第590話 魔神

 


「はははははははははははははははは!!」


 俺の台詞を聞いたリ……なんとかいう魔族の男は突然大声で笑い始めた。


 突然の事だったので一瞬ひぇっってなりそうだったけど、絶賛覇王ムーブ中の俺はピクリとも反応を表に出さずに済んだ。


「信じられないな、エインヘリア王!まさかそんなことまで把握しているのか!?ただ力があるだけの成り上がり者だと思っていたが、そこまで……そこまで辿り着いているのか!」


 何がそんなに面白いのか、無茶苦茶興奮しながら魔族の男は叫ぶ。


 魔王の魔力については、人族はともかく妖精族の者達にとっては常識みたいな感じだったしフェイルナーゼン神教の方でもしっかり把握していたから、別に国が研究していたとしてもおかしくはないと思うのだけど……そんなに興奮するような事か?


 っていうか、ちょいちょい俺をディスるのやめてくれる?


 うちの子達がさっきからもう殺っていいですよね?って雰囲気を出しまくってるのよ。


「強化実験の内容を把握しているか……魔王の魔力がどういうものなのかも、その様子では理解しているようだな」


 なんかよく分からんけど、一人でどんどん納得していくな。


 まぁ……なんでもいいや。


 コイツが何に感銘を受けて、何に納得しようと関係ない。


 それよりも……。


「そんなことはどうでも良い。それより貴様、俺の質問に答えていない様だが?」


「そうだった。いや、中々興味深い話をしてくれたのでついな。何の話だったか……あぁ、魔道具の件だな。確かにエインヘリア王の言う通り、魔族である俺は強化手術を行う事は出来ない」


 ……。


 答える気はない感じだな。


 ……魔族が人造英雄にしか使えない魔道具を使った。


 魔族は別に英雄的な強さを持っていたりするわけではないし、魔王の魔力を多く秘めているわけではない。


 恐らく普通に起動させるのは不可能だろう。


 もしかしたら、俺がフィオに言ったような魔王の魔力を外部補助するような魔道具とかを使った可能性もあるけど……そもそも魔族という狂化しやすい存在が、魔王という狂化の原因の傍にいる事自体がおかしい。


