第580話 将来の展望

 


View of イエラーズ=モルティラン=エルディオン エルディオン王






「はぁ……」


 私は玉座に座り、何度目か分からないため息をつく。


 玉座は硬く冷たいが、こうして誰にも邪魔をされずに思索にふけるには丁度良い緊張感を与えてくれる。


 恐らく長きに渡るエルディオンの歴史がそうさせるのだろう。


 さて、現在我等エルディオンはエインヘリアを名乗る蛮族共に襲撃を受けている。


 国を名乗っているが、所詮は混ざりもの……下手をすれば血抜けが王を名乗っていることだろう。


 王などというのは所詮役職に過ぎぬが、それでもそれなりに意味のある立場だ。


 そんな地位に、どこの馬の骨とも知れぬ血筋のものを据えている時点で程度が知れるというもの。


 そんな連中が歴史あるエルディオンの王都に攻め寄せてきた。


 しかも、北方に軍の殆どを送り出した隙を突く形でだ。


 実に浅ましいやり方だが、理にはかなっている。


 近年、我等は複数の英雄を手に入れた……その戦力はもはや大陸で比類なきものであり、あの忌々しい帝国を叩き潰すに十分な戦力を得た。


 だが、突然のエインヘリアによる宣戦布告によって我々の計画に狂いが生じる。


 質は悪いが英雄と兵の数だけは多い帝国とエインヘリア。


 対する我々は、歴戦の英雄二人と歳は若くとも素晴らしい力を誇る五人の将軍。


 そして最高の教育を受けた魔法使いによって構成された軍……質は申し分ないが、残念ながら数に劣る。


 最近大きな顔をしだしたリングロード派閥の者達は、五年もあれば今の倍以上の数の英雄を用意できると豪語してみせたが……当然ながらそれを信じることは出来ないし、何よりその方法で勝利したとしてもそれはリングロード派閥の者達の権力を盤石にするだけだ。


 我がモルティラン公爵派閥は、私という王と英雄である大叔父上の力で成り立っている。


 正確には大叔父上の力のお陰で私は王位についているのだが……。


 しかし、このままいけば恐らく次代の王はリングロード家から選出されることになるだろう。


 いや、次代だけであればまだ良い方だ。


 あの変人の研究が完成した暁には、全ての者がリングロード家に逆らえなくなるのは間違いない。


 英雄を人工的に生み出す……。


 どんな小国でも一度は夢見て研究したであろう代物だが、実現するとは思いもしなかった。


 おかげで魔法開発局はかつての権勢を失いつつある。


 魔法開発局の重役はモルティラン家の関係者が独占しているのだが、近年これといった成果はあげていない。


 このままでは予算の確保どころか存続さえ危ぶまれる……いっそのこと技術開発局と組織を纏めてしまうか?


