第592話 魔王

 


「私がレヴァルを見つけたのは三十年程前になります」


 雰囲気を真摯なものに変えたリコンが魔王について話を始める。


「私が見つけた時点で彼は……見た目だけは成人男性でしたが、その精神は幼子のようでした。当時は魔王という存在について多くを知らなかった為、魔王を殺すつもりだったのですが……その姿を見て、殺せなくなってしまいました」


 フィオからそう言った話は聞いたことが無かったけど……今代の魔王特有の状態か?


「悩みはしましたが、彼を連れて大陸中を巡り魔王について色々と調べていく中で……あの時殺すことが出来なかったのは寧ろ良かったと分かったわけですが」


 自嘲するような笑みを浮かべるリコン。


「……貴様は何故魔王を殺そうと?いや、狂化か」


「御想像の通りです、エインヘリア王陛下」


 疑問を投げかけた瞬間に原因らしきものを思いついた俺がそれを口に出すと、リコンが肯定する。


「私はレヴァルを見つける十数年前に狂化しましてね。まぁその関係で、魔王を狙っていたんですよ」


「……魔王はどうやって見つけたんだ?」


「狂化から覚めてしばらくした後、なんとなく魔王の存在が感じ取れるようになったんですよ。まぁ、それでも発見するまでにかなり時間がかかりましたがね」


 魔王の存在を感じ取るか……そんなことが出来ればもっと早くここまで辿り着けただろう。


 羨ましい……というのもどうかと思うが、欲しかった能力だな。


 って、三十年前に見つけてその十年以上前に狂化ってことは、リコンは結構な年齢ってことか。


 見た目は非常に若々しいので分からなかったけど……魔族って老化が遅いとかだっけ?


 それとも魔神になったからか?


 まぁ、今はどうでも良いことか。


「最初の十数年は魔王について色々と調べていましたが分かったことは過去の伝承ばかりで、魔王の魔力その物をどうにかするようなものはヒントすら見つけることが出来ませんでした」


 ……いや、コイツほんと凄いよな。


 魔王の過去の伝承とかフェイルナーゼン神教以外に残ってたの?


 民間伝承にしても五千年前の話……まともなものが残っているとは思えない。


 地層とかを発掘して調べるってレベルの話やない?


「それで方向性を変え、自分達で魔王の魔力について調べたと?」


「えぇ。まぁ、レヴァルはあまり研究向きではないと言いますか、ずっと幼子のままだったと言いますか……」


「だったということは、今は違うのか?」


「数十年成長した様子が無かったのですが、五年ほど前から急に成長を始めまして……といってもまだまだ子供といった感じですが」


 五年……おそらく四年前じゃないだろうか?


 確証があるわけじゃないけど……フィオの行った儀式によって以降の魔王は非常に虚弱であったはずとフィオは考えていたが、今代の魔王は儀式によって魔力を奪われながらも狂化を引き起こすことが出来る程魔力量が多かった。


 とはいえ魔力が奪われている事に違いはなく、それが肉体面の虚弱さではなく精神面の未熟さに出ていた……とかじゃないだろうか?


 ……あまりフィオには報告したくない話だ。


 魔王を保護したらすぐにバレると思うけど……はぁ、気が重い。


「私達がここ……エルディオンに腰を落ち着けたのは十年程前です。研究する上ではこれ以上ない場所ではありましたね。住み心地は非常に悪いですが」


「その研究についてだが、先程からの言動から貴様の目的は魔王の魔力を制御する事であろう?その割には兵器としての魔王の魔力運用が目立つのはどういうことだ?」


「その辺りは副産物と言いますか……魔王の魔力を調べる過程で生まれた技術です。まぁ、私としても技術開発局が無くなってしまっては困りますし、ある程度成果も必要でしたからね」


 そう言って隣にいる開発局局長に視線を向けるリコン。


 まぁ、その言は分からないでもないか。


 どうやって技術開発局局長の元に潜り込んだのかは分からないけど、その為には有益であることを示す必要があるしな。


 それに……魔王の魔力を制御する副産物か、そう言った方面の研究はフィオが昔やっていた筈だけど、方向性はともかく何らかの形で実用化した辺りリコンがフィオより優秀な研究者ということか、それともエルディオンが凄いのか……。


「では、この技術開発局の有様はどういう事だ?」


「エインヘリア軍の強さを私は見ていましたからね。エルディオンが滅びるのは確実……そしてそうなった時、技術開発局は間違いなくその技術ごとエインヘリアに接収されます。ここであればレヴァルの存在を秘匿して研究をコントロールすることも出来ましたが、貴国相手ではそう簡単にはいかないでしょう。少なくとも準備が必要……そう考えました。その為には……」


「口封じか……」


「はい」


 バリバリの侵略国家であるうちが魔王の魔力に関する技術を手に入れたら……まぁ、間違いなくその研究を進めてがんがん軍事利用する……って普通は考えるよね。


 そうなった場合……エインヘリアは全力で魔王の行方を捜すだろう。


 エネルギー源は手元に置いておきたいし、自国で管理するのが一番だからね。


 それを避けたかったリコンとしては、魔王の行方と共に研究成果や資料を葬る必要があった。


 そして……証拠隠滅として狂化という手段は非常に優秀と言える。


 狂化した研究員はエインヘリアが確実に処理するだろうし、ここを吹き飛ばしてしまえば狂化した奴が吹き飛ばしたと考え……研究成果が回収出来なかったとしても不審には思われない。


 まぁ狂化しにくい人族が狂化したという点は不自然だけど、俺達に人族であっても狂化する可能性があると知らせる事は出来るだろう。


 リコンがこの場に残っていたのは……魔神の力で逃げることが出来ると考えていたからか?


 後は、エインヘリアが何を考えているか知りたかったってところか。


 ……あー、あれかな?


 俺達に探りを入れた後、この施設を吹き飛ばして死んだふりするつもりだったとかかもしれん。


「……この施設には、施設そのものを崩壊させるような仕掛けでもあるのか?」


「良くお気づきで。おっしゃる通り、開発局そのものを爆発させる仕掛けがあります」


 やっぱ爆発じゃん!


 悪の研究施設っぽいよね……最後は爆発って。


「お前の考えは大体分かった。だが一つ腑に落ちない。何故そうまでして魔王を守ろうとする?間違いなくお前は最初魔王を恨んでいた筈だ。だが魔王を見つけて以降数十年に渡って魔王の為に生きているように見える。何を犠牲にしようともな」


 人体実験も厭わないし、証拠隠滅の為に仲間を狂化することも平気でやる。


 更には危険を冒して俺達の前に出てきて真意を探ろうとする。


 完全にコイツは魔王レヴァルの為に生き、全てを……自分自身さえも犠牲にして構わないと考えているんじゃないだろうか?


 それだけの熱量を何故自分を狂化した元凶に向けられるのか……。


「それに関しては……本当に大した話ではないんですよ。気まぐれか、気の迷いか……そういった類のものだと思って貰えれば……」


 リコンは苦笑するような笑みを見せる。


 その笑みからは怒りや含みも感じられず……リコンが初めて心の底から浮かべた様な笑みに見えた。


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