヘリア王陛下が先程おっしゃられた魔力収集装置……それがあれば魔王の魔力を封じ込めることが出来るのでしょうか?」
「現時点で無害化することは出来ているが、魔王本人への作用は検証が必要だな。こちらの見解は魔王本人にも影響は出ず、普通に生活を送る事が出来るというものだ。先ほども言ったが、魔力収集装置は余剰分の魔力を吸収するものだからな」
「余剰分の吸収というだけでは狂化を治療することは出来ないのでは?」
研究者らしくしっかりと俺の話に対し突っ込んで来るな……でもここに関しては予めフィオに聞いているから問題ない。
魔王本人を説得するのに必要かもしれない情報だったからね。
「人の体に取り込まれた魔王の魔力は、魔力収集装置によって異物と判断され少しずつ吸収されていく。狂化とは魔王の魔力がその者の許容値を超えた場合に起こる現象だ。魔力収集装置は世界に蔓延する魔王の魔力を吸収すると同時に、体内に取り込まれた魔王の魔力も吸収することで、狂化の予防と治療を同時に行っている訳だ」
「……魔王本人の体内にある魔力を異物と判断する可能性は?」
「それは問題ない。魔王の魔力を狙い撃ちしているのではなく、あくまで異物として魔王の魔力を吸収しているだけだからな。外に放出した魔力は魔王のものであろうと通常のものであろうと関係なく吸収。人体に取り込まれた時にその者にとって異物であれば吸い出す……そういう効果だ」
「なんとも……」
なんとも……その続きの言葉は聞かなくても分かる。
都合が良過ぎる……そう言いたいのだろう。
だが、それも当然だ。
魔王の魔力をどうにかしたいというフィオの願いによって生み出されたものだからな……あらゆる意味で都合が良過ぎて当然だ。
「くくっ……そう考えてしまうのも無理はないが、我が言葉に一切の虚言はない」
「失礼いたしました、エインヘリア王陛下」
とりあえずこれでリコンの願いもその理由も分かった。
元々技術開発局の仕置きに関しては頭を悩ませていた部分だから、これはこれで良かったかもしれない。
数名の死者は出ているけど……そのお陰で危険性を……ってあれ?
「リコン、一つ気になったのだが……貴様はどうやって研究者や局長を狂化させた?それに局長がそこで大人しくしているのはどういうことだ?」
「狂化させた手段は、魔王の魔力を結晶化させた魔結晶というものを使いました。魔石と違い非常にもろく魔道具に使用したりは出来ない代物で、使い道は殆どありません。圧縮することで砂粒とまでは行きませんが、小麦の実程のサイズになります。それを局員たちに摂取させました。胃酸によって結晶は砕け魔力は放出、大量の魔王の魔力を体内に取り込んだ者は狂化……あるいは過剰な魔王の魔力に耐え切れず死にます」
えっぐいな……っていうかどうやって飲ませたんだ?
リコンは局長専用の部屋から外に出られなかったはずだけど……。
「飲ませたのは局長です。魔結晶は私が技術開発局に来る前に発見したものだったので局長は知りませんでした。だから適当に理由を付けて局員に飲ませ、その経過を観察しようと唆しました」
「ということは……局長自身は飲んでいない?」
「はい。彼はまた別の魔道具で……こうして辛うじて自立はしていますが、意識を失っています」
狂化していると思ったけど意識がないだけなのか……。
「エインヘリア王陛下との会話次第で彼にも魔結晶を使うつもりだったのですが……もう必要ありませんね」
狂化させても俺達の相手では足止めにもならないけど、証拠隠滅って点では悪くないからね……狂化は。
「我が国でも魔王の魔力について色々と研究は進めることになるだろう。彼等が正気に戻り研究に参加するようになったとしても生涯監視付きとなる。技術……そして魔王の情報の流出だけは完全に防ぐことが出来ると断言出来る」
「……」
監視をするのは外交官見習いになるだろうけど、クーガー達に鍛えられた彼らを研究員が出し抜けることはないだろう。
「エインヘリア王陛下。魔王……レヴァルは局長専用部屋から行ける隠し部屋にいます。保護して頂けますか?」
「あぁ。お前の話に偽りがないのであれば、エインヘリアは魔王レヴァルを保護しよう」
「ありがとうございます。それと最後に一つ、願いたき事がございます」
「聞こう」
「私を殺して頂きたく」
また面倒なこと言いだしたよ……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます