第582話 極み

 


View of イエラーズ=モルティラン=エルディオン エルディオン王






 私の横で喚くモルティラン公爵……私の父だが……もう少し大人しくは出来ないのだろうか?


 今この場で喚いたところで何一つ事態は好転しない……。


 私はため息をつきながら、少し離れた位置にいるエインヘリア王の姿を見る。


 うっすらと笑みを浮かべながら傍に立つ文官風の男と話をしているようだが……その内容が我々にとって面白いものであるはずがない。


 その姿に気を張った様子は見られないが、遠目に見るだけで心臓を掴まれるような凄味のようなものを感じさせる。


 そんな私の気持ちが伝わったわけではないだろうが、父上の声が一際大きくなった。


 父上が喚きたくなる気持ちは分かる。


 歴史あるエルディオンの王都が血抜けどもに土足で踏み荒らされている……その事に憤慨しない者は我が国には存在しない。


 だが、この者達は……強い。


 だからこそ、このような暴虐がまかり通る。


 それを押し通すだけの力を有しているのだ。


 我が国の誇る英雄を倒し王都を制圧……それはあの帝国でさえも出来なかったこと。


 主力が王都を遠く離れていることを考慮に入れても、簡単な話ではない。


 そもそも、戦線から遠く離れた王都に深く軍を送り込んでくることは普通不可能であるし、もしそんな無謀な動きが見られれば、すぐに主力が引き返してくる。


 エインヘリアの空飛ぶ船……あれがなければ叶うはずの無かった王都襲撃。


 いや、アレを保持しているからこそ強行した作戦なのだからそれは意味のない考えだ。


 兵站の概念も、軍の移動速度の概念も……全てを無視した王都の直接攻撃。


 我々の常識の外からの攻撃は……凄まじく強力で、そして非常に効果的な一撃だった。


 その常識外れなやり方に我々は負けた……それを一時的な物にするか、それとも最終的な物とするかは今後の我々次第だろう。


 それを思えば、父上の在り方は最悪と言える。


 今我等の元に大叔父上や他の英雄たちはいないのだ。


「父上……いえ、モルティラン公爵。少し落ち着かれてはどうでしょう?現在王都にいる戦力では彼らに太刀打ちできません。大叔父上達の帰還を待ちましょう」


「貴様……何を言っている!王都が……我等、世界の冠たるエルディオンの……その王都が蛮族共に踏みにじられているのだぞ!?何故そんな落ち着いていられるのだ!」


「落ち着いている訳ではありません。ただ……冷静であらねば取り返しがつかぬことになりかねないと言っているのです」


 興奮する父上に言い含めるように私は告げる。


 エインヘリアがこの王都でどれだけ横暴に振舞おうと……我々は解放されるその時まで耐えねばならないのだ。


「なるほどなるほど、その時が来るまで耐え忍ぶと。中々賢明な考え……と言いたい所ですが、エルディオン王。貴方は根本的に勘違いしていますよ」


 突如聞こえてきた知らない声に、私はびくりと肩を震わせながらその声の持ち主を見る。


 それは先程までエインヘリア王の隣にいた青い髪の男だった。


 いつの間に……?


 そう思った私が先程まで男がいた筈の場所に視線を向けると、エインヘリア王が立ち上がり城を見上げているところだった。


 その後ろ姿に底知れぬ嫌なものを覚えたが……それよりも今は……。


「勘違い?」


 王の横に立てる以上、この者はエインヘリアでも相当な地位にいることは間違いない。


 その者に考えを聞かれたのはマズい気もするが、いやこの程度の事は我々の立場であれば当然の言葉。


 エインヘリアにとって愚にもつかぬ妄言と取られるものだろう。


「えぇ。貴方がたの希望は、北に向かった英雄ウルグラ=モルティラン。それと赤と黒の将軍ですよね?呼び戻した彼等……そして王都内の魔法使い達による一斉蜂起で逆転を狙う。そんなところでしょうか?」


