第583話 私は冷静だ

 


 わー、おしろがきえたー。


 キリクに頼まれて、俺はエルディオンの王城に向かって一発の魔法をぶちかました。


 魔法は魔石のチャージが必要なのであまり使う機会がない。


 その少ない機会も今までは火か雷しか使っていなかったが、本来俺が使える属性は四種類。


 火雷闇幻だ。


 まぁ、俺は知略がそんなに高くないしアビリティも揃えていないので魔法を使ってもぼちぼちということもあり、広範囲を攻撃したり遠距離を攻撃したい場合くらいしか使い道はない。


 一応剣技でも広範囲攻撃や遠距離攻撃もあるけど、分かりやすいエフェクトがある分魔法の方がはったりが効くよね。


 それはさて置き……一発おなしゃっすとのことでしたので、ぶちかました訳です。


 オーダーは闇属性の『ダークネスエリア』だったんだけど……そっか、お城……消えるんだ……。


 瓦礫すら残さず、とても綺麗に整地された王城跡地……うん、再建の手間が省けるね。


 再建を許されるかどうかはキリク次第だけど……。


 そんな風に……自分の放った魔法に内心ガクブルしつつ俺は振り返る。


 ……王城の中に誰も残って無かったよね?


 ちゃんと全員外に出したよね?


 俺は王城から追い出された連中がいる方を見る。


 目を見開いて口が半開きになっている人が半数、静かに涙を流しながら俺の方を見たりしている人はいるけど……泣き叫び誰かの名前を呼ぶ様子はない。


 大丈夫そうかな?


 ……今はまだ事態についていけず呆けているだけで、冷静になったら泣き叫びだすかもしれないけど……うん、大丈夫。


 大丈夫に違いない。


 大丈夫だといいなぁ。


 そんな俺の内心を知ってか知らずか……いや、知らないんだろうけど……少し離れた位置に居たキリクが真っ直ぐこちらへと向かってくる。


 どうやらエルディオンの王と話をしていたようだね。


 そのエルディオン王は……なんか顔面蒼白になってブルブルしているし、その横に居たなんちゃら公爵は立ったまま白目をむいて泡吹いてる。


 ……ちょっと近寄りたくないな。


「お疲れ様です、フェルズ様」


「大したことはしていない。後は任せて良いか?」


「はい。お手を煩わせてしまいましたが、後の事はお任せください」


 ……うん、後はキリクに任せよう。


「……」


 よし、俺はお家に……か、帰ろう!


「フェルズ様は、これから技術開発局のほうに?」


「……そうだな。アレの処理をこそ、エルディオンにおける最大の課題だ」


 ……だよね。


 帰るわけにはいかんよね。


 っていうか……マジでちょっとアレだったな。


 俺は目を閉じ……リーンフェリアが操られていた時の姿を思い出す。


 人形のような、幽鬼のような、ぎこちなく頼りない動き。


 リーンフェリアでありながら彼女でない者が動かす四肢。


 俺が油断したせいで生み出した光景……あれが、他の者達にいつ襲い掛かるか分からない。


 技術開発局の局長があの事を知れば、より効果範囲を広げ、より自由に操れるような……そんな道具を生み出しかねない。


 許せるはずがない。


 俺が拳を強く握りしめた瞬間、何かが地面に落ちるような音と遠くで悲鳴が上がるのが聞こえてきた。


 俺はすぐに目を開けそちらを見ようとして……。


「フェルズ様。実は一つ伝言を預かっておりまして……」


 キリクが小さく目礼をしながら言う。


「伝言?誰からだ?」


「フィルオーネ様からです」


「フィオから?」


 何で伝言……あぁ、そうか『鷹の声』系のアビリティでいつでも話せると思ったけど、それは俺からのアクションが無ければいけない訳で……伝言を頼んでもおかしくはないか。


 しかし、キリクが伝言を預かっておきながら今までそれを伝えてこなかったのはどういうことだろうか?


 渡すタイミングまで指定されていた?


