第581話 エルディオンの落日
ぞろぞろと列を成してエルディオンの王城から人が出て来る。
怪我をしている人は殆どいないけど、一人の例外もなく親の仇でも見るかのような怨嗟の籠った目で俺の方を睨んで来る。
いや、まぁ……その気持ちは分かるけどね?
俺達は征服者、彼らは被征服者。
彼らの切り札である英雄は一人残らずぼっこにしたとは言え、彼ら自身はその場面を見ていない。
それに、王都攻撃開始から王城に攻め寄せるまで……それはもう特殊作戦部隊もびっくりな手際で門を制圧して秒で突破して来たからね。
こちらの実力をしっかりと目に出来たものは少ないし、彼ら自身魔法という彼らが唯一絶対と信奉する力が使える訳だからいざという時はいつでもぶっ放してやる……くらいの気持ちなのだろう。
それにしても、移動速度が自動車並みのうちの軍……一番外の門を攻めた時、貴族街の門に向かって出された早馬を、門を制圧して突破したうちの歩兵が追い越したシーンは……なんか申し訳なさを覚えたね。
それはさて置き、王城前にある広場に集められているのは王城に居た人達だけではない。
貴族街の貴族を始め、その外側で生活している一般の民も集められるだけ集めている。
まぁ、城の前の広場から完全にあふれてしまっている為、そこに続く目抜き通りや路地にも人がひしめいている感じだけど。
因みに当然というかなんというか、その全ての者達が……十八メートル以上俺達のいる場所に近づくことは出来ない様になっている。
後ろに下げていた飛行船で待機していたリオ達を始め、後続としてキリクやカミラ、ジョウセンにシュヴァルツがここに来ていることもあり、守りは完璧と言える。
ってか、いくら飛行船と言えどここに来るの速すぎじゃない?
元々キリク達は来る予定が無かったはずだし……どのタイミングでこっちに向かってきたのだろう?
そんなことを思わずにはいられなかったけど、現実としてここにキリク達がいるのだからそんな事言っても仕方ないよね。
さてそれはさて置き……俺達は既にエルディオンに何の警戒もしていない。
いや、技術開発局はエルディオン内の組織なのだからエルディオンを警戒しているとも言えるけど、エルディオンそのものは眼中にないというのが正しいか。
今俺達がこうしているのは最後の仕上げであり、これが終わればエルディオンという国はエインヘリアへと併合され、その歴史に幕を下ろす。
しかし、エルディオンという国が本格的に面倒なのはこれからだろう。
この国の偏った思想教育……これを壊し、新たな価値観を浸透させるには大変な労力を必要とすることは想像に難くない。
まぁ、その辺りはキリクやイルミットが考えてくれているみたいだし、問題はないみたいだけどね。
その始まりとして……俺はキリクから一つ仕事を頼まれている。
今ここにエルディオンの人を集め、準備が進められているのはその仕事の為だ。
「おのれ!血抜けの侵略者共め!このようなことをして、只で済むと思うなよ!」
「なんだ?あれは」
少し離れた位置で喚いているおっさんを見ながら俺はキリクに尋ねる。
「あれはモルティラン公爵です」
「モルティランというと……最大派閥の長か。現実が見えていないというか、今喚いたところで状況が好転する訳でもあるまいし……公爵という割には随分と頭が足りないようだな」
小太り気味のおっさんは俺に対して喚いているようだが……うん、大国を牛耳る最大派閥の長というにはあまりにも間抜けな姿に見える。
その隣にいる少し若い人物は冷めたというか呆れた様な視線をおっさんに送っているし……人望はなさそうだけど……政治……権力争いは得意ってタイプなんだろうね。
多分。
「所詮自らの血筋を信奉することのみに固執した愚かな輩です。まぁ、自らの権力を維持するだけの政治力は有していますが、手にした権力で何を成すわけでもなく権力争いの為に権力を求める凡愚。今後のエインヘリアには必要のない人物ですね」
「使い道は考えているのだろう?」
俺の予想通りというか……キリクが辛辣な評価を下したので、俺は普段通りの笑みを浮かべる。
「はい。最後までしっかりと有効活用出来る道を考えております」
「そうか……」
今は元気に喚いているおっさんだけど……キリクの眼鏡クイっが出ちゃってるし、未来は明るくなさそうだな。
その隣に立ち意気消沈した様子で喚くオッサンを見ているのは……エルディオンの王じゃない?
それっぽい王冠とファー付きのマント装備してるし……そう言えば王冠被ってる人初めて見たかも……フィリアやエファリアもそうだけど、王冠被ってる人って今までいなかったよね?
あ、もしかしたらヒューイ辺りは被ってたかもな……アイツはそういうの好きそうだし。
「ところでキリク、技術開発局の方はどうなっている?」
おっさん達の事はひとまず捨て置き、俺は一番の懸念事項を尋ねる。
厳重に監視をしているのは分かっているけど、やはり気になるものは気になるのだ。
「見習いを中心に、徹底して監視を続けております。今の所、局内に動きはありませんが……クーガーが局内に侵入する許可を求めて来ております」
「却下だ。確かにクーガーやウルルであれば、潜入したとて気付かれることはないだろう。あの将軍が持っていた魔道具だけを警戒するのであれば、認識されることのないクーガー達が操られることはないだろう。だが、奴等の技術は俺達にとっては未知の領域だ。思いもよらない方法がないとも限らん」
「……僭越ながら、もしそういった技術があるのであれば、それを調べる事こそ彼等の役目ではないかと」
キリクの言う事はもっともだ。
情報、技術、危険……そういったものを、自らの危険を顧みず調べ上げるのが外交官達の仕事であり矜持だろう。
俺がそれを危険だからと止めるのは、彼らにとって侮辱にも等しい。
いや、信用されていないと考えてしまうに違いない。
恐らく、普通の王であればためらいもなく命じるところなのだろうけど……困ったな。
なんかいい感じにけむに巻く方法は……。
フィオ達の研究成果を待つ……?
いや、それは時間を賭けすぎる可能性がある。
勿論研究は進めて貰うけど、それは今回の為というよりも今後の為と言う意味合いの方が強い。
……仕方ない。
いつものアレでいくか。
「……確かに、キリクの言う通りだな。だが現状では肉を切らせて骨を切るというよりも、骨を砕かれて多少の傷を負わせるという事になりかねん。だから少しだけ時間をくれないか?クーガー達の事を信じていない訳ではない。その時がくればクーガーを含む外交官達に動いて貰う事になる」
即ち……後は明日の覇王様に任せる作戦!
いや、王都を制圧した以上明日って程時間はないけど……頑張れ未来の覇王!
「申し訳ございません、フェルズ様。既に計画を進めていらっしゃったのですね?」
「くくっ……」
……計画……計画かぁ。
うん、優先すべきことは分かっている。
これ以上エルディオンに……というか、技術開発局の連中に魔王の魔力に関する研究を進めさせない事。
しかし、どう決着をつけるべきか……そこがはっきりしない事には方針すら決められないだろう。
正直、リーンフェリアの件が無ければ国はキリクに任せ、研究関係に関してはフィオを中心に上手い事利用できるように……くらいしか考えて無かったんだよね。
だけど、技術開発局の連中は危険だ。
個人的には開発局の建物ごと消し飛ばしてしまいたいところだけど……流石にそれは出来ない。
いや、ほんとやりたいけど……。
そんな物騒なことを考えつつ、俺は座っていた椅子から立ち上がる。
「さて、それではそろそろ……エルディオンという国に幕を下ろそうか」
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