第584話 心配する人される人

 


 飛行船に戻った俺は、とりあえずの自室となっている貴賓室へと戻る。


 部屋に入った瞬間、ふわりとから揚げ定食の香りが漂ってくる……ということはなく、俺が部屋を出る前よりも綺麗に整えられた室内は清浄な空気に包まれており、消臭も完璧に行われているようだ。


 メイドの子達の仕事は本当に完璧だと思う。


 あまり細かいところに気が付くタイプではないので、彼女達の心遣いの半分も気付けていない事は申し訳なさを覚えるけど、俺が何不自由なく過ごせるように本当に多くの事に気を使ってくれているのだと思う。


 論功行賞とかで戦時に活躍した子達を褒める機会は多いけど、メイドの子達にも感謝を伝える機会って何か作りたいよな。


 対外的にそういうことは出来ないだろうけど……うちの子達だけしかいない場ならば問題ないだろうしね。


 そんなことを考えつつ、俺は椅子に腰を下ろし……入口脇で待機しているリーンフェリアを見る。


 ぱっと見は普段通りといった感じだけど、空気の流れすら見落としはしないというレベルの気合を感じる。


 うん……真面目なのはいい事だね。


 でもこう……めっちゃ監視されている気がして、守られているというよりも針の筵といいますか……正直辛い。


 しかし、今リーンフェリアを遠ざけるわけにはいかない。


 俺の説得のかいもあり、どうにかリーンフェリアは自分を保っていられているように見えるが、俺から離せば心のバランスが崩れる可能性は高い。


 気合が入ってしまう気持ちは分かるし、リーンフェリアがそれで落ち着くのならばこの気合いの入った視線も受け止めましょう。


 っていうかあれだ……これは罰なのですよ。


 リーンフェリアを守れなかった俺に対する罰。


 甘んじて受け入れるべきだろう。


 しかし……ちょっとフィオに連絡する必要があるし、こうしてがっつり見守られているのは色々とやり難い。


 かと言って外に出といてというのも……あれだしな。


 仕方ない、フィオにリーンフェリアが部屋にいることを伝えておこう。


 予めそう伝えておけば……フィオも妙な事言って俺を動揺させたりはしないだろう。


 そう考えた俺はリーンフェリアに声をかける。


「リーンフェリア。少しフィオと話す」


「はっ!では私は外に出ておきます!」


 ……あれ?


 リーンフェリアは深々と頭を下げた後、ささっと部屋から出て行く。


 あ、うん……ありがとう。


 俺は速やかに退室していくリーンフェリアの後ろ姿を見送った後、若干釈然とはしない気分のままフィオに『鷹の声』を繋げる。


『あーフィオ。今いけるか?』


『む?少し待ってくれるかの……?』


『あぁ、すまんな。忙しいようなら改めるが……』


『いや、大丈夫じゃ……すぐ行けるのじゃ』


 取り込み中だったようだな……まぁ、魔道具の解析を急いでもらっているし当たり前だな。


 しかし今日だけで何回フィオに『鷹の声』を繋いだか。


 それだけ相談したいイレギュラーが多かったってことだけど……いや、ほんと今日はイレギュラーだらけでしょ。


 しかし、不幸中の幸いでもある。


 俺がいない状況でうちの子達が操られていたりしたらと考えると……うん、ゾッとするね。


 当然王都強襲は失敗しただろうし、魔道具によって俺達を操る事が出来ることが技術開発局の連中にバレたことだろう。


 現時点では誰か一人を操られるだけだし、戦力としては数えられないレベルだ。


 しかし、技術と言うものは発展するものだからな。


 一日や二日でどうこうなるものではないと思うけど……その技術が俺達の知らないところで広がってしまった可能性は否定できない。


 うん、俺の油断や考えの至らなさが生んだ事態ではあったが、ここで判明して良かったと言えるな。


『すまぬ、待たせたのじゃ』


 そんな結論を付けると同時に、フィオから声が掛かった。


『いや、こちらこそ色々頼んでいるのに何度も中断させてすまん』


『それこそ気にする必要はないのじゃ。現場に出ておるお主たちにとって、今回の件は些細なことでも知っておきたいじゃろうしな』


『急かしまくっているようで悪い気もするが……フィオ、さっきの会議で聞けなかったことがあるんだが』


 正確には、聞けなかったというよりもフィオがはぐらかしたって感じだが……。


『……お主が操られなかった件じゃな?』


『あぁ。もしかして推測できているんじゃないかと思ってな』


『うむ。あの時は確信があった訳では無かったのじゃが、こちらで魔道具を使って実験してほぼ確信できたのじゃ。お主……それと私はこの魔道具では操られることはない。その理由は……エインヘリアの者の内、お主と私だけが魔王の魔力によって生み出されたわけではない精神を持っておるからじゃ』