 あ、そうか。


 技術開発局関係の伝言ってことだな。


「部屋でルミナと待っている……とのことです」


「……」


 んふっ……がんばった、俺今凄い頑張った。


 変な声も漏らさず、吹き出しもせず……超真面目な表情を一切崩さない。


 俺……覇王ムーブを極めたかもしれん。


「……どういうことだ?」


「すみません、伝言はこれだけでして……」


「……そうか。『鷹の声』で連絡をしてほしいということだろうな」


 俺がそう言うと、キリクは何故か驚いたように少しだけ目を大きくしたあと、小さく微笑む。


 なんだろう……キリクのこの表情……同じ物をさっきも見たような……。


 俺は釈然としない物を覚えつつ、空を見上げる。


 王都上空に待機していた飛行船が、俺の魔法によって出来た作られた空き地にゆっくりと降りてくるのが見える。


 俺はその姿をぼーっと見て……いや、帰らんよ!?


 今から飛行船に戻って……技術開発局をどうするかを考えるのですよ!


 まずは、ふぃ、フィオに連絡して魔道具の調査について確認、それと……俺に魔道具が効かなかった件の相談だな。


 それと、ウルルに技術開発局の情報を聞けるだけ聞いて……開発局への対応を決めないと。


 どう考えても、明日の覇王にお任せって感じに保留しておく時間はないだろう。


 あぁ……ほんと、消し飛ばしたい……ってあかんあかん。


 そもそも、あそこには魔王がいる可能性が高いんだ。


 研究成果や開発局長、それに怪しい感じの魔族……これだけならギリ消し飛ばして良いかもしれないけど、うっかり魔王を消し飛ばしてしまったら大陸中に爆発的に魔王の魔力が広がるだろう。


 それを魔力収集装置で無害化出来るかどうかは分からない。


 いや、今代の魔王の魔力量はかなり多いと以前フィオが言っていた。


 下手をすれば魔力収集装置の傍に居ようと居まいと関係なしに、妖精族や魔族が狂化してしまう可能性がある。


 流石にそれは許容できない。


 正直、魔王らしき人物の存在が確認出来ていなければ……エリア系を連打して、全てを灰燼に帰していたかもしれない。


 技術開発局の局長やその研究成果はそのくらい厄介だ。


 しかし……自分でも言ったが、既に生まれてしまった技術は目を背けたところで意味は無い。


 その技術が可能であることが証明されてしまった以上、俺達は研究成果を奪取してその上を行くしかない。


 あぁ……本当に面倒だ。


 俺は飛行船のタラップをリーンフェリア達と共に上がっていき……その途中で広場に集まったエルディオンの人々を見下ろす。


 集められた人々の前列……貴族連中は項垂れている者が多いが後ろの方……一般市民のその更に後ろの方の人々は俺の事を見上げている者が多い。


 彼らの多くは非常にみすぼらしい恰好をしている。


 恐らく……後ろの方の人々は魔法使いではない人々だろう。


 エルディオンにおいては市民と認められていない人々。


 労働力として良いように使われていた人々。


 別にエインヘリアの支配下になったからといって、彼等と魔法使いの立場が逆転する訳ではない。


 うちでは基本的に何者も平等ではある。


 だけど今まで過ごしてきた環境が環境なだけにいきなり、君達は自由だ好きにしたまえ……と放り出すわけにはいかない。


 最低限の教育……だけでは自由意志は育たない。


 選民思想は上流も厄介だが、違った意味で下流の方も厄介だ。


 当たり前から当たり前を取り除くのは簡単な事でなく、下手なやり方をすればそれこそ大事になりかねない。


 その辺の繊細なバランスも……キリクであれば見事やり切ってくれるだろう。


 ならば俺は……せめて、技術開発局の件だけでもどうにかしてみせなければ、格好がつかないよね。


 無論……俺一人で全てを処理する訳ではない。


 人を上手く使ってこそ……王だからね。


 上の方に登って空気が冷えたからか、妙にスッキリした気分になった俺は誰にも気づかれない程度に肩を竦めてからタラップを登り切った。


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