「……」


 全て読まれている……いや、当然か。


 エインヘリアが今一番警戒しているのは、戦力を丸々残している大叔父上と五色の軍。


 そして次に、身中に抱えることになる我々……。


 我等エルディオンの貴族は、他所の国にいるような権威だけの存在ではない。


 全員が一流の魔法使いで、有事ともなれば自ら戦う事が可能の強大な戦力の一つだ。


 だからこそ……だからこそ、反抗の意思は秘する必要がある。


 それを理解していない父上は……まぁ、処刑されるならされてしまった方が今後の為にも良いかもしれない。


 それでエインヘリアの気が逸れて、かつ我々の団結が高まるのであれば……それは尊い犠牲だ。


 何よりも血と名誉を重んじる父上の最後としては満足いくものに違いない。


 そして残された我々は、エインヘリアへの反抗心を……再び旗を掲げるその日まで秘する事に注力し一致団結出来るだろう。


「確かに、この状況で取れる手としては最善……いえ、唯一の手ですね」


「いえ、我々はそんなことは……」


「ふふっ、大丈夫ですよ。考えるだけならば別に罪ではありませんし、何よりその妄想は実現不可能ですからね」


 底冷えのするような笑みを浮かべた男は、かけている眼鏡を指で押し上げながら言葉を続ける。


「あぁ、蜂起するなら蜂起しても構いませんよ?ですが、北に向けた軍が戻って来るという考えは捨てた方が良いと助言させていただきます」


「……それは何故だろうか?」


「既に壊滅していますから」


 ……。


「……今、なんと?」


「北に向けた軍勢。および三人……いえ、その前に派遣した二人を合わせて五人の将軍は全て捕虜としています。だから頼りにしている大叔父の助けは永遠に来ませんよ?」


「馬鹿な……」


「信じられない、いや、信じたくないのは分かります。逆の立場であれば、私も絶対に信じることはないでしょう。ここに彼らの首でも並べてみせれば信じられるのでしょうが……我等が王はそう言った恫喝を好まれないので」


 そう言って背筋を伸ばしながら自らの王の方に体を向ける。


「あぁ、申し遅れました。私はエインヘリアにて参謀に就いておりますキリクと申します。さて、我が王がこれより皆さんに非常に分かりやすく……皆さんの流儀に則ってご教示くださいます。しっかりと自分の目で見て、そして自分の頭で考えて下さい」


 後半は私にではなく、この場にいる全員に向かって言い放つ。


 けして張り上げた訳感じではない声は張りがあり、その場にいた者達の耳朶に浸透していったであろうことは広がっていく静寂が物語っていた。


 何を……私がそう口にするよりも早く、エインヘリア王の声が耳に届く。


「ダークネスエリア」


 その言葉が聞こえた次の瞬間、城が巨大な闇に包まれる。


 ざわりと大きく空気がどよめく。


 それは貴族達だけでなく、広場からはみ出す様に集められた民達からも漏れ出た騒めき。


 アレがエインヘリア王一人で放った魔法……なのか?


 魔法を知る者はそのあり得ない規模の魔法に恐怖を、魔法を知らぬ無知蒙昧な者達はただ驚愕の声を上げている。


 ざわめきが空気を震わせるが、エインヘリアの兵に囲まれており大きく騒ぐ者はいない。


 先程まで五月蠅く喚いていた父上は、目を剥き唇を震わせながら一切の光を通さぬ闇を見つめている。


 その場にいた全ての者が……一人城の前に立つ人物へと視線を注ぐ。


 あれが……エインヘリア王。


 人の身ではけして届かぬ頂の上に立つ王。


 なるほど。


 エインヘリアは常識から外れていると思っていたが、エインヘリア王はその極みにいるのかもしれない。


 この光景を見て、それを理解しないものはいないだろう。


 貴族達の中には涙を流しながら跪く者さえちらほらといるようだ。


 私も……エルディオンの、魔法大国と呼ばれた国のものとして、純粋に……その背中に、人とは異なる何かを見てしまった気がする。


 暫くして、音もなく闇が消え……悠然と佇んでいた城も消えた。


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