 しかも魔王の魔力について研究している奴がだ。


 何も知らなければ……そして運が良ければそんなこともあるかも知れないが、コイツはそうではない。


 という事は……。


「なるほど……貴様、魔神だな?」


「……ははははははははははははははははははははははははははっ!!」


 俺が言葉に魔族の男は一切の動きを止め、凍り付いたように俺の方を見た後……先程以上の大爆笑を始めた。


 この反応を見る限り正解と見て間違いなさそうだな。


 魔神であれば、魔王の魔力を英雄並みに有していてもおかしくはない。


 魔道具の起動も問題なく行える筈だ。


「それすら知っているのか!エインヘリア王!数千年前に失われた存在だぞ!それは!」


 大歓喜というに相応しい喜びっぷりで、興奮したように捲し立てているが……目が笑っていないし、こちらに近づいて来ようともしない。


 まぁ、近づいて来たらカミラ達が即座に攻撃するだろうしね……っていうか、カミラ達は寧ろ大義名分を得るために近寄って来いとか思ってそうだ。


 間違いなくあの魔道具の有効範囲内に入ろうとした瞬間、カミラは魔法をぶっ放すだろう……さっきよりも遥かに威力を上げて。


 その事に気付いているのか、俺でも分かるくらいに相手がこちらへの警戒度を上げているのが感じられる。


「だが、エインヘリア王。私の事は魔神などと驕った呼び方をしてくれるな。私は魔族……狂った魔族だ」


「……」


 俺に向けてではない……非常に深い怒りを目の奥に宿した男に、先程まで他人を見下したような様子はなくなっていた。


 まぁ、魔族であるコイツがわざわざエルディオンという差別主義の極みみたいな国にいる以上、色々と事情を抱えているのは間違いない。


 先程までの相手を見下すような態度も、他に色々と含みがありそうだな。


 しかし魔神か……。


 ここに魔族がいる時点でその可能性を考えなかったわけではないけど……今代にもいたんだな。


 昔の魔神は魔王を監禁したりしていたらしいし、自ら魔神と名乗りだすとか随分と調子に乗っている感じだったみたいだが……コイツは少し違うみたいだな。


 少なくとも魔神と呼ばれること自体が恥と思っている感じだ。


 まぁ……自称神とか絶対に名乗りたくないって気持ちは分かる。


 フィオみたいに人様から神に祀り上げられているのも辛いが……自称神は未来の自分への宣戦布告だと思う。


「……エインヘリア王。次は俺から質問したいのだが良いか?」


「くくっ……随分と雰囲気が変わったな?まぁ、その態度に免じて許してやろう。何が聞きたい?」


「エインヘリア王は……いや、エインヘリアは魔王についてどの程度知っている?」


「ふむ……今代の魔王ではなく魔王という存在についてということであれば、我が国以上に理解している者はいないだろうな」


「大した自信だが……今代の魔王か。少なくとも全てが虚言や妄言の類ではようだな」


 研究者としての好奇心というよりももっと切実な……先程までの態度からは考えられない程真剣な様子で俺の言葉を聞く……リコン。


 俺はその様子に、俺はもう少しだけ言葉を続けることに決める。


「……大前提として、ただ生きているだけで魔王は魔王の魔力を周囲に拡散する。それは本人の意思とは関係ないもので、抑える術は今の所ない。そして魔王の魔力は生物を狂化させる、人族も妖精族も魔族も関係なくな」


「……」


「だからといって、安易に魔王を殺すことは出来ない。魔王が死ねばその身に宿る魔力が爆発的に大陸中に広まる事になる。特に今代の魔王の魔力は、過去の魔王と比べてもかなり多いようだしな。下手をすれば大陸ごと滅びかねん」


「……」


「仮に犠牲を覚悟して魔王を殺したとしても、すぐに次代の魔王が生まれる。つまり魔王という存在は排除することが出来ず……我々が模索すべき道は、魔王という存在そのものとの共存共栄ということだな」


 真剣な表情で俺の話を聞いていたリコンだったが、段々と唖然とした表情に変わっていく。


 この内容を知らなかったというよりも、彼が想定していたよりも遥かに俺が深く魔王について理解していたということだろう。


「は……はは……は……。俺が何十年もかけて調べた内容を……こうもあっさりとな……そこまでエインヘリアでは研究が進んでいるのか?新興国じゃなかったのか?」


 渇いた笑い声をあげながら呟くリコン。


 寧ろ俺としては殆ど記録が残っていない筈の魔王について、しっかりとした知識を持っているらしきリコンの方がとんでもないと思うけど……。


 どうやって調べたのやら……。


 いや、それも気になるけど……なんかコイツの在り方そのものに興味が出てきたな。


 最初は完全に騙されてもう興味ないわとか思ったけど……うん、アレは我ながら短絡的過ぎたか?


 やっぱ、心のどこかでエルディオン許すまじ、技術開発局ぶっころ……って感情があって、色々とフィルターをかけてしまっているように思う。


「くくっ……確かに、新興国と呼ばれてもおかしくないな。今の王都は四年程度の歴史しかない」


「今の……?いや、それよりも四年……何か、古の魔王に関する知識が?フェイルナーゼン神教……?」


 俺の言葉は聞こえているようだが、完全に自分の内側で思索に耽っているリコン。


 コイツが何を求めているのかちょっと分からないんだよな……。


 状況から察するに、技術開発局の者を狂化させたのはコイツの仕業だろう。


 しかしその理由は何だ?


 逃げる為の時間稼ぎというのであれば、地下のこんな場所に居るのはおかしい。


 地下の奥まった場所なんて逃げにくいし……そもそも逃げるそぶりは全く無かったしな。


 いや、魔神の力で逃げるだけならばいつでも出来るって考えだったのか?


「……エインヘリア王。今代の魔王の事は……」


「どのような人物であるかは知らんが、何処にいるか程度の情報はあるぞ?」


 笑みを見せつけるようにしながら言うと、リコンは大きく息を吐く。


「どうやってそれを知ったのかは気になるが、それよりも……エインヘリア王は魔王をどうするつもりだ?」


 それこそ本題と言いたげにリコンが問いかけて来た。


 

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