『やはりそうなのか……』


 ゲーム由来の耐性では防げないという話を聞いた時、もしかしたらという予感はあった。


『うむ。私は儀式に取り込まれた存在、お主は……儀式によって複製された精神という違いはあるが……二人とも肉体はともかく、精神は魔力によって一から構築されたものではないという共通点がある』


 コピーされた精神ではあるが……一から魔力で作られた物とは違うということだろうか?


『リーンフェリア達は魔王の魔力純正だが、俺達は他社製品交じりでサポート対象外だったってことだな』


『ほほ、まぁ、そんな感じじゃな。こちらで試してみたところ、私もお主の様に違和感というか何かが身体に絡みつく様な感じがしたのじゃが、それだけじゃった』


『魔道具を自分に使ったのか!?』


『……ま、まぁ、調べるのに必要じゃったからな』


『……』


 バツが悪そうに答えるフィオの声を聞いて……俺が青の将軍をぶっ飛ばした時にフィオが怒った気持ちが理解出来た気がする。


 でも……これは俺の為に危険を冒してくれたってことでもあるからな……怒るに怒れないというか……。


『フィオ』


『な、なんじゃ?』


『……ありがとう。でも、あまり危険な事はしないでくれ』


『う、うむ……留意するのじゃ』


 俺の言葉に、やはりバツが悪そうに答えるフィオ。


 解析だけじゃなく普通に起動させてたとは……あれ?


 そういえば、件の魔道具って青とか黒の将軍じゃないと使えないとかじゃなかったっけ?


『フィオ……その魔道具ってどうやって起動したんだ?』


『……』


 俺の問いかけに、フィオが沈黙を返してくる。


 普段であれば俺の質問には即座に返してくれるフィオが黙り込んでいる……うん、これはただ魔道具を起動したって訳じゃなさそうだな。


『確かウルルの報告では……青と黒の将軍しかその魔道具は起動出来ない可能性があるとか?』


『ほ、ほぉ。初耳じゃなぁ』


『……知ってたよな?』


『……い、いや、フェルズよ。それは認識不足じゃ。エインヘリアの者であれば問題なく魔道具を起動することは出来たのじゃよもん』


『じゃよもん?』


『……出来たのじゃ』


 ……フィオの事は非常に信頼している。


 信頼してはいるが……検証とか実験、研究の類になると少々信用できない部分がある。


 例えば……。


『塩魔王……今正直に言えば許すかもしれない』


『誰が塩魔王じゃ!ちょっと……魔道具回収ついでに黒の将軍に実験協力を頼んだだけじゃ!』


『絶賛戦争中の敵将なんじゃが!?』


 エインヘリアの中枢で一番魔道具使わせちゃダメな奴!


『い、いや、シャイナが教育済みだから大丈夫と太鼓判をくれての……?』


『人のせいにするんじゃありません!いやいやいや、ダメだろ!?フィオが操られて人質にされたりしたら、それこそ城にいる子達みんな自害してたかもだぞ!?』


 これは大げさではないだろう。


 フィオに何かあったら、絶対にフィオの護衛を任せている子達は責任を取ろうとする筈。


 リーンフェリアみたいに俺の目の届く範囲であれば自害を止める事も出来るだろうけど、俺の知らない場所で事に及んでいたら……。


『流石に人に向かって魔道具を使わせたりはさせておらぬのじゃ。シャイナ達の監視下で捕まえてきた小型の魔物に対して使わせて……その時のデータを基に起動させるのに必要な条件を割り出して、後の実験は黒の将軍は交えずやったのじゃ』


『……安全はしっかり確保していたんだな?』


『シャイナに頼んで完璧な状態を作ってもらったのじゃ』


 ちょっとマッド入ってる感じがあるけど……しっかり対策を取っていたというのであれば、文句を言うのは筋違いってもんだろう。


 フィオは間違いなく俺達の為にやってくれたのだし。


 俺は大きくため息をついてからもう一度フィオに礼を言った。


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