 基本的に技術開発局は落ちこぼれ……あぶれ者達が押し込められている部署だ。


 合流した場合は全ての役職を元技術開発局の者に預け、後から理由を付けて役職を奪ってしまえば良いだろう。


 いや、正直それはずっと後で構わない、あぶれ者になる様な者達から役職を奪うのはいつでも出来る。


 それよりも英雄を作る技術を奪う事が重要だ。


 我々が最も危ぶんでいるのは、リングロード家の権勢がかつてない程に高まり唯一無二……唯の役職としての王ではなく、真の王家として我等四公爵の上に立つ事だ。


 口惜しいが技術開発局が生み出したあの技術には、それを可能とするだけの価値がある。


 リングロード家の許しが無ければ英雄になれない……そんな状況で逆らえる者がいる筈がないのだ。


 だからこそ、その技術を独占させるわけにはいかない。


 これは個人や一つの家が有していて良い技術ではない、どう考えても四公爵家で管理するべき技術だ。


 とはいえ、リングロード家が大人しくそれを放出するとは思えない……ならば技術開発局そのものを取り込む方向で動くべきだろう。


 この件は近々提起する必要はあるが、リングロード家が拒めないだけの根回しが必要だ。


 となると我が派閥だけではなく残りの……。


「陛下!」


 私が国の未来について思索にふけっていると、騎士が転がり込むように玉座の間へと飛び込んできた。


「騒々しい!何事だ!」


 声を荒げてみせるが、要件は分かっている。


 愚かにも王都に攻め寄せてきたエインヘリアを将軍達が撃退したという話だろう。


 まぁ、この状況でそれ以外の報告を慌ててして来るようなものがいたらその方が問題だが。


「攻め寄せてきたエインヘリア軍が……!」


「潰走したか?」


 出来ればあの空飛ぶ船を鹵獲してくれていると嬉しいのだが……戦闘が始まる前に下がってしまったからな、それは多くを望みすぎだろうな。


「い、いえ!違います!エインヘリア軍の迎撃に出た王都防衛軍と青の軍が壊滅しました!」


「……何を言っている?」


 どういうことだ?


 壊滅……?


「エヴリン卿と青の将軍が出ていただろ?」


「……お二方はエインヘリアの英雄に敗れたと……」


 人の手によって作られた英雄とはいえ、リングロード家の三男の力は本物だったし、エブリン卿は長年大叔父上と二人でエルディオンの屋台骨を支えてきた英傑。


 その二人が……敗れた!?


「馬鹿な事を言うな!」


 私は騎士の言葉の意味を理解すると同時に玉座から立ち上がり叫ぶ!


「事実にございます!現在両軍を撃破したエインヘリア軍は街壁へと攻め寄せて来ております!ですが王都防衛軍がいない今……門を守る事は……」


「馬鹿な!ど、どうするというのだ!どうやって蛮族共を追い払うのだ!」


 大叔父上が戻ってくるまで耐えられるか……?


 いや、どう考えても間に合う筈がない!


 き、北に逃げて大叔父上の軍に合流する?


 いや、優良種たる私達が蛮族に王都を奪われ逃げる訳には……だが、下賤の者とはいえ、相手は英雄を倒す程の手練れ。


 どうする?


 どうすればよい!?


「街門が破られ敵兵が外街に突入しました!」


 開け放たれた扉から新たな騎士が飛び込んでくると同時に、聞きたくもない報告を上げる。


 くそ!?


 どうしろというのだ!


「の、残っている軍を城壁に集めろ!城門を死守するのだ!」


「貴族街は捨てるのですか!?」


「貴族街壁は広すぎる!王都防衛軍の大半が外に出てしまった今、貴族街を守るのは無理だ!貴族達を急ぎ城に受け入れろ!ギリギリまで門は開けておくが、貴族門が破られた時点でそれ以上は高位貴族でも受け入れられない!急ぎ伝令を飛ばせ!」


「は、はっ!」


 エインヘリアが攻め込んできた時点で北に向かった大叔父上達に伝令は出している。


 続く伝令が届かなければ、大叔父上は王都に引き返してくるだろう。


 その時まで籠城して耐えるのは……可能であればそうしたいが恐らく……。


「陛下!貴族門が破られました!」


 ……は?


「ま、待て!早すぎる!先程外街に敵がなだれ込んできたと報告を受けたばかりだぞ!」


「し、しかし、現に貴族門を破り王城を目指して侵攻中です!」


「じょ、城門を閉じろ!」


 先程出せと命令を下した伝令すらまだ城を出ていないと思うが、私はすぐに城門を閉じるように命じる。


 外街の門と違い、貴族門は平時であっても正規の守備兵が置かれているし、エインヘリアが攻めてきたとあってはそれなりの戦力を置いていた。


 それが時間稼ぎすら出来ないとは……いや、敵英雄が先頭に立っているのであればそれも当然か。


 いくら城門が分厚かろうと英雄の前では多少堅いと言った程度の代物でしかないのだろう。


 もはや逃げる事さえ出来ない。


 これ程までの戦力を連れて来ていたと知っていれば、王都から貴族を逃がすことも出来ただろう。


 だが……。


「へ、陛下……城門が……」


「……何もかもが、遅すぎたということか」


 

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