第591話 落涙
「随分と雰囲気が変わったではないか」
「答えろ、エインヘリア王」
俺が揶揄するように言うが、リコンは真剣な表情を崩すことなく問いかけて来る。
どうやら俺達が魔王をどう扱うかが随分と重要らしい。
「さっきも言ったように魔王は害することが出来ない。保護下に置くか監視下に置くか……その辺りは本人次第だな。今代の魔王がどんな人物か俺は全く知らん以上そうとしか言いようがない」
「……ならば、魔王自身が害のない人格であったなら保護する。そういうことだな?」
「そうとってもらって構わんが……貴様の目的は魔王を助ける事ということか?」
ようやく相手の狙いが分かってきた気がする。
何故それを望むのかは分からないが……。
「……」
そこで黙るなよ……。
考え込むようなそぶりを見せるリコンにそうツッコミたかったが、邪魔をするのは止めておこう。
もしかしたらこのまま戦う必要はないかもしれない……一瞬そう思ったけど、リコンの隣で前屈している開発局局長の姿が目に入り、そんな単純な話ではないかと考え直す。
いや、魔王に対し何らかの感情を持っているのは間違いないが……それが良感情かどうかはまだ分からない。
リコンが保護を目的としていればうちと手を組むことが出来るだろう。
しかし逆に魔王に対し悪感情を持っているのであれば、あまり面白い事にはならないであろうことは想像に難くない。
さて……どう出るか。
「エインヘリアでは……」
「その問いに答える前に、こちらの問いに答えて貰おうか?」
質問には答えず、明らかにこちらに質問を投げようとしていたリコンの言葉を遮り俺は言う。
「……魔王は非常に危険な存在だ。魔王本人の意思は関係ない……そこにいるだけで周囲の者を狂わせる、そんな存在が果たして認められるだろうか?」
感情を見せずにそう言い放つリコンだが、先程までの真剣な表情を見ているせいで無理をしている感が物凄く感じられる。
「話を逸らすな。国や民の考えを聞いているのではない、貴様が何を考えているのかを聞いている」
「……」
俺の言葉に一瞬苦虫を嚙み潰したような表情を見せたリコンはそのまま口を紡ぐ。
まぁ、それも当たり前の話だ。
リコンが何を目的としているか分からないが、リコンから見た俺達は侵略者。
無論最初の一発は……対外的にはエルディオンが引き金を引いたという事になってはいるが、絶賛王都を攻め滅ぼした侵略者であることに違いはない。
はっきり言って、外から見たエインヘリアは……戦争大好き、侵略上等って感じの国だ。
西に東に北に南にと全方位に喧嘩を売って、その全てに勝利し続けてきた修羅の国。
そしてエルディオン……いや、技術開発局は魔王の魔力を軍事利用する系の研究をしまくっていた。
そこにエインヘリアの王が自ら乗り込んで来る……目的は接収以外考えにくい。
リコンは当然、俺の言葉の裏を探ろうとしている筈だ。
だが現状、俺は自分の知っている情報を伝えただけで、俺の考えは殆ど伝えていない。
だからこそ、その真意を読み切れないと言ったところだろう。
まぁ、それは理解出来るけど……正直裏とかないんだけどね。
俺からすれば……ぶっ飛ばして魔王を保護するか、話を聞いてから魔王を保護するか……過程の近いこそあれ、最終的な動きは変わらない。
魔王がクッソ性格最悪でも、保護するしかないしな。
ぶっちゃけ、監視も保護も言葉が違うだけでほぼ同じことだし。
だからリコンの真意がどこにあろうと別にどうでも良い……というのは嘘だ。
今代の魔王は、別にフィオとは何の関係もない他人だ。
ただ同じ力を有していたというだけ……敢えて言うなら同じ学校の卒業生と在校生くらいの関係でしかない。
しかし、フィオは俺と違いとても情け深い……俺は卒業後は母校に何の愛着も持たずに過ごせるタイプだが、フィオは違う。
俺はそんなフィオの事が大事だし、その想いも大事にしてやりたいと思う。
それが俺の理由であり動機だ。
無論、望んでもいない力を宿し、その力が周りを狂わせるだけの害悪でしかないと言われてしまう魔王に同情する気持ちがないわけではない。
俺は偽善とか大好きだし、何より俺の立場は本気で最後まで面倒を見ることが出来てしまうからね。
それがこの大陸にとって最悪な存在だろうと、保護しようと思えば出来るだけの力が俺にはある。
ならば、知っている範囲で理不尽に苦しむ相手を助けても……別に良いでしょ。
俺が技術開発局で一番ムカついているのは……リーンフェリアを操った事だけど、その次にムカついているのは魔王の魔力を軍事利用している事だ。
技術開発局の連中からすれば良い研究材料で、非常に使い勝手の良い力なのだろう。
魔王もそれに協力して甘い汁を吸っているのかもしれない。
それならそれで、しっかりと落とし前はつける……しかしその後は、どうあがいたって保護するしかないのだ。
個人的には、フィオの気持ちも考えて穏やかな関係を築きたい所なんだけどね。
どうでも良いと言いつつ、俺がリコンの話を聞こうとしているのは……なんとなくだけど、ここでコイツの話をしっかり聞いておかないと、その穏やかな関係を築くにあたって問題があるように思えるのだ。
どうもコイツの態度から察するに、本当の意味でコイツは今代の魔王の味方なんじゃないかと……。
「我が国には魔力収集装置というものがある」
「……?」
突然何の話?って感じの表情で俺を見るリコン。
しかし俺は何も気にせず話を続ける。
「その名の通り、これは魔力を集める為の装置なのだが……周囲に住んでいる者の魔力を吸収するものでな。あぁ、誤解して欲しくないのだが、無意識のうちに外に出している余剰魔力を吸収しているだけだから、人体には全く害のない代物だ」
「……」
「その装置は当然……魔王の魔力も吸収する」
「っ!?」
決定的な一言に、リコンの表情が驚愕に染まる。
「そして副次効果というか……狂化した者も正気に戻すことが出来る」
「な……」
「我が国で魔族を保護していると先程話をしただろう?あれは狂化に怯える事のない生活を保障するという意味だ。エインヘリアが興って四年弱。我が国では妖精族も魔族も……誰一人として狂化していない」
「ば、馬鹿な……」
「事実、お前達が以前実験に使用したギギル・ポー。かの地のドワーフ達は狂化した後薬で眠らされていたが、我が国の傘下に加わったことで全員が正気に戻っている」
「……」
リコンは無言で目を瞑り……ゆっくりと天を仰ぐ。
そこにどんな思いが込められているのか俺には知り得ないが、どこか憑き物が落ちたような……このまま昇天してしまうのではないかというような透明なものを感じた。
「エインヘリア王陛下……」
敬称が戻ってきた……というか、先程までと違い本当に敬意を払っている様な気がする。
「……今代の魔王、レヴァルは確かにここに居ます。貴方は彼に……安寧を与えてくれますか?」
それが今代の魔王の名か……。
「レヴァルがそれを望むなら。俺は人としての生を与えよう」
「……」
天を仰いだまま、リコンの頬に音もなく一筋の涙が流れた。
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